第53話

全ての決着は、夜明けによってようやくはじまる。


夜明け。
それは、夜を必死に戦った者がふと俯く顔を上げた時に見るだろう、拓けた世界。
気がついた時には明けているのが、夜だから。
明けましておめでとう。また新しい1日が始まるね。

来るといいねと言い合った、いつか笑って出会える日がやってくる。
夜明けよりも静かにあなたの近い所までやってくるんだ。

疲れた目をこすり、すぅっと深呼吸して、頬を軽く叩いて、わぁっと叫ぼう。
目覚め、―――それはまさに『おはようございます(良い朝ですね)』。
伸びやかな伸びも忘れずに。そら、夜と言う幕に蹴りをつけるとしよう。

その違和感に気づき一人目、早坂秋水。
全ての決着は、夜明けによってようやく至る時か岐路か。
こうして物語は、あなたの予想を遥か彼方に飛び越えていく。



第53話 アフター【bravo and...】



静寂の中、次々と月牙のむうぅううんと砕ける音が共鳴していった。
ただひたすらシンプルに、全ての月牙を順序良く、まるでこの世界のように無限のバルキリースカートが貫く。ひとつふたつがよっつになってやっつと乗乗計算。想いに極限は無く、闘争本能の限界は無限大へ広がっていくが信念の摂理。戦乙女の本能が示した、夜の支配を目論んだ月の肉片という結果論。
こうしていつかの時は来たれり、静寂の音が最後の月牙のむうぅううんと砕ける音が響いた。サテライト30が武装錬金としての形状を維持できず、核鉄に戻った音だ。
月の中心点に選ばれた大地で、バルキリースカートが無限の空すらもを深く貫いて、からんからんと、5つの核鉄が地面に落ちる音を響かせる。月の牙はもうどこにも、もう見えない。
「…これが決着だ、ムーンフェイス。いいや、ルナール・ニコラエフ」
戦士・津村、咆哮に代えて最後の呟き。夜明けの朝日が、その静かで暖かい未来色を射し込んで、核鉄を美しく煌めき彩る。戦いの夜は終わり、月が沈んで朝が来るための音。
決着の瞬間はいつだって刹那。故にこそ響く重みがあるのだ。


ブラボーが、静かに斗貴子に声をかける。
「…よくやった(それで十分だ)、戦士・斗貴子」
武装解除を促す響き、自身のシルバースキンによってムーンフェイスを拘束する、といった響き。子供が限界を超えるのを抑えることが大人の役目なのではなく、限界を超えた子供を見守ることが大人の務め。
「…やあ、ビックリ。負けちゃったよ」
月の最後の一体が、崩れ落ちる体を修復もできずに白旗の言葉を吐く。あの日、ブラボーに喫した敗北景色の様に、三日月の笑顔がそこには転がっていた。ブラボーはムーンフェイスの言葉に対して何の反応も示さず、ただその手をかざす。シルバースキンによる拘束の合図。
そのブラボーの肩を、火渡が静かに熱を込めて掴んだ。
「おい、どういうことだ?」
それは、なぜ殺さないのか、という当然の響きによる抗議。
答えて脇から千歳。
「任務内容は“制圧”なの。―――“殲滅”じゃあないわ」
「だから、それがどういうことかってオレは聞いているんだ」
そこから交わされた言葉は、あくまで対等な仲間としてのやり取りだった。いがみ合いの空気やぎこちなさも無く、幼子であれば喧嘩となろう口調が交差するが、この場は決して居心地の悪いといったものではなかった。
議論が平行線になる前に、坂口照星が割って静かに前へ出る。
「火渡、あなたの為の詳しい説明は後ほど。しっかりと行いますから」
それがつまり“現在確認しうるホムンクルスの完全制圧”及び“錬金戦団の段階的活動凍結”について。ピリオドで語られる信念と決意と覚悟。出来る出来ないではなく、やる。未来を前提とした覚悟と決意と信念について。だがそれは今というこの時に、最優先で行うべき未来ではなかった。直ちに行うべきは、この夜の戦いにしっかりとしたケジメをつけることなのだから。
「―――ムーンフェイス。我々錬金戦団は、あなたと“取引”がしたいと思っています」
取引は駆け引きと言い替える事が出来る。駆け引きとは賭け悲喜であり、それは互いに譲れない存在があるから成立する取引であろう。坂口の提案、それはまさに決着に向けた始まり、『そのはずであった』。だが未来はここから、彼らの、そしてあなたの想像を超えた決着へたどり着くことになる。
大人の妥協を乗り越えるのは、いつだって子供の勇気か優しさか。

