第31話

オバケ工場の扉が開かれた時、彼らは何を見ることになるのか。
果たしてホムンクルスという存在は生きているのだろうか。



第31話 死心死体の女



打倒ムーンフェイスを目指す剛太や再殺部隊の面々は、それぞれの目的のため、その手勢を三方へと分断した。光当たる戦いの部隊が二手。そして、日の当たらない捜索任務が一手。だがその一手こそが、この物語に終止符を打つ上で欠かすことのできない重要な一手であった。
彼らの目的は、戦士長火渡の発見と救出。正直なところ、ヴィクトリアにもそれを阻止するつもりは無い。監禁者自身、ムーンフェイスを倒してもらうためにも、いずれは解放するつもりだったのだから当然であろう。だがそれでも解放は今ではない。少なくともツムラトキコとの決着をつけるまで、火渡には大人しくしていてもらう必要があったのだから。
だがそんなヴィクトリアの事情など知ったことかと蠢く戦士たちがいた。
「微かだけど、間違いなく火渡戦士長の反応よ」
ちょっとした亜空間であるヴィクトリアのアンダーグラウンド・サーチライトの中だが、内部にさえ潜入してしまえば、どうやらヘルメスドライブの索敵は可能のようだった。たとえ反応が微かで、方角がかろうじてわかるぐらいだとしても、その「無事」を確認できたことは何よりも大きく彼女たちの心に火を灯す。
しかし千歳は瞬間移動を行わなかった。向かった先に罠が待ち受けていては元も子もないからである。ミイラ取りがミイラになっても仕方が無い。「ガスマスク」は今のところ千歳と毒島のみであり、根来には心もとないマフラーがあるだけである。何らかの行動をきっかけに万一致死性のガスが吹き出ては洒落にならない。事が急を要すからこそ、慎重さと確実さが求められていた。
こうした判断を下すのも、全ては今別のところで戦っている仲間たちを信じているからだ、とも言うことができるだろう。それがお互い様だからこそ、がんばろうと思えるんだ。
母と娘の秘密の防空壕に潜り込んだ三人の役割は完全に分担されていた。まず根来のシークレットトレイルで潜り道を切り拓く。そして千歳のヘルメスドライブが火渡の位置を索敵する。毒島がエアリアル・オペレーターを駆使してあらゆる安全を確保する。本来であればキラーレイビーズを駆る犬飼もここに配備したかったのだが、犬飼には犬飼の役割が他にあり、ここにはいない。外敵の排除や戦闘行為もろもろは全て毒島の担当となっていた。その繰り返しでとにかく「まっすぐ」火渡の元へと確実に突き進む。それが三人に課せられた最重要任務だった。
盤面をひっくり返すために無くてはならない駒を手に入れるため。穴熊すらも食い破る悪魔的一手。一心不乱に突き進め。きっと道は拓かれる、さあ!
希望を見据えていれば、きっと絶望の壁だって越えられるはずだから。希望の炎が見えただけでもう、彼らの任務は成功したと考えてよかった。これは楽観的な意見ではなく、むしろ逆。果てしなく苦難の道を突き進み始めた部隊があっただけ。
その「絶望」の一つ目がまず彼らのみに降りかかろうとしていた。
特に、早坂桜花の身に。


オバケ工場の扉が開かれた時、彼らは何を見ることになるのか。
覚悟はあった。剣持真希士という現実を見据える覚悟は出来たつもりだった。
だが、覚悟の本質は継続した思考の放棄でもある。答えにしがみ付き、考え続けることを投げ捨てる。それは覚悟の脆さを示すひとつの揺るがない真実だ。
だからだろう。覚悟は、さらなる信じがたい状況を前にしたとき、いとも簡単に崩れ去る。
そこにいたのは異形、異形、異形の存在たち。
オバケ工場にいたのは他でもない。オバケだった。

果たしてホムンクルスという存在は生きているのだろうか。
ホムンクルスという存在は生きているのだろうか、それとも死んでいるのだろうか。死にながら生きている、そんな言葉が一番しっくりと来るのかもしれない。だからこそ故に不死。本来、人を二度殺すのは不可能なのである。
ならばこそもしもそんな存在がいたとしたら、それはこの世の摂理に反した存在と言えるだろう。だからこそ再殺せねばならない。それが錬金戦団の正義、『人に人間を辞めさせておいてよく言う!』!
ヴィクトリア・パワードはホムンクルスである。ある意味では死んでいると言ってもいいかもしれない。だが、彼女は生きていた。心が、生きていた。だから決着を求め戦っているのである。だってほら、自らに始末をつけることに何の意味もないのだから。
ではもう一度立場を変えてみよう。
もしもあなたが、既に死んでしまった人間と戦わねばならないとしたら、どうすればいい?それもとても大切だった人が目の前に立ちふさがったとしたら、あなたならどうしますか。
それを試練といえば聞こえはいいだろう。
だがそれは、たとえ試練と呼べるものであったとしても、本質はそうではなかった。
それは、それも純度100%の。
絶望だったんだ。


