• 「なあ、進路希望調査、もう書いたか?」
「ううん、全然書けない、ほんとどうしようかなー」
「お前もか、俺もまだ書いてない、みんなは結構書いてるみたいだけどな」
「すごいね、みんな、ちゃんと将来のこと考えてるんだ」
「いや、みんなけっこう適当みたいだけどな、進路調査なんてこれからまた何回かやるだろうし、実際のところ今はホント適当でいいんだろ」
「……じゃあ君も適当に書けばいいんじゃない?」
「いや、なんとなく。こうやって将来の進路、なんてつきつけられるとつい考え込んじゃってさ」
「あは、わたしと一緒だねー」
「ふーん」

 ふと、尋ねた。ふいに思いついた疑問。
「なあ、子供の頃、優は将来どんな大人になりたいと思ってたんだ」
「ん? いまどんな職業に就きたいかじゃなくてー?」
「ああ、子供の頃の話」
「うーん、子供の頃っていうか、今でも、どんな大人になりたいかっていうのは変わらないなあ」
「やっぱ、やさしいひと?」
「うん、正解」
「そうなりたいって思ったのってさ、なんか具体的なきっかけとかある?」
「うーん、……あえていうなら、他人にやさしく出来る心を持った大人になりなさい、って教育されたのが、きっかけといえばきっかけなのかなー」
「教育、ねえ」
 なんか、思いもよらぬ言葉だった。優のやさしさは生来の気質ではなく、環境の要因が大きかったのだろうか。
「うん、情けは人のためならず、だよって。
 他人にやさしくすれば、それは自分のためになる。
 お礼が貰えるからとかそんなのじゃない。
 やさしくされたら、うれしくなる。
 自分の手で、他人をうれしくさせてあげることができたなら、それは自分にとってもうれしいことだから。
 二十年も生きてない人生だけど、それでも今までの生活の中でこのことは身に染みてる。
 やさしくしたひとも、やさしくされたひとも、みんなあたたかい気持ちになれるあの瞬間が大好き。
 だから、わたしはやさしい大人になりたいの」
「……」
「あ、あはは、やっぱりちょっと青臭いかなこういうの」
「いや、ごめん、別に呆れて黙ってたわけじゃなくて。
 ただ、お前が他人にやさしくするのは『誰かのために』じゃなくて、『自分のために』って言い切るのがさ」
 それは本当に、意外でしかたがない。
「うん、わたしね、『誰かのために』なんてだいっきらいなんだー」
 それもまた、意外なセリフ。
「だって、『誰かのために』って自己犠牲だよね?」
 誰かのために、誰かが。そして、その誰かのために、誰かが。
「まあ、そう解釈するのもありか……?」
 俺がそう相づちをうったら、優はにんまり微笑んで。

「わたしが犠牲になったら、君は、かなしいよねー?」

 そんな、恥ずかしいことを、のたまいやがった。

「君をかなしませるくらいなら、たとえ自分でも犠牲になんかしないよー」
「―――」
「なんとか言ってよー」
 うるせえ、照れくさくてお前を直視できねえんだよ。
「もうー、わたしだって恥ずかしいセリフ言ってる自覚あるんだからねー」
「わーったよ、じゃあ俺もやさしい大人になる」
 ふてくされる優に、やけくそ気味にそんなことを返した。
「は?」
「これからは、お前のためにやさしくするんじゃなくて」
「うん」
 優の相づちを聞きながら、心の中でほくそ笑む。
 今度は、お前が照れくさくなる番だ。いや、言う本人も照れくさくなるんだろうけれど。
 まあ、これくらいの自己犠牲(と書いて自爆と読む)ならこいつも許してくれるだろ。

