第48話

揺れる。くずれる。何が終わる?



第48話 a GIRL



戦いは終わり決着はついた。
だが、バケモノの少女が、この結果に満足したわけではないだろう。単にヴィクトリアはこれ以上津村斗貴子と戦り合うことに対する興味を失っていた、それがもしかすると正解かもしれない。少なくとも津村斗貴子が受けたのはそんな印象であった。
ヴィクトリアは、千切れた腕を拾い上げ、逆の腕で固定する。再生するよりもこちらの方が完治が早いから。それは目の前の少女がやはり化物であると実感させられずにはいられない光景であろう。
ヴィクトリアは溜息のように、言葉を吐いた。その声は、これまでの憎しみや怒りと言った響きが消えていて、ただ優しさと悲しさだけがせめぎあう少女の声そのものか。
「…ムーンフェイスのところへ行くといいわ。きっとあなたの仲間は苦戦している筈よ」
「私に戦力はもう無い。行って何ができるというのか」
精一杯、懇親の力を振り絞ってようやく口が動く、そんな絶望感は終わらない。少女のスカートは破られた。ただ無力さをかみ締め、せめて強がることしかできない自分に斗貴子は嫌悪すら覚える。武装解除された核鉄がこれ以上の武装に耐えられないことを如実に物語る敗北。ただ握り締めることしかできない核鉄、それは心の傷は癒してくれない石ころか。たとえ武装したとて、今のバルキリースカートは戦力たりえない。現実に現実がこれでもかと重なる。ずしりと、重くのしかかる。
斗貴子の絶望を見たヴィクトリアは、これ以上の長話に意味がないことを悟ったかのような口調で言葉を綴った。
「そう、ね。確かにアナタの核鉄はもうしばらくは使えない。それなら、コレでどうかしら」
そして、ヴィクトリアが静かに、全身の力をふわっと脱却させる。まるで風に溶けているかのような美しさがそこには存在していて、その仕草ひとつがとても儚くて悲しい所作そのものだった。
そうして始まる轟音が始まる。
「ッ何をッッ?!!!」
円山が発した言葉は、強制的に動揺した声に乗っていた。それはつまり、振動が地面を揺らしているということ。気がついたときには辺りの壁が軋み始めて、地震が起きていた。学院全てが揺れる。くずれる。何が終わる?



