第36話

ここからは地獄に足を踏み入れて、そして蜘蛛の糸を垂らす物語。
未来に疑いを抱く者よ、地獄に救いは無いと思え。
それでも紡げ、物語。



第36話 沸き立つ死(前編)



出会った三人は気がつけば戦っていた。それが戦士にとってあるべき生態ででもあるかのように。剣持真希士、中村剛太、早坂秋水。描くスリー・ウェイ・ダンス。まわる。まわる。まわる。たとえ止めることのできぬ、罪深き衝動を否定することなどできる戦士はいないとしても。
「殺ろうと思わなければ、意外と二人だけでも戦れるもんだな」
剛太が自虐的に笑う。彼の全身は鎌居太刀に通り魔されたかのように、細かい傷でまぶされていた。もちろん全てかすり傷、血が流れる深さもない傷ばかりで、致命傷の類を食らう不覚は犯していない。風がかすった程度の負傷。
ここにこそ剛太の戦いにおける真のスタイルが象徴されるであろう。彼の頭の中で歯車が噛み合うその先、そこで待つのがいつだって己が血の代償であるということ。頭の歯車を円滑に回すのは油ではなく、いつだって血。
超高速度の世界に生きる者は、その速度の代償たる覚悟の世界を駆け抜けることとなる。自身の高速を無敵の矛と化す代償に、相手にも無敵の矛を与えてしまうリスクの享受することこそが覚悟。速度による攻撃は、その速度に合わせた回避不可避の反撃によって死ぬ必然。致死のカウンターで死ねるのは、いつだって迅い者だけ。それでも、それを知っているからこそ、死を見極め、恐怖を殺さねば戦えない勇気が求められる世界。
それが、そこが、そこらかしこが剛太のいる世界、たたかいのせかい。歯を食いしばってでも、今はまだ手を離してはいけない、世界。故に剛太はブレーキという概念を脳から取り払う!加速。加速。加速。サード。セカンド。トップ。オーバー!!!
「確かに。それに二人というのもなかなかに戦りやすい」
比して秋水、その動きはあくまで最小の剣舞。無駄のない動きは妖火の鍔迫り合い。W(ダブル)武装錬金、W(ダブル)ソードサムライX。
隙とはつまり相手の動きと自分の動きの和差積商なのだろう。駆け抜ける風は今にも泣き出しそうに業。それでも風の声が聞こえる。うたごえがみみもとをかけぬける。
それはつまり波風立たぬ水面の様に、だからこそ体で波紋を感じる余裕があるということ。それはつまり、強さ。強くなったということ。秋水は仲間を得ることで、彼に欠けていた余裕というものを修得していく。つよいぞ、今の彼は。なぜなら静寂さを意図してわきまえることができているのだ!
「ッぬぅわぁあああああああああ!!!」
剣持真希士が駆る四本の腕と織り成す二本の西洋剣に対するは二枚の歯車と二振りの日本刀。これは尊皇攘夷の戦いではない。これはシンプルに罠。それはまさに狩人を待つ猟犬のように、獲物を足止めするための戦い。ただ殺す足を止めるための戦い。
「右に駆けろ!!!」
そこに犬飼、戦部、合流!!!
待ちわびた!!

犬飼の「駆けろ」という言葉は明らかに剛太への指示であった。その意図を語る言葉は不要なほどに、絶妙のタイミングでタイミングを外された真希士の上体が右へ流れる剛太の方へ泳ぐ。
そこをついたのは秋水の逆胴。真希士のガードは刹那で間に合ったが、その衝撃は真希士を一歩後退させる結果を作るに十分だった。だがそれがいったい何だと言うのか。その程度でこの壁を越えられると言うのだろうか。壁は四本腕二刀流の剣持真希士。
壁は高いだけではない。はるか遠くにもあった。だが勝機の鍵はいつだって、壁にかかっている。
戦場を把握した犬飼は事前に考案されていた戦略から最善の策を選び修正を施す。全ては狩人の思考回路に従うかの如く。


