第32話

思えばいつだって護られていた気がする。
さあ、早坂桜花。今こそ本当の意味で戦うときだ。
死者を弔うには、天使の矢こそがふさわしい。
だから、『私はこれから、母を殺す』。



第32話 殺すロックオン、任せて



思えばいつだって護られていた気がする。
思い出せばいつだって護っていてくれた気がする。
あの眼が出来なくて、それでもこうしてここまで生きることができたのは、全て護ってもらったからだ。心を、躰を、命を。
でもいつまでもそれでいいわけがない。
家族は離れていても家族かもしれない。
むしろ、離れていても家族なんだ。
ようやくそう思えるようになった。

思い出してほしい、考えてもらいたいことがある。
それし、なぜ早坂の扉は、ああまでして厳重に閉ざされていたのかということ。
かつて早坂姉弟を餓死寸前まで追い込んだ早坂の扉。内側錠前。
誰かが言っていた、『よく考えると矛盾が出る演出』だと。しかし実際はそうではない。そこに矛盾は一切なかったのだ。それは、ただ皆があまりに目をそらしていただけで、そして桜花がただ一人、その真実の可能性に気がついていた。
錠前は全て室内でかけられていた、それを考えれば真実はおのずと明らかになる。
なぜ錠前は全て室内でかけられていたのか。言うまでもなく決まっている、危ない外から幼い姉弟を守るためだ。

外の世界が危ないから、それを押さえ込むために鍵がかけられていた。

外の世界から来るあらゆる危険を押さえ込むために、中にいる子供たちを護るためにかけられた鍵。それが間違いなく内側錠前の真実。人目を忍び立てこもった早坂真由美の、せめてもの抵抗。

そして真実が描くもうひとつの側面、これも少し考えればわかること。
錠前は室内に向いていた。鍵をかけた本人も室内で死去した。ならば、間違いなく扉を開く鍵は早坂の部屋にあったはず。でなければ、早坂真由美は外へは出られない。
それは幼い姉弟が目をそらしていた、物語の根本を揺さぶる真実。
『扉を開く鍵は、室内にあった。きっと』。



