第47話

これは、火渡がニュートンアップル女学院とオバケ工場を繋ぐ空を駆けている時に、行われた戦いとその決着。戦いの終わりを告げる唄。

目撃者となる円山の瞳は雷光が包むことになる。



第47話 ホシアカリ



隔てて四枚。数えて四枚の刃がバルキリースカートにとって戦いの術であった。
これまでのヴィクトリアとの戦いにおいて。一枚目は、高圧電流を避けるために自らの意思で分離し、避雷針として切り離した。残りは三枚のスカート。それらが全て破られた時が、津村斗貴子の敗北するとき。

処刑鎌の武装錬金、バルキリースカート。
その特性は、四本の可動肢による精密高速機動。『可動肢への命令は神経を流れる生体電流によってダイレクトに行う』『そのため斗貴子は、より命令を正確に伝達するため常に素肌に直接装着している』『接近格闘、特に一対多数の戦闘でその真価を発揮する』『パワー面にかなり難点があり、ごり押しタイプのタフネスな敵には苦戦を強いられ易い』。
言ってしまえばバルキリースカートは強い部類の武装錬金では決してないだろう。津村斗貴子が、たった一人で世界に立ち向かう本能が生み出したその武装の本質は、殺す精度にある。強くなりたいといった感情によるものではなく、どれだけ見苦しくても信念を成し遂げるための、錬金による武装。
それはとても無敵の武装ではなかった。戦いの中で何度も折られる処刑の鎌と、それでも立ち上がる戦乙女と。むしろ弱所こそ多い、か弱き武装であろう。
故に、ヴィクトリアは勝利を確信する。たとえ、ヴィクトリアの武装が殺す武装とは全く対極の、逃げ隠れるための武装であったとしても。ヴィクトリアはこの戦いにおける完全勝利を確信していた。
たとえば電気。強い電流で生体電流の伝達を乱すというのはどうだろうか。一振りの無駄な斬撃は、それが刹那の隙であったとしても、即座に致命的となる。精密を奪ってしまえば、それは脆い一枚の木の葉に等しい武装と成り果てるのだ。
たとえば、四方を壁で塞いで密閉空間を生み出し、水を流し込むのはどうだろうか。ヴィクトリアの武装錬金に侵食されたニュートンアップル女学院という空間でなら可能である。もちろん、流水は壁のように硬くはない。故に水を斬り裂いての斬撃は可能である。だが水中においては地上を遥かに凌ぐ水圧抵抗が邪魔をする以上、殺す一撃はただ撫でる一撃となり果てる。刃の結界が決壊すれば、それだけでヴィクトリアがその懐に潜り込むことは容易となるのだ。

決着の幕開け、ヴィクトリアは再びの濁流と電流、この二つを同時に行った。
故にヴィクトリアは勝利を確信する。人間とホムンクルス。どちらが先んじて溺死、もしくは感電死するか。それは、おそらくきっと、考えるまでもないこと。
台地から轟音を上げてそびえ立て少女の囲い込みを始める監禁の壁。雪崩れ込む濁流による虐待。ほとばしる電流による凌辱。ヴィクトリアもろとも少女達の命を犯す!!
傍ら、円山の瞳を雷光が包んだ。


