第44話

人は十字路で悪魔と出会う。
悪魔が破滅を呼ぶのか、契約が破滅を生むのか、魅了が破滅へ誘うのか。
それでも尚、物語がひとつの十字路へ辿り着く時が来た。
だが、十字路の先もまだ、道は続いている。
悪魔とであった先に待つのは、栄光か、それとも破滅なのか。

人は十字路で悪魔と出会う。



第44話 夜戦十文字



潮の満ち引き月の満ち欠け。地に落ちたムーンフェイス達が再び一点へと集まり、ムーンフェイスは“真月”へと姿を戻していた。
ブラボーと千歳の参戦。それは剛太たちに究極の盾が現れたことを意味するに他ならない。まさにそれは究極の組み合わせ。シルバースキンを瞬時にヘルメスドライブが届けるのが奥義。千歳が持つレーダーの武装錬金は、あらゆる状況下においてもたとえ全ての戦士が複雑に動き回る戦場であろうが、その全ての所在と状況を的確に把握していく。それは乱戦において、何よりも心強い存在に違いないだろう。
ブラボーが強く檄を飛ばす!
「いいか。ムーンフェイスが一体になったということは、章印も一点に集結しているはずだ。ヤツは人間型。なんとしても、胸を穿つぞっ」
このブラボーが確認した一点こそが、この場に残された最後の勝機だった。章印というたった一点を以って、この物語のピリオドとせんとする意志。無敵とは何か、勝ち負けとは何か。この場に集いし全ての戦士が、顔をあげる。
敵は強大なムーンフェイス“真月”。だが、無敵ではない。むしろ今がその存在にこそ勝機を見出している以上、希望の月と呼ぶことすらも許されるのかもしれない。あらゆるシミュレーションを重ねてこそ、真の戦士。真月の姿を見据えて、勝つということ。
依然、勝機は圧倒的にムーンフェイスに傾いているが、それでも負ける気がしないのは彼らに希望が見えていたからだ。ならば、希望が辿り着くその時まで、死力を尽くして戦うまで。


そうして死力を尽くして。
尚も圧倒された時。
人は暗い絶望を覚える。


ムーンフェイスの表情が明らかな悪意で染まった。
「手の内を知っているのは君たちだけじゃあない。キャプテン・ブラボーが来れば、戦局が傾くと思ったら、それは大間違いだ」
ムーンフェイスが吐いた意味深な言葉を聞いても、戦士たちに動揺は走らなかった。だが、この場にいる誰もが予感し、察したこともまた事実である。それこそが覚悟の瞬間だったと、後になってなら言えるかもしれない。静かに、ムーンフェイス“真月”が、嘲る。
「―――あの時とは違う。この一撃、キミノブソウレンキンデトメラレルカナ」
その言葉は間違いなくブラボーに向けて放たれていた。巨体が、歴戦の戦士のような威圧感を持って、戦士たちに絶望を与える一撃を込める体勢へ移行する。
ムーンフェイスは、ここでまさかのシルバースキンに真っ向勝負を挑む暴挙を選んでいた。それはつまり、シルバースキンの絶対防御を破る自信があると言うこと。
キミノブソウレンキンデトメラレルカナ、その台詞には、もはやシルバースキンすらも絶対の月に対する無謀な挑戦者だと思わせる響きがあった。

ムーンフェイスの武装錬金は他の武装錬金とは一味も二味も違うと言っていいだろう。その最大の違いは、なんといっても形状であり形態であり、分類である。サテライト30とは、月牙の武装錬金だ。月牙というのは中国の武器全般における「三日月状の刃」のコトであり、厳密には武器そのものの名称では無い。「方天戟」「護手鈎」「子母鴛鴦鉞」等が月牙を持つ武装として有名、だそうだ。
つまりは、そういうことである。一体なんのために、月牙の武装錬金が、30もの数に分裂するか、ということ。それが30に増殖した先で待つ殺意の答えとなる。月が形と顔を変えるように、形と顔を変える武装。それが、サテライト30の特性の本質。そう、あらゆる月牙の武装が全て、サテライト30の顔となるのだ。
サテライト30はあくまでも月牙の武装錬金。だがそれは、あらゆる月牙の武装錬金であるということに他ならない。
「…なんと、禍々しいな」
戦部が感嘆の声を上げた。サテライト30が、その形状を禍々しい槍に形を変える。今、数えて100を越える月牙が織り成す武装は、無限色の変化と圧倒的質量と共に、戦士たちへ絶望的破壊力を想像の中でさえ存分に見せ付けていた。