オバケ工場の扉が開かれた時、彼らは何を見ることになるのだろう。
覚悟はあった。剣持真希士という現実を見据える覚悟は出来たつもりだった。
だが、覚悟の本質は継続した思考の放棄でもある。答えにしがみ付き、考え続けることを投げ捨てる。それは覚悟の脆さを示すひとつの揺るがない真実だ。
だからだろう。覚悟は、さらなる信じがたい状況を前にしたとき、いとも簡単に崩れ去る。
「なんだ!?コレは…」
犬飼、驚愕。
「人間、じゃない!?」
戦部が、あの戦部さえもが、眼前に広がる光景に絶句していた。
そこにいたのは異形、異形、異形の存在たち。
「嘘…だろ…」
御前様すら、絶句した。いや、御前様だからこその、絶句だったかもしれない。
オバケ工場にいたのは他でもない。オバケだったんだよ。


聴きたくない言葉が、きいたことのある声が、桜花の耳で木霊していた。
目の前で戦慄(わなな)くオバケ達は、とある人間(遺体)をベースに作り上げた、新型ホムンクルスの失敗作たち。衆知される誤った製法に記された精子など無くとも、ホムンクルスを作ることはできる。百科事典につづられた精製法が正しいわけなどないのだから。ただただ、肉体情報さえ残っていれば、それでいい。
動物型ホムンクルスは、動物をベースに作り上げた本体を人間にブチ込んで作られる。人間をベースに作られた本体を本人の肉体にブチ込めば人間型ホムンクルスの出来上がりだ。
ならばもしも、だ。人間をベースに作られた本体を他人の肉体にブチ込めばどのようなホムンクルスが出来上がるというのだろうか。

阿鼻叫喚が繰り広げられる。地獄絵図を前に人ができることはいつだって、立ち尽くすことだけ。
この光景の元凶はもちろんムーンフェイス。彼はその暇つぶしにも似た興味本位から、この地獄絵図を作り上げた。よりしろとなった人間たちは、ムーンフェイスが世界中のコミューンを統率していた時に調達していた信奉者たち。彼らは願いどおり、ホムンクルスとなることができた。自我を捨てて不死を生きて、それはまさに地獄と言わざるを得ない。思い出してもらえればいいが、ドクトル・バタフライも似たようなことをしていた。共通の意識を持った調整体たち。その作り方は簡単、『同じ基盤(ベース)の本体を複数培養して寄生させる』だけ。

ムーンフェイスは、ヴィクターを知っている。パピヨンも知っている。
ムーンフェイスはいつだって、自分を輝かす存在、太陽を探していた。ムーンフェイスが剣持真希士を創造った理由、それもいわば星を創るためだと言うことができる。自分を照らす星は多いほうがいい。等級が高ければ高い方がいい。数が多ければ多いほうがいい。そうやって暗闇の中、月は一段と強く輝くのだ。
そう、ムーンフェイスは錬金術師だった。彼の欲望はすべて、自身の顕示欲へと振り返るものであったのである。欲望に、人が月の高みへと手を伸ばす願望に、ゴールなんてものはない。それは月の光が永久にこの星を照らし続けるのと同様だ。
それこそがムーンフェイスの目指す自分のあるべき姿。それは月という命無き世界に降り立つ、月という新しい命に相応しい存在。月そのものこそが命。月こそが、ムーンフェイス。ムーンフェイスこそは、月の世界の中心。それがムーンフェイスの望む、セカイ。
そんな命なき世界の住人は、すでに一度死んだ人間こそがふさわしい。ヴィクターしかり、ホムンクルスしかり。死者であること、それが月の世界に踏み込む資格なのである。
そう、死者たる『彼女』こそは、その資格を有した存在だったのだ。
ムーンフェイスがいかにして『彼女』の遺体をくすねたかは知らない。だが、『あの二人』の経歴を知れば、その異常性に興味を抱くのも、なんら不思議ではないだろう。“いつか使えるかもしれない”、そんな好奇心にも似た気まぐれが生んだ、目の前の悲劇。さあ、笑えるものなら笑ってごらんあそばせ。

事情を何も知らない錬金の戦士たちは、ただただ目の前の阿鼻叫喚によって、つづる言葉を忘れていく。事情を知る二人は、なおさら言葉を失っていく。
静寂の空気は、目の前のホムンクルスの群れが放つ阿鼻叫喚によっていとも簡単に壊されていく。



「…ソトはアブないかラ……デチャだメ…よ……」



そこにいたのは、あの姉弟の母親の、成れの果てだった。
早坂真由美のホムンクルス『達』。立ちふさがるその鍵に相応しいオバケの数、ゆうに百を超えているだろう。
御前様は目をそらしていた、秋水は桜花を伺っていた。桜花はただ押し黙って、目の前の現実を直視していた。だが果たして、戦えるのか。

絶望が犯してはならないその膜を破り飛び出してきた。
一人だけの永遠が、死によって別たれた世界が立ちふさがる。
今は“死”とか“生きる”とか、本当によくわかっている。

本当に?








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最終更新:2009年12月13日 16:37
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