第30話

仲間とはなんだろう。友達とはなんだろう。
目に見えない繋がりってどこにあるんだろう。



第30話 a friend of nobody



オバケ工場へ向かった戦士は五名。
中村剛太。早坂桜花。同じく秋水。戦部厳至。犬飼倫太郎。
オバケ工場内部へ突入する手前で、犬飼が戦部に声をかける。
「しっかりとオレを守ってくれよ」
犬飼は丸腰、核鉄はある事情があって毒島に預けていた。
全ては、火渡戦士長を救出するため、最終決戦に間に合わせるため。
剛太や早坂姉弟の任務は戦闘。戦部の任務は犬飼の護衛であった。
戦部という貴重な戦力を護衛にまわしてまでして、犬飼をオバケ工場に連れてきた理由があった。まあそこは、仕上げをごろうじればいい。
そしてニュートンアップル女学院へ向かった戦士、五名。
毒島華花。円山円。根来忍。どこかに楯山千歳。そして現地にて合流予定の津村斗貴子。
毒島は静かに、ヴィクトリア・パワードを見据える。
その横顔、ガスマスクのフォルムは、どこか犬の面に似ていた。その姿はまるで番犬、二人分の睨みを利かせるかのように。さあ、こちらも開幕だ。


「話は聞いているな、ここは任せるぞ」
ヴィクトリアに対する敵意を抑えるために黙りこくっている毒島に変わって、根来が斗貴子に声をかける。斗貴子の返事は無いが、伝わる空気があった。ここは私一人で十分だ、という空気が。
「大丈夫よ、私もいるんだから」
代わりに答えて円山。彼(女)が仰せつかっているのは、これから始まるであろうヴィクトリアと斗貴子の戦いの検分人、見守り役である。そして重要な役割がもうひとつあった。それは今後の物語を語る上で、最優先で説明が必要となる奇跡だろう。
「よろしくお願いします」
ようやく毒島が口を開いた。それでもガスマスク姿で前を見る姿勢は崩さない。肩肘を張って幼さの残るその姿を見ると、円山も母性に目覚めずにはいられない。抱きしめずにはいられないが、まあそういうわけにもいかないところなのが少し辛い。だからここは微笑むだけにとめておこうか。
「まかせて。悪いようにはしないわ」
この緊迫した空気の中で、「武装錬金!」と先走って叫んでしまうのは少し無粋というものだろう。円山は大人の余裕を持って、バブルケイジを無音無動作で展開させた。
―――バブルケイジ、風船爆弾(フローティングマイン)の武装錬金。特性は触れた者の、身長を吹き飛ばす。
「一発につき約15cm。あなたは約150㎝弱だから、9発ってところかしらね」
ヴィクトリアの身長も約150㎝。だが円山の狙いは、文脈からも判るように、毒島であった。さて、何のために。なぜ毒島の身長を吹き飛ばすか。
「しっかりくるまっていることだ。万一が発生した時の、命の保障はできない」
その“作業”を傍らで見守る根来が、どこか保護者じみた口調で毒島に念を押した。つまりはそういう作戦。かつて剛太はその手に根来のマフラーの切れ端を巻くことによって、シークレットトレイルが切り開いた抜け道へと(腕のみながら)潜り込むことに成功した。今回の作戦はその応用である。
根来の任務は言うまでもなくアンダーグラウンドサーチライト深部への潜入及び、火渡戦士長の捜索と救出をすること。しかし無限に広がる防空壕の中で人っ子一人を探すことは困難きわまる任務である。しかしそれは根来一人で探した場合の話だ。この任務、仲間がいるといないでは成功率に大きな変化がでてくる。一人より二人、二人より三人。ともに戦う仲間。
根来の首に巻かれたマフラーが、微かに蠢く。そこにいたのはもう一人の、小さな毒島だった。まあ、実際はエアリアル・オペレーターを装着した楯山千歳である。もちろんコスプレではない、これも重要な作戦故の行動だ。
千歳もまた、既にバブルケイジによって身長は吹き飛ばされていた。武装錬金ごと身長を吹き飛ばせるのは津村斗貴子とバルキリースカートが実証済みだ。
「さあ、いってらっしゃい。戦士長をよろしくね」
円山の優しい声が風に乗る。
出歯亀野郎の首筋に、ガスマスクをつけたミニマム美女とミニマム美少女がそっと寄り添う。いったい何のプレイなんだろうか。しかし、(しつこいかもしれないが)、これもりっぱな作戦の一環である。
「まかせたぞ」
そう捨て台詞を置いて、根来はニュートンアップル女学院の内部へと潜り込むための刃を壁に切りたてた。
それぞれの戦いは、それぞれに任せられる。『ここはわたしが』、『そこはあなたが』。