この身を裂いて、ようやく届いたお月様。
分かたれた手のひら、届かぬ大地。
物語は、ついに最終決着へ辿り着く。
それでもまだ、何も終わってはいない。
だからこそワンスアゲイン、騒げ。朝から朝まで。

既に語られた違和感に対する最終的な答えに、全ての決着点に『あなた』は気がついただろうか。願わくば気づいてもらいたいものである。全ての答えとなる、武装錬金∞を越えた先にある、その決着点という未来に繋がる心に。
「この身の安全を約束するのであれば、その取引がなんであれ、応じようか」
ムーンフェイスはシルバースキンによる徹底した二重拘束をもって、敗者の姿を存分にさらけ出していた。それでもムーンフェイスはいつもの笑顔を崩すことなく、敗者としての含みを残し、それでもの余裕を描く表情をつくる。彼にとっては交渉もまた、ひとつの戦いか。坂口照星の提案(取引の持ちかけ)に対する、ムーンフェイスの返答が言葉として月のように重く、空を舞った。
この余裕こそがまさに違和感、―――察するべきはその深遠にある、最後の“武装”。未だ漂うはムーンフェイスの確信であった。まだ最後ではないという確信。まだ何も終わってはいないという信念。ツキハミチタリカケタリスレド、ナクナルコトハケッシテナイ。最後の摂理が戦士たちに立ち塞がる。
交渉材料は身の保障で十分であった。存在さえ保障されるのであれば、全て応じようという響き。そこにあったのは人とバケモノの寿命の違いによる選択。50年待ってようやく世界に戦争を仕掛けたムーンフェイスにとって、人間の一世代すらも問題ではないということ。生きていれば最後に笑うのが自分であるという戦い。牙を折られても尚、ムーンフェイス健在!なのである。
「防人」
照星の指示で、ブラボーは二重拘束の役割を果たす二着のシルバースキンリバースのうち、外側の一枚を再度裏返した。拘束者を内側で縛りつつ、さらに外側は守護する無敵防壁。こうして、ムーンフェイスを包むシルバースキンは、シルバースキンメビウスとも呼べる完全拘束と絶対防御を実現させた。つまり、交渉成立の瞬間である。
そうした現状に満足そうに、ムーンフェイスがむーんと洩らす。彼の心情を察するに、「月は決して無にはならない」ということか。
坂口照星の真意はあくまで未来を見据えたものであったのだが、そんな大戦士長の意図を探りかねる戦士たちが、どこか不満げな空気を漏れ出すのを止められなかったのも仕方ないだろう。
さらには不愉快な余裕の笑みを零すムーンフェイス。その笑顔に戦士の誰もが顔をしかめる中、早坂秋水もまた、右手の核鉄を握り締める戦士の1人であった。しかし彼が他の戦士と違ったのは、そこから一歩を踏み出したこと。

