第49話

この物語の始まりは一人の少女の戦いへの決意から。
この物語の終わりは一人の少女の戦いへの決別から。

逝き斗死生ける一人の少女として、決して、バケモノとして、ではなく。
たとえ事実がバケモノであったとしても、そこまでバケモノではないんだ。
心が人である限り。決して人の姿を忘れない。



第49話 not so MONSTER



大戦士長、突然にして堂々たる参上。
「に…ッ!」
ただただ驚愕の円山。そんな円山の絶句を坂口照星は微笑ひとつで受け流した。
物陰から現れて黒幕のような拍手でも始めそうな登場。有無を言わさぬ、やさしい笑顔がそこにあった。そうして大戦士長・坂口照星は誰かに聞かれるその前に、自身がこの場にいる理由を簡潔に述べる。
「戦士・千歳に、照星部隊の再結成を、と要請されましてね。ならば私も前線にと、こうして来たわけですよ」
これはなんと簡単に言ってのける男であろうか。彼は簡単に言ってのけたが、もちろん話はそんなに簡単ではない。大たる長である彼がこの場に単身でいるということがすなわち異常事態なのである。つまり今世界で起きている戦争が、彼がその手を離したとしても「大丈夫」という状況でなくては彼の登場はありえないのだから。
全てが確実にピリオドへ向かっているということを示す存在であると言えるだろう。彼がこの場に現れるために彼が費やした苦心を想像するに、それも尋常ならざる決意のなせるわざと言えるかもしれない。
そして、千歳が照星部隊の再結成を要請したということ。これも、彼女がこれまでに撒き散らした手がかりが示す必然だろうか。もしかすると、彼女が撒き散らした手がかりが一点に集うときが、全てが一点へ集まるときがピリオドなのかもしれない。

戦士・千歳。
この物語において、火渡戦士長の失踪を機に暴走した再殺部隊を偽情報により踊らせ一点へ集わせたのが、千歳であった。病院を護るために満身創痍の体を押して月に立ちふさがった防人たるブラボーの楯となるために、誰よりも早く駆けつけたのが、千歳だった。戦えない体に葛藤するブラボーの背中を押したのもまた千歳であり、火渡の救出においても、千歳は大きな役割を果たしたのも千歳であった。バブルケイジの理不尽きわまる特性すらも希望に代えて、ヘルメスドライブの限界を超え、ブラボーを戦地へ導いた楯山千歳。そしてこの時、大戦士長たる坂口照星すらも戦場に引きずり出したのもまた、千歳であった!
全ての舞台裏は、そう。楯山千歳によって拓かれる夜明けの物語。
「…いったいあの人はどこまで計算してたのかしら」
落ち着きを無理やりに取り戻し、円山が横でふわふわ浮かんでいるバブルケイジを指でつつきながら呟いた。それは、諦め込みの無理やりな納得なのかもしれない。そんな円山の傍らのバブルケイジ。火渡救出の任務を終えて尚も円山が武装解除をしないのは、この瞬間も千歳が小さな体で絶望を乗り越えてブラボーを仲間と共に戦っていることを知っているから。目の前の戦いを前にして、何もできなかったという思いは燻ぶるだけで煤けていくしかないのか。


そうやって、諦めていた戦いへ続く道が、ひとつの奇跡が現実としてあなたの前に現れることがある。そして、力強い言葉がいつだってあなたたちを奮い立たせるんだ。
これは優しい大人たちが送る、子供たちのための物語!
坂口照星がこの場に現れた理由、それはもちろん見物などではありえない。当然目的があり信念があるのだ。たった一言が大きく空気を引き締める。
「行きますよ、戦士・津村に戦士・円山。戦士・毒島に戦士・根来。戦士・千歳が纏めあげたこの舞台。全てに決着をつけに」
大きく空気を引き締めるたった一言がある。語られた真意、彼の目的。終わりを終えて、また未来への一歩を踏み出すために。そのために!彼はその為にこそこの男はここに現れたのだ。

