第52話

思い出してもらいたい決意がある
俯いた少女が、その絶望を放すこともせずに希望を放すこともしなかったあのピリオドの決意をあなたに思い出してもらいたい。
あの日、少女が望んだのは決着だった。ただの決着でなく、過去を受け止めるための覚悟だった。
諦め享受すべき出会いがないように、生きる覚悟とは別離を恐れぬことではない。恐れを知り、それでも立ち上がる決意、立ち向かう決意。それでも歩き出す勇気、走り出す勇気。いつかの日を恐れるのが覚悟であるならば、いつかの日に向けた今こそが決意と勇気。立ち止り、振り返り、そしてまた未来へ歩き出す。未来はいつだって、あなたの目の前に立ち塞がる。
あの時、津村斗貴子が固めていた覚悟の重さは、想像して余りある闇だろう。だが、誰も煙に撒けぬ輝きがあった。
繰り返したくないのは不幸でも過ちでもない。想う少年が兆し。自身の心を殺した戦乙女が、自身が抱く真に望んだ願いのかたち。
今というピリオドの前に少女は決着を望む。それは誰かの代わりという言葉を越えた願い。
応えてくれた仲間たちに応えるために、今、津村斗貴子が信念を握りしめる。それが、未来のピリオドに向けた愛に捧ぐ第一歩。



第52話 この鼓動の全てをキミに



破壊されたムーンフェイスの修復には時間を要する。それは儀式といってもいい必要事項だろう。
男爵様単体が故の総攻撃は、チェックメイトに向かう始まりの一手、やはり時を稼ぐ為に放たれたものであった。全ては未来の為に、男爵様の総攻撃すらもがまだ時間稼ぎ。
そうして稼ぎ出した時間に、戦士たちの想いは運ばれて届いたもの、それこそがまさに希望の箱舟か。今や、ムーンフェイスは不死身かもしれない。だか、それはあくまで核鉄あっての不死身である。
武装錬金を発動させるには闘争本能が欠かせない、それはもはや言うに及ばない事実だ。闘争本能は鼓動のリズムで昂る宴や祭に似ている。闘争本能を昂ぶらせる儀式が、強者を無双の強者たらしめるのだ。
儀式には、時間がかかる。たとえムーンフェイスが月を見上げればそれだけで己を昂ぶらせるに事足りるとしても、だ。時間を越える事は、絶望の過去を消すことは、同義に不可能なのである。
数えて百を越えるほどの分裂再生を行うほどに己が闘争本能を昂ぶらせる為には、時間を要する。そして戦場においては、月を見上げる刹那が時に命取りとなるのだ。
ムーンフェイス“真月”は不死身の新月であったとしても、月の満ち欠けが時の流れのシンボルであるように、瞬間再生はそれ自体が特性でない限り、ノータイムでは不可能な所業なのである。
儀式に時間が要するのは、錬金の戦士たちにも同じこと。むしろ戦士たちが稼ぎたかった時間はまさにそれだった。彼らはあくまで儀式として、月を削り砕き、自己を顕示したのである。希望を放さないということはつまりそういうこと。精一杯戦い抜いて、命のままに死ぬか生きるか。希望は闘争本能をもって始めて空に掲げられるのだ。ならばこそ現実を見据え、過去を未来に繋げる為に、戦え。


