第45話

手紙が届いたら、あなたはどうするだろうか。
精一杯の言葉を理解しようとする優しさが、あなたにはあるだろうか。
心もとない状況下で優しさに触れた時、それに応える余裕がある者こそが、きっと強い者。
それがきっと、不条理を受け入れる強さなんだろう。

炎は、全てを受け入れる。



第45話 FLAME and FLAME and FLAME!



決戦の日、決戦に至るまでの日。火渡はアンダーグラウンドサーチライトの最深部、筒状の牢獄の遥か奥底に幽閉されていた。
そして、決戦当日。毒島、根来、千歳の三名が、ついにその姿を捕捉する。しかし、彼女たちがその場へ救出に降りる必要はなかった。―――ただやるべき“荒療治”があっただけ。
思い返せば物語の始まりを告げたのも、終わりを告げることになるのも彼だった。その時が、至る。


思えば、物語はヴィクトリアが火渡を破るところから始まった。
あれからどれほど経ったろう。
ヴィクトリアは捕虜を扱う作法を遵守した。捕らえられた火渡には最低限の水と食料が確かに与えられていたのである。だが、それはあくまで物語の中盤戦を辿るまでであろう。既にヴィクトリアが戦いの結果、ニュートンアップル女学院から姿を消した状況下にあっては、食料も残っている分を除けば途絶えたも同義であった。つまりはこの物語が数えて40を超える間、火渡は衰弱の一途を辿る事を余儀ない状態にあったのである。察して余りある窮状だと言えるだろう。

毒島が、感情を押さえつける為の冷静さをさらけ出して、呟いた。
「はじめます」
このとき、毒島が装着している武装錬金は、犬飼が使用していた核鉄から創造されていた。毒島自身の核鉄は、千歳が装着しているガスマスクを形成している。この理由は少女のささいなイジラシサによるものであったが、千歳は全て察した上で、何も言わなかった。何も言う必要はなかった。無粋な解説を挟めば、火渡と一体になる武装錬金の核鉄は、ジブンノモノがイイ。そんな感じ。
そして、千歳に装着していた毒島の武装錬金が武装解除され、シリアルナンバーXXXIXの核鉄へと姿を戻す。そして千歳から本来の持ち主たる毒島へと優しく手渡された。

顔を合わすことなく、キモチを伝えるにはどうすればいいだろうか。相手が電波すらも届かない地の底にいるとして、キモチを伝えるにはどうすればいいだろうか。キモチとは自身の願いと言いかえることができるのならば、それはどうすれば叶うのか。
伝えなければ、始まらないのが、キモチ。
手紙が届いたら、封を切らずに、そっとしまっておくのもひとつかもしれない。封をされた気持ちを解き放つことなく、いつかに向けてとっておくのもまた良しだろう。
だが、今を生きているのであれば、今しかできないことがある。時が経った先に出来ることもあるが、今しなくてはいけないことが残っているのならば。歌のように進む物語と、進まない物語があるならば。どちらも尊いキモチであり、選ぶことが出来る今がすばらしい。
毒島は、手紙という手段をとって、火渡に「すべて」を伝える勇気を手に取った。最初はグーから開いていく掌。掌握された核鉄が、毒島の掌から零れ落ちる。掌の温もりを乗せて静かに奈落へ落下していく核鉄。その下にいるは、想い人。
毒島の大切な人の元へ、毒島の核鉄が、落ちていく。そうして毒島の想いを綴った手紙もまた、核鉄を重しに落ちていく。風を切る音がどこか哀しさと優しさとが混ざる和音を奏でた。
その手紙は、ただ単に現状と今後の作戦を綴ったものであった。当然、何一つ明確な気持ちを示す言葉は書かれてはいない。だが、間違いなくそこには毒島の毒島なりの想いが込められていた。
「今、助けます。エアリアル・オペーレーター」
本来ガスは、防空壕の中に潜む人間を殺すために使用される。だがその場において、毒島は大切な人を救うためにその武装錬金を使用した。

その手紙に綴られていたのは、ただ現状と今後の作戦。共に落ちているのが毒島の核鉄。下にいるのが火渡赤馬。さらに毒島の武装錬金(アナザータイプ)によって次々と、空気より重い性質と可燃性を兼ね備えたガスがゆっくりと大量に、精製されていく。その化学反応が織り成す未来とは。

下にいる火渡の武装錬金は、ブレイズ・オブ・グローリー。その特性は火炎爆破及び火炎同化。周囲の火炎と同化して操作する。延焼すればするほどその力は強大なものになり、逆に火炎同化中に全ての炎が消えることは死を意味している。
ならば、だ。もしも限界まで延焼した炎があって、それと同化している状態の火渡とは、果たして如何な状態となるか。恐らくそれは、死とは逆の事態への発展。猛々しいほどの、生。限りなく不条理に近い圧倒的連鎖の頂点。いつだって不条理は摂理を遥かに飛び越えるのだ。


遥か地面で灯った、炎の煌き。
徐々に猛り、爆発ッ!!!


