第40話

今、あの日を乗り越えて今、覚醒のとき。



第40話 デイ・アフター・ファイナル



乱入した桜花に状況はわからない。
ただ、秋水クンの悲しそうな顔が、真希士が桜花へ放つ視線の意味を察し、怒りで彩られていく、それだけは理解した。
「退(さ)がれ、中村。今の状態、ああなったヤツに言葉は届かない」
秋水が静かに立ち上がり、そして真希士へ振り返る。つまり、桜花に背を向けた。そして真希士の瞳に正気の色が失せていくのを確認する。秋水は知っていた。あの眼は正に、狂気そのもの。ホムンクルスが食人衝動に、狂い血走っていく瞳を秋水は知っているのである。
「退くかよ。黙ってみてろ…ッ、俺たちはアイツを止めるんだ、止めなくちゃいけないんだっ!」
「…いいから、退がれっ」
秋水は剛太の首根っこを掴むと、そのまま戦部に投げつけた。当然戦部が優しく受止める真似などしてくれるハズもなく、剛太に痛みが走る。そして怒りも。
だが、そんな怒りすらも全て背中で受け止めて、秋水は一歩前へ踏み出した。
「人間型ホムンクルスは手で食事ができる。つまり、素手に触れられたらそれはその瞬間に敗北するというコトだ。お前に、全力で食事にかかる剣持真希士を止められるのか?」
冷静に辛らつな言葉を秋水が投げかける。まるで姉に襲い来る暴漢を狩るのは自分の役目だと言いたげだと、そう誤解してしまいそうで。しかしながら当然、秋水が言いたいのはそういうことではなかった。
「…オレが、止める。ヤツから手足全て切り落としてでも、戦いの術を奪う。その後のことは中村、お前に任せる。いいな」
まさに覚悟。そして、正確には無謀。
無謀ならば誰かが止めなければいけない。故に戦部が動いた。彼が秋水に言いたいことはもはや言葉する間でもなく通じるだろう。秋水ひとりでは、真希士には勝てない。
戦部は半ば力づくで秋水を止めようとする。刀身を手に取り落ち着け、冷静になれ、と。
しかし次の瞬間、するり。戦部の力づくがどこかへ散っていった。戦部自身でさえも、秋水の歩みを止められなかったことを滴り落ちる手のひらの血(直後修復)と視界情報から理解するのがやっとだった。
「いま、なにがおきた?」
犬飼が唖然として発した言葉すらもすり抜けて、秋水はあの剣持真希士の豪剣すらもするりと受け止めて往なし、その胸に刀を突き立てていた。
なにがおきた?

この世の中に、エネルギーを絡めない攻撃など、そう多くはない。
秋水が到達した境地、それはまさに夢の実現に相応しい奥義。ソードサムライXと交叉した衝撃は全て霧と散らされる、ひとつの究極領域。熱エネルギーだろうが運動エネルギーだろうが位置エネルギーだろうが生体エネルギーだろうが、皆の声がもたらしたエネルギーだろうが構わず散らす境地。今の秋水が行ったのは、まさにそれだった。
ソードソムライXの特性は、エネルギー系攻撃の完全無効化である。あくまでも散らすのはエネルギーであり、打撃や実弾などの攻撃は吸収不可能、それがルールの筈だった。だが、今や秋水はそんなルールを受け止めて飛び越える。もちろん打撃や実弾の攻撃は刀身で受け止めていたので、基本のルールに変化は無かった。ただ、その打撃や実弾に込められた全てのエネルギーを散らしただけ。
よく見ると下げ緒と飾り輪が跳ね回っている。それはつまり、秋水が止めた真希士の豪剣に込められた運動エネルギーが、飾り輪から放出されていることに他ならない。
この世の中に、エネルギーを絡めない攻撃など、そう多くはない。その全てを散らして、そして斬るが無刀強制の奥義。それはまさに、達人の剣に相応しい境地だろう。
剣は今、正に全てと一体へ。秋水と刀と自然と心とあなたと命。
これはきっと、誰かを思う心がもたらした新しい力。ソードサムライXの真の特性。そのきっかけが、哀れ極まる剣持真希士の姿。血が静かに冷えていく。

