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1-8 ジェンダーフリーの実践と、その問題点

 ジェンダーフリーという言葉は、以上のような流れで生まれ、広がっていった。ここで、ジェンダーフリーの問題点について、いくつか簡単に指摘しておこう。

 まず、かように拡散したジェンダーフリーという概念を再定義することは難しいだろう。というのも、ジェンダーフリーは「ジェンダーに関する自由」を掲げつつも、その「ジェンダー」自体のあり方を価値づけるための言葉でもあり、あるいは「ジェンダー・バイアスが縮減された状態」を指す言葉でありながら、そのような状態を実現させるための実践にコミットするために「男性基幹労働者+専業・兼業主夫」以外のモデルをオルタナティブとして擁護するという身振りに示されるように、メタ概念と言説実践が背反することが起こりうるからだ。例えば「ジェンダーに関する自由がもたらされた状態」というメタ概念としてのみ定義した場合、あるライフスタイルの見直しをジェンダーという視点から迫るというロジックは「ジェンダーフリー」からは導くことが困難になる。

 例えばその困難さは、「ジェンダー・チェック」という手法において症候的に現れる。ジェンダーに関する選択自由が保障されている状態を目指すための実践が、「ジェンダーにいかに縛られていないか」という尺度で人を測定、評価するという手法を選択するのは論理的な矛盾を内包する。そのような手法は、即「ジェンダーに縛られない」というジェンダー価値にどれほどコミットしているか、という価値判断へと反転するからだ。それが仮に「ジェンダーに関する選択自由が保障されていない状態」から「保障されている状態」へと組み替えていくためのプラグマティックな積極的是正のための実践だとしても、それが行政や教育などの「権力」として機能する場合では社会的機能が変化する。特に、赤川学が指摘するように 、男女共同参画行政のいくつかの実践が「新たなライフモデル」を暗に前提しているような場合 、性に関する特定のサンクション(賞罰)が与えられない社会状況の設計に反する機能を持つだろう。

 「隠れたカリキュラム」の撤廃や共通科目の設計など、社会制度におけるジェンダーに関わる変数を縮減、再構築するという方向性と、「ジェンダー公正的に振舞う特定の価値観」の伝達の問題は厳密には区別されなければならないが、「ジェンダーフリー」に関する議論ではその差異についてはあまり議論が行われていないばかりでなく、議題設定の性質上、本質的に両者が混同されやすい。特に「ジェンダーフリー」という概念自体が、「(1)学校教育を対象に(2)制度面ではなく態度・意識面の問題として(3)それまでの女性運動の歴史を捨象しながら(4)啓蒙的に扱うために(5)行政主導の言葉として」誕生したことが、その意味付けの試みをさらに困難なものにさせている。東京女性財団の報告書のスタンスのように、ジェンダーフリーな状況を実現させるために、ジェンダーバイアスのより少ない価値観を啓蒙するという方法を取ることは是か非かということだ。

 また、赤川が指摘するように 、ジェンダーフリーに関する議論では「ジェンダーからの自由」をめぐる議論が展開される中、「ジェンダーへの自由」の問題がまったくといってよいほど論じられていない。赤川のかような指摘の背景にはアイザイア・バーリンの「消極的自由/積極的自由」の概念が想定されていると思われるが、当然ながら「『性への自由』と『性からの自由』を等価に選択可能であること」 が実現可能かどうか、性に関する「積極的自由」を「消極的自由」と同様に語ることができるか否かは精緻な議論を要する。但し、TGなどの「当事者」の間で大きく評価が分かれる理由の一端に――そもそも「当事者」に伝達されることが「誤配」であったのだが――、ジェンダーフリーに関する議論があまりにこの点を見落としていることは指摘できるだろう。東京女性財団の報告書や「ジェンダーチェック」など、ジェンダーフリーの実践の中には、「ジェンダー」という阻害要因を取り払いさえすれば「平等」や「自由」が実現するという楽観的なビジョンが透けて見えるのも、同様の問題が指摘できる。

 またこれまで述べてきたように、一部のフェミニストが「ジェンダーフリー」という用語に頼ったことなどに表されるように、「ジェンダー主流化」や「ジェンダー史観」の流れの中、「男女平等」の定義づけ、社会問題化が行われにくくなったことも「ジェンダーフリー」の問題点と深く関わる。山口智美は、「官製「ジェンダー」が下りてきた!」 において次のように述べる。

 男女平等教育では特性論を超えられないという論は、女性運動の歴史を考慮にいれていないものであるといってよい。女性差別撤廃条約の批准、そして家庭科共修の実現を経て、制度的には男女特性論は消えたはずだ。これは、女性運動の成果だ。そして、現在「ジェンダー・フリー教育」運動の一部としてくくられがちな男女混合名簿運動は、80年代から続く息の長い運動だ。男が先、女が後の名簿という、毎日学校で使われ、学校生活のあらゆる場面で影響を与える、明らかに性差別的な慣習を撤廃しようという、男女平等教育にむけての運動であったはずだ。このように女性運動が推進してきた男女平等教育は、当然ながら特性論など超えたものであった。もし男女平等は性別特性論に基づくなどと文部省が言っていたとしても、行政の提示する言葉の定義にそのまま従う必要があるとは思えない。「その定義は違う」と言い、それに変わる定義を提示すればいいことだ。
  「ジェンダーフリー」という、行政と、行政に密着した学者が発案した、上から下りてきたカタカナ言葉に逃げず、「男女平等教育」の意味を変革していくという方向もあったはずなのだ。

 これは、フェミニズムが「成熟」 し「権威」と化すことで、社会運動による定義づけから大幅に撤退しつつあることを意味する一方、「権威」化された「(官製)ジェンダー」の一人歩きが進み、応答すべき「主体」(フェミニスト)が想定できない状態であったことが、「男女平等」ではなく「ジェンダーフリー」の定義合戦へとステージが構築されることの前提にあったことを意味するだろう。

ジェンダーフリーという概念自体は、かように様々な問題を含んでいた。そして、ジェンダーフリーという言葉が広がる傍らで、バックラッシュ言説も広がっていく。