それだけで合図には十分だった。黙ってその様子をした根来は、静かにこの場に背を向けて空を切る。任務完了。空間を裂いて、地上を目指す。その肩には、毒島と千歳が。毒島の瞳から喜びと安堵の涙が静かに零れ落ち、そして地面に落ちる前に蒸発した。

底の知れた牢獄は、火渡を閉じ込める檻にはなり得ず、筒状の牢獄は今、遥か上空に戦士を打ちあげる砲台と化す。武装錬金がホムンクルスを殺せるように、武装錬金なら武装錬金を破壊できるというルール。焼夷弾はいつだって、防空壕を焼き払う為の兵器。防空壕を壊せぬ焼夷弾など存在しない。
戦士長・火渡赤馬は紅いりんごが落ちるという摂理を吹き飛ばし、さあ!遥か高みで高く高く、飛ぶが如くに、戦士の願いをのせた希望として、再臨する!!
爆発を繰り返し、戦士長・火渡が、戦場を求めてニュートンアップル女学院の遥か空へ打ちあがった!ヴィクトリアの背で!斗貴子の向かう先で!円山が見守る空の下!千歳・毒島・根来に乗せた皆の希望をそのままに!!



火渡が、そのまま下にいるヴィクトリアを斗貴子や円山ごと焼き尽くそうとしなかったのは、毒島の落とした手紙に読んだからに他ならなかった。
そこに書かれていたのは、毒島が全ての思いをこめて書いた手紙。これまで起きた出来事と、そして今の状況。可燃性のガスを沈めることまで、火渡に知ってほしい全てを簡潔な言葉で、力強く。
子供は幾らでも成長できる。そして同時に、子供が大人をさらに成長させるということ。その転機はいつだって、子供だと思っていた人間の成長を実感したときに訪れる。
不条理を知るだけの愚か者は、いつだって感情に焼かれて身を焦がす。
火渡にとって、毒島はただ自分に懐いているだけの子供のはずだった。それがいつの間に。驚くほど立派に戦士を戦(や)っている。火渡は、静かに自身の感情に焼かれない事を覚えつつあった。それは同胞である防人を焼き払った絶望をただ未来へ繋げる為の選択肢でもあり、そして。そこから先の思いを言葉にする必要はないだろう。ただ、送るべき言葉は一つ。―――『キミも随分と大人になりましたね。』
それはささいにして大きな変化であった。火渡は今焼き尽くすべき不条理が、ヴィクトリアでは無いということを確信して。あらゆる不条理に抱く感情は、心の中の一番熱い部分で燃やして。
まさに火渡は、天を翔る。翔ぶが如く!


こうして、終わりの始まりが、終わり。
さあ終わりのときが、やれ始まる。

ヴィクトリアと斗貴子は、永遠にも思える刹那の繰り返しの中で、均衡していた。
死闘に死闘を重ね、ようやく目の前に迫った決着寸前の刹那、時が止まったかのように、戦う二人の動きが止まることがある。それは走馬灯とは逆の境地。
互いに、動き出す刹那を見極めてこそ、決着は幕は閉(お)りる。つまりは二人にとって、戦いの終わりを始めるきっかけが必要だったということ。幕を閉ろすために。幕を開(あ)げる何かが必要だったということ。
求められるは、この世界に嵐をもたらすような、花火。

そして今。火渡が空へと撃ち上がった轟音はすでに響いた!!!
撃ち上がる火渡を合図に、津村斗貴子とヴィクトリア・パワードが、最後の衝突を開始する。全ては、星明るいこの空の下!こうして、ふたつの戦いに終わりをもたらすきっかけの炎が、空へと撃ちあがったのである。


神奈川県横浜市にあるニュートンアップル女学院と埼玉県銀成市にあるオバケ工場とを直線でつないだ近隣地域の住人たちは、願いを三回唱える間も消えることないまま夜を駆け貫ける流れ星を見ることとなる。
解き放たれた炎が今、物語に駆け参じる。
月すらも燃やす不条理な炎となるか、希望の灯火よ。