「もう、いいかしら?」
茶番はいい加減こりごりだとも言いたげに、ヴィクトリアが吐き捨てる。
見送りを済ませた円山がヴィクトリアの方へ向き直り、うやうやしく手を広げてみせる。
「ええ、今度こそもう横槍は無いから安心してここからは存分にどうぞ。見ての通り、私もあのコ達の命をちょっとは背負っちゃったからね、うかつに下手な行動はしないつもりよ」
円山はまるで見せ付けるかのように、自分の役割が果たされたことをアピールしてみせた。もし円山に万一が発生し彼(女)の武装が解除されてしまったとき、根来の異空間の中に毒島や千歳がいては、二人に何が起こるかわからない。円山のこれからはあくまで検分役に徹することであろう。
「群れたところを見せ付ければ、私の心も揺らぐんじゃないかとでも考えているのかしら、あなたたちは」
ヴィクトリアの声に怒りの灯がともり、気がつけば言葉が少し感情的になっていた。

トモダチはいない。幼少の頃ならそうと呼べる人間もいたかもしれないが、もうみんな死んでしまった。
カゾクもいない。いた。でももうみんな、生き別れて死に別れてしまった。
ナカマはいない。そんなひと、いた覚えが無い。パパを殺すためのナカマならいたこともあるけど、そんなのは本当のナカマなんかじゃあない。
ミンナ、イラナイワケジャナカッタ。イラナイワケナカッタ。
ただ、もういまは、だれもどこにもいない。少女はヒトリボッチ。
誰も守ってくれない、たったひとりぼっち。
ヴィクトリア・パワードに味方は、いない。
家族しかいない、家族しかいなかった。
ヴィクトリア・パワードは誰の仲間でもない。


「…キミも…、ひとりぼっちだったんだものな、ヴィクトリア・パワード」
ここでようやく斗貴子が口を開く、会話へ割ってはいる。そう。再殺部隊の連携が揺さぶっていたのは、ヴィクトリアの心ではなく、実は斗貴子の気持ちであった。剛太も早坂姉弟も、斗貴子の心をこじ開けたかった、どんなに回りくどい手を使って、でもだ。
その皆が手を繋いだ優しさは、きっとあらゆる絶望すらも包み込む。
悲しみを押し殺している斗貴子を、不愉快そうにヴィクトリアが睨み付けた。いつだって同情されるのは不快なものだから。
風が二人を一時的に分かち、また繋ぎ合わせる。ヴィクトリアの長い髪が空を舞い、ヴィクトリアの表情を覆う隠す誤魔化す、護る。
斗貴子は、胸が痛かった。痛いほどヴィクトリアの気持ちが理解できたから。
だって、だって。
津村斗貴子もずっと一人だったのだ。彼女自身が、強く思っていた、『私はいつだって一人だ』と。彼と出会うまで、ずっとそう思っていた。本当はそんなことなかったのに。なかったのに!
「…ヴィクターが言っていた。「一人で生きるのも、一人で死ぬのも辛いものだ」って」
「パパが?」
目の前の少女は、たしかに昔の自分に似ているかもしれない。でも。
「でも、私とキミとはやっぱり違う」
同じなんてありえない。似ていてもどこか違うのが人間だ。それが人の心なんだ。
「私も、一人で生きていけると思っていた。いつも一人でいるようにしていた。それでいい、と思っていた」
思い出せない過去も思い出そう。カズキと出会うまでの、津村斗貴子を全て。
「きっと一人の方が楽だと言い聞かせていたんだろう」
それはカズキと出会う前の津村斗貴子。全てが覚悟の現れであるかのように振舞って、そうやって孤独な戦いの道を突き進んできた、あの頃の津村斗貴子。口では「楽だと言いきかせてきた」なんて言っているが、それは彼女の心情や思いを的確に表現した言葉ではなかった。色んな過去や感情が、彼女に孤高の道を歩ませていたんだ。過去の記憶がない、それだけで自分を一人ぼっちと思うには十分だったのだろう。
斗貴子は静かに顔を上げる。月光に照らされて、薄紅色の傷痕が静かに映える。
「でも、違う。違っていた。はじめから私は一人でなんて生きていなかったんだ」
それが、彼女がようやく辿り着いた一つの真実、得た答えのひとつだった。
ずっと一人だと思っていた、友達なんてできないと諦めたこともあった。家族なんてどこにもいないと勝手に決め付けていた!いつだって彼女のそばにいる人は『いたのに』!!
「…七年前、キャプテン・ブラボーは私の命を守ってくれた。錬金戦団が私を育ててくれた、鍛えてくれた。それに剛太も私を慕ってくれていた。そしてカズキが、見ず知らずの私を助けてくれようとしてくれた。まひろちゃんや、ちーちんにさーちゃん。それにカズキの仲間たちも、みんなこんな私の友達になってくれた」
そう言うと、津村斗貴子は、静かに迷いのない目ですっとヴィクトリアを見据える。
「もう私は、一人でも生きていける自信は無い」
知ってしまったから。たとえ一人であっても一人ではないということを。目を閉じれば、みんなが仲間だといってくれたあの日を思い出す。
「でも、簡単に命を捨てたりも諦めたりもしない」
大丈夫。誰かが悲しんだりするかわりだったらきっと、私にも耐えられる。
「あの日から、色々あったけど、今は楽しかったことしか思い出せないから」
だから、辛い。
風だけが空気を読むことなく辺りをざわつかせる。緊張感はピークに達する。そして、張り詰めた空気を破る言葉が斗貴子の口から心から零れ落ちる。
「…ヴィクトリア・パワード。私はカズキのように甘くはない。悪意を持ってくる者は悪意を持って返す」
それは誰のための悪意でもない。いわば悪意の映し鏡だ。
「……そう、それがあなたの答え…」
「そうだ、だから決着をつけよう。」
決着は決別とは違う。さぁ、先に待つのは決別の決心か、決定的な結末か。
津村斗貴子は、ひとつの決意を抱いて、刃を構える。逃避行はおしまい。もう逃げない。この一件が終わったら、次は彼との決着をつけにいこう。…カズキの代わりに。
それが終わったら、この街を去って、また戦い続けよう。
一筋の涙が頬を伝った。月の光で美しく輝く。
バルキリースカートでは、涙を拭うことができない。でも大丈夫。誰かが悲しんだりするかわりだったらきっと、『私にも耐えられる』。