完全密閉空間における灼熱業火。
あたかも月面のように荒れ果てたムーンフェイスは、崩れ落ちる己が体のままにサテライト30を折り重ねる。ムーンフェイスが一度そうして磨き上げたその無敵の矛を放てば、シルバースキンすら貫く絶景が再び三度描かれるだろう。その先に立つのはただの人の仔のみ。鋼鉄男爵の姿はそこにはいない。まるで、矛盾の一切なく、死が約束されたような景色。そして、その最前線に津村斗貴子のか弱き立ち姿があった。仲間の鼓動を受け継ぎ、仲間たちの命を背負った、一人の少女。―――月の表情が、怒りの黒で歪んだ。
「なるほど。なるほど!そういうことかっ!そういうつもりなんだ、な!」
ムーンフェイスが言葉を吐き捨てることで、確実な怒りの意をらしくもないはっきりとした態度で示す。はっきりとした敵意、悪意、そして殺意!!残念を通り越したその先、興醒めの前兆すらその声からは感じられるかもしれない。
甘く見られたものだ、と!戦士たちが選んだ道の目的を理解したうえで、「そんな手が通じると本気で考えているのか!」という怒りを込めて!愚かな人の仔よ、その自惚れ故に死ぬのだとも叫びたくもなる、苛立ち!!
しかし、そんな月の巨大な怒りを生身にブツけられても、斗貴子の小さな肩は決して震えることをしなかった。故にムーンフェイスはそれ以上の語らうことを投げ捨てて、体の完全修復を待たずに構えに入る。もはやこれ以上は無用の時間と語るかのように。雲間から月光が差すかのように、煌めいた時には既に死が描かれるが確実な未来現図。それは光に音の速度が間に合わぬように、未来が確定した時間軸にようやく追いつく現実か。さようならの言葉すら告げず、ムーンフェイスの月牙が牙を剥いた。間髪をいれず突き立てる牙が月の形を描く!
超速の刹那、確かにムーンフェイスの耳に響いた声。それは衝突の寸前に認識された、まごうことなき津村斗貴子の声だった。
「―――無駄だ、ムーンフェイス」
ただの一夜でこの惑星の軌道を駆ける速度を抱く月に今、光の速度すらも超えた音が駆け巡る。殺意を繰り出す手を止めたわけではない。ならばこれは言わば殺意の境地故の圧縮時間か。月牙が少女の命を犯す衝突の間際、確かにムーンフェイスの耳に未来を告げた言葉、無駄という言葉に込められたその続き。未来が鼓膜を突き破り脳すらもを貫通していく。
「―――貴様ひとりの武装錬金ではもう、バルキリースカートは貫けない」
言葉が精神の壁を撃ち抜き、ムーンフェイスの耳に未来を伝えた。遅れてゆっくりと現実が視界に広がる先の刹那、その響き。全てはひとつの叫びの中に内包された信念!!真実に鼓膜を突いた、シンプルな叫び、その言葉!
津村斗貴子、この物語の名を、全てを込めた月下咆哮!
渾身の覚悟、決意、信念!!命の輝きをもって、小さな胸に抱きしめられていた仲間達の核鉄が、強く輝き太陽さながらに月を照らす!
ムーンフェイスが全身全霊を持って繰り出したサテライト30の貫きが迫る。にも関わらず、優雅さすらも纏いながら次々と武装が創造されていく。数多の処刑鎌が世界に死を告げる不吉のように風を霧斬り舞った。絶望を切り裂いて、銀色の光が青く世界を煌かせた刃の光が舞って、新月の世界を闇を祓う希望に姿形を彩っていく刃が煌いた。
全てはヴィクトリア・パワードによってもたらされた戦いとその“決着”!!
全てを託された、津村斗貴子!!!
「―――武装錬金ッ!」
そうして構成された武装錬金、その姿は正に、∞(インフィニティ)!!!


答え合わせをしよう。
一部の例外を除き、武装錬金はW武装錬金が限界となる。それは人が本来、二本の腕を振るい武装を戦いの手段として行使するからだ。だが例外は存在している。例えば身を護る為の武装。または人の手には余る武装もそうだろう。それらは、闘争本能が許す限り、核鉄の数だけ武装錬金を創造を許す武装であった。
しかし数多の武装で身を固めることが即ち勝者の座につく条件かと言われればそうではない。闘争本能と武装の数は、決して勝率との比例関係を築くものではないのだ。例えばブレイズ・オブ・グローリーを大量に創造したとしても、たいした意味を持たないと言える。それは、栄光の炎がひとつで一瞬にして大量の酸素を焼き尽くすほどの兵器であるからだ。地上の酸素に限りがある事はもはや語る必要もないだろう。
だがそれでも、だ。闘争本能の数だけ武装が発動可能な武装錬金が存在していることもまた、揺ぎ無い事実。例えばモーターギアやキラーレイビーズがそれだ。しかし百を越える月に立ち向かう現状にそぐうものではないだろう。いくら手持ちの核鉄を使い複数の武装をしたところで、所詮は二の倍数に過ぎない。そもそも、精度の点で難が残る。
しかし、形状と特性の両面において、たった1つだけ、輪廻にも似たムーンフェイスの無限増殖の回天を止める可能性を持った武装錬金があった。
それに気がついたのが、他でもない、ヴィクトリア・パワード。
全てはヴィクトリア・パワードによってもたらされた戦いとその“決着”!
全てを託された、津村斗貴子!