「お前と、一緒にやさしくなっていきたい」


本当にやさしい人って、やさしくされた立場の人のこともわかってあげられる人のこと。
そんな解釈をしてみました。
んじゃ俺も寝ます。ノシ

  • 膝を抱えて、うずくまっている優の隣に腰を下ろす。
 こう言うとき、どんな言葉をかけてあがればいいのだろう?
 優の目の前で、知らない誰かが、ほんのちょっとの不幸に遭遇しただけ。
 全然深刻な出来事でもなんでもない。誰にだって、どこにだってあるような些細な出来事。
 でも優はそれに落ち込んでいる。自分の手が届かなかったことを悔やんでる。
「あまり、自分を責めんな」
「……」
 反応がないのは、それだけで不安だった。
 優だって人間だ。いろんなときがある。
 幸せを感じて笑うときだって、急ぎ足で焦るときだって。
 いまは、深い亀裂の底で見えない空を見上げてる。そんなとき。
 だれかに、やさしくなれるときじゃない。自分に、やさしくなれるときじゃない。
「いまくらいは、やさしくなれなくても自分を責めなくていいんだ」
 ぴくりと、優の肩が動いた。
 好きなだけ悔やんだらいい。悔しいと思ったら、そのことに思いっきり罵倒してやったらいい。
 自分だけを罵倒するなんて、そんな必要はどこにもない。
「いくら自分で自分を責めても無駄だぞ」

「お前ががお前を見捨てても、俺がお前を見捨ててやらないから」
 だから、今くらいは。どうぞせいいっぱい汚く世界を罵ってやれ。

 やがて、しゃっくりあげる優の声が聞こえはじめた。


  • 修学旅行の晩。同室の同級生と、お決まりの恋愛談義が始まる。
友人A「ところでさ、お前が優と付き合うきっかけになったのって、何?」
俺「あぁ、優が俺の消しゴムを拾ってくれたのが、きっかけかな」
友人B「へっ?」
俺「その時、俺と優の手が触れてさ。それから、お互い意識するようになったのさ」
友人C「・・・くだらない話だ」
俺「なんだって」
友人A・B・C「今時、少女漫画だって、そんなベタな展開は無いぞ」
俺「お前等、俺のせつない思い出を否定したな。彼女もいないくせに」
友人A・B・C「・・・もう寝る!お休み!!」
そして、1週間後。
優「ねぇ、聞いてくれる?」
俺「ん、どうしたの?」
優「最近さ、クラスの男の子達がさ、やたらと消しゴムを落とすんだけど」
俺(・・・あいつ等)  優「なんでだろうね」
俺「もう、拾わなくていいよ」
優「どうして?かわいそうじゃないの」
そういって、小首を傾ける優の姿があまりにも可愛かったので、教室内にもかかわらず、思わず抱き締めてしまった。
優「キャッ。どうしたの、急に。恥ずかしいよぉ・・・」
優の非難と友人A・B・Cの殺意にも似た視線を感じながら、俺は考えた。
あなたの優しさが、自分にだけ向けられたらいいのになぁ。
…今時、少女漫画のヒロインだって、そんなベタな想いに捉われたりしないかな、と。


  • 「ふぁ……」
「眠くなった?」
「んー……メシ食ったばっかだからな」
「じゃあどうぞ」
 ぽんぽん、と膝をたたいた。あくびをする君を、膝のうえに誘う。
「……なに?」
 わかってるくせに。
「ひざまくらしてあげるよー」
「いや、別に……」
「いいからいいからー」
「い、痛い痛い痛い! 腕をとるな間接極めるな引き倒すな!」

「あれだけ嫌がってる割にはこっちはもうその気じゃないかー」
「……どこのエロ漫画のセリフだよ」
 不満たらたらの文句とは裏腹に、その表情にはもうまどろみの色。
 陽射しの中、わたしのひざで寝ころぶ君。わたしを上目で睨む。
「どう? わたしのひざ、やわらかいかな?」
「んー……」

 広い広い空の下で、君の寝息だけが聞こえる。
 どうぞ良い夢を。わたしのひざで、どうぞ心ゆくまで安らいでください。

 ねこのように、君の首筋を撫でながら。
 そよ風に身体をゆだねて、そっと目を閉じた。


  • 「模試どうだったー?」
「…俺に聞くなよ」
「えへへー」

順位は真ん中よりちょい下。そんな俺にとって模試は喜ばしいものではない
結果は芳しくないに決まっており、気落ちする結果が返って来る事を確実に予見しながらも受けなければならない試験など、苦痛以外の何物でもなかった
俺は優を恨めしげに見た。優はいつもの笑顔だ
だがその中に若干疲労が見える気がした。おそらく試験疲れだろう