坂口照星の言葉を聞いて、火渡救出の任務を終えた根来と毒島が物陰から顔を出した。立ち位置的にはヴィクトリアの正面斜め前で、自身の核鉄を火渡に託した毒島の素顔、晒け出された複雑な表情。それはヴィクトリアに向けられた感情、火渡を監禁しこの戦争を引き起こした者に対する敵意であったのだろう。だが、『憎しみは殺意の言い訳にはならない』。ヴィクトリアが津村斗貴子に対して贈った言霊は、毒島の胸にも強く響くものでもあった。芽生えてしまった、ヴィクトリアに対する戸惑い。そんな毒島をちらりと見て、坂口照星が現れてからは沈黙を保っていたヴィクトリアがくすりと笑った。
無駄な言葉もなく、まるで空気が彼女の出番を告げるまで静かに押し黙っていたヴィクトリアは、それでもどこまでも凛然と胸を張って立つ。
見渡せば戦士たちが、錬金戦団の大戦士長たる坂口照星に向き直していた。千歳の暗躍を知る由もないヴィクトリアは、これはいったいどこの誰の差し金なのかと苦笑いを浮かべる。そうして胸に秘める憎しみのやり場に対するどこか諦めの表情も浮かべながら、この張り詰めた空気をさらに弾く様にゆっくりと真っ直ぐな姿勢で空気を裂く言葉を発した。
それはホムンクルス造反劇の首謀者から、錬金戦団の大戦士長へ贈る、戦争の幕引きへ向かうための言葉。細い指を静かに、一人の少女へ向ける。
「ツムラトキコに話を聞くと良いわ。今夜の私に残されていた希望は全て、あそこにいる女の子に託したから」
子供を戦地へ送ることに対する皮肉を込め、ヴィクトリアは『女の子』という言葉で津村斗貴子を形容した。

坂口照星の胸に響くは、あの日、ヴィクターが海上で放った怒りの絶望。『再殺はお前達の、必然』。
否定する言葉が出なかった。
否定できないテーゼ、そうやって人間を辞めた者たちをただ再び殺すのが錬金の戦士の使命なのかということ。例えば!『年端もいかぬ娘に責を負わせて化物にし、化物にされた父親を討たせようとする様な意思のコトかァッ!!!!』目の前に立つ、ヴィクトリア・パワードこそが、錬金戦団における過ちの象徴。それは言わばひとつの、ピリオドか。
この時、戦争の首謀者たるヴィクトリアを前にして坂口照星が下した判断は、錬金戦団の大戦士長の判断だと考えたならば非難に値するものであっただろう。だが、ピリオドとピリオドの先にある物語において、ホムンクルスの制圧と錬金戦団の段階的活動凍結を実行に移したことを考えた時、この場における坂口照星の判断は決して彼の信念を偽るものではなかったと言えるに違いない。
恐らくはこの後に続いた彼の選択に違和感を抱く者もきっといる。だが、忘れないでほしい。大切なのは選択を誤らないことではないのだ。大切なのは選択の後にどのように行動するか、なのである。
内に秘めたひとつの選択を形にするため坂口照星が、静かに呟いた。
「我々は赦されますか?」
たった一言、そして返して二言。
「私達が赦されるのなら、もしかしたらね」
それが、この首脳会談とも言えるかもしれない、ただひとつのやり取りであった。殺り殺らぬ、願いにも似た言葉の受け答え。目撃した者は少なく、全てを証言できる者もまた少ない。
二人はそれ以上なにも交わすことはなかった。言葉も、そして刃も。戦士とホムンクルスが、互いに何もせず、ただすれ違う異景。
この時、坂口照星の胸にあった将来の展望は、ヴィクトリア・パワードがツムラトキコに残した希望によって具体案となり、決行にと移される。ホムンクルスの再人間化を目指す未来へ。
坂口照星とすれ違ったヴィクトリアはそのまま歩みを止めることなく、まっすぐ学院の外へ向けて足を進めた。こうしてヴィクトリア・パワードは自身が抱いた全ての戦争行為を終結させ、背中に背負った未来を人間に託す。誇りと命ひとつを携えて、一人ニュートンアップル女学院を後に凛と威風堂々と煌々と、世界へ。