既に繰り出されたはムーンフェイスの月牙による、回避不可能の“牙突”!!!対抗するはこの場に集った戦士の核鉄を編み上げた武装錬金インフィニティ、バルキリースカート!!
互いに束ねられた武装錬金の衝突!!壊れた時間軸、瞬間の繰り返しによって刹那という点は永遠という線を描き、全ての人の仔が、刻まれ続ける絵を見たかのようにその光景を知覚する。
幾重ものバルキリースカートのうちの一部が大地に根を張り巡らせた。さらに別のバルキリースカートがサテライト30のように折り重なり、まるで突撃するための槍のように武装を形作る。前方へその刃を向けた、朝焼けの光が差した、その刃が太陽色で煌めいたのを、確かにムーンフェイスはその瞳で確認した!!
津村斗貴子とムーンフェイス真月の衝突が音速を超えて静寂を張り詰める!
「斗貴子先輩ッ!」
剛太、叫天!喉を張り咲いて声を飛ばす!ただそれだけが、何よりも辛い戦いと知りつつも尚!見ていられない、だが見なくちゃいけない。これほどの苦しい戦いを彼はこれまでも、そしてこれからもやり遂げるのだろう。願わくば少年にいつか報われる日が来る事を。味わった絶望の数だけ、彼に希望の炎が燈らん事を!
束ねられた月牙と束ねられた処刑鎌の先端同士が金属音の速度を超えてかち合い、それでも互いに決して弾かれることをしない!
「津村さん」
「津村」
桜花が秋水がその手を重ねる。その命を津村斗貴子という仲間に預け、ただ見守るだけ。それこそがつまり強い覚悟による信念か。握り締めたその拳の痛みを忘れるな、食い込む爪の感触を忘れるな。流した涙を味わった絶望を、戦いの意味を。忘れてはいけない、失われた命を!奪われていった命を!命を守る戦いを!!!
「戦士・津村」
坂口照星が呟く。あの日、照星部隊が守れなかった幼子たち、沢山の命。たった一人護る事のできた、少女の命。あの日も生きていてくれた、今も生きていてくれている命。坂口照星は確信する、『我々の戦いの意味はここにある』と!
ギィインッ、と武装が爆ぜる音がした。何の音だ、月牙が爆ぜた音だ。バルキリースカートが行ったのは、突き立てた一点を外にブチ撒く、いつものあの制動であった。ムーンフェイスが意識したときには既に、月牙の武装錬金で形作られた矛は砕けていたのである。たとえそれがあらゆる無敵の盾を砕く無敵の矛であったとて、敵は盾だけではないということ。すべてを貫き通す槍がぶつかり合った時、勝つのはいつだって、貫き通す気概か。
砕けの金属音が響き、月の牙がばらばらと抜け落ちる。だが、その輝きはひとつひとつ全て、決して消えていなかった。
牙はまだ一本も折れてはいないということ。まだ何も終わってはいないということ。戦いのピリオドがこれからつくということ。
「あの女」
「あのコ」
「アイツ」
「津村斗貴子」
次々と、かつての再殺部隊が呟く。月を見上げず、はっきりと眼前の少女を見据えて、呟いた。そのか弱さに、だが頼もしいその後姿に、不謹慎に笑みを零す者もいたほどに。いつしか芽生えた感情はまさに、戦友という想い。
「クソガキ」
火渡が歯を食いしばる。津村斗貴子は火渡にとって無力の象徴だったのかもしれない。護れなかった命の中でたったひとり、生きていてくれた命。津村斗貴子がひとり生きていようが死んでいようが、火渡がひとつの集落をホムンクルスから護れなかった事実が変わらない。火渡は、照星部隊はあの七年前のあの雨の夜、誰一人として守れてはいないのだと、彼は受け止めている!!津村斗貴子の存在こそは、不条理なほどに希望。だからこそ火渡は津村斗貴子の存在にすがることをしなかったのだ。津村斗貴子に向けた殺意を形にすることすらも躊躇わなかった!―――火渡は全ての過去を振り返り、食いしばった歯がいつしか牙を剥く形となりて、破顔という笑みを作っていた。彼にとっては、こんな結末もアリなのだろう。だがいつもの自虐さが、その笑顔のどこにもなかったとだけは言っておきたい。決して目をそらすことをせず、ただ笑って、不条理だと不条理を笑い飛ばす強さで、直視するが戦士!!
「津村サン」
そうして、火渡の笑みを毒島は心の大切な思い出にしまい込む。彼の笑顔が少女にとってどれほどの意味をもったことか。故に毒島が呟いた津村の名には、感謝の響きすらもがこもっていた。ありがとう、ありがとう。全ての命に、ありがとう。
「津村さん」
千歳にとって、津村斗貴子という少女の意味を言葉にする必要はないだろう。母性にも似た感情と、もしかしたら嫉妬に似た感情もあったかもしれない。だがその想いの全ては、たとえ千歳の心に迷い込むことをしたとしても、明らかになることはないだろう。人の心とは千差万別を誇り、故に命は賛歌されるに値する。戦士として数え切れないほどの無力を味わってきた少女は、成長した今、これまでの戦いを無駄ではなかったと思えるようになっていた。沢山の強い人を知っている。その人たちの力になれただろうか。これからも戦い続けることができるだろうか。そうやってまた、自身の心を奮い立たせるのだ。
「戦士・斗貴子」
ブラボーが力強く、息吹いた。余計な感情を一切込めず、ただひたすらに信念のみを込めて。まっすぐ目の前の少女を見据えていた。貫き通せ、貫き通したブラボーなものに、信念に!偽りなど無いのだから!!