ホムンクルス・ムーンフェイスは、100の錬金によって鍛え上げられた圧倒的質量武装を自在に振り回し、絶望的圧力を静かに振り下ろすことのできる、数少ない存在であった。真月とはあくまでその為の本質にすぎないのである。
もしも圧倒的質量を技で操ることができるのであれば、その破壊力は例えば科学兵器の何かすらを遥かに凌ぐであろう。攻撃とは重さであり、筋力や速度などは全てそれを補うものに過ぎない。攻撃の本質は重さなのであり、それは衝撃の質量と言い代えられるだろう。つまりそれは、誰も味わったことがないかのようなインパクトが可能であるということ。つまりそれは、月が堕ちるような衝撃に違いない、ということ。それこそはまさしく貫けぬものなど無い無敵の矛に相応しい撃。
「いくよ」
饒舌なお月様がそれだけを呟くと、瞬間その声は彼の初期動作によって掻き消された。
対するは究極障壁、シルバースキンっ!ブラボーは戦士たちを覆うように、かつて火渡のブレイズオブグローリーからカズキを守った時のように、シルバースキンを一枚の布状にして盾を織り成す!!
風が乱れた、空を斬った、嵐が巻いた!月が防人の一身に、重く重く圧し掛かる!!



―――シルバースキンが爆ぜた。
―――砕けた音がして、再び一枚の障壁を織り成すその前に。
―――其の先へ三日月の刃が落ちてきた。


破壊力が技と重量を持って行われるというのなら、それは二段構えと呼ぶに値する。
無敵の防壁を破るに求められたのは、斬撃と言う名の技を用いて、シルバースキンを爆ぜた先に続く攻撃であった。
破壊力が技と重量を持って行われるというのなら、それは二段構えと呼ぶに値する。ムーンフェイスが行ったそれこそは、重力による援護を得て繰り出される、「体重移動」であった。
サテライト30は、ムーンフェイス“真月”だからこそ振り回せた、巨大にして強大な月牙の武装錬金の集合体と化している。それ故にムーンフェイスがわずかに自制抵抗の所作を緩めるだけで、ムーンフェイスに体躯にのしかかっていたサテライト30は月の支えを失い、その五重奏全ての重量が時間差で、爆ぜたシルバースキンにのしかかったのである。
戦士たちに誰も声を上げたものはいなかった。
技の一撃に乗る質量の衝撃。ピンポイントでタイミングをズラされた先に待つ、二重の極み。究極の極意は最大限の巨躯が放つ技を、無情にも無限に乗ずる結果を呼び込むのである。



―――戦士たちの希望に思えたシルバースキンが、圧倒的『武』の前に、敗れ。
―――シルバースキンの先へ、ムーンフェイスの刃が、届く。
―――そして、死ぬには静か過ぎる一撃が堕ちた。



しかし、落下時の衝撃に一切の音が発生することはなかった。
「むうん」
不機嫌そうにムーンフェイスがため息を漏らす。それはつまり、死者がいないことを意味している。
「間一髪、ね」
桜花が痛みをこらえてほっと深呼吸する。全員が無事であったからだ。
ブラボーがシルバースキンによって生み出した刹那。その間に、万全の構えを取った秋水が、ソードサムライXで衝撃を受け止めカタナ一本で散らしていた。それはまさに無敵の絶対防御の二段構えであろう。
そんな秋水の脇で、衝撃を散らすためにまだまだと跳ね回る飾り輪。その、当たれば骨折では済まないだろう暴れ様が、ムーンフェイスの一撃の恐ろしさを如実に描く。だが、その様がたとえ臆す理由となったとしても、臆すことが引き下がる理由にはなりえない。そして、臆した者は、この場にはいない!
「…今だッ!!!!」
気合の入った、全員の怒号が響く!!今しかないのだから!!
戦士にとって敗北は問題ではない。勝利も敗北も、問題にする価値はない。大切なのは信念なんだ。御前様がここぞとばかりに喉を桜花の分まで張り咲いて、叫ぶ!!
「行け―――ッ!!」
重量にものを言わせた攻撃は、回避された時、体勢を立て直す為の隙が生まれる。それはまさに間一髪にして起死回生のカウンターの絶好機。全員の武装が持つ刃が、命を絶つ為の煌めきを色濃く映し出した。
「むーんっと」
しかし。こんどは愉快そうにムーンフェイスが笑みを零す。反撃の逆胴は、目の前の月の足元にも及ばないように、戦士たちの総攻撃も、巨大な月と化したムーンフェイスの圧倒的体躯を砕くには明らかに弱弱しいとすら言えるものだったからである。だがそれでも戦士たちは、ここで手を止めたらお終いだとばかりに、総攻撃を全力で重ねる!
「やはり、簡単には何度も殺させてはくれない、かッ!!」
戦部がどこか嬉しそうに笑う。その間に、死ぬ。死にながら、修復と再生を行い、同刹那には人体模型状態で次の斬撃を繰り出している。剛太がモーターギアでムーンフェイス“真月”の表面を駆け回り、月を駆けて足跡を残して!天に唾するように桜花は矢を放つ。犬飼の指示のもと、真希士が四本の腕とホムンクルスのパワーを駆使して、なんとしても月を削ろうと斬り斬り舞う!!それでも、人の仔が月をおとすには足りなくて!!
もう少しで届く空に、あと一歩が届かない。伸ばした手は、いつだって離れていくばかりだ。嗚呼!!月はどうしてこんなにも高く巨きいのか!


