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1-5 「男女共同参画」誕生の「内因」と「外因」

 ここまで「男女共同参画社会」という言葉が波及する主な要因となった「基本法」が成立するまでの流れを簡単に解説したが、この流れを、性差をめぐる公正さ(ジェンダー・ジャスティス)に即した、性差別の行われない社会を作り上げていくという倫理的な課題を社会が認め始めた、と単純に解釈することはできない。そこには別の、少なくとも2つの大きな理由が存在する。ひとつは先に見たように、国連や国際社会からの要請があったこと(グローバリゼーション)。もうひとつは少子化や高齢化および長期不況などにも関わる、国内の経済的、文化的な背景の変化があったことである。ここでは議論を整理するため、便宜的に前者を「外因」、後者を「内因」としておこう。国際経済との関連など、外因、内因は共に円環構造になっているものであるが、重要なファクターとなっているのは外因と内因の円環構造よってもたらされる「社会の過剰流動化」(宮台真司)と「(日本経済の)失われた10年」である。

 日本の社会制度は80年代頃まで、サラリーマンである父(男)と専業主婦である母(女)による「世帯」がライフコースのモデルとされていたうえで構築されていた。この社会制度は、(1)男性が稼ぎ主であることを前提に、(2)離婚することのない「世帯」単位を基本モデルとし、(3)恒常的な経済成長があり、(4)終身雇用が見込め、(5)年金などの社会保障、将来設計が期待でき、(6)次世代が現世代と同程度の水準であることが期待でき…というように、ある特定の社会環境の持続を前提として作られている。ところが90年代日本経済の「失われた10年」によって、それまで自明と思われていた経済構造が転換、また晩婚化や未婚化が進み、離婚率も増大する一方で出産率は低下していくなど、経済的な問題などの理由も加わって少子化が進む一方、医療技術の発達なども手伝って人口分布の変化、高齢化等が進んでいく。「女性の社会進出」が、文化的な問題、公正さをめぐる問題としてのみではなく、経済的必然性をも背景にして希求されていた。

 男女共同参画行政の背景には、かような社会の自明性の変化=「過剰流動化」という「内因」によって後押しされた面が大きいといえる。それは男女共同参画基本法の前文からも伺えるだろう。前分では基本法を、これらの変化が希求する構造転換のひとつとしても位置づけられている。

  男女共同参画社会基本法・前文
  我が国においては、日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、男女平等の実現に向けた様々な取組が、国際社会における取組とも連動しつつ、着実に進められてきたが、なお一層の努力が必要とされている。
  一方、少子高齢化の進展、国内経済活動の成熟化等我が国の社会経済情勢の急速な変化に対応していく上で、男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、緊要な課題となっている。

 男女共同参画基本法は、第一条においても、「この法律は、男女の人権が尊重され、かつ、社会経済情勢の変化に対応できる豊かで活力ある社会を実現することの緊要性にかんがみ」て策定されたことが記されている。これが実際の「意図」であるか、経済システムへの順応性を配慮したフレーズなのかは不明だが、基本法の性格から、「男女共同参画」という施策は単にジェンダー・ジャスティスの問題としてのみ位置づけられるものでないことがわかる。
 男女共同参画会議影響調査専門調査会会長であるフェミニスト、大沢真理は『改訂版 21世紀の女性政策と男女共同参画社会基本法』(ぎょうせい、2003)において以下のように述べる。

 一〇年以上にわたる不況と雇用不安の元、中高年男性を中心に自殺が三年連続で三万件を超えた。一九九〇年代の日本経済は「グローバル・スタンダード」という名の米国基準に席巻され、「第二の[経済]敗戦」に打ちひしがれた。脅威の正体が見えずに恐れ苛立つ人々が、内向きの「伝統」や「家族」に癒しを見出す例は、日本に限らない。だがそれは、癒しになるどころか、妻子の扶養責任や住宅ローンを背負う中年男性たちを、押しつぶしているのではないか。不況と不安の悪循環を脱し、持続可能な経済・社会を構築する鍵が、ジェンダー・フリーにあることは、いっそう明らかである。(「改訂にあたって」)