「ずっと前に決着はついていたの。私とママの物語に」
渦中、何も起きていないかのようにヴィクトリアは、誰に向けたでもない言葉をついた。
この決着という言葉が指すのは、あのファィナルの日に交わした約束、別れの刻か。それとも武藤カズキに白い核鉄を譲り渡した瞬間か。
ただひとつ確かなことは、ヴィクトリアが自身の意思を持って動き出すにはどうしても、母との決着が欠かすことのできない儀式であったということであろう。それは、物語すべての過程を思い出せば用意に想像することができるだろう、たったひとつの簡単な言葉で説明することのできる、娘の想い。
この永久にも似た半不老不死の命。母の死を見てから旅だっても遅いということはない。それは推測が語る決着、別れの日がすなわち母との物語における、「ひとつ」の決着。
「だから、これはずっと前からの必然、なのかしら」
きっとそうね、そんな続きが言葉の余韻から聞こえた。
この必然を示すはニュートンアップル女学院の秘密であった。破壊された床の即日修復という謎の答え。つまり、学院そのものが、アンダーグラウンドサーチライトに侵食されているということ。故にもしも壁の要所要所を支えていたアンダーグラウンドサーチライトが無くなれば、女学院は崩壊する。たったそれだけが、ヴィクトリアがこれまで武装解除をできなかった理由であった。ニュートンアップル女学院を拠点に動かなければいなかった言い訳のような愛。ママから託された思いや願いを乗せた崩壊の序曲という使い古された音色。ならば、ママから残されたパパとの物語は今何処。武装解除。母と娘のユメモノガタリがオワル。
ここにヴィクトリアもまだ気づいていない気持ちの矛盾があった。今はその気持ちに背を向けている。目をそらして、ただ現実を見る。たとえ野暮でもあえて言葉にしよう。まだ彼女と母の物語に決着がついてはいないのである。大切だった家族との決着とは、ホムンクルスとして再誕した早坂真由美を再殺した早坂桜花のように、言葉ひとつでたやすく済まされるようなものではないのだから。
そう、あなたならヴィクトリアがママとの物語に真の意味で決着をつける日を、あなたなら知っているはず。それはつまり、ピリオドのあの瞬間。ママからの伝言を涙ながらに伝えたあの再会。本心と表向きとの矛盾ゆえに流れた涙。その温度はいかようか。
この物語を決着で飾る前に、先んじてひとつだけ言える事、それは決着の先に未来があるということ。決着無くとも未来があるように、決着がすなわち未来を閉ざすものではない。あくまでも決着とは、心ひとつ。過去を見るか、前を向くか。ただ、それだけの差。未来を見据えるために、心は決着を求める本能を有するのである。そうだ、大切なこの思いに、心に変わりは、無い!!
「…腐っても流石は錬金戦団ね。この戦いにあわせて、誰一人学院関係者を立ち入らせなかったのには恐れ入るわ。…でもまあおかげで、遠慮なく全てを御終いにできるケド」
崩れ落ちる母校を眺めながら、人事のように感謝の気持ちを言葉にした。
りんごは支えが切れた時、地面に落ちる。いままさに、その時。
いつしか轟音は終わり静かな大地の上で最後に響いたのは、ヴィクトリアの足元に核鉄が落ちた金属音だった。この空乱と華蘭と廃墟の上に、終わりを告げる鐘はからんと鳴る。
こうして、ヴィクトリアは過去に決別する決意を形にした。全ては未来を、生きられなかった人の分も生きるための一歩のように、一歩を踏み出すように。
少女が望んだのは決着だった。彼女が引き起こした造反劇、それは呪われた運命を焼き尽くすための戦火のようだったのだろう。ならば少女が望んだのはあくまでも、未来なのである。
ヴィクトリアの足元に核鉄が揺れ転がる。しかしヴィクトリアはそれを拾い上げる動きを微塵も見せなかった。津村斗貴子に背を向けたまま、ゆっくり別れを始めようと足を伸ばす。
「…何の真似だ。ヴィクトリア・パワード」
「言ったでしょ、ムーンフェイスのところへ行くといいって。戦力が無いのならここに落ちてる核鉄を使えばいいじゃない。私はもう、これ以上その忌まわしい結晶を所持していたくないの」
錬金術の全てが嫌い。
核鉄の放棄、これもヴィクトリアにとってはいずれくる筈の必然であった。ママの核鉄は、この物語の始まりでパピヨンに託している。そして今度は、自身の核鉄を津村斗貴子に託す。まるでそれぞれに託した大切なたった二人の存在との決着のように。
ママの物語と、パパとの物語。大切な人を彼方へ失った、同じ気持ちがわかる人へ託すこの世界の未来。こうして、ヴィクトリア・パワードの戦いが終わりを告げたのである。
ヴィクトリアは過去の全てに決着をつける決着を望んだ。
ママの意志はあの蝶々が引き継いでくれるだろう。そして残ったのが、パパと武藤カズキ。ヴィクターと錬金戦団とホムンクルス。その決着を今、津村斗貴子に全て託す。
彼女にとってこれからとは、ただひとつ、これからの人生をどう送るか。たとえ何よりも難しいとしても、ヴィクトリアは一人でも生きていける、そう決心している。しかしどこかでまだ迷いが残る。言葉が、足りない気がする。
未だどこか納得できないのは感情か理性か。葛藤はヴィクトリアのみならず津村斗貴子とて同じであった。故に斗貴子はヴィクトリア向けて中身の無い言葉でさえも叫ばずにはいられなかった。
「待て!ヴィクトリア・パワードっ!!!」
それは、とても“らしからぬ”叫び。錬金の戦士にホムンクルスとの戦いを避ける理由は無いはず。だが、それでも斗貴子は叫んでいた。
「ッ私が行って、何をすればいい?!私が行って、ムーンフェイスを相手に何をしろと?!どんな顔をして、剛太や、キャプテン・ブラボーや、みんなに会えと!?」


