第50話

人生にいつか終焉の時が来るように。物語に幕がおろされる日があるように。
人生とは戦いの物語であり、戦いこそは人生である。
ならば、戦いにこそ儚さは存在する運命の摂理そのものか。
出口の見えない戦いが何よりも辛い。

しかしあなたは知っている。
希望が今まさに彼らに追いつこうとしていることを。
彼らの長く苦しい夜の戦いに朝の光が差す時間が近づいているということを、あなたは知っているんだ、そうだろう?

命がけの死闘が、果たして命を賭けるに値する、未来を掴む為の戦いであるのか。迫り来る死が戦士たちに問いかける。死とはなんだ、別れとはいったいなんなんだ。
必死に闇を払わんとする戦士達。そうしてできることは自身の心に陰る不安を払うことだけなのか。いいや違うはず。

長かった物語の戦いも、ようやくこれで戦いの最後である。
さあ、今こそがまさに最後を語り始める時。
その終わりは、月影に迫る男爵様が地の底を駆けて現れたことから朝焼けとなることから。膨らんだ月は現実から目を逸らす。人の仔よ。願わくば驕り高ぶる月を貫きたまえ。

今まさに希望は、最短速度で夜を越える。



第50話 Go to end



圧倒的はムーンフェイス。
焼き尽くされても、そもそも月が焼け野原と化すことを恐れぬように。
儚さが悠久との比較であるならば、それは星と人との命の距離か。
輝きはあなたを照らす。あなたはそうやって誰を照らすというのか、お月様。
圧倒的はムーンフェイス“新月”であり、ムーンフェイス“真月”であり。
月の道をさえぎる存在などありえないのが光景か。

ムーンフェイスは確信する。
彼もまたあの仮説に辿り着いた存在であったのだ。「不完全なホムンクルスこそが真の不死」という仮説を抱く者であるが故の確信的凶現たる乱月。だが仮説とはあくまで暫定であり、既定路線に乗せるには決定的証明の存在が求められる。ムーンフェイスにとって、そうした暫定を絶対肯定として現実に写した存在こそがパピヨンであった。
かつてLXEにて、パピヨンが見せた完全復活、そこに潜むもうひとつの仮説が示す証明式が決定的な真実がある。それこそが、バタフライの修復フラスコが、結果的にほんの補助に過ぎなかったという仮説。パピヨンの完全修復を目の当たりにしたバタフライの抱いた「それとも」の先にムーンフェイスが付け足す言葉があるならば、それは「章印を持たない不完全なホムンクルスだからこその回復能力(不死)」となるだろう。故にムーンフェイスは確信に至る。不完全なホムンクルスこそが、完全なる超人であると。
確かに完全なるホムンクルスは、不完全なホムンクルスのような欠陥と呼べる不安定さを持たない。だが、傷痕が弱さの証明たりえぬように、欠陥や欠損がそれまでの道のりを描く標となるように。何よりも生を示すシンボルたりえるように。フラスコの中で成体になるまで育った純粋培養と、幼体のうちから世間の荒波にのまれそれでも生きたいと願い続けた強靭なる生命と。どちらがしぶといかは、本来言うまでもなく無いことなのかもしれない。不完全故に克服の余地がある。完全とはいつだって、克服の先に立つ。つまり、克服とは超越。超越すべきは自分自身。弱きを経て強きに至れ。
弱点たる武装錬金にされるがままの生命を究極と呼ぶのが果たして相応しいか。故にムーンフェイスは確信する。この体、核鉄すらももはや恐れるに足らないということ。ムーンフェイスが果たした、武装錬金による絶対の死を克服。それはまさに月に相応しい超越だろう。月は、表情に安定を抱かぬからこそ強く煌めく。
宙空を漂う星の破片を取り込んだ月さながらに。もう誰にも不完全な星とは誰にも呼ばせやするものか。
嗚呼!儚き哉、人生!!
人生にいつか終焉の時が来るように。物語に幕がおろされる日があるように。人生とは戦いの日々であり、人生こそは物語である。ならば、戦いにこそ儚さは存在する運命の摂理そのものか。
命短し人の仔にとって、出口の見えない戦いが何よりも辛い事を知れ。

