第34話

殺しのルールはいつだって。

弔いの花は武装錬金だった。
贈る手向けは武装錬金だった。
殺したのは武装錬金だった。

死を飾ったのはいつだって、武装錬金と共に。
ホムンクルスを斃すことができるのは武装錬金だけ。
殺しのルールはただそれだけ。

静かに、確実に。そして急速に。空虚に。
その戦いは虚しさを増していくばかり。
ざわつく心、飾る余裕などあるはずもなく。

徐々に津村斗貴子は、ひとつの真実に辿り着こうとしていた。
それは、武装錬金を殺す真実、弔われる者だけの身支度。

戦いが終わる希望が、静かに語られようとしていた。
絶たれたはずの望みが、希かに顔を出す。
夜明けのように、じわじわと。
気がついたときにははっきりと。

このタイミングで希望を挟むのには理由がある。
全てはこのピリオドに向けた物語を少しでも希望色で飾るため。
ここで舞台はニュートンアップル女学院へと移ろい流るる。



第34話 武装錬金エンバーミング



戦いに生きる者は拳を交えるコトで語り合えるという。
だが、そうして語り合えるのは、あくまでも原色の想いだけである。
互いに事実を交えた普遍の真実を分かち合うことは決してない。
言葉は必要である。お互いを理解するために、理解する努力を行うために。
さあ殺し合い、語り合え。

死闘継続。
見れば、斗貴子のバルキリースカートの狙いは間違いなくヴィクトリアをブチ撒く角度で振り下ろされていた。見ればヴィクトリアは華麗に交わし、折れて刺さったバルキリースカートや壁や水や電気やを使って斗貴子を死に誘っていた。
そこで描かれた全ての行動が互いの死に直結しうる美技の極致。だがそれでもヴィクトリアと斗貴子の死闘は、いつの間にか殺意がどこかへ散っていて。
円山がその変化に気がついた時には既に、二人は喋りながら戦っていた。喋るついでに殺しあっている状態にあった。
それは思えば相手の技を嫌味たらしく褒めるヴィクトリアであったり、ヴィクトリアの言葉を冷たく突き放す斗貴子であったりと、会話には程遠いやり取りだったかもしれない。
だがそうやって命の際には不釣合いな不謹慎を通して、二人は確実に互いの理解を深めていたのである。
ヴィクトリアが中身のある話を始めたのは、そんな時であった。


「ママから聞いたコトがあるの」
返事はしないし、殺す動きも止めない。だが斗貴子は「その口を閉じろ」とは言わなかった。喋るなら好きなだけ喋れ、そんな無声返事がヴィクトリアには聞こえたのだろう。だから、自身も生きる行動と殺す行動を続けながら、言葉を続ける。それは、どこかでもう一度言うことになる、真実という仮説。
「ホムンクルスの食人衝動の源泉は本体の犠牲になった「人間」の部分がなんとかして戻ろうとする「本能的な未練」ではないかって、一部の研究者の間では言われているって」
斗貴子は表情を変えなかった。だからどうしたという空気すらただよっていた。
ヴィクトリアは一度斗貴子から距離をとる。そしてどこからともなく、とある肉片を取り出した。ママの味がする、あの肉片だ。
斗貴子の表情が、再び憎しみと殺意で染まった。さらに斗貴子の怒る眼の前で、ヴィクトリアは食事をして見せる。そしてその様子は斗貴子がその怒りを爆発させるには十分すぎる光景だろう。だからその前に、ヴィクトリア端的な真実を言葉にした。
「コレは正真正銘のママの味。正確にはママの出来損いの成れの果ての味。だけど百年近く食べてきた私の主食」

それは、まさに脳に閃光を突き刺し爆破する様な言葉だっただろうか。
斗貴子は当然、突如与えられた疑問の答えに驚愕し、手を止めていた。ずっと無意識には気になっていた疑問の答えがぶら下げられたのだ。それは、手を伸ばすことをためらうに値する絶望的真実。この百年間、ヴィクトリアはあの女学院で何を食べて生きてきたのか。そんな、まさか、そんな。『自分の母を食ったのか!!』
「そんな顔をしなくていいわ。それよりも、ホラ。これって凄い真実だと、思わない?」
その時、ヴィクトリアがどんな表情をしていたのか。傍観者たる円山からは見えなかった。
ただ、聞こえる声だけが哀しく優しく暖かく、響いて、震えた。