美技の極地の果ての、醜いまでの美しさ。
これは、そんな二人の少女の決着とその顛末。


津村斗貴子が飛んだ。残された退路、空をめがけて。
母校の地から競りあがる壁が四方六方八方を閉ざす前に、濁流が全てを運命のように飲み込む前に、絶望の稲妻に全身を貫かれる前に。ただひたすらに壁を蹴って空を目指した。――月を目指すように、愛すべき存在に手を伸ばすかのように。
しかし人間の脚力だけでは足りない。空には届かない。ならば、と斗貴子はバルキリースカートの片方すらもかなぐり捨てる。壁に突き刺した右足のバルキリースカート、その足から奥の手を抜き取り、ただの踏み台として蹴り上げさらに飛ぶ。左足も同様にして、さらに飛ぶ。
手を伸ばせば月をも掴めそうな四方の壁の中でヴィクトリアが見上げた空、丸腰の戦乙女が宙を舞った。
ホムンクルスの脚力を持って宙空の斗貴子へまっすぐ、まっすぐ追いすがるヴィクトリア・パワード。背を向けて生を目指す戦士にその罪深い掌をかざして、津村斗貴子を殺しにかかる。いただきます、と言わんばかりに。あなたの命を得て私は生きると言わんばかりに、まるで人間のように。
差し伸べられた罪の右手。そのヴィクトリアの掌の上で、決して食われることもなく津村斗貴子はつま先で踊った。たった一つの命をそのままに。
命を繋いだのは、人型ホムンクルスは掌で食人行為を行うことができるが衣の類まで食らったホムンクルスはいないということ。衣はいつだって、食人の痕跡として残るばかりの代物に過ぎない。だがそれはホムンクルスは、衣類を食らったりはしないということを示す証拠であろう。それだけが生きるための微かな細い綱。小さな足、人生の足跡を残した小さな靴。津村斗貴子、ヴィクトリアの掌さえも踏み台として、斗貴子は四方の壁から脱出を果たす!
閉じ込めることかなわず、ならばと即座にヴィクトリアが自身の作り出した突貫部屋を再び地の底へ沈める轟音の影で、崩れ行く壁を滑る裏側から見えた隙間風。蹴り上がり昇り詰めた空から再び地の底の水溜りへ落ちる刹那に見えた津村斗貴子の殺意。戦いの最中で折られたバルキリースカートを握る手に滴る血の闇と煌めき。
既にそれを懐刀として握り締めていたからこそ、装着されていた他のバルキリースカートを躊躇いなくただの踏み台とできたのだろう。
「ッ脳漿を、ブチ撒けろっ!!!!」
それは落下の重力すらも刃に乗せて振り下ろされる一撃!全ての動作の結末、頭狙いの一本が本命。ここを潰せばどんなホムンクルスも一時行動不能になる!
故にヴィクトリアの右の腕(かいな)が飛んだ。まだ命も行動も潰されるわけにはいかない。死んでたまるか!!退いてたまるか!!
ヴィクトリアの右腕が飛んだのは、まさに生きたいと願う意志故の勇気であった。間一髪のヴィクトリアは、右腕が何事もなく無くなったかのように無駄な動作を挟まなかった。ただ残された左の掌でさらに斗貴子を食い殺しにかかる。まっすぐ!

腕が交差して。
ヴィクトリアの瞳が血の涙を流した。

目潰し。
ヴィクトリアの一手を躱した斗貴子がカウンターで放つ、土壇場の一手。躱しきれなかったヴィクトリアの右目から、血が滴り落ちる。化物の瞳がぽたりぽたりと赫い涙を流れておちていった。そう、なにもおかしいことはない。ホムンクルスは、血の通ったバケモノなのだから。心に血の通わぬ人がいるように、血の通った化物がいたとて、おかしいことは何一つない。
それは揺り起こされた本能だったのかもしれない。ヴィクトリアは無意識に、眼前に迫る斗貴子を蹴り飛ばしていた。まるで犯されるのを必死で抵抗するか弱い女の子のように。

全てはほんの刹那での殺(や)り殺(と)り。二人の少女が膜の如き壁を隔てて撃ち上がり、再び血溜りへ落ちるまでの刹那の攻防であった。

生れ落ちた赤子のように、無垢な血溜りへ落ちるまでに待つ苦痛の代償。
血を吐き吹き飛ぶ斗貴子の眼前で、空を舞う刹那では放出仕切れなかった濁流がヴィクトリアを飲み込む。帯びていた電流がヴィクトリアという抵抗を得て閃光となり煌いた。裏目ではない。ヴィクトリアはハナから自身の躯を電流で焼く覚悟を持って挑んでいたのだから。
壁が崩れ落ち落ち、そこから放水が流水として始まる。
遅れて水面が王冠の形を彩り、斗貴子も血だまりの流水に堕ちた。最初の致命的な電流は逃れたが、全てが散り散りに放電される前の落着により斗貴子の躰もまた稲妻に貫かれる。
どこまでも醜く華やかで美しい戦いは続く。しかし、か弱い悲鳴が響くことはない。