ムーンフェイスは愚者ではない。
当然、錬金戦団の切り札が戦士長・火渡であることは既に看破していた。彼がこの夜の戦争に間に合う可能性も、重々考慮にいれていたのだ。だからこそ、火渡に焼き尽くされないための要が核鉄であった。だがそれだけではなく、ムーンフェイスは併せて別の策も用意もしていたのである。
策とは幾重に張り巡らせてこそだと誰もが言う。その言葉の真意は、策というものが全て活用されてこそのモノなどではなく、むしろ其の逆にあるだろう。つまりはどれだけの無駄を弄してでも、策略にはあらゆる場面に絶妙に合致できるだけの質と量が求められるということ。策とは即ち後手で発動するが故の先手であり、故にあらゆる場面を想定することが求められる。必要なのは、想定された状況に慌てて対応する必要がないように余裕ある状況を準備・確認しておくことなのだ。
ムーンフェイスを殺しきれない火渡ら錬金の戦士たち。哀れなるその姿に対し、ムーンフェイスが高らかに高笑い嘲笑う。
「やぁ、どうしたんだい。火力が弱まっているよ?」
既にその場に居並ぶ戦士たちの足は止まっていた。単身ムーンフェイスに特攻をかけた秋水も、今は桜花が纏うシルバースキンの中で最低限の呼吸を刻みながら待機している(シルバースキンは少年少女計二名までなら収容可能である)。
彼らに戦いの意志が失われたわけでは、勿論ない。だが、火渡が猛れば猛るほどに、戦士たちの舞台から、戦場から酸素が奪われていくのが現実の問題として発生していた。このとき、戦士たちは今宵における最大の危機に瀕していたのである。

それは、希望が立て続けに訪れたが故の誤算であった。
本来、作戦に組み込まれていなかったブラボーが参戦したが故の失策かもしれない。連続した奇跡の果てに辿り着いた勝利への答え、火渡が墜ちたが故の大惨事。火渡の武装錬金、その破壊力故の悪夢。何度でも焼き尽くす、火渡が。そうしてその先の結果が知れることとなる。現状が語る真実、オバケ工場内部における酸素の欠乏。火渡が戦場で猛る為に、戦士たちは自身の核鉄を換装しシルバースキンのアナザータイプへと身をやつした。そうやって火渡が猛る中、戦士たちはシルバースキンを脱ぎ捨て自身の武装を武装することが不可能状態へと陥っていく。
これぞ月の牙城を強固にするための、ムーンフェイスが描いた天地逆転の殺劇であった。ムーンフェイスの悪夢的魔手、それこそが「戦士長・火渡の参戦によって、戦士達が敗北する」という未来予想図である。あくまで月が誇り高く輝き続ける中で描かれる前提のもとでの悪夢無双。月が無双ゆえの悪夢と現実の歪んだ境界線削除。
剛太達の誤算こそがムーンフェイス“新月”そのものであったと言ってもいいだろう。不完全なホムンクルスこそが完全なる不死であるというテーゼが示す結果は、ムーンフェイスが火渡の炎でも焼き尽くせない存在という事実を指していた。月を焼き尽くし損ねた未来で待つのは、まさに命無き月の世界かもしれない。ムーンフェイスが用意したはまさに月下反転の暗黒界だったと言えよう。それは火渡の炎によってもたらされた、命無き衛星の世界に酷似した絶景。まるで月の表面であるかのように、無を物語るが魔空。

火渡の炎が戦場たるオバケ工場から酸素を奪い、火渡の炎が戦士達から戦場を奪う。
当然の話だが、勿論オバケ工場は密室では無い。だが壁が焼き払われたとして、そこから流れ込む換気程度の微風が、この閉じた世界の空気の色を換えるわけが無いように。今も尚、火渡が燃え盛り続けるために酸素が使われていることが示す現状という事実のように。月にすれば、武装を解除しシルバースキンアナザータイプに身をやつす戦士たちが、もはや戦士として数えるには弱すぎるただの人間に過ぎない存在であるように。極端に酸素が失われた外界下では、もはやシルバースキンを脱ぐわけにもいかないように!
全ての事実が必然を示す。
マラソンマッチの終着点は、火渡vsムーンフェイス。だが、この世の酸素が全て燃え失せるまで呼吸を荒く燃焼を続けたとしても、月は果てなき夜を周回し続けるのを止めはしないだろう。そしてマラソンは、呼吸を保てなくなった者から斃れていくのがルール。
しかしながらだからこそ、だ。賭けるべき存在は、すがるべき存在は、戦況を握る鍵は火渡の栄光の熱量であった。シンプルな熱が、ありとあらゆる全ての物質の結合を破壊し灰塵に帰す不条理たるように。彼の火が太陽と成りて、寄せ集めの月を粉々に砕くことは決して叶わぬ夢物語ではない。―――だが、夢を叶えるためには、現実が不可欠である。
現実、それはたとえば戦士・火渡の今や夢幻の如き熱物語を叶えるための、人間賛火。つまりあの拝火的存在が、どうしてもあの仮面を被った少女が必要なのである。
ブラボーが肩に止まる小さな千歳にキャプテンとしての指示を出す。
「戦士・千歳。戦士・毒島だ。戦士・毒島の武装錬金があれば…!」
勿論だが、ブラボーは千歳に毒島の存在を思いださせる為に指示を飛ばしたわけではなかった。それがどれだけ言うまでもない事であったとしても、現状が急かすことしか打てる手がなかったのである。彼らに必要たるは戦士・毒島の武装錬金、つまりエアリアルオペレーター。火渡を燃やすも戦士達を生かすも可能な、たった一手で盤面を覆す最終人間兵器的存在。
「わかってる!さっきから…、さっきからそれをしようとしているわ…っ」
か細い姿の千歳が、姿そのままの声をシルバースキンの内側、ブラボーの肩の上で絞り出した。だが其の声、絶景を見たかのように、慟哭にも似た嗚咽のように暗黒。千歳の絶望と驚愕、そして先に続いた言葉。全てを把握しているものなどそうはいない。そして、知らぬが故に人は絶望を覚える。戦士すらも絶望させるだけの響きが、鳴動した。
「毒島さんが、いいえ、ニュートンアップル女学院に向かった全ての戦士が、存在しない…。いないの…、この惑星のどこにも…!!」
まるで肌をざらついた鳥肌で撫でるように、ざらい風を巻き起こすが言葉。
この空の下、虚無のように風が吹き荒び、人は死ぬ。