壊れた時間軸、それぞれが月を見て過去を振り返る刻まれた時、確実に時が流れるというその象徴!その景色、仲間がいる人間と、究極的に一個体に過ぎない化け物の、まさに境界線か。
ムーンフェイス!あなたがどれだけ月牙を重ねようとも、あくまで1個体のホムンクルスに過ぎないとして!どれだけ核鉄を重ねようとも、単にサテライト30が数えて5なのだとして!ならば乱月よ、精一杯の孤独を描くがいい!
所詮は月の存在など、一心同体にして本質は一心同体でないのだ。一心同体とは、異なる人が重なってひとつに溶け合うことを言う優しい言葉なのである。故に月が如く単体がどれほどの業を重ねたとて、孤独は孤高たり得ない。
そして、この一点こそがムーンフェイスの敗因だったと、後になってなら、言えるだろう。ムーンフェイスは心の片隅で、眼前の少女が錬りあげた武装をまるで一心同体だと感じていた。その感情こそが、ムーンフェイス真月は決して一心同体の存在ではないが故。それは無自覚に心のどこかに押し込めたに違いない敗北感にも似た感覚。
彼の心は、その表情の数だけ何重にも分裂している。ムーンフェイスは分裂した思考ゆえに現実から目をそらし、そして敗北を描く未来へ誘(いざな)われるのだ。ムーンフェイスという存在は、独りにして1人ではない、今や一心同体からは一番遠い存在にも化していた。
思えば彼の願いはどこにあったのだろうか。心の迷宮の、数多の表情からは窺い知れない、作り笑いが如き孤独。言わばムーンフェイスは全身全霊の唯一無二。ムーンフェイスの敗因をひとつに絞るとすれば、おそらくはこの全身全霊と一心同体の差だったのかもしれない。
「っむぅうウウゥうぅうウうんっ!!」
ムーンフェイス真月、覚悟完了の咆哮が言葉にならぬ重低音で響いた!!
仲間たちの核鉄を武装とした津村斗貴子を前に、ムーンフェイスが選んだ選択肢。それは“真月”たる存在であることを辞めて夜を覆う闇が数の月となり、再び闇そのものを飲み込み“真月”となることであった。それは言わば、月を砕けると本気で自惚れた人の仔を叩き潰し塵芥(ちりあくた)として命の灯火の残骸とし、全月力をもって眼前の景色全てを月の一部として呑み込むという新生か!ああそうだ、砕けるなら砕いてみるといい、この月の核真を!!
ムーンフェイス真月が再びの分離を繰り返す再度最後の絶景!それはつまり、夜明けすらも全てをムーンフェイス真月が、呑み込むという意思表示!目指すは一点、目指す一点はひとつ!月下の人間全てを呑み込んで月は堕ちるのだ。分かたれし150の月が、一点の曇りすらも呑み込む新月が如き闇を描くッ!!
真月という存在は月が一点に集うことで創造され、その一点こそが核となる。ムーンフェイス真月がばらばらと月の表情の数だけ解体されていく。津村斗貴子を核点として再び真生するそのために!
砕けて数えて150の月の欠片が、再び一点に集う為に、津村斗貴子を包む空。大量の月が彼女めがけて堕ちる絶景。この死方八方天球世界無限漆黒絶界星天満天回天の夜空!月のみが唯一無二の流星軌道を描く存在であるかのように!光を遮る空の色で色で黒く黒く黒く死を死を死を死を命無き空を!埋め尽くす!!!それはさながら全てを呑み込む黒い穴のように。圧!圧!圧!死ね!!新月色の空に呑み込まれて、無様に死に晒すのが人間!
新月とは見えない絶望である。そう、黒の色に溶け込んではいるが、間違いなく存在しているのだ。―――だが、『絶望が存在しない世界が、どこにある?!』
ムーンフェイスは真月の中心点を津村斗貴子とすることで、言わばシュレディンガーの猫の実験を再現しようと試みた。それはまるで、死を描く黒い月世界。閉じられたが最後、蓋を開けて初めて判明する生か死か。