秋水は、真希士からひとつのことを理解した。目の前にいる食人衝動に苦しむ哀れな様が示唆する過去の未来の結末を。
かつての秋水は人と関わりたくなくて、二人ぼっちの世界を望み、ホムンクルスを目指していた、けれど。そうやってホムンクルスになっても、きっと二人ぼっちの世界には至れなかった、今の秋水ならばそう思える。むしろその罪深い衝動のために、進んで人間に関わることとなっていたかもしれない。人を食う、ただそれだけの為に。それはきっとかつての彼らが望んだ二人ぼっちの世界ではない、にも関わらず。ただ衝動に負けて。自分に負けて。かつての望みは言わば何もかもからの逃避。あの日、病院から抜け出したときと何も変わっていない、煩わしい全てからただ逃げ出したくて、ただただ自分と姉とが世界の全ての頃。秋水は、姉以外の人と深く関わるのが怖かったのだ。ソードサムライXの特性こそがそのあらわれ。霧と散らすのは怖いから、逃げたかったから、そのための散らす特性。
しかし、今の秋水にその恐れは無く。人と関わる事に躊躇いは何も無い。弱さを知って至れる境地がある。その強さ、相手の剣にふれて受け止めて散らす無敵の刃。
抱きしめる代わりに斬る解釈。自然と一体になれ。全は一であり一は全であり、散らしたエネルギーも受け止めた剣も、全てがこの世界を彩る行為。無為自然の境地。全てと一体になって初めて、サムライ。和の国の戦士。
「何度、ホムンクルスの顔を出そうが構わない、その度にこのオレが殺してやる」
だが、その胸に章印の無い真希士は、どうやったら死ぬのかな。殺すわけにはいかないからこそ、殺す。何度でも、あなたがあなたの心が再び顔を出すまで。斬る。―――それが、覚悟。
真希士の胸に突き立てたソードソムライXを抜き、秋水は再び刀を構える。それでも、真希士の鼓動は決して止まることが無かった。

秋水が止める。剛太が叫ぶ。秋水が斬る、剛太が叫ぶ。秋水が居抜く、剛太が叫ぶ!ただただその繰り返し。それだけで桜花は、現状が最悪に近い状態にあると理解する。真希士の心臓が何度も何度も貫かれていく。そうやって、誰もに真希士の死を絶望として真の臓腑まで理解していく。



ドクン



喰いたい。

ドクン。

喰イタイ。喰いたい。

ドクン。ドクン。

喰いたい。喰いたい。喰いたい。喰いたい。

ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。



喰わせろ。



喰わせろ!!!!
喰わせろ!!!!喰わせろ!!!!喰わせろ!!!!喰わせろ!!!!
喰わせ喰わせ喰わせ喰喰喰喰喰悔。
「ッうるっせぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!!!!」
空腹の腹の底をブチ撒けるように、真希士の叫びは天を衝いた。
「…喰わ…れてッ、たまるかよっっ!!!ホムンクルスッ!!」