この場に居合わせた全ての戦士たちは、この戦争をたった1人で闘いきった少女に自然と姿勢を正し敬意を払っていた。さぁ、誇り高き戦士のお帰りだ。仰げ尊し美しきこの世界を。今が、巣立ちの時。
さよならも言わず、別れも告げず。いつかの再会の約束もないままに。
どうかこれがよい別れとならんことを。

こうして夜に終止符が打たれるときは近づき、明け方が今まさに。
かくて世界はあなたが望んだ空の色を取り戻していく。



あなたにとって、赤とは何色だろうか。
それは滴り落ちる血の色か。ところであなたの血は何色ですか?
それは街を焼く業火の色か。ところで夕焼けの空は何色ですか?
あなたの血潮が太陽の熱を帯びたことはありますか。

真紅の色が、誓いと喩えられるように。
血の通わぬ誓いに優しい温もりがないように。
人が優しい温もりを求めて家に帰るように。

きっと、誓いこそがあなたの帰る場所。
約束の場所が、誓い。

あなたの世界はどこにありますか。
あなたの街はどこにありますか。
あなたの家はあなたを待ってくれていますか。

この物語は、ただの袋小路の物語。
道を外れた人が道に迷った人が、その足跡が静かな月夜の道のり。
ただちょっとだけ遠回りな、未来への帰り道。

だから。

帰ろう、帰るべき場所へ。
夜明けの朝に、遅れてきた未来に。
そして伝えたい気持ち。
語られることのなかったらあの言葉。

あのお迎えの言葉を。
ピリオドの先の未来へ繋がると願って。



さあ!
これから送る結末は、ヴィクトリア・パワードがあなたへ贈る物語。
戦争の決着の場にヴィクトリアの姿は無かったが、彼女がいなければ、あらゆる意味でこの物語は有り得無かった。
世の中には、確かに作り手が舞台に上がる物語もある。
だが決して、作り手はクライマックスを飾ることをしない。してはいけない。
だから、ヴィクトリアは引き際をわきまえて、静かに物語から離れていく。


ホシアカリは照らした未来。
愛すべき人たちを。そして津村斗貴子を。さあ、最後の決戦へ。導きいざなうのは、そう。男爵様が相応しいだろう。舞台は最終決戦へ。こうして戦士が、集う。
「さて!」
坂口照星が振り返った勢いで翻ったマントが、パンッと空気を張り裂く音を立てる。その音でまた少し、戦士たちが顔をあげた。
「行きますよ、戦士たち。この戦争を終わらせるための戦場へ」
この場にいた全ての戦士が静かに瞳で返事をする。そして津村斗貴子は、ヴィクトリアの核鉄を強く握りしめた。その様子全てにまた勇気をもらって。坂口照星がひときわ大きな魂で、渾身の叫び!
さぁ物語に幕を下ろすため、男爵様と柔らかく冷たい朝を呼びに行こう。
「武装錬金!!」
威風堂々たる男爵様の君臨。
これまで、男爵様は物語の終わりを告げる絶望の象徴だったかもしれない。だが、このときの男爵様は確実に、絶望を打ち砕く希望そのものだった。

これはこの星を照らす戦士にならんがための戦いの歌。


今、幕が降りる時間へ。
カーテンコール。






千歳が提案した、照星部隊の再結成。
既に戦場には火渡と防人と千歳の3人は集結していた。だが、照星部隊その3人のみによって構成されている部隊ではない。
部隊と名の付く以上は、指導者が必然として存在する必要がある。
彼の名を冠する部隊であるならば、そこに求められる名前は1人だけ。つまり照星の名を持つ者。そして、彼はあらゆる部下をお気に入りと言ってのける器を持つ。今や大戦士長となりし彼の部下は、もはや千歳たち三人だけを指す言葉ではない。
全ての戦士たちが、照らす星の名に集う。

これはこの星を照らす戦士にならんがための戦いの歌。





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最終更新:2010年01月11日 21:08
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