四方を囲っていた壁が完全に瓦礫として崩れ落ちた先で円山が見たのは、それでも立ち上がる二人の少女だった。そして二人の手に握られていたのが、斗貴子の脚部から離れた、バルキリースカート。
高圧電流を浴びたバルキリースカートは、高速で精密な動作を行うことが不可能な刃である。
少女たちはもう、武装による技巧を弄することはしなかった。始まったのは、本来の処刑作法に従った殺し合い。ただひたすらに相手の命を目指す真剣勝負。
金属音が響く。金属音が響くっ。金属音が響くっ!

こうして奏でられた音楽は子守唄のように辺りをどこか優しく包んでいった。
二人の少女が奏でる剣劇の煌き。まるで、ホシアカリ。
前奏が奏でられて、唄が始まるように。
映し鏡のように万華鏡。世界を照らす。

ホシアカリ


ねぇ、明けない夜など無いと思えたのは、いつだってあなたがそこにいるから。
どこにも行かないでね。強く想うけれど。
あたしはあなたへと、何をしてあげれただろう。
流れ星ひとつ見つけたら、願い叶うかな。
言えなかった言葉を、届けてくれるのかな。

「ありがとう。」心から伝えたいこの唄を。
今だから気付けた想いが、ここにあるから。
寄りかかるその肩も、からませたその指も。
不器用なあたしの足元照らしたホシアカリ。

ねぇ、あなたへあたしの声は聴こえますか?その心の奥へ届いてますか?
流れ星ひとつ見つけたよ、同じ空の下。
その笑顔の仕草を、守りぬけますように、ずっと…。

晴れ渡る青空じゃ、まぶしくて見落としたホシアカリ
愛しく想うほどうまく言えないけど。
「ありがとう。」心から伝えたい、この唄を。
今だから気付けた想いは、ずっと忘れないよ。



それは約五分の演舞。全てはホシアカリの下で行われた、人間と化物によるどちらが勝つか知れている力比べ。だが人間と化物、どちらももともとは人の仔よ。
金属音がラジオノイズの様にギィンッ、ッと響いた瞬間途切れた。2本の刃が、同時に折れて、大地に突き刺さった音を奏でる。―――それが、決着の音。
壊れた武装錬金の修復には時間を要するルール。武装錬金の破壊とは核鉄自身がダメージを負ったということであり、最終的にその金属疲労が限界を超えたとき核鉄そのものは破壊される。黒い核鉄のエネルギードレインとは有限を無限にする為の手段であり、そこにこそ賢者の石に繋がる可能性があるということであった。核鉄は、永遠ではない消耗品。ただ単に半不老不死の鉱物。
この世界で核鉄を持たぬ丸腰の人間がホムンクルスには敵わないという事、それもまたルールであろう。勝者はいつだって一人だと言うのであれば、それがこの夜で言うところのヴィクトリア・パワードだと言える。津村斗貴子の武装錬金、バルキリースカート。その刃が折れた音が告げたのは、戦いの終着の音であった。
いつだって、全てをかなぐり捨てる者に、真の勝利は訪れない。
津村斗貴子が、敗北に膝を突いた。無力を突き付けられて敗北と成る。そうして、弱さを突きつけられた人は何度も挫けを覚えるのだ。それでも迫られることになるのが選択であろう。決着を告げるのはいつだって諦めなのか。本当にそれでいいのか。ひたすらに時間が、重く責め立てる。
もしくはそれは死か。

だが、死は訪れなかった。
膝をついた少女を見下ろすヴィクトリアは、ひらひらとその手で空を舞う所作を見せる。それはつまり、武装放棄と言える行為である。その手に握られていた処刑の鎌がざくりと落ちた。ただ、空だけを切って落ちた。
「決着ね」
風が吹き荒ぶ。まるで誰かが荒ぶらないように、代わりに荒れてくれているかのように。
この物語は、津村斗貴子がヴィクトリア・パワードに敗北したことから、終わる物語。決着が終わりを連れてくる。戦いは終わり、決着は誰に愛をもたらすのかが語られることは決してない。だが、それでも伝えたい思いがあるから、きっと命は戦いをやめないのだろう。
こうして、決着。これから語られる、その後のこと。―――それが、ビフォーピリオド。
「ありがとう、ここまで付き合ってくれて。なかなか楽しかったわ」
ヴィクリトアは、胸を張って斗貴子に言葉を贈っていた。