心に突き刺さる言葉がある。
剛太の言葉が、秋水の刀に乗って、深く突き刺さる。

戦え。諦めるな。

自分の中のホムンクルスに、喰われてはいけない。
いけないんだ。


再び取り戻した人間の心。その極端な豹変の連鎖がすでに手遅れであると語るかのように絶望を闇広げる。
「…オレは何を、な、に、を、している?」
それでも今は人間の言葉。静かに、彼が蘇る時。ならば迷いや葛藤を殺せ、その刃となる信念を思い出せ。それは、今を逃せばきっともう次はない。
「…オレは誰だ、…オレ様は…、剣持、真希士だ!…尊敬するキャプテン・ブラボーの…部下で、錬金の戦士ッ!!」
固唾をのんで緊張が伝播する。ここで踏みとどまるか、崩れるかは未来を大きく変えるだろう。そして真希士は本能を食い破るように食いしばり、魂を鳴動させた!
「オレ様はまだ人間だ!!!心が!信念が!決意が!覚悟が!!!たとえ姿形がどうなろうと、…オレはオレはオレはオレ様は人間なんだ!!」
それは叫びだった。彼の中の人間が叫ばせていた。断末魔ではない。それは、そう。遺言。
人間として生きた。死ぬときも人間が良い。
真希士が人間として戦士としてやるべきことはまだ残っている。なんだ。決まっている。戦うことだ。
真希士を斃したホムンクルス、ムーンフェイス!ヤツの恐ろしさを真希士は死ぬほど理解している。つうか死んだ!だが、それでも戦わなきゃいけない時がある。死んでもやっちゃいけないコトと、死んでもやらなきゃいけないコトが、あるんだ!!
男として。戦士として。剣持真希士として!!!
なぜそんな肝心なことに今まで気がつけなかったのか。人間とは何か、ホムンクルスとは何か。喰いたい、喰いたい、喰いたい。
「…喰いたい、喰いたい、喰いたい、くそったれがッ!!!!なんとなくわかったぞ、人間に戻りたいと思うから、だから人間を食いたいと思うんだなッ!」
羨ましくて輝かしくて、憎らしくて、その姿に憧れて。それでも罪深き自身の存在と、守るべき信念と、そして剣持真希士であるということ!!死んでもやっちゃいけないコトと、死んでもやらなきゃいけないコトが、ある。あるんだ!!
立ち上がる時は今!!貫き通す覚悟は決まったぞっ。永遠に満ち欠けを続けるムーンフェイスを斃すには、圧倒的な攻撃力ではまだ足りない。足りるものか!だったら善だろうが悪だろうが知ったことか、コレしかないだろう!!!
そう、コレが、答え!!



―――人間を辞める――――ッ!!!!!!!!!!!



咆哮が響いた。その咆哮に彼の意志や覚悟や信念は全て込められていた。
叫びと共に、剣持真希士の武装錬金が完全に姿を変えていく。真希士の中の何かが決定的に壊れて、そしてベツモノに変わる。

それは、不完全なホムンクルスであったが故の、同時にパピヨンとは違った形での奇跡だった。もう人間に戻りたいとは考えない、だから人を食いたいとも思わない覚悟が呼ぶ未来。人喰いでないホムンクルスと、人間が戦う理由なんかどこにもないという未来へ。
「…待っていろ、ムーンフェイス!今この剣持真希士が、斃しに逝くぞッ!!!」
それが、人間・剣持真希士の導き出した、答えだった。剛太の言葉が、秋水の刀がもたらした、答え。最期の答え。
「真希士!!」
剛太が叫ぶ、その表情は、今にも泣きそうなカオ。戦士にとって一番大切な資質、それは誰かを想う気持ち。

「…優しいな、お前らは。だが悪い、今のオレにはもう時間が多く残されていない」
そう呟くと真希士は彼らに背を向ける。すべてに決別をするその背中!!!その背には、禍々しい腕が二本はえていた。
「…見ろ戦士たち!このオレ様の背中を!これがオレ様の死だ、剣持真希士の死だ!―――だが、戦士としてはまだ死んじゃいないぞ!!!また死んでたまるかよっ!!!」
死を覚悟して、ではない。覚悟の上での、死。死に切れぬ思いを捨てて今、剣持真希士は死を選ぶ。

最後に、もう一度だけと未練に乗って、真希士は振り返った。済ませておきたかったお礼と別れの儀式を望んで。
「…ありがとうよ、お前ら。おかげで大切なものを思い出せた。ホムンクルスと共闘するのは嫌だろうから、ここからはオレ様一人で行くよ」
不幸ながら、月に届く力も手に入った。ホムンクルス対ホムンクルス。彼にとってこれは、月に届く為の力なんだ。諦めるつもりは死ぬ前から死んでも毛頭無い!ホムンクルスと化した真希士には、もはやマラソンマッチに負ける理由は失せたのだから。
まずムーンフェイスを斃す。次に死をばら撒く自分が量産されていたのなら、それも斃す。自分に始末をつけるのは早くてもそれからだ。ホムンクルスとしてではなく、剣持真希士として、つけるべきケジメ。そしてこの先に待つのは、勝てるかではなく、勝たなければいけない戦い。それでも。だからこそ。
「…剛太とか言ったな。その気持ちと言葉はありがたく持って逝く。だからお前たちはここで少し休んでいろ。あとのムーンフェイスはオレ様がなんとかするから」
別れはいつだって死に付き纏う必然。