剣は知っていた。
「ムーンフェイス。安心するのはまだ早いな」
大人たちによる交渉が続くの最中を割って、秋水が静かに前へ出た。ちらりと戦部を見る。最後の手がかりは彼の腹の底にこそ存在していたのだ。
秋水の核鉄は鞘のように刃の煌きを包み覆う。だが、鞘の中に刃が存在しているように。秋水の声鞘にもまた、刀身が煌く。
「…決着がつくのは、これからだ」
内側に秘めた闘志はまるで鞘に収められた刃のように、抜き放たれた時にはひとつの閃きを物語る。シルバースキンによって守護されたお月様に、秋風を背にした少年が立ちふさがった。
直後、周囲の戦士たちは、『秋水が斬った』という結果のみをただ眺めることになる。誰を何を、お月様を。
剣は知っていた。全ては、剣が知るままに真実へ偽りを絶つ未来か。

シルバースキンの絶対防御、それはあらゆる衝撃を同じ衝撃をはぜることで相殺していることによる無敵防壁である。故に破壊者たろうとする者は、その自分自身を超えない限り、シルバースキンを破るは能わず、キャプテンブラボーが簡単に越えられない存在ではないということを思い知るのだ。
そして早坂秋水も、全てを踏まえ、自身を理解した上でこう考える。『自分にはシルバースキンを貫くことはできない』と。
無理もない話である。たとえば武藤カズキは、信念を貫くことで、迷いや躊躇いを振り払い、キャプテンブラボーを越えた。だがそれは恐らく秋水に至れる境地では、まだ無いという確信。
故に秋水に出来る事はひとつだけであった。諦めるな、逃げるな、立ち向かえ!シルバースキンに守護されたお月様を、丸ごと絶たんとする意志を、秋水は隠すことなく全身から闘志として放出した!
―――そう、斬るのである。貫くことをせず、空を切り裂け刃よ。
「臓物を、ブチ撒けろ」
ぽつりと早坂桜花が、呟く。
五臓六腑を引き裂く斬撃は、何も処刑鎌によってのみ繰り出されるモノではない。たとえば、逆胴。そしてそれこそは、回避も防御も不可能な一撃よ。
「むうん?」
一拍遅れて、ムーンフェイスの眼に映る景色が傾いた。ずるりという音が地面を伝う。もちろんその音の原因が秋水の所作にあったことは言うまでもないだろう。
“切るではなく斬る”。得意の逆銅を、一陣の風のように優しく撫でるように。秋水はただそれだけを行った絶迅の斬撃。
それは、この場に居並ぶ錬磨の戦士たち誰一人の目に止まる事のない剣閃が照らした未来であった。静かに朝焼けで熱を帯びた風が、静かに日の出の速度を物語る。そこには夜の色はもうどこにもない。
戦士が目の前の絶景に気がついた時、既に遅し。ムーンフェイスの上半身は下半身に別れを告げた状況に堕ちていた。それは、無敵のシルバースキンまでもが、まるで何事も無かったかのように、斬り裂かれた状態を享受している異景。その結果の光景が静かに秋水が逆胴を放ったという事を物語る。
口笛のように、冷やかしの風がどこか暖かくヒュゥと吹い抜けた。穏やかな水面のように、秋水の武装にぶら下がる飾り尾が優しく舞動くのはあくまで風の音に乗って。