「はあ…」
「どうしたのー?溜め息なんかついちゃってさー」
「優には分かんねーだろーよ」

俺はまた溜め息をついた
いよいよ受験が迫っていた。俺は親父の遺した資金と奨学金で、なんとか大学へ通えそうだった。本音を言うと早く働いて母さんを楽にしてやりたかったのだが、母は大学は出ておきなさいと言ってきかなかった
だがあまり受かる自信が無い。勉強は苦手だった。浪人は出来ないので、落ちたら働くつもりだ
将来。将来なんて考えた事が無かった。ただずっと、優や友と一緒に馬鹿をやっていたかった
だがそういかないのは分かっていた

「むー、そんな言い方はないよー」

優は有名国立大を受けるのだという。優なら多分、受かるだろう

つまりあと半年程で優とはお別れなのだ

そこまで考えて、俺は気分が重くなるのを感じた。窓の外は夕焼けに染まっており、それがまた何とも言えぬせつなさを運んできてくれた

「…男君?」

優が心配そうな顔で覗き込んできた。柄にも無く考え込み過ぎたらしい
俺は優の頬に手を当て、そっと押し返した

「…近いよ」
「むーっ」

優は頬を膨らませて俺の手を払った。それから机を挟んで俺の正面に移動し、目線の高さを合わせてきた
何故か笑顔は消えていた。そのまま俺を見つめて何も言わない
…折れとくべきだろうな
俺は口を開いた

「…どうした?」
「君さー、今結構真面目に悩んでたよねー」
「否定はしないな」
「受験の事、かなー?」
「…まあな」

俺は頷いた

「私にも話せない様な事、なのかなー?」
「いや、幼稚な事なんで相談するのが恥ずかしいだけ」

これは本心だった。優と離れたくないと駄々をこねる自分が確実にそこに居たからだ
そんな事の為に優の気を使わせるのは御免だった
すると優は数秒目を閉じ、俯いた

「じゃあ…私が君に相談しても良いー?」

その声にいつもの元気は無かった。こいつは今折れそうなんだな、と思った。
優に辛そうな声は似合わない。俺は先を促した

「不安、なんだよねー…」
「不安?受かるかどうか、か?」
「それも無い訳じゃないんだけどー…違うかなー」
「どうしたんだ、優らしくもない」
「…大学に行くとね、会えなくなるじゃないかー…き、君とー…」
「…」
「それが、不安、でさー」

そう言うと優は立上がり、後ろを向いた
髪の毛から覗く耳が心なし赤い気がするのは、夕日のせいだけではないだろう
こいつも同じ事を考えていたのだ。頬が緩むのを感じた
何かしてやろうと思った

「…優」

俺は椅子にもたれさせていた上半身を乗り出し、目の前で背を向ける優の腰辺りに腕を回した

「ひゃっ!?…な、なに、かなー?」
「ちょっと机に腰掛けなさい」
「え?こ、こうかなー?…ひゃうっ!?」

腰に回した腕を絞り、優の体を引き寄せて、顔をちょうど腰骨の辺りにくっつける
優の体は柔らかくて触り心地が良かった

「…えっとー、あのー、うわー」
「優」
「な、何かなー?」
「俺も今同じ事悩んでた」
「え…?」
「…お前の夢は、貧しい国でボランティア活動する事だったよな」
「…うん。どうしたの、突然」
「俺それについて行くわ」
「…!」
「今決心ついた。俺、大学行く。そんでお前を手伝える様な事勉強する。お前が嫌って言ってもついて行くからな」
「い、言わないよー、そんな事…」
「だからお前も大学でしっかり勉強するんだ。大学出るまで会えない訳じゃない。連絡なんていつだって取れるし」

そこで俺は無意識に優の体を抱き締めた。瞼を下ろして呟く

「お前の優しさに触れた人の笑顔が好きなんだ。お前の優しさが優しさの連鎖を生む。それが嬉しくてたまらない。その瞬間を見る為に、お前と一緒に居る為に大学へ行くんだ。ああ、分かった。俺、分かったよ…」
「男君…」