―――こうして、ムーンフェイスは最後の選択を誤った。


いや、いつだってムーンフェイスは自身の特性を無駄にしていたと言っていい。かつて犯したブラボーに対しての敗北もそうだ。ご丁寧に自己紹介をするは30という数を強調するわ、まるで「数えてくれ」と言わんばかりの愚行と呼べる数々の暴挙。
言わんまでも無いことだが、サテライト30は武装錬金の中でも最強と呼べるひとつである。なぜなら、ほんの一体を安全な場所へと隔離するそれだけで、シルバースキンにも勝る絶対防御が完成するのだから。それは正に「敗北が無い」と呼ぶ存在に相応しい強さだろう。
しかしムーンフェイスはいつだって決してその手を使うことはしなかった。
いつだって彼が“戦う”時は、分かたれた月は一点へと集い、か弱き人の仔を嘲笑うかのように目の前で輝いてきた。月が嘲る者の座とでも言いたいのだろうか。それは世界中の夜空にあるべき存在であるべきだという自負と、夜空で瞬く有象無象の星達とは違う輝きを放ってこその月という拘りか。わざわざ忠告を受けるほどに、「ムーンフェイスが戦うと大事になる」とまで言われるほど全力の戦闘行為。30に分かち輝きを放つことの出来る月という存在故の矛盾と葛藤。月とは夜空のただ一点でのみ輝きを放つべきだという、信念。
月の核点に選ばれた場所に立つが津村斗貴子。そのか細く弱々しい姿は月と対比されて、まるで少女がただ犯されるのを待つ儚さのシンボルとして描かれた一枚絵のように、その神聖さ故に乱れ淫らに悶えて果てる姿を誰しもの頭の片隅でよぎらせそして消えてくれない絶望!『勝てるわけがない』と!
と!これまでなら思えただろう。だが今の彼女には、奥の手が溢れるほどに彼女を守護しているのだ。そう、仲間の数を乗じて!


言ってしまえば信念とて愚かしいものである。
たとえもっと賢く、たったひとつの冴えたやり方があったとしても、あくまで選ぶは自身が信じる道を行くという一本道、それが信念という言葉の本質であろう。そしてそれは時に愚かな振る舞いともなる。
ムーンフェイスは、残酷さを隠さない錬金術師かもしれない。だが、決して屑ではなかった。月はあくまで誇り高く、星屑の中で埋没することは決して望まない。ムーンフェイスの信念、それは月の誇りを貫くということ。
月の誇りとはつまり、輝くべき時間に、自身の破片を弱々しい星屑として夜空へ撒き散らす真似をしないということ。たとえ地平線の彼方でそれを行う許容があったとしても、昼と夜を分かつ水平線こそが彼の譲れない一線。戦いの夜に輝くべき月は、鮮血の月は!雲隠れを目論むばかりの月など、戦いの夜空に相応しくあるものか!
月とはそう。
時に人を照らし道を紡ぎ、時に人を惑わせ道を誤らせる悪魔のように。
月とはそう。
戦いの夜を舞う月はいつだって、血に飢え果て、渇きを描く存在であらねばいけない。
月とはそう。
夜空の支配者たる存在。誰よりも大きく強く輝く星が月であるように。
ムーンフェイスは月の誇りを、夜空を無残な破片で無駄に汚す真似を決して望まない。
真っ向勝負での、夜明けへの拒絶。

そうやって信念に従った結果、月は月の運命が定めるままに、大地に沈むこととなる。
月よ、あなたがそうまでして叶えたかった目的が手段に換わってしまった時、それでも叶わぬ願いを夜空に込めて、月夜の旅に自身がお月様気取りのバケモノに過ぎないと理解しながら、望みをそれでもまだ望みを続けるのだろうか。
だがいつだって夜明けが再びあなたの夢を打ち砕くぞ。
たったひとりの時間よ、今良い朝に添えて、目を覚ます時ではなかろうか。
全ての核鉄を束ねあげることができる可能性を持つ、たった1人の戦士がここにいる。錬金の戦士の希望が、一人の少女が存在というたった一点に集約されていく!