『知ってしまった』。たったそれだけが人の行動を縛るときがある。
たとえ敵は全て殺す覚悟であったとしても、どれだけホムンクルスという存在が憎かったとしても、きっと全てのホムンクルスが敵ではないということを、それを知ってしまったから。違う!そんな綺麗事じゃあない!!
ただ、斗貴子は、悲しかっただけ。悲しくて悲しくて、戦っている場合では無いという感情と、カズキの為に戦いたいという感情と、それなのにカズキのために今できることが手につかないという意識がせめぎあって、辛くて悲しくてどうしようもなくて!
今、ムーンフェイスと戦う理由を探していることそのものが、そもそもおかしい。錬金の戦士に、ホムンクルスと戦わない理由なんか、どこにもなかった、はずだった!!それなのに!!!
今の斗貴子の姿にあるのは、見ていられない危うさであった。『半身』が欠けているかのように、不安定。見ていられないとはまさにこのことか。ファイナルのあの時からずっと続く、少女の折れた心。それでも斗貴子は無理して立ち上がった。そしてヴィクトリアと死力を尽くして戦い、そして理解し合った。それだけで揺るがない信念は語られるだろう。
いつからその表情をしていたのか。斗貴子の叫びを正面から受け止めたヴィクトリアは、優しい『敬意』すらもを込めて、今まで誰にも見せなかった微笑みを斗貴子に贈っていた。
それは、間違いなく思いやりと思いやりの積み重ね、そのものだと言える。
「あなたが今、私の核鉄が落ちたのを見たときに、それを拾って私を殺すという発想にいかなかったこと、それが、たったそれだけのことがとても嬉しかった。ありがとう、なんだかおかしいけれど、やっぱり感謝するわ」
感謝。母から娘へ送るような、慈愛すらも込めて。子守り歌うホシアカリのように優しく包む言葉は、たとえバケモノに存在を変えてしまっても変わらなかったものに込めた。それが、声。
微笑みは一瞬自虐の影が見え隠れして、またいつもの含み笑いの仮面を被る。今こそが決着の前に一方的に交わした約束を果たすとき。ヴィクトリアが見抜いた、たった一つ、ムーンフェイスの斃し方、それを伝える言葉、音が、彼女の音色を奏でるのが人の心なのである。
「…行きなさい、ムーンフェイスのところへ。行く理由が無いのなら私があげる」
声が、とても優しかった。静かで暖かくて、微風がふわっと駆け抜ける。ヴィクトリアが未来へ向けて育んだ心を込めよう。
片手のピストルはもう捨て置いて。今はどうか、心に花束を。そしてしばしの別れ。ヴィクトリアは人生(せなか)を斗貴子に向ける。そうして歩き出した一歩と同時に贈ったのは唇にふさわしい、火の酒のような言葉であった。
「私の核鉄でもまだ戦力(ちから)が足りないなら、沢山の人のチカラを借りなさい。あなたは私と違って、もう一人じゃないんでしょう?」
―――希望の蕾は、形を変えて花と咲く。
「あなたじゃないと、あなたがいないときっと月には届かないわ」
それが、この物語を終わりに値する言葉となる。


ヴィクトリア・パワードはこうして全ての役割を演じ終えて、自らの意思で舞台から降りた。これが、たった一人の少女が描いた戦いの、ビフォーピリオド。これから始まるこれからが、過去のピリオドに向けて描かれる未来を描くこととなる。残るすべてが、希望へ流れていく明け方へ向けて。