回している右手を、不意に優が両手で包んだ。そのまま持ち上げ、背中を丸めて頬に当てる
右手に暖かい湿りを感じた

「ありがとう…」


  • 「推薦、もらえそうなんだー」
 唐突に、優はそう切り出した。
「だから、そうすることにしたよ」
「そうか」
「ごめんね、嘘をついたよ」
「嘘ってなんだよ」
「君と一緒の大学に行けなくなっちゃった」
「別に大したことじゃないだろ、そんなこと」
「ひどいね」
「なにがだよ」
「わたしずいぶん悩んだのに。そんなにあっさり」
「悩んで出した結論なんだろ? お前の方こそ、何で俺がそれに文句つけるなんて思うんだよ」
「引き止めて、くれないんだ」
「かなしいけど、うれしいからな」
 そういって、俺は笑ってやった。
 一緒の大学に行けるかもしれない。そうなったらどんなにうれしいだろうと思っていた。その希望はもう叶わなくなったけれど、
 でも、いま、優が自分自身をしっかりみつめたそのうえで、こうして俺と対峙してくれることだって、ほんとうにうれしいと思ってるから。
「君と一緒の大学に行けたら、どんなにいいだろうと思ってたよ。でもね、やっぱり、それは違うんだね」
 高校を卒業して、そこで人生が終わりだっていうならいい。でも、そんなことはない。
 大学に入学してからも、卒業したその先も、ずっと人生は続いていくから。
「だから、いろんなものを置き去りにして君について行くのは、よくないことなんだよね」
「ああ、俺もおすすめできない」
「許して、くれる?」
「許すも許さないもないって」
 優の手に自分の手を重ねる。はにかんで、視線を交わし合う。
 決してかなしい物じゃない、強くてやさしい決断を共有しあうことへの満足感をこめて。

 並んで歩く。繋いだひだりてとみぎて。大きく振って、子供のように大きく手を振って。
 別れはいつかおとずれるけれど、たとえ離れていてもこの手のぬくもりは、このやさしい彼女とのおもいでは輝きを失わない。

 ありふれた朝を迎えて、それぞれがそれぞれに一日を生きる。
 互いに互いの気持ちを大事にしあって、互いにひとつずつのおもいでを作ろう。
 だから今は、ここにいること、この場所で、この瞬間を受け止める。

 また、ふたりの人生の軌跡が交差する瞬間へと想いを馳せながら。


  •  いつものように、二人で帰る優と男。
 しかし、男の顔は何故か沈んでいる。
「どうしたのー?」
 人一倍そういうことに敏感な優がそれに気付き、声をかけた。
「あ、いや……俺、今日の朝、足の悪いお婆さん見たんだ」
「へー」
「階段ゆっくり上っててさ、凄い大変そうだったんだ」
 男が、俯く。
「でも俺、助けられなかった。一瞬目が合ったんだけど、俺の方が目をそらした」
「……」
 優は、黙って男の話を聞いている。怒っているわけではない。ただ、やさしい目で男の顔を見ている。
「駄目だな、俺。優のように、って思うんだけど、体が動かなくてさ」
 そして、優は口を開いた。
「大丈夫だよ」
「なんでだ? 俺は助けられなかったんだぞ?」
「君は、それが駄目だって気付いた。じゃあ、次からは出来るでしょ?」
「……」
 優は男に、優しい笑みを浮かべる。
「お前は、怒らないんだな」
「だって、怒る理由が無いもの。人に優しくすることは、難しいんだよ」
「……次は、頑張るよ」
「うんっ!」

 そして、駅の近くを通る時。
「……あ、あそこ」
 優が指差す先には、階段を上っている年老いた女性。足が悪いのか、随分とゆっくりと階段を上っていた。
「あ、朝の……」
 どうやら、朝、男が見かけたのはこの人だったらしい。
「ほら、行ってきなよー。頑張るんでしょ? 困ってるよ、お婆さん」
 優が、男の背中を押す。しかし、男の足は進まない。
「いや、そんないきなり……」
 しかし、男が後ろを向くと、優の顔が見えた。
「また、後悔したいの?」
 いつもの優しい笑みを浮かべていない。男の目をじっと見つめている。
「……」
 そして、男は走っていった。