これは相容れない両極に当然あるべき別れの儀式だった。少なくとも真希士の人生においてはそれが当たり前だった。ホムンクルスと共闘する戦士なんて、真希士は知らない。そんな戦士が存在しないことは彼の世界では当たり前だった。
だから、背中に人生を。
剛太も桜花も秋水も、この背中を忘れることはきっと無いだろう。
それはしっかりと胸に刻まれた。だからこそ、まだ別れてしまうのは早すぎる。
「いいえ、私たちも一緒に戦います。ね?」
桜花が、優しく微笑んだ。全てを赦す、その笑顔。
「な!?」
「……私たち二人はもともと“信奉者”なんです。あなたがホムンクルスだからとかそういった差別意識?みたいなのはとっくに麻痺しているんですよ」
桜花の笑顔に、裏はどこにも無い。
「姉さんの言うとおりだな」
「…類友、か」
剛太も苦笑う。どうやらすっかりアイツに馴染んでしまったようだ。
守るべきものが同じなら、きっと戦友になれる。
「あんたが一緒に戦ってくれると、心強い」
剛太が手を差し出す。どうか、握手を。
三本の腕が、それぞれ三人と握手を交わす。
「………ありがとよ…。………ありがとよ……」
四本目の腕を拳を握って、涙を拭いて。
さあ顔を上げて逝こう。これが剣持真希士、最後の戦いになるのだから。
「無茶すんなよ、今のムーンフェイスはアンタを殺った時以上に強いぞ」
「確かに真月は厄介だからな。心強い戦力になってくれると助かる」
犬飼や戦部が真希士の肩を叩いた。この先に待つのは、勝てるかではない。勝たなければいけない戦いなのだ。



希望の蕾は形を変えて花と咲く。



ここは聖サンジェルマン病院。戦夜の同時刻、キャプテン・ブラボーはその深部にいた。
ブラボーの目の前で輝く無機質な人工物。それこそが、あのファイナルの日に見た大きなガラス張りの「フラスコ」だった。
それは、ファイナルのあの日、パピヨンが海上に捨て置いた最後の希望。そして、武藤カズキがパピヨンが残した、決して使われることのなかった希望。
救いとはつまり、真希士がこの戦いの後、月へ行くことは無い。だが自分に始末もつけない。これはその為の、最後の選択肢。

決意は揺らぐものである。剣持真希士の決意も同様であり、いつまた食人衝動が目覚めるとも知れない、危うく刹那い決意。しかし、今日という夜はそれで十分であった。そう。既に、真希士を救う術は見つけ出されていたのである。
残されていた問題は、如何にして真希士を止めて、死なせることなく殺すことなく連れて帰ること。たったの、それだけの、重い難題。そう、あの場さえ、あの罪深い衝動さえ一時凌げてさえいれば、良かったんだ。

パピヨン謹製、新型フラスコ。この人工冬眠専用のフラスコを使って、真希士を仮死状態にする。おやすみなさい。いつか、ホムンクルスの再人間化の技術が確立されるその日まで。
これで真希士は、この戦いの後、月へ行くことは無い。だが自分に始末もつけない。これで、真希士は真の意味で救われる。
救えたんだよ、ホラ!!!なあっ!!!!

この物語がピリオドに追いついたとき、それが真希士が安らかに眠る時。
目覚めるとき、彼にとっての楽園が目の前に広がるのだろう。
夢から覚めて夢みた楽園を見てこそ、楽園には価値が生まれる。

希望の蕾は形を変えて花と咲く。
そして希望の花は未来の種を明日に撒き散らすんだ。
今はただ、その為に。花咲くときを信じて、今はもう少しだけ、戦いを続けよう。








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最終更新:2009年12月13日 16:40
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