第42話

希望は絶望へと形を変える準備が整う。
祭とは笑って命を燃やすもの。
フィナーレが近いからこそ、熱き炎が望まれる。
その過程に仮定の余地はない。
必要ならば炎を灯せ、遥か彼方まで届く炎を限界まで焦がせ。
希望の炎を、心に灯せ。その灯がきっと、この星を照らすから。



第42話 世界を守る戦士の出撃



ムーンフェイスの目的はあくまでも月に届くための核鉄であり、彼はその為にこれまで動いてきた。
例えば各地のホムンクルスを蜂起させた時、ムーンフェイスはその特性を最大限に生かし、自身を世界中のホムンクルスを統率する導きの月と化した。あの自由気ままなムーンフェイスがヴィクトリアの指示に大人しく従い世界中に散らばったのには、彼にとって譲ることのできなかったひとつの打算による。ムーンフェイスが、お月様が人で無しの子にただ従うわけなどないのだから。
だからつまり、彼がヴィクトリアに従った真意は言うまでもなく、世界に散らばった核鉄の回収。世界中のホムンクルスがコミューンへ向かい、彼らにとっても要石とも言える核鉄を回収する言わば暴挙の単独30の実行犯。戦団の把握していない石の大半は、間違いなくホムンクルスが持っている公算が確実なほどに高い。ならばそれは、やる価値を測るどころではない確率であろう。
今、ムーンフェイスが所持している核鉄の数は、5つ。それを多いと考えるか少ないと考えるかは人それぞれの判断基準で語ればいい。単純に示される確実な事実は、数えて150のムーンフェイスが展開できるということだ。三日月だのの自己紹介は割愛。ただ、絶望的だということだけ理解してくれれば、それでいい。
ならばその絶望に対する対抗策はどこにある?

可能性の話をするならば、外せない存在がある。かつて、キャプテン・ブラボーの武装錬金、つまりシルバースキンは、対ヴィクター戦における切り札だと言われていた。そこに疑いの余地は無いだろう。だがそうして、誰にも気にされることの無く流されてしまった戦いがある。それがつまりあの日、ブラボーVSムーンフェイスの戦い。
あの時、間違いなく最強のホムンクルスの一体であるムーンフェイスをブラボーは斃していた。それはムーンフェイスが所持する核鉄がひとつだけであったというコトも一因だろう。しかし、それ以上に、圧倒的戦い合わせの奇跡が起きていたのである。

ムーンフェイスとの戦いにおける恐ろしさは、満ち欠けを繰り返す武装錬金がもたらす、死をゴールとした戦いの繰り返しではない。人間型ホムンクルスは、掌で触れれば人間を食うことができる。つまり死期速至急にして色即死級の相手が30体も降り注ぐのである。堕ちてくる月に触れて生きていられる者はいないとはよくいったものであろう。
数えて30もの月と戦い、その掌につかまれることなく戦い続けることは、まさに至難である。いかに剣の結界を持つ達人とて、「二日持てば」が限界となる。
30もの月による一斉食事行為。それこそが本来のムーンフェイスの強さ。つまりシルバースキンの絶対防御無しには、長期戦は不可能なのである。シルバースキン最大の強みとは、武装錬金に対する圧倒的防御性能を指す言葉ではない。生存本能、生態同士の真っ向勝負である食物連鎖を断ち切る為の遮断壁、それこそが特性の名にふさわしい宇宙真理に対する超越行為なのである。
ブラボーがムーンフェイスに勝利した最大の要因は、シルバースキンによってブラボーが捕食される可能性がゼロとなっていたことが大きかった。食われる心配をせずに戦えるのだ。あの時、ブラボーはムーンフェイスに手間取ったように思えて、実際のところは最速にも近いタイムでムーンフェイスを斃せていたのである。ムーンフェイスにとってブラボーとのとは、マジに最悪に近い相手と言っていいのだ。
だが、この場にブラボーはいない。いない。いない。それはつまり今の剛太たちにとって、目の前にいるムーンフェイスとの戦いが、勝ち目がどこにも無い戦いと言えることを意味するに他ならない。さらに、ムーンフェイスには、増殖したムーンフェイスを再び合体する、「真月」という奥の手も残されている。
故にできることは、ひとつ。自分の身を守ることだけだろう。降り注ぐ月に敵う人間などはどこにもいないのだから。