 しどろもどろになって、お婆さんに話しかける男を、優は少し離れて見ていた。
 やがて、お婆さんが男の背中に乗る。
 階段を一番上まで上り終えた男は、お婆さんを下ろす。
 お婆さんから何度もお礼を言われているようだ。お互い何度も頭を下げている。
 その様子は、あまりに初々しく、微笑ましく、やさしい光景だった。
 やり遂げた男を、優はやさしく迎えた。
「恥ずかしかった……」
「でも、気持ちが良いでしょ?」
 優が聞くと、男は頷いた。
「何度もあの人、ありがとうって言って俺に頭下げるんだ」
「うん、うん」
「だから、俺も思わず頭下げ返してさ」
「うんっ、うんっ」
「緊張したけど、すげぇ嬉しかった」
「うんっ!」
「……お前も嬉しそうだな」
「当然だよー! 君が初めて、知らない人にやさしくできたんだからねー!」
「……ああ、そうだな」
 そして、二人は歩き出す。
 優は、いつもより。男は初めて。
 やさしい笑顔を浮かべていた。


  • 高校からの帰り道。優とふたりで歩いている。
俺「子供の頃って、どんなテレビ番組見てたの?」
優「バラエティ番組かなー。大阪に住んでた時は、ごっつええかんじ、とかよく見てたよー」
俺「へっ?優って、大阪人だったの?」
優「うん。10才まで大阪に住んでたんだよー」
俺「じゃあ、大阪弁とか喋れるんだ」
優「うーん。少しやったら喋れるけどなぁ。もう、忘れてもうたわ」
俺「おっ、ちょっと可愛いな。ねぇ、大阪弁だとさ、やっぱ、好きやねん、とか言うのかな?」
優「それはないわー。好きやよ、って言うかなー」
俺「好きやよ、か」
優「・・・好きやよ」
俺「えっ?」
優「不思議やなぁ。大阪弁やと、素直な自分になれるみたいや。
のんびりした私の話を、微笑みながら聞いてくれる、あんたが・・・好きやよ」
俺「あっ、あの・・・。俺も優の事が好きだ。誰にでも優しい優が大好きだ。
ごめん、ホントは、こういう事は、男の方からいわなかゃいけないのに」
優「なんやー、そうやったんかぁ。良かった、片思いやなくて」
優は、少し照れたのか、顔を赤くしながら、俺ではなく、雲一つ無い青い空を見上げながら、呟いた。
優「そうかぁ、ふたりは、ごっつええかんじ、やったんだね」
そういって、笑った。青空よりも澄み切った笑顔で。


  • 男「…なんで付いて来んだよ。」
優「付いてっちゃだめー?」
男「来んなよ。」
優「そっかー。でも付いてくー。」


優「どこまで行くのー?」
男「お前が来なくなるまで」
優「そっかー。」


男「どこまで付いて来る気だよ。」
優「どこまでだろうねー?」


男「……はぁ。疲れた。座る。」
優「ここが目的地ー?」
男「…ちげえよ。別に目的地なんて…。」
優「そっかー。…ここどこだろうねー?」
男「……。」
優「もう真っ暗だねー。」
男「……。」
優「わー、もう十二時過ぎてるねー。一体何時間歩いたんだろー。」
男「……ほっとけよ俺のことなんか。」
優「やだよー。」
男「……。」
優「男くんー。」
男「なんだよ。」
優「空見てー。」
男「……。」
優「きれいだねー。」
男「……。」
優「ずっとうつむいてたから気が付かなかったでしょー?」
男「……。」
優「すこし元気でたー?」
男「……。」


優「そっかー、良かったー。」
男「…なんも言ってないだろ。」
優「さっきより元気だって顔に書いてあるよー。」
男「……ばかかっつの…。」
優「それにしても…星がきれいだねー。」
男「………そう、だな…。」
優「……。」
男「……。」
優「……。」
男「……帰るか。」
優「……スースー」
男「……疲れて寝ちゃったのか」
優「……んー…。」
男「…ほら、おぶされ。」
優「…あ、あるくから平気だよー…。」
男「いや、いいから。足も豆できてんだろ。隠してもバレバレなんだよ。」
優「……じゃあ。」
男「少し寝てろ。」
優「……うー…んー…。」
男「……。」