今宵、全ての月が堕ちる。
つまり、津村斗貴子のバルキリースカートがその答え。
希望の特性は精密高速機動。その形状は核鉄ひとつにつき死枚の刃。
バルキリースカートの複数同時展開。もしも核鉄を乗ずる無限武装錬金を行った時、それが示す意味は舞数だけをみても、即ち月に届く可能性を示すだろう。
これは余談であるが、それはわたしたち(あなたたち)が見ることのできる、1つの絵が示唆していた可能性でもあった。興味のある人は探してみるといいが、W武装錬金されたバルキリースカートを描いたその絵の中では、六角形の「ジョイント」とでも言いべき接続起点を増設することで、2つの核鉄による処刑鎌を、その足に接続・創造している。
バルキリースカートとは正に手を必要としない武装であり、身を護るための武装でもない月に届く為のたった1つの武装。
こうして今宵、全ての月が大地に堕ちる。
希望の蕾は、形を変えて花と咲く。それはそう、核鉄が武装錬金と形を変えるように。今、未来へ向けて求められた希望の花は、希望の蕾がそろって咲く花畑。誰かが小さく呟いた言葉が風に乗った。
「…綺麗」
決して風にはためく事のないスカートが、それでも波うち踊る様は、まさに美そのもの。こうして戦争の幕は大地に迫り、最後の言葉が響き渡ろうと人々が立ち上がる。

答え合わせをしよう。
ムーンフェイスの無限増殖は、あくまで月牙の武装錬金サテライト30の特性によってもたらされる奇跡の業だ。ならばその全てを、今や数えて100を超える月牙の全てを砕くことができたなら、ムーンフェイスの武装は真月もろとも形状を保てず核鉄の姿に戻るのではないだろうか。パピヨンが常に武器破壊を狙った戦いぶりのように、武装を砕けば未来は手のひらを舞うのではないだろうか。
ヴィクトリア・パワードが伝えた月を落とすための手段は、まさに蝶々と月の邂逅が既に描いていたひとつの結末点と同じであった。そして重ねるはヴィクトリアの気づき、『たったひとつの冴えたやり方』が他でもなく津村斗貴子の武装錬金にこそあったということ。
みんなの核鉄によって生み出されたバルキリースカート。その特性は、あくまで精密高速動作。つまり、だ。複雑な軌道を描く月牙とて、バルキリースカートなら追える。これで終えるのだ。
刃の数はインフィニティへ、乗乗計算。これこそが、月の牙を砕くための結末に向けた最期の武装。狙いはそう。お月様が持つ全ての月牙。蝶々が既に目論んだ模範解答。
仲間たちによって削られバルキリースカートによってブチ撒けられた月の全ての月牙を、津村斗貴子は捕捉する!!W武装錬金や2人の武装錬金を越えた先にあるもの。それがインフィニティ。今や、大切な仲間たちの核鉄を全てデスサイズへと武装錬金した先の境地。みんなの核鉄をひとつに纏め上げ、W武装錬金を遥かに超越せし武装錬金、武装錬金インフィニティ。戦乙女は装束を纏い、今、津村斗貴子がピリオドに向けた戦いに終止符を打つのだ。
バルキリースカートの全ての刃は正確に、月の牙全てを捕捉した。こうして勝利は確定する。この勝利は与えられた勝利。たくさんの仲間と、そしてヴィクトリアによって託された月に克つ為の勝機。それが希望の未来へ物語を繋ぐピリオドとなると信じて。
だが、それでもやはり断っておこう。これから描かれるのは、砕くやブチ撒けるといった所業ではない。それは、まるで彼のようにまっすぐ。善でも悪でも、偽りの無い信念に、貫き通せぬものなど無い。ならばこそ!!!『偏えにありったけの想いと力を込めて、撃ち貫く』!!!!