しかし、ここにひとつのデータがある。かつて剣持真希士は30もの月を相手に、2日間持ちこたえたという、身を持ったデータがある。
確かに現状、あの時の数すらも遥かに凌ぐほどに、月の数は有り得ないほど多い。だが、それでも別のデータが物語る。同様に、戦士たちの数も多いのもまた事実だろう。
現在ムーンフェイスに直面した戦士たちの役割はムーンフェイスを斃すことではない。あくまでムーンフェイスを斃すことができる戦士の為に、道を切り拓くこと。全ては苑のための闘いなのである。
全ては作戦であり、任務。故に現状、実は悪くない。
これから先、彼らの役割はムーンフェイスを斃すことではなく、自分の命を守ること。そうすればじきに、栄光という名の陽が空に上がるから。きっと仲間が打ち上げてくれるから。りんごの摂理に逆らって、空に舞い上がるから。
だが、今彼らの瞳には時間を稼ぐという後ろ向きの色は無かった。いや、むしろこの色は!?
いつだって戦いは不可能という希望を可能とする意志を持つ者に微笑む。

静かに、剛太が居並ぶ戦士たちに指示を送った。
「早坂の姉と、犬飼は下がれ。オレも下がる。自分の身を守るコトに専念しろ」
黙して下がる桜花に、秋水が預かっていた桜花の核鉄を返す。ドクトル・バタフライの核鉄はムーンフェイスに奪われてしまったが、これでまた、力が。戦う力が。空気を読んで黙して、珍しく静かに武装錬金、オリジナルのエンゼル御前。
「犬飼、また指揮を頼む」
そして、フォーメイションは整えられる。前へ出るものと後ろに下がる者。
「早坂の弟、それに戦部、真希士。任せた」
指示はただそれだけ。


「戦ろうか」
さぁ、存分に暴れようか。それが居並ぶ全者の総意。
「ああ、存分に闘おう」


たとえ勝つために、まだ光が足りなかったとしても光は見えているのだから。
夜空で煌くのは月に限らない。だが、目の前の月の輝きは依然強い光を放ち。そして今、あらゆる希望の光すらも覆い隠すように数えて百を超える月が舞い墜ちる。それはアナザーの限度を超えた大量の月ッ!!それでも!!
「よくもここまで人の運命を弄んでくれたもんだな。借りはしっかりと返させてもらうぞ」
真希士。
「借りか、そうだな。病院の決着をやり直させてもらおうか。喰うのはオレ、食料はあくまで貴様だということを思い知らせてやろう」
戦部。そして。
「…久しぶりだな、ムーンフェイス。貴様に拾われたことを借りだと言うつもりはない。だが、この際だ。全て清算させてもらうぞ、俺たちの過去と罪を」
秋水。思いの丈が全て乗せられるその言葉に。
みな刃を携えて、今戦士たちが動く。その瞳に、時間を稼ぐという後ろ向きの色は無かった。いや、むしろこの色は!?そのまさか、である。彼らは、勝ちに行く覚悟を決めていた。命と全身全霊を賭す全身全霊の命を賭けて。さぁ、存分に暴れよう!!
ここで、彼らがムーンフェイスを圧倒する光景を想像出来た人がいるだろうか。まず幕開けとして繰り広げられた戦いは、まさにそれであったのである。
「むぅん?!」
無限増殖の月を殺す為の最後の算段、それは。『斃さない』ということ!!