―――カズキが、今の私を見たら、なんと言うだろうか。
答えてよ。カズキ。
いつもの笑顔を見せてよ。

カズキ。
一心同体だったハズなのに、はずなのに。

会いたいよ……!!


今になってようやく気がついた気がする。
戦うということの本当の辛さを。
そしてカズキはずっとそんな辛さを抱えながら、それでも戦士をやってきたということを。
「私がいなくても、カズキは月へ行ったと思う。あの日、見ず知らずの私を助けようとしたときのように、みんなを守るために」
それは誰に向けた言葉でもない。静かにバルキリースカートをはためかせながら、津村斗貴子は処刑の刃をヴィクトリアへと向ける。

これから円山円は、誰の味方でもない立場で、これから始まる二人の戦いを見る。
そもそも円山は女が嫌いだ。さらにヴィクトリアにしても津村斗貴子にしても、もともとは敵である。津村斗貴子に至っては、かつて殺し合いを演じた仲だ。決して友達といった関係では断じてない。
手出し無用、それが「誰の味方にもならない」という言葉の意味。
だから手は出さない声もかけない、だけど。
がんばりなさいと、がんばれと願うことだけは止めなかった。
だってホラ。
根はいいヤツなんだから。
再殺部隊の面々は、どいつもこいつも。ね。

こうして最後の幕が厳かに空を目指す。
これから津村斗貴子は、百年の歴史という重みを知ることになるだろう。
ピリオドのない人生がもたらした悲しい力を、知ることになるのである。乗り越えなければならない試練は、いつだって鏡のようにそびえ立つ。友達を頼ってはいけない、仲間の力を借りてはいけない。
目をそらしてはいけない。
これは、二人だけの戦い。そこに、仲間はどこにもいらない。

男の戦いに横槍が要らぬように、女の戦いにも盟友はいらない。
この世界の結末を巡る二人が、永き戦いを貫く閃光を散らしたのが未来。
それがつまり、ピリオドの為の儀式のはじまりのうた。
ホシアカリに届く、出会いと別れの物語。

死が語る、絶望の幕開けであろう。






惨劇はもうひとつの戦場、悪意の夜で。





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最終更新:2009年12月13日 16:37
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