だが。


そう、もう既にあなたなら判っているはず。
まるで希望と絶望は武装錬金。全く別の存在形状に形を換える合わせ鏡。希望の蕾は形を代えて花と咲く。絶望の種もまた、形を代えて芽吹く。
今、戦士達にとっては正に思いもよらぬひとつの絶望が、どこか白々しさすら感じさせる流れで語られた。そう。これは、必然というタイミングが生んだ、笑い話にも成りうる絶望なのである。全ては希望が花咲くための布石に過ぎない。
あなたは知っている。まさにこのとき、希望が彼らの元へ向かっているということを。そう。結論を語ってしまえば、ムーンフェイスは斃される存在なのだから。
ならば絶望を希望に換えるため。欠かすことのできぬ儀式(セレモニー)をさぁ始めよう。
決意!掌握!咆哮!武装錬金!!今、絶望の布石が希望の武装へ形を換える。この時、千歳たちが抱いた絶望こそが、まさに今、あの希望が彼らに向かっている事実を示すのだ。そう。―――希望は、最短速度で夜を越える。


同刻、どこでもない場所を男爵様は突き進んでいた。
絶望を一身に引き受けた仲間たちに、引き受けた希望の歌を全小節奏で伝えるために。みんなして行こうよ、勝利を掴め、そのあと日がな暮らす為、前に!
亜空間を駆ける男爵様。それは戦士・根来がニュートンアップル女学院に居合わせたということが何よりの幸いとする、降り懸かる空を舞う雪にも似た希望の調べを奏でる存在であろうか。忍者刀の武装錬金、シークレットトレイルを両手でしかと握り締めて、ガンザックオープン!!無に帰せ、逝き斗死生ける全ての絶望よ!
そうして描かれる希望という未来は今へと繋がる、そうして未来という今が刻まれる。
心にも似た『どこにも存在しない場所』で響くは、超速すらも凌駕する、言わば絶速でもたらす希望音。限りなくゼロに近い速度にて、万象一切の障害を難なく潜り抜ける男爵様の速度はエネルギー全開!全開!全開!希望そのものと化した速度を持つ今の男爵様のその勢いを持ってすれば、半日をかけてようやく夜を駆ける月に追いつくことなど、なんと容易(たやす)きことか。変わる。こうして間違いなく世界は変わるのだ。
そしてこの僅か絶速の時間に、斗貴子が仲間たる錬金の戦士たちに語ったひとつの決意があった。世界に優しいピリオドをもたらす、これが始まり。