そして、空に火渡が現れたその今に至る。とっても熱い優しさから、物語の終わりは始まった。
「―――防人ィィィィイイィ、理解ってるだろうなぁああッッ!!!!!!!」
火渡は自身の炎が放つ輝きを反射したシルバースキンの煌きを見極めて叫んだ。それの反射だけが彼にとって、『いる』と確信するに十分の理由となる。
これから火渡が行おうとしているのは、あの日の暴挙の再現劇であった。既に毒島の手紙によって、現在複数の戦士が下でムーンフェイスと戦っていると知った上での、あえての暴挙の再現劇。しかし、決定的に違うこと。火渡の狙いはあくまでもムーンフェイスであるということであり、そしてその決意を支えるものがひとつ。それは、防人が子供たちを死なせるわけがないという信頼にも似た感情か。
全ては推測に過ぎず、彼の言葉で語るべき想いなど、何一つない。描くべきは、火渡は一切の迷いなしに、「落とす」決断をしたという強さのみ。


この空で光る熱の意味を知らぬ戦士はこの場にいない。彼の武装錬金の噂を識る者は多く、みな一様に「全戦士中、最大の破壊力」に向けて畏敬の念を抱く。
全ては月を月に相応しい姿に焼き尽くすために。焼夷弾の武装錬金、ブレイズ・オブ・グローリーが、戦争の終結に向けて投下される。
火渡の声が響いた瞬間、桜花と百戦錬磨の真希士、それに剛太が即座に武装を解除した。瞬時に千歳が全ての核鉄を回収し、全てブラボーに預ける!
すぐにブラボーは渾身の怒号で応えた。
「武装錬金ッ!!!!!」
アナザータイプを複数創造!!順次射出!!真希士にシルバースキン!犬飼にシルバースキン!戦部はスルー!剛太にシルバースキン!桜花にシルバースキン!その最中、秋水は武装解除することなく一人駆け出した!!
火渡の絶叫が、大地まで届く。あの日あの時あの場所で、燻っていたのは誰だ!!思い出すべきは今年の夏の暴挙か、七年前の絶望の雨の日か!!全て不条理な現実、だったら悲しみすらも命を燃やす糧として、全て焼き尽くせッ!!
「ブレイズ・オブ・グローリィィィィィイイイイイイ!!!」
今、オバケ工場は火葬の炎を得て、弔いの時間が訪れる。その刹那を今を生きる戦士が駆け抜ける!!そう、戦士・早坂秋水!!ソードサムライXは今、草薙の剣と化してあらゆる炎を神話の景色とイザナグ!!
ホムンクルスの真希士と不死たる戦部が空腹を堪えて、キャプテン・ブラボーが全ての力をその一撃に込めて!力自慢の戦士が三人、無理やり秋水を空へ投げ飛ばす!!!
「いっけぇぇええええええ!!!!!」
御前様ではなく、桜花が自身の言葉で真っ直ぐ背中を押す言葉を投げる!犬飼が見上げた空で、剣が踊った。剛太はその美しさを決して忘れることが無いだろう。
そして秋水が未来への扉を斬り拓く覚悟を剣に込めてっ!!月が焼き尽くされる中、章印があらわになる胸を目掛けて今。肉も骨も断つ必要はない。ただ全ての望みを絶つべく空に輝く月を斬る!!それが一閃という斬撃ッ!!!
さらに!!
戦士たち全員の熱き闘志と同化して、火渡!!秋水の斬撃が開いたわずかな月の隙間に、炎の化身が入り込んだ。そして。ブレイズ・オブ・グローリーの火炎同化に並ぶもう一つの特性を最大限に展開させる。―――火炎爆破。
こうして、月が内部からバラバラと崩れ落ちる空が絶景として描かれた。



今宵の戦いは月を失い、今。
全ての終わりが紡がれる夜に相応しく、物語は最後の新月が空に輝く時間へ移り行く。
どこかから、聞こえるはずの声が響いた。



「…むーん、儚き哉、人生。」



新月。惑星と太陽の狭間に立つ、不可視故に可視の月。
この物語は、太陽色の暖かい光が届かなくなって始まった物語だ。故に、ここで新月が割り込むことは必然だった。
栄光がたどり着いたときが、幕だとは誰も言っていない。倒すべき月は、これからの夜にこそ、立つのである。そう、斃すべき敵はここにいた。この月を斃さない限り、夜は明けても光は届かない。

ならばこそせめて、優しい弔いの歌を。








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最終更新:2009年12月13日 16:44
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