男「……。」
優「………男くんの、背中ー…」
男「…なんだよ。」
優「…でっかいんだ、ねー…。」
男「……お前のその無駄なお節介に比べたら…。」
優「……スースー」
男「……。」
優「……スースー」
男「……星が、綺麗だな…。」

~fin~


  •  夜の街。雪の道を、友子と、その友子の息子と歩いていた。
 電飾だったりガラスだったり、光鮮やかな、とてもきれいな街の中。
「それにしても大きくなったねえ、いま、なんさい?」
「さんさい」
 指を三つ立てて、その子が答える。
「そっか、もう三歳なんだー、前に会ったときはあんなに小さな赤ちゃんだったのにね」
「そりゃあ、もう三年も経ってるのよ、あなたたちもいいかげん結婚しなさいよ」
「うーん、わたしたちは結婚とかまだそんなに気にしてないから」
「まったく、さっさとくっついてしまえばいいのに」
「そのへんはマイペースに行くよー、あ、あそこきれい……わっ!」
 街に見とれてすべって転びそうになって、思わず声をあげてしまった。
 なんとかバランスを持ち直して、ほっと息をついたその時、ちいさな手がわたしの手をとって。
「だいじょう」
 その子はわたしをみつめて、ぎゅっと手を握ったまま、だいじょう、だいじょう、と何度も言った。
 だいじょうぶ、とまだ言えない幼い子どもの、曇りのない純粋なまなざし。
 雪のつもる冷たい気温の中、胸があたたかくなる。すべてのことがだいじょうぶに思えてきて、思わず微笑んでいた。
 友子もそばで笑っていた。


  • 放課後の教室を覗くと、優が一人で懸命に掃除をしていた。
「おい、またかよ」
「うんー、先生に用事を頼まれたってー」
優と同じ当番の奴らは、何かと理由を作っては優に掃除を押しつけてサボろうとする。
そのたびにこいつは二つ返事で引き受けてしまうのだ。
「お仕事のあとに掃除までやったらたいへんだから、私がやっておくよー、って言ったの」
やさしさは優の大きな魅力だが、正直ここまでくるとバカなんじゃないかと思ってしまう。
「…手伝うよ」
「いいよー、男くんだって当番の掃除してきたんでしょー?」
「どうせ、お前の掃除が終わらないと帰れないからな。待ってるのも暇だし」
バカ正直な優の負担を少しでも減らしてやりたいと思ったから、なんてことは口が裂けても言えない。
ところが。
優は、わかってるよー、と言わんばかりの笑顔で、
「ありがとー。うれしいよー」
「…お、おう」
今の自分がどんな顔をしているかわからないけど、確実に真っ赤になっていることだろう。
「とっとと終わらせようぜ」
照れくさくなって、用具入れから乱暴にホウキを引っ張り出した。
しばらく無言で掃除をする。
優はにやけた顔をしている(時折「えへへー」と声も聞こえる)が、俺は頬の熱が冷めるにつれてなんだか腹がたってきた。
「なあ優」
「んー?なにー?」
「あいつら、たぶんサボりたいだけだぞ」
「…」
「お前がそういう性格だから、甘えてるんだよ」
やさしくて思いやりがあって、それをそのまま行動に表せる性格だから。
だから、人はそこにつけ込むんだ──
「いいんだよー、それでも」
──え?
「わたしは使いやすい子だって思われてるのはわかってるよー。でもねー」
教室に差し込む西日を受ける優の顔が、ふわっと微笑んで。
「そんな形でも、私はやさしくできることがうれしいんだー」
「…」
(それは、偽善じゃないのかよ?)
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、優の顔を見つめる。
「『この人は本当に困ってるのかなー?』って考えてからやさしくするなんていや。
 相手のうれしそうな顔を見ても『あー、わたしはこの人を疑ったんだな』って気持ちは消えないから、ちっともうれしくなれないんだー」
──こいつは、
「だから、わたしも相手もうれしくなれるように、わたしにできることがあったら精いっぱいやるんだよー」
すごく、純粋で、
「それにね──」
遮るように、靴音。
「あのー…」
「用事が早く終わったから…」
「手伝えること、ないかな…?」
振り向くと、後ろめたそうな顔が三つ、入口に並んでいた。
優はさっき俺に礼を言ったときと同じ笑顔で、
「ありがとー。もうすぐ終わるから、机を運ぶのをお願いするよー」
ごく自然に言葉をかけた。