ヴィクトリア、月影でその瞳を隠したまま言葉を。風が誰かの代わりに戦慄いた。
「だってそうでしょ。たとえ“ニンゲン”を食べなくてもホラ、ホムンクルスは生きていけるのよ。こうして人並み以上の人生百年分を」
ホムンクルスの食人衝動の源泉は本体の犠牲になった「人間」の部分がなんとかして戻ろうとする「本能的な未練」ではないかって、一部の研究者の間では言われている。
この仮説の本質は、パピヨンの特異性を示すところにあるのではなかった。目をつけるべきは別の観点。ホムンクルスは、生きるために食人をしているのではないということ!
斗貴子も、ヴィクトリアの言葉の意味を、驚愕と共に察していく。
「この学校に着てから、一時的に行方不明になった生徒はいるかもしれないけど、それが最後まで続いたケースは無いはずよ」
それはつまりヴィクトリア・パワードは、この世界では数少ない、人喰いをしていないホムンクルスだった事を語る言葉。人食いのために、女子供の肉を狙ってパワードの母娘がニュートンアップル女学院にたどり着いたわけではないということ。
いや、ここから先は憶測だが、恐らくは一人だけ、ヴィクトリアが“生きた人間”の肉体を食している可能性はある。アレキサンドリアのクローン技術が確立されるまでには幾ばくかの歳月を要したのだから、その間の衝動を抑えるために、残酷な食事が必要だったはず。
ならば静かに地獄を想像してみよう。目の前には、首から下の体機能を失った母。
これ以上はなにも語るつもりはない。
だが確かな手がかりを元に想像した最悪の地獄は、きっと正しい。哀しくとも、きっと正しい。

話を戻す。
ホムンクルスは、生きるために食人をしているのではない。つまり。ならば。もしも。ホムンクルスにとっての食人が、その食欲が人間のそれとは違い、言ってみれば性欲のように「似て非なる代用品」によって紛らわすことができる本能なのだとしたらどうしようか。それは例えば淫らなモノを見て抑えきれない性欲を紛らわすように。その偏った食欲が、生きる為ではない本能によるものだとしたら、代用品による誤魔化しは可能ではないだろうか。
そう、それはたとえば。疑似餌。擬似ママの味。ママの味の大量生産品。

思えば、アレキサンドリアがホムンクルス化しなかったのも、ヴィクトリアへの愛ゆえにだったのだろう。人食いと化した娘を養うためには、どうしても「人間の肉」が必要だったのだ。クローン技術とは、アレキサンドリアが白い核鉄を作り上げるその日まで生き残るために編み出されたのではなく、ただ娘を養うための愛。
愛は世界を救うとはよく言ったものである。もしも母の愛によるこのクローンが、ホムンクルスの食人衝動を抑えることに繋がるとしたら、間違いなく世界は正しい方向へと向かうだろう。
これが人間のような栄養目的の摂食行為であれば、その偏った食生活がどこで支障障害をきたす原因となるかわからないだろう。だが、ホムンクルスの摂食の目的は人間とは違う。ホムンクルスは本来、食事に伴う栄養補給を必要とはしていない。ただ、ホムンクルスとしての自我を保つために、抗えない本能によって人を食べているのだとしたら、―――きっと母の愛は世界を救う。
錬金術という名の技術の進歩によって生み出された悲劇は、少しばかりの犠牲と更なる科学という技術によって解消される。愛に犠牲はつきものである。だがそうして、死した母は永遠になるのだ。終わらないのだ。
この仮説がもしも正しければ、もしもホムンクルスの食人衝動が抑えられる本能なのだとしたら。抑えることが可能ならば―――、錬金の戦士とホムンクルスが戦う理由は、なくなる…!!!


