武蔵野鉄道7000系電車(初代)
武蔵野鉄道7000系電車(初代)は、昭和38年に各種つり掛け電車の更新工事により登場した18mクラスの通勤型電車である。18mクラスで更新された理由は電動機出力の都合である。武蔵野車輌製造・赤羽車輌製造で製作された。
概要
当時の武蔵野開発鉄道は、昭和30年代沿線人口が急激に伸び輸送力不足に悩んでいた。終戦直後から国鉄63型の配給を受け、その後も国鉄73型電車とほぼ同型の電車(後期型は主電動機などが異なる)を増備し続けたが、輸送力はなかなか追いつかなかった。また、性能不足や乗降時間の伸びにより遅延が慢性化していた。また、戦前型や一部の600系などは、一応整備は行われていたものの、終戦直後の酷使などにより老朽化が進んでいた。これらの問題の解決のため自社戦前型とともに国鉄払い下げの17m車、運輸省規格型の18m車などにも車体更新が行われることになった。7000系電車は18mクラスの3ドア車であるが、これは当時から高速化を推し進めていて、中型車の足回りに20m車体を乗せると重過ぎ性能低下が著しくなるためである。
以下のような形式が存在する。
モハ・クモハ7100型
MM出力100kWのグループ(17級国電などのMT15・16系電動機)
MM出力100kWのグループ(17級国電などのMT15・16系電動機)
モハ・クモハ7200型
MM出力112kWのグループ(クモハ150型の電動機を流用したグループ)
MM出力112kWのグループ(クモハ150型の電動機を流用したグループ)
モハ・クモハ7300型
MM出力75kW、97kWないし100kWで、1C8M方式の主制御器に交換されたグループ。
種車は7100型と同じであるが、下1桁が奇数の車と偶数の車では機器構成が異なる(2両ユニット構成であるため)。
改造にあたっては様々な会社から電動機をかき集めた。
MM出力75kW、97kWないし100kWで、1C8M方式の主制御器に交換されたグループ。
種車は7100型と同じであるが、下1桁が奇数の車と偶数の車では機器構成が異なる(2両ユニット構成であるため)。
改造にあたっては様々な会社から電動機をかき集めた。
モハ・クモハ7400型
MM出力112kWで1C8Mの主制御器に交換されたグループ。
奇数車と偶数車で機器構成が異なる点は7300型と同じ。
MM出力112kWで1C8Mの主制御器に交換されたグループ。
奇数車と偶数車で機器構成が異なる点は7300型と同じ。
クハ7500型
すべての制御車。一部が電装化で7300型や7400型になった。
すべての制御車。一部が電装化で7300型や7400型になった。
サハ7600型
すべての付随車。一部が電装化で7300型や7400型になった。
すべての付随車。一部が電装化で7300型や7400型になった。
実際はすべての車種が混結可能である。
改造の内容
車体の載せ換え
- ブレーキのHSC(電磁直通空気ブレーキ)化
- ブレーキの台車装荷化改造もしくは台車交換
- 制御回路を1000系電車と併結可能なように改造
- 弱め界磁制御の分流方式への変更(一部の旧型電動機搭載車)
それ以外は種車の流用も多い。
運用
登場後しばらくは編成数が少なく、ブレーキが在来車と互換性がないため、各駅停車運用や1000系や8000系などの増結用として使われた。その後編成数が増えるにつれ、クモハ400型同様上毛電気鉄道および中央関東鉄道乗り入れ運用に使用されるようになった。
引退まで
更新工事は昭和44年までに終了した。ダイヤの高速化に対応するため昭和50年代に一部制御車・付随車の電装化を行い、7100・7200型の一部とユニットを組み、7300・7400型となった。7100、7200型は奇数車、7500・7600型は偶数車になった。必ずしも7200型が7400型(奇数)になったとは限らない点には注意が必要。逆に7100型が7400型になった例はない。にその後も長く活躍を続け平成3年に引退した。
添付ファイル