さあ、早坂桜花。今こそ本当の意味で戦うときだ。
大切な人を護るために、血反吐を吐いてでも乗り越えなければいけない絶望が目の前にいる。
ドス黒く濁っていく弟の目を横目で見ながら、それでも何もできない自分を心のどこかで苦々しく思っていたのだろう。で結果気づけばこんなにも腹黒くなってしまっていたのだろうか。でもそれでかまわない。
それが早坂桜花なんだ。早坂桜花の世界なんだ。
秋水クンによって守られて、武藤君によって拓かれた、早坂桜花の世界なんだから。
辺りに響く阿鼻叫喚の中、静かで、そして芯の通った声が放たれる。
「行きなさい、秋水クン。ここは、私と御前様に任せて頂戴」
その言葉が持つ意味を充分に噛み締めた上で桜花はその言葉を選んだ。
死者を弔うには、天使の矢こそがふさわしい。
だから、『私はこれから、母を殺す』。
「…ねえ…さん!?」
桜花の発言に信じられないといった顔で秋水が振り返る。
何度も桜花の瞳を確認する。
信じられないほどに澄んだ、濁りのない目だった。微かに潤みながら煌く瞳。腐りひとつとしてない、いつもの姉の目だ。
その瞳は決意色。もう迷いもためらいも無い。これは戦士としての覚悟じゃない。大切な人たちを守るため、前へ進めるための決意だ。
「…私達は、世界をずっと危ないものだと考えてきたわ。だから、自分たちで扉を開くなんて、考えもしなかった。扉にかけられた錠前は全て私たちのほうを向いていたのに。探せば鍵はあったのに、頑張れば鍵は外せたのに。ただただ私達はあけてあけてと叫ぶだけ。それだけしかしてこなかったわ」
早坂の扉が開かれたとき、その先にあったのは道無き未知だった。それがこわいものだとずっと信じてきた。危ないものだとずっと感じてきた。
確かにそこで待つは危険な世界かもしれない、苦しんだり悲しんだりする世界かもしれない。それでも、たとえ世界がそんな世界だとしても、それでも大切な人たちのために歯を食いしばって戦った少年を知っている。いつだって未知を切り裂いて道を切り開いた武藤カズキを知っている!
「行きなさい、秋水クン。ここは、私と御前様に任せて頂戴。さあ!」
揺らぎそうになる決意を立て直すように大きく声を出す。
「行きなさい、秋水クン。そのための道は、私が切り開くから、ほら!」
これまで、ずっと秋水クンが自分を守ってくれていた。桜花は知っている。わかっている。
あの眼が出来ない桜花が、LXEという地獄でそれでも生きていくことができたのは、ひとえに秋水のおかげだ。秋水は、桜花を守れる強さを、二人ぼっちでも生きていくことの出来る強さを求めてここまで強くなった。その強さを、今度は自分ではない他の人たち大切な仲間のために振るおうとしている弟がいる。だったら姉として出来ることは、それを後押ししてやることだけだ。
桜花は、ずっと秋水の背中に守られてきた。しかしそれは逆に言えば、桜花の支えがあったからこそ秋水は強くなれた、ということでもある。だけど、だからこそ、もう支えるのはここでやめよう。
これからは互いに背中を叩き合えるような、そんな世界で生きていけたらと思う。
もう背中を向けてよりかからない。向かい合って、笑ったり泣いたりしよう。その方がきっとずっと何倍も良い!
そうやって一人で立てる姿を、一人で歩ける姿を、一人で生きていける姿を見せ合おう。そして共に生きていこう。色んな人たちと、共に生きていこう。
大丈夫。姉弟の絆も家族の絆も、どれだけ遠く離れても切れたりなんかしない。だからここで、愛し敬い慰め助け共に生きていくことを、もう一度ここで誓うんだ。
「もっていきなさい、私の核鉄。私はドクトル・バタフライが使っていたアナザータイプがあれば十分戦えるわ」
秋水、一度を目をそらし。そしてもう一度顔を上げて、今度はまっすぐ姉の目を見る。
「…わかった。姉さんの力、また借りる」
そっと二人の手が触れ合い、そしてまた離れる。でも、たったそれだけ。ただ、それだけ。
「頼む、中村。姉さんを信じて、全速力だ」
「…了解っ!」
「射って御前様っ!!」
御前様の手から、高速で精密な矢が連続して放たれる。母たちが次々と射抜かれ、そして耳を閉ざしたくなる悲鳴とともに瓦解していく。そうしてできた隙間を剛太が秋水の手を引いて、駆け巡る。遅れてその後を戦部と戦部に護衛された犬飼が追う。放つ射抜く崩れる駆ける巡る追う見送る!!
「…いってらっしゃい」
桜花は小さく呟いた。モーターギアの速度は、既に二人を声の届かないところまで引き離していたがそれでも、聞こえる声がある。繋がる意識があるから。
「……ありがとう。姉さん」。
「家族って、いいもんだな」
ひとかけらの嫌味も無く、剛太が呟いた。そしてまた黙る。
それはこの母殺しを姉に任せた状況を考えれば失言とも取れる言の葉であろう。が、しかし秋水は一切の誤解無く剛太のその気持ちに心で感謝を述べた。信じる勇気を後押しする言葉に。『家族を信じて、いいんだから』
二人の少年はそのまま無言を保ち、仲間と共に次の戦場へ向かっていった。



戦いは果てなく、想いは果てしなく。
今日にピリオドをつける為に明日を呼ぶために日がまた昇り繰り返すために。
人々は生きる営みを決して止めはしない。
たとえそれが戦いばかりだとしても、だ。
できることは、ひとつひとつ、カタをつけていくだけ。
空空(カラカラ)と、狂狂(クルクル)と。
墓標に立つ風車がいつか止まる、その時まで。