数えて百を超えるムーンフェイスを相手に、一騎当千の戦士が三人、三千世界を踊り狂い戦い果てなく願い護り斬り刺し払い突き決して逃げない!!激戦!!ドミネント・マスターアーム!!ソードサムライX!!月を相手にまるで時でも刻むかのように斬り裂く!!
「すげぇな、アイツラ。やっぱ接近戦特化の武装錬金の使い手が三人も揃ってるだけはあるぜ」
犬飼が、それはもう嬉しそうに歓声を上げた。目の前の光景は、誰もが想像できなかった夢のような光景。月を相手に暴れまわる戦士たちの姿があった。
だが!!
それでも、この状況。月の数に変化は無い!数えて100を超える月は未だ全て欠員なく顕在にして圧倒的無限数にて展開健在っ。


それは、色んな意味でありえない光景であった。
ムーンフェイスの誇る無限分裂による人海戦術が、たかだか一騎当千の三名に押し負けることもおかしいし、逆に一騎当千の三名が未だ一体のムーンフェイスすらも仕留められていないということもおかしい。
だが現状はまさにそれであり、ムーンフェイスは戦士にかき回され、同時に戦士たちは一体の月すらも堕ろすことができていなかった。しかし全ては彼らの描いた勝機そのままであった。ここで秋水たちが真っ直ぐ目指した勝機。それは個体数にあったのである。


無残な月が砕けることなく次々と転がっていった。無残に倒れる月の数は増えるが、無限に近い月の数は変化していない。そう、これぞ勝利への、たったひとつへの道。その道のりなのである。―――その答えはいたってシンプル。『分裂がやっかいなのであれば、分裂をさせなければ良い』ということ。ただそれだけ。
次々と月が地面に崩れ落ちていく。しかし、月の数に変わりは無い。なぜならあくまでサテライト30の限界分裂個体数は30なのだから。つまり、これこそが勝機。その数をキープしながら、相手を行動不能に追い込めばそれでいいというか細い道のり。
戦士たちはみな一様に、決して章印を狙う事も無くムーンフェイスを一人一人片付けていた。たったひとつの勝機。殺すことを当たり前として戦わない結果の奇跡。
戦部に喰われて五体不満足のムーンフェイスがいた。真希士もこれしかないとばかりに他の戦士たちらと一切の打合せも無く同じ狙いを行動に移す。大剣の煌く影で、次々とムーンフェイスたちが決して殺される事無く行動不能のみの状態に陥っていく。それは文字通りに二日間の死闘を経た偶然にして必然の答え。秋水に至っては、刀身を突き刺したムーンフェイス体内の生体エネルギーを全て散らしてしまう奥義すら乱発してみせた。
言うのは易し、行うは難し。しかし、100を超える月との死闘は、戦士たちを不可能すらも可能にする百戦錬磨へと鍛え上げ高みへと引きあげる。夢物語を現実にしうる強さが、秋水達三人の刃にはあった。求められているものは見敵必殺でも一撃必殺でもない。活人の如く、相手を制するということ。
もちろんムーンフェイスとて異変にはそれこそ即座に気がついてはいた。だが、戦場で「殺さないでくれ」という言葉に意味が無いように、勝ちを狙う者が殺してくれと言う訳も無く。
「むぅん、流石は錬金の戦士。手の内の知れた相手に何度も手こずったりはしない、か」
何体かのムーンフェイスが同時に同じ事を呟く。それは、彼ならではの光景。そして、ここでわざわざ手間をかけて死に損ないの自分を殺す無駄を行うほどムーンフェイスは甘い戦争相手ではない。ただ、月牙が静かに煌いた。
「下がれ!!来るぞ!!!“真月”だ!!!」
後方に下がっていた犬飼と剛太が同時に叫ぶ。即座に桜花と御前様が矢を放ち牽制する中、秋水たち三人が後方へ退がる。
「全員、逃げろ――――ッ!!!」
御前様の絶叫が響いた。
対して月が、笑う。
「―――サテライト30“死魄”!!」
月の真骨頂、合体して巨大化して空にひときわ大きく輝く。ムーンフェイスの月牙の、真の特性の発動、合体して巨大化。それは近づいて圧倒するサイズに気がつく、人の愚かさと月の関係そのものであろう。戦士たちの空に高く君臨するムーンフェイスの巨体。そのサイズは病院で見たときよりも遥かに高く、30の5乗を超えるのではないかと思えるほどの絶景であった。だが、そうやってひとつになったムーンフェイスが再び散らばり堕ちると、この時この場において、いったい誰が想像できただろうか。
戦部だけが、わずかに研ぎ澄まされた野生の勘、つまり戦士としての経験によって、危険のみを察知する!
「不味いぞ、アレは!!」
戦部が、あの戦部が、感じた恐怖をそのまま正直に呟く。それは何度も死ねる人間だからこそ正確に行える、死の探知能力なのだろう。
集結したのはムーンフェイスであり、そしてサテライト30である。合体して巨大化したムーンフェイス“真月”。それが再び、無限の月へ表情を変えて、堕ちる!!!
「中村ぁッ、上だ!!!」
秋水が叫び犬飼が指差し御前様が顔を覆った。
目の前の時が止まる。いや、目に焼きついたと言った方が正確かもしれない。見上げた剛太の空に、無限の月が広がって見えた。それは夜にふさわしい悪夢だった。100を超える月牙がバラバラになって振ってくる空が今、剛太の上に広がる。剛太に最悪の兇刃が致命的角度で振り下ろされる!!!
絶景とはなんだろう。思うにそれは、命を絶つ景色。絶望があって初めて希望が見出されるというのであれば、それは絶景にこそふさわしい。
一枚絵のように、たった一人剛太にめがけて降り注ぐは照らされた月が30かけることの5。それはまさに絶景。回避も防御も不可の状況下。その先に待つもの。人の子の逃れえぬ法(さだめ)。