三人が机を動かしている間、俺と優はゴミを捨てに行く。
「さっき言いかけたことー」
「…え?」
「どんな人にも、まごころは伝わるんだよー、って」
「…そうだな、その通りだな」
おおかたどこかでサボっていたのが後ろめたくなって様子を見に来たんだろう。
まったく、あんなタイミングで来られたら反論の余地がない。
俺の隣を歩くこいつは、バカ正直なんて言葉は失礼なくらいまっすぐで、やさしい。
(バカなのはむしろ俺の方だったよ…ごめんな、バカなんて思ったりして)
心の中で謝っておく。もちろん、口になんて出せない。
なのに。
優は今日三度目の『わかってるよー』という顔をしている。
「えへへー。ありがとねー」
「な、なにがだよ」
「なんとなくだよー」
ああ、まったく。こいつのこの顔にはどうも弱い。
赤面しているのを見られたくないので一歩前を歩きながら、
「…なあ。今日は寄り道しながら帰るか」
「うん!」
大好きな人といられる時間を、ちょっとだけのばした。


  • TV「今日未明、○○県△△市のマンションの一室で、5歳の男の子が衰弱死しているのが発見されました」
優「……」
男「……」

TV「原因は両親による虐待とみて調べを進めています」

優「ねぇ?チャンネル変えていいー?」
男「ん?優はニュースとかみないのか?」
優「いや、見るんだけどねー…」
男「けど?」
優「今みたいなニュースは聴きたくないんだー…」
男「あぁ…なるほど…」
優「私の知らないところで誰かが悲しい思いしてるのに、私はなにもできないからさ…」
優「なにもできないのが辛いんだよー…」
男「でも仕方ないんじゃないか?」
優「わかってるよ…でも、目に見える範囲にいる人にしか手を貸せないのが辛いんだよー…」

優「大きな悲しいことが起きてる間に、私のやったことなんて意味ないんじゃないかってたまに思っちゃうんだよー…」

男「それは違うと思うぞ、優…」
優「え?」

男「優が親切にした人はどんな顔してた?」
優「…笑ってくれたよ」
男「そうだろ?そしてその人たちはこう思うんだ」

『自分も人にやさしくしたい』

男「こうやってやさしい人間が増えていく………
…って前に、優が言ってたんだぞ?」
優「…うん…でも世の中はいつも悲しい事件ばっかりなんだよー…?」

TV「昨日、午後4頃、××県☆☆市で7歳の女の子が河に転落し、溺れていたところを、地元の高校生が救助しました」

優「!?」

取材『助けたときはどんな気持ちでしたか?』
高校生『いや、もう無我夢中でよく覚えてないんですよ』
取材『とっさに河に飛込むなんてなかなかできないことだと思いますが?』
高校生『…僕も昔河で溺れかけたことがあるんですよ。
でもその時知らない男の人が助けてくれたんです。
だから今度は自分の番だって思ったんだと思います』

優「……」
男「…ほらな?ちゃんと伝わるんだよ。
どんな小さなことでも記憶の片隅に残ってるんだ。
だから優の親切だって無駄じゃないよ」
優「うんっ、ほんとだったー!」
男「わかればよろしい」