真の意味での終わりが動き出したのは、ヴィクトリアが津村斗貴子にその手の刃を振り下ろすことなく捨て置いて、そのまま背を向けたことに端を発したものだった。
殺死合いの後、命を奪うこともせずに標的だった存在に背を向ける行為。それこそが、ヴィクトリアが選ぶ、津村斗貴子の命を奪わないという選択肢なのである。ホムンクルスが選ぶ、人間を殺さないという答え。
「いい風が吹き始めたわね。力強いけど、どこか柔らかくて冷たくて」
「…どういう、ことだ。ヴィクトリア・パワード」
その声にヴィクトリアが静かに振り返る。理解できないという表情の津村斗貴子が一人、呆然といた。それを見たヴィクトリアが、心そのままに顔を歪めていく。
ヴィクトリアはひたすらに不愉快を覚えていた。そうして、計算するでもなく言葉にした想いは、心からの言葉に相応しく穏やかに口から滑り落ちていく。
零れたその言葉に込められていたのは、間違いなく憎悪であろう。しかし、殺意は微塵も感じられない響き。―――憎悪を殺意へ変換する者に対する、『嫌悪』。
殺人はヴィクトリアにとって手段のひとつに過ぎないと言えるだろう。そして少女は、その手段を勧んで選るつもりは無い。
手段とは目的のために選ぶ行為に過ぎない。彼女の目的である決着がどこにあるのか、それはきっとヴィクトリアにしかわからないだろう。
だがそれでも。ヴィクトリアは、自身の憎しみを全て吐き出し捨て去るように、その言葉を投げつけていた。
「私にはあなたを殺す理由はないわ、そうでしょう?」
どうか、どこまでも柔らかくて冷たい結末と顛末を。



憎しみの念を込めてヴィクトリアが吐き捨てたヴィクトリアの言葉が、『私にはあなたを殺す理由はないわ』であった。
その言葉の意味こそが、『憎しみが殺す行為の理由たりえない』ということである。憎しみは殺意の言い訳にはならないのだ。
もちろん錬金戦団とて、憎しみひとつを携えて、ホムンクルスに死を与える為の殺意としてきたわけではない。だが、殺意に憎しみの色が無いと言えばそれは偽りとなる。憎しみは確かに殺意の背中を押す過ぎた蛮勇の源である。殺意の沸きたつ源に当たる絶対領域でもある。
だが、それでも、だ。憎しみは殺意を赦す正当な理由とはならない。断じて無いのだ。
ヴィクトリアの心にある錬金術に関わる全てを憎む気持ちに変わりはない。しかし、ヴィクトリアには憎しみを正当化する意思もなかった。ヴィクトリアの憎しみ全てが集約された言葉に込めたのは、願いにも似た心であったのかもしれない。
「…終わり、ね」
誰にもその表情を見せないために背を向けて、それはもう隙だらけな姿勢でヴィクトリアは呟いた。
言葉は風に溶けて、世界を優しく覆う。柔らかく冷たい風が、まるで優しさと哀しさの純度を計るように、少女たちの髪をすいていく。柔らかい優しさと、冷たい哀しさが愛、なのだから。
この場にいた全ての者は、その風がどこまでも柔らかくて冷たい風に感じられた。心のどこかが砕けて、どこか心の片隅で泣いている自分の存在を知る。心を砕くのはいつだって、優しさか哀しさなのだ。


この物語は、津村斗貴子がヴィクトリア・パワードに敗北したことから、終わる物語。
だからならばせめてどうかそうだ、どこまでも柔らかくて冷たい結末と顛末を。

あなたに。








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最終更新:2010年01月15日 20:55
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