それは、ヴィクトリア・パワードがヴィクトリア・パワードとして、ツムラトキコに贈るたった一度のやさしさか。
津村斗貴子がいて初めて月に届くということを伝える言葉。『行きなさい。あなたじゃないと、あなたがいないときっと月には届かないわ』
ああそうだ。きっとこれが、優しさなんだ。



長い長いファイナルラウンドも、ようやく夜明けの鐘の音が鳴る時間になった。

これは煩悩の数だけ夜を告げる鐘のように欲張り果てた物語。
振り返ればそれは物語の半分近くを占めていた。

死闘の始まりはほぼ同刻。
合言葉が完全に無視された同じ空の下、戦いの決意を覚悟を戦士としての自分を語る少女。

絶望が犯してはならない膜を破って現れた時、たった1人の戦いを選択した姉の戦いの裏。
美しく殺し合う少女たちの語り合い殺し合いが描く、人と化物のあるべき光景。

地の底に墜ちた栄光の炎に希望の灯火に換えるべく学院の底へ根を伸ばす戦士たちがいた。
そして楽園を夢見て地獄に堕ちた戦士を殺さないための戦いがあった。

語られたは錬金術の物語を殺し飾る死化粧にも似た真実。
同じ頃、親殺し、母なる大地の上で、顔を出したお月様。
そして続く、人間・剣持真希士の死と救いの調べ。

少女の意思を受けて燃え盛った、栄光と言う名の希望の炎。
撃ちあがる輝きの煌めきを合図に、殺し合いを加速させる少女たち。
それらの世界を繋ぐ為、希望を一点に集結させる為、世界を奔走する女性が1人。

圧倒的に輝く月から、この夜に輝く為の場所を無くす戦いが幕をあげた。
勝機ゼロの中で、未来に繋ぐための綱渡り。
命の守り人たる防人の参戦と絶叫、ブラボーだ!

ならば、墜ちるまでとばかりに、月がその牙を突き立てる。
流れ星ひとつ見つけたよ、願い叶うかな。
圧倒的劣勢下、煌めくのが希望。ブレイズ・オブ・グローリィ!
全てを絶望すらも不条理で上書きして、焼き尽くす!!

だがそれでも、新月色の月が顕在!!!

そして成り立つは、全てを否定する残酷なテーゼ。
不完全なホムンクルス故の無敵。それが新月の本質。
終わりの見えない絶望がすなわち、月の願い。
まさに月の営みのように、無限。

こうして、徐々に月が世界に占める割合を広げていった頃。
全てをかなぐり捨てる少女が故の、必然にして避けられない敗北があった。
それは、憎しみを殺意の拠り所としてきたが故の敗北点。
戦争の終わりが、未来が僕らの手のひらに。
語られる、そのための首脳会談。

散らばる戦士の意志を纏めあげ、まさに全てが一点に集う。
さながら月のように、どうか月に負けぬ輝きを。
今、バラバラにブチ撒けられた物語が、ただ一点の『結論点』に到達する時。
地に伏す絶望の種が形を代えて芽が出るように、希望の蕾が形を代えて花と咲くように。



ヴィクトリアが斗貴子に自身の知る全てを託し、学院を去ろうとしたとき、だ。
月明かりに一人の男の影が揺らめいた。力強い影が、揺らめきだけで世界を奮い起こす。
ありえない筈の邂逅。それは、まさに未来との出会い。
それつまりは物語がまだ、このまま静かに終わるわけにはいかないということ。
「…あなたはっ!!!」
円山、ある意味でこの日最大の驚愕か。呆然や唖然とした空気すらも吹き飛ばす存在。
「こんばんわ(あなたたちにとって今宵は良い夜ですか?)」


目の前にいたその男。大戦士長・坂口照星。
戦争の終わりが、未来が僕らの手のひらに。
語られるは、そのための首脳会談。








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最終更新:2009年12月13日 21:25
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