膜を破るための幕を挙げた斗貴子とヴィクトリアの戦いは、苛烈を極めていた。
ムーンフェイスとの戦いの時にも見せた、ニュートンアップル女学院の電力と水道を活用した攻撃をヴィククトリアが見せたかと思えば、斗貴子はバルキリースカートの一本を捨てることで避雷針とし間一髪即死の攻撃を凌ぐ。そうして高電圧を浴び超高温と化した直後のバルキリースカートを、斗貴子は迷うことなく握り、火傷も厭わずヴィクトリアの首を狙う。
「そういえばアナタ。ママのルリヲヘッドに、ずいぶんと苦戦していたわよね」
百年の研鑽と不死の体。ホムンクルスの身体能力。
誰もが予想できなかっただろう、ヴィクトリア・パワードの真骨頂。
アンダーグラウンド・サーチライトはただの見せ掛け。ヴィクトリアはもしかすると、斗貴子がカズキと出会ったからは終ぞ出会わなかったかもしれない、久しぶりに戦うタイプの相手だった。つまり武装錬金に頼らず、自身の身体を武器に戦うタイプの人間型ホムンクルス。
ヴィクトリアは迷い無く斗貴子の真っ向勝負に受けてたった。
「教えてあげる。私は、ママのルリヲヘッドの何倍も強いの」
ルリヲヘッドの特性は取りついた者の身体を支配、操作すること。つまり、ルリヲヘッドの強さとはあくまでアレキサンドリア・パワードの強さである。故にヴィクトリアが吐いたこの言葉の意味は、あくまで自身の強さを強調するもの。それは宙を舞うバルキリースカートの一本が全てを物語る。技を鍛えたのは間違いなくルリヲヘッドであろう。だがこれは速さではない。強さでもない。硬さでもなければ、うまさでもない。―――その強さの秘密は、自虐。分厚すぎる紙一重。ヴィクトリアの業が孕む絶対の悪意が持つ強さ。
斗貴子は握り締めたバルキリースカートを囮にして、残りのバルキリースカートの全てを攻撃をさらに畳み掛けた。その狙い通りその全撃が命中、ヴィクトリアの体を貫く。だがそれは斗貴子からすればむしろ予想外、いや一番選んではほしくない「行動」だった。
静かに鈍い音が響いたのは、まさに直後の刹那!
斗貴子にホムンクルスの一撃が入った。ぬるりとバルキリースカートがヴィクトリアの躰から抜けて、そして斗貴子は壁に激突する!
「痛みはそうね、やっぱり武装錬金にやられると痛いかな」
あのままバルキリースカートを開かれていたら、ヴィクトリアは臓物をブチ撒けて死んでいたに違いない。それはまさに死瞬の刹那、一撃を入れるためなら手痛い一撃を食らうことも厭わない強さ。まさに写し鏡そのものだった。
女の戦いとは、かくも醜いものなのか。円山はそう思いながら、何もせずただ見守っていた。そしてこれからも見守り続ける。決着がつくまでは。
ヴィクトリアの戦いは、どこまでも津村斗貴子と似ている。斗貴子は血を吐きながら、判断ミスの代償として飲み込み、そして顔を上げた。
「まだだ。まだ、まだだ!」
ひとつひとつ、言葉をつづり。ひとつひとつ決着をつける。
それがピリオドをつづるためにできる、ただひとつのこと。


立ち止まる暇など無いというのならそうしよう。
考える余裕なんか無いというのならそうだろう。


心休まる暇も無く、さらなる絶望と再開を果たす。
先行した剛太と秋水の前に立ちふさがったのは、忘れもしないあのシルエット。
三本腕の化け物だった。…『あれ、四本ないか?』『ってまさかW武装錬金!?』
それはまさに全力防衛線!!!!

勝てる訳が無い!!






絶望がそれぞれに立ちふさがる。

大切な人をバケモノに持つ、残酷な娘。
四本腕二刀流のバケモノにして、かつての戦士。
死に別れた、母の姿形をしたバケモノ。

それはまるで映し鏡のように、見たくない角度の自分を見せ付ける。
だがみんな、人食いのバケモノだ。
それだけで殺す理由に十分なりうる。

それぞれの願いが形になることを信じ。
それぞれの道を逝くしかないのか。
それがほんとうに何よりも優しい道を探し模索することなのか。
きっと、戦いの本質はそこにある。

どうか悪意の夜のひとつひとつに決着を。





  • ルリヲヘッドが殆どルリオになってますよ。誤字指摘失礼します。 -- 折り紙 (2009-11-04 23:43:45)
  • ご指摘ありがとうございます。たぶん修正しました。 -- イヌイ (2009-11-05 20:53:43)
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最終更新:2009年12月13日 16:37
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