 端的に言えば、“性別でなく、個性で”活躍する社会、その意味の「ジェンダー・フリー」社会を、目指すのである。
 このような社会を実現することは、もちろん、人権の確立であり、たえず優先されるべき課題である。同時に、世界経済の不安定化や国内での少子高齢化等の問題を抱える今日の日本にとって、男女共同参画社会の実現は、「二一世紀のわが国社会を決定する最重要課題と位置づけ」られる(基本法前文)。(「はしがき」)

 男女共同参画ビジョンと男女共同参画二〇〇〇プランは、従来の女性問題解決あるいは女性の地位向上から、「ジェンダーからの解放(ジェンダー・フリー)」および「ジェンダーの主流化」へと、政策の枠組み(パラダイム)を転換したのである。(「第一節 女性政策をどうとらえるか」)

 一九九六(平成八)年七月に提出された男女共同参画審議会の答申「男女共同参画ビジョン」、およびそれに基づいて政府が策定した男女共同参画二〇〇〇プランの異議は、どのようにとらえられるのだろう。そもそも、ビジョンとプランの表題である「男女共同参画」とジェンダーはいかにして関連しているのか。
(…)その定義には、「対等」、「均等」ということばは含まれるものの、「平等」は使われていない。だが、「男女共同参画」は公式に“gender equality”と英訳されており、逆にこの英語にあてるべき日本語はむしろ「男女平等」だろう。男女平等でなく男女共同参画をキーワードとし、前記のように定義したことによって、政府は、何らかの予防線を張ったのかもしれない。いずれにしても肝心な点は、男女共同参画ビジョンが、男女共同参画社会または男女共同参画をいかにとらえたか、にある。
(…)第一文は、「男女共同参画」を「真の男女平等」の達成に向かうプロセスととらえている。それだけではない。「性別(ジェンダー)に縛られず」という文章は、控え目な表現をとってはいるが、次の趣旨をもつということまでが、審議過程で確認された。すなわち、「男女共同参画」は“gender equality”をも超えて、ジェンダーそのものの解消、「ジェンダーからの解放(ジェンダー・フリー)」を志向するということ、これである。(「第一節 女性政策をどうとらえるか」)

また、大沢は『男女共同参画社会をつくる』(NHKブックス、2002)の中で、次のように述べる。

 男女共同参画は、蕫女は損だ、女の取り分を増やせ﨟という動きだと見られることもある。真の男女共同参画社会はむしろ逆だ。専業主婦の軽視あるいは尊重などとはまったく別に、専業主婦を養える経済的条件が縮小したのだ。だからいっそう蕫男は辛い﨟ので、肩の荷を分かちあおう、男性も子育てや地域活動の醍醐味をもっと味わえるようになろう、というのが、男女共同参画である。

 ここで大沢が意図した、あるいは解釈した「ジェンダー・フリー」は、「制度に埋め込まれたジェンダー・バイアスが是正」された状態を指すようだ。そのうえで、男女共同参画の目的は「さまざまな社会制度や慣行がジェンダーを補強し構成する作為であるととらえられ、その是正が政策課題であると認知」することであると、大沢は述べる。かように男女共同参画行政は、「人権の確立の観点から、つまり正義ないし公正のために要請されるばかりでなく、転機に立つ日本の経済・社会環境に必要不可欠な構造改革の一環として、つまり経済にとっての効率や便宜のためにも、提案されたのである」(「第一節 女性政策をどうとらえるか」)。

 「日本経済の失われた10年」は「フェミニズム運動の失われた10年」と密接な関係を持っている。経済構造の停滞と変換は、かつてモデルとされていたライフコースの変容ともパラレルである。ライフコースの変容と共に生じるのは、ライフスタイルの多様化と相互間の不透明性の上昇、それによってもたらされる言説の直進力の変動だ。「同じ女性」であったとしても、「女女格差」という言葉に象徴されるように全く異なるリアリティを生きているという空間では、「女性共有の問題」を構築するための言説の直進力を変容させる。かつてモデル化されていた「対抗すべき公共圏」が変容したことは、フェミニズムにとっても言説の再検討をはかる大きな出来事であったといえよう。