死へ。



剛太の名を呼ぶ御前様の悲鳴が、世界に木霊した。


そのまさに刹那。


走馬灯を見るにふさわしい暖かい光に包まれながら、確かに剛太は聞いた。



生へ。

今、世界が月以外の光で照らされ始めていく空。
物語において、必然とは言い訳に過ぎない。意志の力とは必然を超えてこそであり、偶然や奇跡でさえもが、路傍の石にすら値せぬ都合を指す言葉である。
だからこそ、今は語るべき流れを吹き飛ばすことでまず結論から語ろう。彼の戦士の帰還ともいうべき参戦によって、この夜の戦争の終盤戦は華々しくその幕を彼方へと貫くのだから。
耳を疑うことすらできず、ただ優しさに抱かれていることだけを肌で感じた光と声。この光を知っている。あの悲しみを隠した優しい声も知っている。この場にはいないはずの戦士の声が、強く強く戦士たちの心に響いた。
それは御前様や真希士の叫びでもあり、そして彼自身の声もまた、力強く重なる咆哮。
この登場には幾つか疑問の余地があるだろう。だが、一切の矛盾無く、彼はこの場に駆け参じたとだけは言っておこう。―――なぜならその方が、カッコいいから!!!!



「―――――――――――――ブラボーだッ!!!!!」



防人衛自身が渾身の絶叫が重ねて響く。剛太を包んだ光こそが、シルバースキンッ。
こうして、物語はたどり着くべき地点に到達し、その先にある栄光を目指す!まずはキャプテン・ブラボー、流星の如く光臨!!!!

世界を繋ぐのも、世界を紡ぐのも、全ては絆の物語。

同刻。
神奈川県横浜市にあるニュートンアップル女学院と、埼玉県銀成市にあるオバケ工場とを直線でつないだ近隣地域の住人たちは、願いを三回唱える間も消えることなく夜を駆け貫ける流れ星を見ることになる。
解き放たれた炎が今、物語に駆け参じる。月すらも燃やす不条理な炎となるか、希望の灯火よ。

栄光を燃やすべき炎たる糧は命か希望か。
現在という瞬間か、それとも過去という一点か未来が描く世界か。
祈りか願いか。夢か幻か。愛か。
全てを束ねて紡げ。

そうやって、ゼロに逆行せよ。






キャプテン・ブラボー、流星の如く光臨!!!!
聖サンジェルマン病院からオバケ工場までの所要時間、その間わずかゼロ秒!!





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最終更新:2009年12月13日 16:41
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