暴挙絢爛。捕虜を裂く非人道的暴挙が行われた現場。だが、場に流れた空気は、あくまで絢爛に対する感動であった。
「……なん、だと…?!」
ブラボーを知るあらゆる戦士が茫然と感動がせめぎ合い、動けない。あの火渡でさえも、口にくわえたものを零す。秋水が放ったのはそれほどの妙技であった。誰も見たことの無いあらゆる前提すら覆す光景、斬り裂かれたシルバースキン。
剣持真希士との死闘を経て、あらゆるエネルギーを散らす事が可能なまでに磨き上げられた秋水の刃が、一切のエネルギーを散らすことなくただ風を受けて揺れ動くだけの景色。それが意味するのは、シルバースキンとソードサムライXの両者が、秋水の放った技に対して万象一切の衝撃を感知しなかったということである。
「これが、答えだ」
秋水は静かにそう言い放ち、戦部をちらりと見た後に武装解除をした。キィンと煌めきの音がして、ムーンフェイスがさらに輪切れてバラけて堕ちた。血に堕ちた月の残骸が惨たらしいまでの絶景を彩る。
「―――って!!何を?!!!」
耐えかねたように犬飼と円山が同時に叫んだ。「何を」、とは「何をする?」という意味でもあり、「さっきから何を言っている!」という意味でもある。この場にいるほぼ全員が次に言うべき言葉を探す中で、剛太が「あっ」と声を上げた。そして次の瞬間には無音無動作で武装錬金をする。だがそのギアを回すその前に。
「待って、あなたのモーターギアじゃあ効率が少し悪いわ」
「ここはまず、このエンゼル御前様に任せとけゴーチン!」
いつの間にか、心身共に満身創痍であるはずの桜花が、それでもここは譲れないとばかりに、その右腕をかざしていた。その桜花の肩に、御前様がそっと寄り添う。
矢が放たれた。
「おいっ、だからお前ら一体何を!」
子供たちが月の残骸で血遊びでも始めようとしているかにも見えるまさかの光景に、ここで戦部すらもが耐え切れずに声をあげた。今は「何を」と言うその言葉の先に何が続くのか想像して遊ぶのは止めておこう。なぜならそんな時間も与えず、御前様が月の残骸に向けて放たれた矢が次の光景を描いていたから、だ。桜花はと言えば、戦部に対する微笑みを隠さない。
御前様がまるで何かを確かめる数発矢を放ったところで、ギィインっと金属音がした。
「あそこよ、中村剛太」
桜花は、決別のような空気を放ち、剛太の名を呼び捨てた。だが、彼女がこの時、本当に呼び捨てたかった名前はきっと剛太ではなかったのだろう。彼女の言葉にあったのは、目の前に散らばるもう一人のかつての親に対する決別の響き。母殺しに続いて刺すは、偽りの父代わりに対するトドメの矢か。
「…、任せろ」
剛太が呟いて、金属音の元へカーブを駆けてモーターギアが跳んだ。そうしてまたギィインと同じ金属音がしたかと思えば、ムーンフェイスの血でべったりのモーターギアが、何かを引っ掛けて飛び出す。
「おいおい、アレってまさか!」
「…なるほど、これで全てに説明がつくわね」
鮮血の月が、朝空に舞い。戦士たちは終戦の色を覚えた。全ての決着へ、愛すべき人たちに送る、これが最後の決着点か。犬飼が、千歳が。気がついた戦士が口々に言葉を零した。
「早坂の弟が言ったろ?これが答えだって」
剛太が戦部に振り返り、声をかける。
肉も骨も断った、だがこれは!!
「そう、これが答えだ。ムーンフェイス」
モーターギアの先端から、煌めき落ちた月牙の武装錬金。秋水の一撃が既にそれを斬っていたのだろう。音もなく月牙は2つに折れ別たれて、ひび割れた核鉄に姿を戻す。
それがつまり、夜月が朝焼けからもその姿を消した瞬間であった。



手がかりを整理しよう。
ムーンフェイスの武装錬金はサテライト30。その特性は分裂と増殖。ムーンフェイスはホムンクルス、この物語においての彼は、どうやら不完全なホムンクルスらしいということ。
そして、ムーンフェイスがルナール・ニコラエフではなくムーンフェイスであるその理由。それは、ムーンフェイス自身が抱く何らかのこだわりをサテライト30の特性に反映させたためであるということ。章印を持たぬ不完全なホムンクルスが故に、無限に満ち欠けを繰り返すムーンフェイスを砕く唯一の手段は、全ての月牙を破壊することであろう。つまりはたったひとつの冴えたやり方の狙いは強制的武装解除。
―――だが、『全ての月牙を砕かれたはずのムーンフェイスの表情は、あの日と同じ三日月』!!かつてブラボーがムーンフェイスを撃破したときもまた、三日月は健在であった。
全てはその繰り返しだったのである。武装解除したはずにも関わらず健在の三日月と、その余裕色の笑みの裏側にあった答え。無にならないという確信の源。そう、それこそが永遠に武装を発動するために既に行われていた布石、月の内部に埋められた最後の真実。
ムーンフェイスの顔が月の名に合わせて姿を変えるのは、サテライト30の特性に依るものである。しかし、思い出してもらいたい。あの日、ブラボーに敗れたムーンフェイスの顔を。そう、あの三日月の表情を。あの余裕はいったいどこから来ていたかということ。なぜに彼は何故自信満々で、月が再び顔を出すという確信を抱けたのかということ。
決まっている。真実はいつだって誰かの腹の内に隠れているのだ。ムーンフェイスにあった違和感。敗北を受けて尚も笑うお月様、その裏面の真実へ。きみにできるあらゆること。最後の答えはあの病院の闘いで戦部の口から語られた暴挙であった。それがつまり、最後の真実。