思えば解決策はとても簡単なことだった。
津村斗貴子は、ひとつの真実に辿り着く。ここでヴィクトリアによって託された希望という真実は、後に大戦士長・坂口照星によって、現実のものへと実行に移されることになる。
これは、武装錬金を殺す真実、弔われる者だけの身支度。
だからあとは、ただ目の前にある因縁にひとつづつ決着をつけるだけ。


きっとヴィクトリアは、真実を誰かに告げたかったのかもしれない。
疎ましくて辛くて悲しくて、ずっとそんな気持ちで錬金術というものを憎んできた。そしてずっと意識して気にしてきた。永遠に続くかと思われたホムンクルスと錬金の戦士との死闘に終止符を打つことができる可能性を、ヴィクトリアだけが知っていた。
それを声を大にして言えなかったのはただ、ヴィクターという存在(イレギュラー)が、その口を塞ぐに十分すぎただけ。生態としてエナジードレインを続ける死の生産者たる父を止めない限り、たとえ世界にホムンクルスと人間の争いが消えたとしても、戦いは終わらない戦士は止まらない死は絶えない。
だからこそこうして、ヴィクトリアは動き出したのである。憎む愚かな全てに真実の刃を突きつけるために。
ムーンフェイスと手を組んでホムンクルスを一斉蜂起させ、戦いを加速させたのも全てはこの世界に決着のきっかけを与えるためだった。
できる限りの多くに決着をつけ、そしてその先に終戦の希望をぶら下げることができたなら。きっと、母の死は無駄ではないだろうから。父の絶望もきっと希望の芽となるとは限らなくても。
戦いは、ピリオドは、こんな悲しみは絶望は慟哭はもう、誰も、誰にも!!


こうして静かに全ての決着の序曲は奏でられ、その終幕は空へあがる。
穏やかに、ヴィクトリアがその両手を開くそぶりを見せた。
それはつまり、いつでも喰いにかかれるんだぞ、という意思表示。ホムンクルスが持つ、人間を殺す上で最速の生態。喰人、触れられた人間は食われる。当然食われた人間は、死ぬ。
これは手加減などしないという、ただそれだけの意思表示。生きるためなら私はあなたを食べるかもしれない、という挨拶。食事前のマナー。両手を開いて合わせて、いただきます。

これからつける決着はいつか笑って再会するためではない。手を取り合って共に生きるためでもない。ただ、二人の因縁にケリをつけるんだ。ただ、過去を振り返らないために、どうかこの戦いにピリオドを。
だから斗貴子もヴィクトリアに応えて、バルキリースカートを高く掲げる。
生きることしか考えていなかった半不老不死のホムンクルスと、殺すことしか考えていなかった人間と。そんな両者が、ただただ美しく対峙する。


月下、煌くは願い。
照す空、照す大地。
そして、涙。


語られたのはホムンクルスと人間の長きに渡る戦いの終止符を打つための希望。
そして戦いの終結は、武装錬金がその役割を果たし終えるということを意味している。
殺し合いの関係が無くなれば、必然的に殺す武器も必要ないのだから。
だからせめて、ここからの物語が少しでもその餞(はなむけ)となるように謳おう。
ヴィクトリアは、大切な家族の思い出の為に。
津村斗貴子は、大切なカズキの為に。
花向ける手向けを。
二人はまだ、矛盾に気がついていない。
気がつくのはピリオドが語られるときだ。
だってホラ。まだ二人の大切な男は死んではいないだろう?


まだまだ、エンバーミングの時ではない。だから、さあ。
頑張っている人に頑張れって言っちゃ駄目だって言う人もいるかもしれないけれど。
今を精一杯、生きよう。戦おう。頑張ろう。

明日はまだ笑えないかもしれないけれど、あなたの笑顔を見たい人がいる。だから。
全ての人がどうか笑って死ねますように。
希望を込めて、これからの物語は語られる。
それはつまり、エンバーミング。

そして心に、花束を。
ここからは全て、希望の物語。


こうしてまた月が昇る時間がやってくる。
墓場にふさわしい色で、弔いの場に。
だがそれでも、月ばかり昇って、太陽が昇らないなんてありえない。
今日も明日も明後日も日中曇り空の日が続いたとしても。

刻一刻と時を刻もう。
いつか、目が焼けんばかりの太陽がまた、顔を出すと信じて。
あなたが知っている通り、その日はその陽は絶対に来るのだから。






立ち上がれ。





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最終更新:2009年12月13日 16:38
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