男は優をゆっくり抱き締めた。

優「よかったー。やさしさはちゃんと人に伝わるんだねー」
男「そうだ。そして人はやさしくなってくんだろ?(…俺もお前にやさしさを教えて貰ったんだからな…)」

優「あっ!私も今、目の前にいる人にやさしさをもらってるよー!」

男「お、俺のことか…?(////)」

優「私はそんなやさしい君が大好きなんだよー」


たまに不安になる優を書いてみたんだが……違う気がした…。


  • 優「うぅ・・・ぐすっ・・・」
俺「どどどどうてぃ、じゃなくてどどどどどうした!?」
優「さっきね、媚び売るの止めろって言われたの」
俺「媚び?」
優「ただみんなに優しくしたいだけなのに・・・」
俺「・・・大丈夫。俺が理解してる。気にするな」
優「でも・・・みんなが邪魔と思ってたらどうしよう」
俺「そんな奴はおらんやろ~。みんな、お前を邪魔扱いなんてしてない」
優「でも・・・さっき・・・」
俺「優しさを知らない奴がよく言うんだ。
 優しさを知らないのは悲しい事だ。だから、優しさを教えてやれ。
 いつか、優しさを知れば態度も変わるさ。な?」
優「・・・うん」
俺「よし、帰ろう」
優「うん!・・・ありがとう。大好き」
俺「俺もだ」

放課後の街を照らす夕日。
それが作り出す二人の陰は手を繋いでいる。

どうか、このままずっと二人の手が離れませんように。


  • たまの休日、優と買い物に出かけた帰り道。
男「今日は付き合ってもらって、悪かったな」
優「ううん、わたしも楽しかったからいいんだよー」
迷子「びえぇえっ、おがーざーん、うぇっうぇっ」
優「…ねぇ、男くん」
男「ん?…あぁ。迷子だな」
優「わたしちょっと行ってくるよー」
そう言うと、優は俺の返事も待たずに男の子に近寄って行く。
男「(ホント、気づいちゃったら見過ごせない奴なんだよな…
しょうがない、付き合うか…)」

優「ボク、どうしたの?お姉ちゃんに話してごらん?」
迷子「おっ、おがーざんがー、おがっうぇっ」
優「うんうん。はぐれちゃったのかなー?ほら、いつまでも泣いてちゃ
かっこ悪いぞ。男の子でしょ?―」

こういう時の優は、行動的だ。
踏み出すその一歩が、俺にはとても面倒な事に感じられるのに―
気にはなっても、関わり合いにはなろうとしない。みんなそうなんだ―
それに俺は家路を急いでるんだ―なんて自分に言い訳をして、いつも結
局素通りを決め込でしまうばかりの自分が、恥かしくなる。

優「―そっか、じゃぁお姉ちゃんと、このちょっと怖そうなお兄ちゃん
と、一緒に探しに行こう?ホントは多分きっと優しいお兄ちゃんだから、
3人で探そう?いいかなー?」
男「ちょ、だ~れが怖いってぇ~?」
優「ほーらねー。怖いねー。お姉ちゃん食べられちゃうよー。助けてー」
男「ちょっ…おま…!///」 優「きゃー♪」
迷子「ぐす…ふふ。あははw」

でも不思議なんだ。
優が手を差し伸べると、最後にはみんな笑ってる。
このちっぽけな体で、笑顔で、俺に到底できない事を、この子はいとも
たやすくやってのける。
まるでただ呼吸や瞬きをするように。

優「迷子くん、しりとりしよっか♪しりとり、の、り、だよー」
迷子「り…うーん、りんご!」
男「…」
優「ほらー。おにいちゃん。だめだよー。迷子くん、ご、だよー」
男「ん、あぁ、そうだな。えーと、ご、ごりら」

―側に居る時間を積み重ねていくうちに、俺はそんな優の魔法に、いつ
しか魅了されていたのかもしれない。

母親「…―子ちゃーん、迷子ちゃーーーん」
迷子「あ!!!おかあさんだ!!!おかーさーん!!!」

男「お。…おーお、抱きついちゃってまぁ」
優「…よかったね、迷子くん…めでたしめでたし、だよー♪」

これから先…触れ合う人達に、優はどんな幸せを運び続けるんだろう。
母親に駆け寄って行った迷子―いや、優の魔法で、家族の元へ無事戻っ
て行った男の子を眺めながら、俺はこんな俺の中にも湧き上がって来る
温かなものを感じていた。

男「…おまえって、やっぱすごいよ」
優「うーん、当たり前のことをしただけだよー」
男「いや、さらっとそんなこと言えるのが既にすげーよ」
優「そうかな?えへへー」

男「さ、俺達も帰ろうぜ」
優「うん♪」

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最終更新:2006年09月01日 00:28