―――胎内武装。

全てが合い重なって至る最後の真実。ムーンフェイス新月が、とあるたったひとつの月牙を新月の核点に選んでいたと言うトリック。
ムーンフェイスの辿り着いたひとつの境地、永遠の道のり。ムーンフェイスが侵したのは、不完全なホムンクルスであるが故に、無限増殖を可能とする特性が故にこその暴挙であった。天敵を食らい、完全に永遠であることをムーンフェイスは果たしつつあったということ。ムーンフェイスそれぞれにおける表情の違いは、あくまでムーンフェイスのこだわりによるものである。新月とは単に、顔面の再生を後回しにしていたに過ぎなかったように。
体内に武装錬金をひとつ孕み続けていたからこその余裕、それがムーンフェイスの最後の答え。たったそれだけがルナール・ニコラエフをムーンフェイスに新生させて、永遠に近づける。その全てが、今、少年たちによって看破された。月の目論見は終(つ)いに破られたのである。
剛太が秋水に代わって、決定的な言葉を月の残骸に向けて吐く。
「ムーンフェイス、力ずくだ。従え」
ムーンフェイスの武装が完全に解除された響きが鳴った後、最後の核鉄が地面に堕ちていた。それは、りんごの摂理を月が身をもって味わう敗北か。
そう。これこそがつまり、完全勝利が描かれた瞬間。最後に残った表情は、武装を全て失った元人間、ルナール・ニコラエフの面構えであった。そこに月たる表情の変化は無く、それ故に武装が解除されていることが見て取れる。まさに完全なる勝利が、描かれた瞬間か。
犬飼が、ニヤリと笑って吠えた。
「やぁ、ルナール・ニコラエフ。どうだい?気分は」