こうして、希望はオバケ工場という絶界にそびえ立つ。
「むぅんっ!?」
ムーンフェイス“真月”、自身の巨体を揺らして後方へ下がった。そこに現れたのは負けず巨漢の男爵様。その手には、東洋の神秘、まさかの忍者刀。
「あれは…、照星サンの武装錬金―――」
「――ッバスターバロン!!!」
限られた空気を使ってでも叫ばずにはいられなかった戦士たちの咆哮が響く。
時を駆け抜けて追いついた男爵様の参陣。それは根来の武装錬金の特性を増幅しての推参であり、故に現れた男爵様は月影から罷り通る!さらに、息をつくまもなく男爵様の顔をマスクが包んだ!
「ガスマスクの武装錬金、エアリアル・オペレーター!!」
バスターバロンから大量のガスが放出されるそのガスの俗称は、「空気」!!!
この瞬間、である。うねりを上げた二人の戦士長の指導力は、まさに有無を言わさぬ響きがあり、迷いの無さが戦士達の背中を押すに値する誇り高さを持っていた。
「ブレイズ・オブ・グローリィイイッ!」
ひときわ巨きな爆発が起きた。再び燃焼のガスを得た火渡による、本調子の火炎爆破。ムーンフェイス“真月”の再度完全破壊。
「今だ、戦士・剛太!!!!!」
ブラボーの絶叫が、戦士たちを奮い立たせる響きを取り戻していた。
“新月”による再誕にはタイムラグがある。
ムーンフェイスは不死たる存在であるが、無敵ではない。攻撃を受ければダメージを負うし、修復には時間を要するのだ。こうして火渡が作りあげた時間、即座にブラボーは剛太に指示を飛ばす!
「剛太、バスターバロンの肩だ!!サブ・コクピットがある。そこに全員を収容しろ!!」
「使え!中村!!」
武装解除した秋水が自身の核鉄を剛太に投げつける。もはや戦士たちの核鉄は所有者という垣根を越えて、力を借りる仲間の絆と化していた。
「武装錬金!!モーターギア!!スカイウォーカーモードッ!!」
大きくXの文字が刻まれたアナザータイプのモーターギアを駆り、剛太は仲間たちの手をひいては男爵様を駆け上がる。モーターギアを全開で回転させれば、二人までなら運ぶことができる。だがモーターギアのパワーは武装錬金の中では最弱クラス、重力を前にどこまで空めがけて駆け翔け上がれるか。だからこそ!!
エネルギー、全開ッ!!!!
「うぉおおおおぉぉおおおおっ!!!」
ただ、シンプルに信念を貫き通すことの難しさ。頭のギアがキチンと噛み合った時、剛太はその力を最大限発揮するタイプの戦士である。だが、この場において、ギアは完全に噛み合ったわけではなく、むしろ効率を考えたならば、それはたったひとつの冴えたやり方ではなかっただろう。だからこそ、剛太は全力を出した。最もうまい噛み合わせ出なくともギアは回転する。たったひとつ、信念さえあれば意志は貫かれるのだから。全力でギアを回転させる!!
ブラボーの想定以上の速さで戦士たちが次々とサブ・コクピットへ運ばれていった。千歳のヘルメスドライブも補助として十分すぎる役割を果たす。そうして最後に火渡が空から直接舞い降りて、男爵様の内部に。
「戦士たち、全員収容完了しました!!!」
毒島の声が、男爵様の内部を共鳴した。
両肩のサブ・コクピットにそれぞれ居並ぶ戦士たち。照星部隊、再殺部隊、LXEの壊滅任務を担った戦士たち、カズキの仲間たち。彼らこそがまさに、この時をカズキと同じ意志で戦う戦士たち。
守りたいモノが同じならきっと必ず、戦友になれる!今、彼らが守りたいのは世界。月に消えた二人の戦士の為に、守らなければいけないのがこの世界。帰る場所がここにあると伝えるために!
「行きますよ、私たちの未来へ。準備はできましたか、戦士たち」
左右両肩のサブ・コクピットに収容された戦士たちそれぞれに、頭部メインコクピットの映像が投影された。そこに映ったもう一人の人影。
津村斗貴子が坂口照星の横に立っていた。

「…先輩…っ」
剛太が微かな声にしかならない叫びを漏らした瞬間、斗貴子が口を開いた。
「剛太、それにみんな…。すまない」
すまないという言葉が持つ響きはどこまでも重く悲しくて。目をそらせなくて。辛くて。優しくて。斗貴子の表情には明らかな無理が見て取れる。剛太もまた、辛い想いを表情に隠すことができなかった。今の斗貴子は誰にも優しく微笑むことはまだできない。それでも。
それでも津村斗貴子は、喚くことなくあくまでも静かに、決意を感情として表情に出した。月に夜の終わりを教えるために。願うべきは希望を現実にするということ。先に綴られた一言、それが持つ響き、描かれる未来へ贈る言葉。決意は色めき意志は言葉となって未来を形作る。今、あなたに届く未来はどれぐらい優しいのだろうか。
「……アレの、決着は私がつける」
斗貴子の言葉を受けた戦士たちは、張り詰めた無言を持って決意を受け取める意志を表明する。津村斗貴子が後に綴った言葉はあくまで決意。なぜなら未来は行動をもって描かれるものなのだから。だが力なきものに行動はない。―――だから。
「だからその為に、みんなの力を貸してほしい」
あなたの力を。わたしの力を。束ねてみんなの力。最終決戦の決着は、まさに総力戦によって始まる。今このときという未来を過去に捧げる為の戦いとせんがため。


さぁ、限界を越えよう。








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最終更新:2010年01月12日 21:06
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