ビフォーピリオド(ピリオドの前に)、否定しておかなければいけないコトがひとつある。
ビフォーピリオド(ピリオドの前に)、肯定しておかなければいけないコトがひとつある。
それはあの日、カズキに沸いた力に偽りひとつなく輝くものがあるということ。
思い出してもらいたいのは、あの日、学校でカズキに沸き立った力について。
それが、ヴィクターであるが故のドレインによるものではなかったということ。
斗貴子は静かに理解する。ひととの繋がりを。大切な人たちの存在を。
そしてまた、大切な人を思い出す。
その全てが彼女の本能を呼び覚まし、その深遠にある闘争本能を揺さぶり起こす、儀式。
そう、これこそが闘争本能を極限まで昂らせるために必要だった、儀式!
戦部は自身の人間の業ではありえない武装錬金の特性を補うため、ホムンクルスを食すという儀式を行う。なぜならそうした儀式によって昂ぶる闘争本能こそ、武装錬金発動のために求められる最重要の依り所なのだから。
もしかしたら、闘争本能は絆という儀式によってこそ最も昂ぶるのかもしれない。
儀式という言葉が合わないのなら、誓いや約束という言葉でもいいだろう。武藤カズキが大切な人たちの言葉を楽しかった思い出をチカラに変えているように。あの日、学校で武藤カズキに沸いた力。その闘争本能全てがヴィクターたるエナジードレインによってもたらされたのではないということ。大切なのは、自分が何のために戦うのかということをもう一度思い出すということ。それだけはここではっきりとさせておかねばならない。大切な仲間のために。これ以上の悲しみを生まないために。絶望を呼ばないために。あなたのために。
儀式とは誓いであり、約束とは未来と交わす契りである。
未来とは、今と希望を繋ぐ架け橋。未来が現実になったときに、希望はこの掌に掴まれる。
さあ、それが、今。戦いに、幕を下ろして、大切な人たちと未来へ行こう。
希望の蕾は、形を変えて花と咲く。それはそう、核鉄が武装錬金と形を変えるように。こうして戦争の幕は大地に迫り、最後の言葉が響き渡ろうと人々が立ち上がる。

居並ぶ戦士たちの言霊が木霊する。掌握!決意!そして咆哮!!
「貫け!」
貫け!たったひとりでひとりじゃないと実感しながら、たとえこの先どこまでもひとりであったとしても!これはひとりでも戦えるとかそういう話ではない!!ひとりでも、戦わなくちゃいけないときがあるんだから!でも、ひとりじゃない!!!ひとりじゃないのに!!!
叫べ!!この声が涸れても、どれだけの絶望が彼女を包んでいたとしても!その全てを闘争本能に代えて今は叫べ!!
絶叫が重なる、剛太の桜花のブラボーの仲間達のその全ての声にそれぞれが自身の叫びで上書きする。津村斗貴子自身も、磨耗しきった精神力と連続した武装錬金の発動でとうに限界は超えていた。だが、同時にいつもよりもチカラが沸いてきてもいた!!
咆哮は絶叫となり天を突いて空をつんざいた。全ての月牙を、処刑の鎌が捕捉する!!!
「貫けッ!!私たちの武装錬金―――ッ!!!!」
エネルギー…、全開!!!!



同刻、寄宿舎。
オバケ工場がインフィニティと化したバルキリースカートが朝焼けに反射して、寄宿舎を照らしていた。
その光は、まひろがずっと待ち続けている、彼の帰参の光じゃあなかった。それでも確かにカズキのとの交わした約束のままに、待ち続けるまひろを暖かく包む。
まひろは意識するでもなく、その名を零していた。
「斗貴子さん」
風が柔らかく包む。眠れない(眠ろうとしない)まひろを気遣い同室でただまひろを見守っていたちーちんとさーちゃんもつられて同じ意味の言葉を繰り返した。
「斗貴子先輩」
「津村先輩」
男子部屋。
「斗貴子さん」
「斗貴子さん」
「斗貴子氏」
同刻、ここではないどこか。ヴィクトリア・パワードが呟いた。
「ツムラトキコ」
決着の舞台はオバケ工場。全ての始まりの場所で、ピリオドは始まる。


叫べ。


確かに未来を呼び込む術など限られているかもしれない。
ならばこそ叫べばいいのだ、あの優しい言葉を叫べばいいのだ。
世界の終わりを飾るあの言葉。優しい世界を謳う、あの言葉を。
閉幕に向けて送る相応しい言葉は、そうだ。



ブラボーだ。








名前:
コメント:
最終更新:2010年01月16日 15:32
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。