優しい笑みで空に輝く本当の真月を見上げながらブラボーが呟いた。
「しかし、なんだか立て続けだな。これじゃあ戦士長として、自信を無くすぞ」
それは無敵のシルバースキンが三度破られたことに対する自虐であった。だが子供に負けた大人の響きはどこか嬉しげで、声が優しい。事実、自信を無くすぞという言葉にこそ込められた自負が示す強さ。まだまだ、まだまだやれるんだという信念は未だまっすぐ高く。
「よかったじゃない。ほら、キャプテンブラボーは少し背負い過ぎてたぐらいなんだから。」
表情を崩すことなく、三人称固有名詞であるかのようにブラボーの名前を出して千歳が応えていた。もしかしたら普段の千歳がブラボーをキャプテンの名で呼ばないのは、「私はあなたに背負われるだけの存在ではない」という意志によるものだったのかもしれない。それが彼女にとっての、戦いに生きる意思表示の現れだったのかも、しれない。
それが、この長い戦いを久しぶりに共に戦い終えて、ひとりじゃないのも案外悪くはないと感じるように変化していた。2人がそれぞれの言葉で。千歳もようやく、防人をブラボーとしても認めるようになることができたのだろうか。きっとそうなんだ。
1人が戦いという必然に死が待つ行為を背負い込む必要はないということ。人は戦わなくても、錬金術に関わらなくても死ぬ生き物なんだから。そうやって、ブラボーもまた、防人衛の表情で千歳と向き合った。
「そうだな、俺達は少し背負いこみ過ぎたのかもしれない」
火渡にも聞こえるように、ブラボーが重く溜め息で言葉を吐いた。戦いを終えて、それでも感じずにはいられない自戒と後悔。振り返れば、決して良いことばかりではないのが大人なのだから。
だが、それでもその全てを吹き飛ばすかのようにブラボーが叫んだ!
「だがッ!俺たちは俺たちの命を守り切った。ムーンフェイスを制圧して、戦士カズキが守ったこの世界を、あいつが背負ったこの惑星を、俺達は守り抜いた」
あの日のカズキを思い出すように、自身を奮い立たせる響きを隠すことなく、あの日を思い出さなくては吐けない言葉をブラボーは決意掌握咆哮していた。
「よくやった、錬金の戦士。ブラボーだ」
そんなやさしいブラボーの声に、錬金の戦士たちもまた、自然な微笑をこぼしていく。
風が夜よりは温かいけど、やっぱりどこか冷たくて、それが気持ちいい秋風。
優しく、戦士たちをねぎらっていく朝焼けの光。この惑星の全てに感謝と、生きとし生ける全ての温もりを、守りたい。
まだ全てが終わったわけではないし、しばしの休息をする時でもない。だが、今という時を噛み締めるため、キャプテン・ブラボーは『任務完了』の言葉を、あえて選ぶ。戦士たちが、皆一様に空を見上げた。朝ゆえに浮かぶ月を、その眼に刻み付けた。
こうして、長い長い戦争の翼が折りたたまれ、すなわち終戦の刻が訪れる。
残る羽は、戦後処理。戦夜のフィナーレ。
「任務完了!」
こうして全てがピリオドに向かい、ひとつの決着を言葉として告げられる。



完全敗北を喫したルナール・ニコラエフ、ムーンフェイスに対し、坂口照星はトドメを刺すことを許可しなかった。
「罪は死では償えません」
ホムンクルスの食人はあくまで生態である。またそれを抜きにしても、罪と罰は差し引きできるものではない。
罪は罪であり、罰は罰である。償いは償いであり、贖いは贖いである。ひとり、坂口照星の選択が見据えたのは未来であった。取引を持ちかけたのも、互いに贖罪の道を辿る為の譲歩。
立ち止まり過ちを振り返り、また前へ進むための選択。上に立つ者が下す、冷たくて、なのにどこか甘ったるい優しさが見え隠れする、とても非情な選択。その真意がはっきりしたからこそ、居並ぶ戦士は誰一人とて、納得しようとしない感情にただ流され異を唱える真似をしなかった。
納得できない者は多い。しかし同時に誰もが理解していた。錬金戦団が犯した過ちの意味を。自身が犯してしまった覚悟を言い訳にした暴挙を。それぞれの行動が、哀しみを生み出してきた過去を。
皆に皆の信念がある。納得できないから戦うのも、きっと間違ってはいない。必ずしも信念が相互理解しあう必然などないのだ。それでも、『あなたたちみんな』が戦いの刃を納めるためない限り、戦いは終わらない。それも誰もが理解していた。坂口照星が選んだ道が、矛盾の礎、戦いの矛を闘いの盾を納めることだということを。
やれるやれないの問題ではありません。やるんです。それは生き残された者達の責務にして、何よりも辛い戦いになるだろう。
それでも。


この物語は―――。


全ては終ってから始まり、始まる前に終っていた物語。
だから祈りも願いも誓いも全て乗り越えよう。

これは笑顔を取り戻すための物語ではない。
笑っている場合でもない。
前へ進むための物語でもない。
よそ見している必要もない。

ただ振り返ろう。
誰もが前を見据えようとあがき、駆け抜けた物語を。
誰も笑いはしない、だから悲しむ必要なんかない。
誰にだって代わりなんかいないんだよ。
だから皆、思いつく限りのやれることをやり尽くそうじゃないか。
たまにはこういうのもいいじゃないか。