すべては予想が可能な事態であった。
ブラボーのシルバースキンが破られるということ。そして秋水のフォローがあればそれも補えるということ。それは誰にでも予想できる範疇内であった。だが、大局的に見たとき、これは戦士たちにとって致命的といわざるを得ない。つまり、ムーンフェイスが上段から振り下ろす類の斬撃を放ったとき、ブラボーのシルバースキンが爆ぜる刹那の時間しか盾として機能しないということが致命的であり、攻めの要手である秋水を守勢に回さなければいけないということも徹底して痛い。
ムーンフェイスの放った、たった一手によって戦士たちの勝機は遠のき。気がつけばムーンフェイスの狙い通りの展開に流れつつあった。それはつまり、死のマラソン。ゴールは、戦士たちの死。
それでも!犬飼がその視野を最大限に発揮して指示と声援を飛ばす。桜花が最後の力を振り絞り、その左腕を高らかに掲げ御前様が、射る!真希士が切り戦部が裂き、秋水がカウンターで斬る!ブラボーが千歳が戦士たちの闘いを最大限生かすための護る働きを全て担う!戦士たちは絶対の決意を抱いて、ただ勝利だけを信念として。ただ闘争本能を限界まで昂ぶらせる糧と変えて月に挑む。剛太と犬飼が!犬飼と桜花が!桜花と秋水が!秋水と戦部が!戦部と真希士が!真希士とブラボーが!ブラボーと千歳が!千歳が剛太が!重なり合う闘志、戦意、武装!!!錬金!!!だがそれでも月は果てしなく高くて!
ブラボーが来なければ百を越える月に潰されて剛太は死んでいた。秋水がソードサムライXの特性を覚醒させていなかったら、百を超える月に潰されてブラボーは死んでいた。真希士が戦士としての自分を取り戻していなければ、戦況は明らかに壊れたバランスの上で絶望するしかなかった。
はっきりとした希望があるからこそ、そこに至るまでの道のりは強引で綱渡りで。
全てが全て、紙一重。


人は十字路で悪魔と出会う。
悪魔が破滅を呼ぶのか、契約が破滅を生むのか、魅了が破滅へ誘うのか。
物語が、ひとつの十字路へ辿り着く時が来た。
だが、十字路の先もまだ、道は続いている。

死力を尽くし、尚も圧倒されて、それでも顔を上げた先で光を見たとき時。
人は、その光の輝きに栄えある未来を見るのだろう。
輝きの価値は闇にいてこそ知りとて知れるのだか。

この物語は希望が空の彼方に消え、不条理が地の底に堕ちた時に始まった。
希望は絶望によって絶たれ、絶望は希望へ形を変える。
俯くものに洗礼を。顔を上げた者に祝福を。
永遠なんてなくてもいい。ただ、幸せがあればそれでいい。
みんなが苦しんだり悲しんだりする代わりだと思えば、大丈夫。
多分耐えられると思う。
だから、もう少しだけ、このまま戦い祭り続けよう。
たとえ死のマラソンが二日間にわたって決行されるとしても。
ほら、二日を待たずして、灯はまた顔を出すから。



戦いが双方に決め手を欠く均衡状態の様相を呈していた。それはムーンフェイスの狙い通りであり、同時に戦士たちにとっても同じであった!
そう、これは当初からの作戦通りのシナリオ!!

こうして舞台は整い今、必然の光がもうひとつ、空で煌くことになる。
全ては唐突にして必然!強引にして絶対!不条理ゆえに最大の希望!!待ち望んだその声その煌きその熱!待ち望んだその輝き!
今、星が照らされる時。まさに今、星が照らされる空。ならば存分に命を燃やして、願いを空へ、打ち上げろ!!!今、今、今!!!



「―――防人ィィィィイイィ、理解ってるだろうなぁああッッ!!!!!!!」



全ては、「らしからぬ」叫びによって、夜明けの鐘を鳴らす願いとなった。
その声その煌きその熱!待ち望んだその輝き!護り人たる彼の真名を乱暴に呼び捨てる男など、限られている!!!
全てが今、優しさすら感じる、不条理にしてどこか新しい熱に包まれて。

今が、星の照らされる時。まさに今、星が照らされる空。
ならば存分に命を燃やして、願いを空へ、打ち上げろ!!!






流れは今、確実に未来へと傾き、栄光が駆ける時間は近い。
幸せな未来を願って、勇気をもらって、いつか叶う未来がやってくる。
天照らすは、星の煌き。その先に戦士たちの栄光はある。
今こそ、星が照らされる空。
然らばその始まりの鐘の顛末を語ろうと思う。

その先に待つ、ビフォーピリオドの瞬間に向けて。





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最終更新:2009年12月13日 16:42
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