もしも、だ。
真希士を壁まで追いやることができれば、それは勝機となるだろう。言うまでもなく巨大な西洋剣は、壁際において明らかな不利を生む。たとえ壁をものともしない力を持ってしても、壁を切り裂く刹那は達人同士の戦いによって致命的なロスに繋がるだろう。ましてや真希士の腕の内の二本は背中から生えているのだ。身動きが取れない狭い空間で、最も邪魔なのは常に自身の体である。
故にこそ、壁まで追い詰めるコトさえできれば、願いや希望といった言葉を越えて勝機となる。―――と、ここまでは理論としてある程度戦況を把握している者なら誰もが気付くことであろうか。
だが肝心の壁まで追いやる術を誰も持たないという前提が、それら勝機を覆す。強固な城とも言うべき達人の間合いは、それを犯すだけでも命がけなのである。ましてやそれを力づくで押し出すなど、考えただけでも肝が冷える愚挙暴挙だ。
そもそも押し出しは裸一貫の強き者だけに許された奥義である。真っ向でも横槍でも、四方に死角の無い真希士を一方へ押し出すなど、いかにすればいいと言うのだろうか。
屈強たる達人を動かすことは、その間合いを犯す以上に困難な道のりである。人智を超越したバケモノならば尚更であろう。故に肉体的にも技術的にも最上級の錬金の達人にしてホムンクルス・真希士は斃せない。証明完了だ。

と、戦わぬ者の思考ならば、それで終了る。だが現状が、そんなくだらない『自制理論』の先に進んでいるということを思い出してもらいたい。
現状、既に秋水が放った逆胴により真希士を一歩後退させることは成功していた。それは人類にとって大きな一歩ではない、だが彼らにとっては重大な一歩であろう。
真希士を一歩分押し出したのは秋水の逆胴ではない。そのきっかけは犬飼の、声。
「待たせたな」
犬飼が仲間に見向きもせずに声だけを届ける。答えて剛太、必要最小限に。
「いや、そうでもないさ、助かった。あとも頼む」
剛太が圧倒的なホムンクルス・真希士に対して見出した勝機の要こそが、犬飼なのである。それも、犬飼の武装錬金、キラーレイビーズではなく、犬飼という戦士。
かつて、犬飼は彼の武装錬金を語るとき、こう言った。「さっき安全装置を解除した。こうなったらもうボクにも止められない!」
そう、彼は制御していたのである。あの狂犬を二匹も!!
勝機は、まさにここに。


こうして反撃の狼煙が静かに煙り始める。
そこらかしこに広がる勝機。

だが。

剛太たちの勝利とはつまり、剣持真希士の敗北を意味している。
戦士にとって敗北は死。ホムンクルスにとっても、敗北は死。
戦士でありホムンクルスでもある、剣持真希士。
大切なのは、勝つことではない。
勝つことの意味を、今一度だけ、揺り起こそう。



誰かが叫ぶことになるだろう空の遥かで。
願いは祈りでは決して叶えてもらえない。
救いは信じる者に垂れ下がるようなモノでも、無い。

祈りは信じるコトは、願いや救いが目の前にようやく現れた時に必要になる、断ち切らないように繋ぐための、キズナ。
キズナはいつだって、信頼と信念によって紡がれる相互理解。


さあ、墓を掘るときだ。
全てを踏まえた上で墓を掘るときだ。
救いは彼に無く、見つけたはずの希望も彼の者には届かない。
抗(あらが)え愚かな人間たちよ、逝きとし生ける運命の踊り手人形たちよ。
死にたいのなら死ねばいい。殺したいのなら殺せばいい。
だけど、本当に死にたいのか。本当に殺したいのか。

これから語るしばしの物語は、楽園を夢見た戦士に手向こうと思う。
どうかここからの地獄送りが、剣持真希士とって優しく暖かいエンバーミングとならんことを願って。


この先、死は確実に訪れる。
生きるための死が、彼の者に、予定調和の死が、違う形で。
そして、描かれなかったその先が描かれるときも、ホラすぐそばに。

そんな全ての儀式は、狩りと敗北によって開かれる。






地獄は語られる。
この先の戦局。犬飼の指示によって戦況が大きく変化し、勝機は必然として戦士たちに微笑みかけることになるだろう。だが、斗貴子とヴィクトリアが最終決着の趣を見せていた頃、桜花が月に背を向けてひたすらに走っていた頃、違う場所では犬飼が確信と共に吠えることになることを先に明かしておきたい。
「ふざけんなよてめぇ!!」
続くありえない言葉。真希士を囲んでいた全ての戦士は、その血に染まった手を止めることを誘う言葉。それだけではなく、ありえないことがここで起こる。ありえない状況を生み出したのは、言葉だった。
真実は地獄に潜む。それを希望に変えることのできる者など、そう多くはいない。
「てめぇ、生きる気ねぇだろ!死ぬために戦ってんじゃねえよッ!!」

咎人が望むはただひとつ。救いと信じた、エンバーミング。
それではなぜそうなったかの道のりを語るとしよう。
時は、物語は今再び巻き戻る。





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最終更新:2009年12月13日 16:39
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