哀情隠して腹黒くお道化(どけ)てみせて、早坂桜花。
自分に打ち勝ち人への恐怖を乗り越えた、早坂秋水。
全てを尽くし大切な想いと約束を貫いて、中村剛太。
願う全ては、ただ月に消えた大切な友達を想うが故なのか。
傷つき俯く戦乙女に笑顔を取り戻すためだけなのか。
本当にただそれだけなのか。

月に消えた、カズキとヴィクター。
信じて諦めない、麗しの蝶々。

照星部隊と再殺部隊と、錬金戦団。
剣持真希士。早坂真由美。
ムーンフェイスと、各地のホムンクルス。

振り返れば全ての者に信念があり、どこにも偽りの正義なんて無かった。


だから今。
今こそ語ろうじゃないか。
決着に至る物語の、真実の決着の刻を。

ここから先は、あの麗しの蝶々のように、愛を込めて。
もっと愛を込めて。

この戦いで、また新たな心に傷を負った者も多い。
だが、その傷を憎しみ変えて、また新たな戦いの理由としてしまわない為にも。
自分たちの足元を見よう。さあ、それが、あなたが生きる星だ。
周りを見渡そう、そうして大切と言える人を見つけよう。
夜空を見上げて。
ほら、月の冷たい光に、どこか懐かしく暖かな優しさを感じられるだろう?

ピリオドに必要だったのは、たったひとつの些細な儀式。
顔を上げなければ、たとえ月からどこか懐かしく暖かな光に気づくことは出来ないのだから。

さぁ、空を見上げて。
未来へ。



「…フン」
こうしてヴィクトリアは津村斗貴子や他の全ての過去に背を向けて、生を実感しながら一人歩き出した。
死にたくない。それだけがヴィクトリアに見え隠れする信念だった。
彼女はそれを一度も語ることをしなかったが、彼女の生き様そのものが語っていた。なぜなら、彼女が死を選ぶに値する瞬間瞬間はいくらでもあったから。
それでも、ホムンクルスであるが故にどこまでも死を恐れて生きてきた少女。
ヴィクター討伐隊に組み入れられたとき。目の前に首から下の体機能を失った母が眠っているのを見ていたとき。その時、あの日々、そのままあのまま死んでしまえばどれだけ楽だったろうか。人食いのバケモノになってしまった自分。それだけに、自殺を考える理由には十分かもしれない。
だが、彼女の武装錬金は、アンダーグラウンドサーチライト。彼女は、殺す刃を望まなかった確たる証拠がそれ。殺す対象に自身を含めて、護り隠れるための武装。それが彼女の本能、生存をひたすら願うが故の闘争本能のあらわれ。ヴィクトリア・パワードはただ、生きて幸せになりたかった少女であった。
どれだけ絶望の淵に身を堕とそうとも、彼女は絶望から希望を見出せる強さを持っていた。だからこそ、きっと希望ばかりを語りたがる錬金術を嫌っていたんだろう。


憎むべきものは、錬金術。
憎むべきものは、錬金戦団。
だけど、大事なのはそんなコトじゃない。
大事なことはただひとつ。私は独りでも、生きていける。
それはいたってシンプルな動機。
全てに決別するための長い儀式を終えて、未練と執着を捨て去って。
こうして彼女の求めた決着は完了した。

本当に?

それじゃあなぜ蝶々の怪人に母の核鉄を託す物語を冒頭に挟んだのか。なぜ傷を負った少女にわざわざ会いに行ったのか。いや、もう物語の口実なんかどうでもいいんだ。
彼にもう一度会いに行こう、物語の幕を閉ろしに。
だから行けよ。彼の元へ。ピリオドの時にいた場所へ。希望を信じさせてやる。
ブラボーの果てにあるものを知っているか?



アンコールだよ。








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最終更新:2010年01月17日 09:44
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