第29話

とある月の夜。ニュートンアップル女学院。
ヴィクトリア・パワードが毒島たちに連れられてニュートンアップル女学院へと辿り着いた時、既に津村斗貴子はそこにいた。
「会いに来たわ、約束どおりね」
ヴィクトリアは現状に満足しているかのような笑みを見せる。もちろん自虐だ。

同刻。銀成市某所、通称“オバケ工場”。
早坂秋水は仲間達と共に閉ざされた扉の前に立っていた。
「……オレ達は、勝つぞ」
秋水は俯くことなく、真っ直ぐと扉を見据えてる。その瞳に髪の影はもうかからない。

同刻。オバケ工場内部。
ムーンフェイスが優雅なホーズでモニターの方に振り返る。
「むーん、招待状は必要なかったようだね」
ムーンフェイスは裂けた口で静かに影の色に深みをつける。その背後にざわめくホムンクルスは、剣持真希士だけではなかった。

決戦の夜が、開かれようとしていた。



第29話 開戦、ファイナルラウンド



少しさかのぼって物語ろう。
月もさらなりな頃の夜、夜更け直後のニュートンアップル女学院。
少女が一人、ひとつの約束を果たすため、かつての学び舎へと帰ってきた。
斗貴子の名を持つ少女がヴィクトリアという名のバケモノと交わした約束、『次は、ニュートンアップル女学院で会いましょう』。交わしてしまった約束は、それが破られない限り、いつまでも人を繋ぎ止める。
過去もなく大切な人との誓いも破られた津村斗貴子。彼女はこれから何を見るだろう。
津村斗貴子は、病院の死闘以降、ヴィクトリアやムーンフェイス、それに剛太たちの動きは何も知らない。
斗貴子は、問題をひとつひとつ解決しようとしていた。そう、まるでファイナルのあの日にカズキが下した決断のように。
誰も泣かない世界なんて、ありえないかもしれない。だけど、誰かの笑顔の為に、そんな世界の為に自分が泣くことになるのならそれも仕方がない。そんなことを斗貴子は考えたりもした。だが、すがりつきもしなかった。
小さくため息をついて、閉ざされた正門を飛び越える。小さな影が瞳に映って。
「待っていたぜ、ツムリン」
アナザーでタイプな御前様が、そこにはいた。
決戦の準備が完了した瞬間である。


あったのは交わされた取引、それは言わば只の口約束。土下座のひとつすらも必要とせず、いとも簡単に反故とされるだろう細い繋がり。
錬金戦団はムーンフェイスをニュートンアップル女学院から引き離す。
ヴィクトリア・パワードは監禁している火渡戦士長を解放する。
人質である火渡の引取り人を演じるは津村斗貴子。
錬金戦団が望むのはムーンフェイスの撃破、それに火渡戦士長の破壊力が必要不可欠。
ヴィクトリア・パワードが望むのは決着、津村斗貴子を通じて全てにケリをつけること。
決まっていたのはただのそれだけ。わかっているのはただのそれだけ。
具体的なことは何一つとして定められていなかった。
それでも、世界は順調に、遠回りもあったけど確実に、ひとつのピリオドへ向かっていたんだ。


剛太たちによるムーンフェイスのアジト探しは全て空振りに終わっていた。
千歳のヘルメスドライブによる索敵も30の月の撹乱を前にしては無力も当然だった。しらみつぶしという人海戦術を行えるほどの人員がないからだ。
そんな八方塞がりの中、桜花の元にパピヨンからのメールが届く。ムーンフェイスはオバケ工場にいる。と。
パピヨンからしてみればこれは、とにかく自分の邪魔はしてくれるな、という一心による行動だったに違いない。そしてこのメールの発信源を調べたことが、後のピリオドにおける決戦に繋がったのだが、それは別の物語である。

二手に分かれる。それが剛太たちの選んだ道だった。
まずオバケ工場へ月への陽動及び足止めを行う隊。そしてニュートンアップル女学院へ火渡戦士長を救出に向かう隊。
「それを、私の目の前で話すとはね」
愉快とも不愉快ともわからない、ただ被虐的にヴィクトリアが笑う。犯人の目の前で人質を奪い返す算段をつけようとしているのだ。それはなんとも滑稽である。
剛太達の作戦は全てヴィクトリアに筒抜けとなっていた。目の前で作戦会議をしているのだからそれも当然といえば当然である。
「先手ならいくらでも譲ってあげる。私達は、最後に笑うことができたらそれでいいのだからね」
とてもいい女のように、円山が笑ってみせた。それはまるでヴィクトリアが小娘であると言わんばかりの笑顔。たとえ後手に回ろうとも間に合う強さがある。今、剛太たちが必要としていたのはまさにそれだったのだ。
「本当にツムラトキコは来るんでしょうね?」
「さっき御前様から連絡が入ったわ。もう既にニュートンアップル女学院で待機しているみたいよ」
桜花が静かに答える。
もはやくだらない事前準備をしている時ではなかった。
今はそう、戦るだけだ。戦るだけなんだ。
空を鮮血の月が煌く。それはこれからの戦いに対する、ひとつの暗示だ。
それでも。
立ち止まるヒマなんか、無い。


剛太や桜花が立てた作戦は極々当たり前のものだった。
まず、剛太達がオバケ工場でムーンフェイスを足止めする。
そうして確保された“邪魔の無い舞台”で、斗貴子がヴィクトリアと戦う。
その間に、根来や毒島が火渡戦士長の救出に“潜る”。
そして救出された火渡に事情を伝え、オバケ工場へと飛んでもらう。月を焼き尽くす。
スパイスはあれど、これから繰り広げられる物語の軸は、以上の通りである。
だが、狂わない筋書きなんてものは、どこにも無い。
どれだけよくできた物語とて、それが描かれた時と場合によって事情は大きく変わる。死んだり生き返ったりもするだろう。
それでも、剛太は桜花は、そして秋水は、彼らが描いたその筋書きを曲げるつもりきなかった。貫き通す覚悟があった。それが信念。譲れない決意(ありったけのおもい)だ。
ならば、掌握せよ咆哮せよ。
開戦だ!!



とある月の夜。ニュートンアップル女学院。
ヴィクトリア・パワードが毒島たちに連れられてニュートンアップル女学院へと辿り着いた時、既に津村斗貴子はそこにいた。
「会いに来たわ、約束どおりね」
ヴィクトリアは現状に満足しているかのような笑みを見せる。もちろん自虐だ。

同刻。銀成市某所、通称“オバケ工場”。
早坂秋水は仲間達と共に閉ざされた扉の前に立っていた。
「……オレ達は、勝つぞ」
秋水は俯くことなく、真っ直ぐと扉を見据えてる。その瞳に髪の影はもうかからない。

同刻。オバケ工場内部。
ムーンフェイスが優雅なホーズでモニターの方に振り返る。
「むーん、招待状は必要なかったようだね」
ムーンフェイスは裂けた口で静かに影の色に深みをつける。その背後にざわめくホムンクルスは、剣持真希士だけではなかった。



決戦の夜が、開かれようとしていた、全員が戦闘配備完了していた。
オバケ工場の扉が秋水たちに語りかける。
「合言葉は?」
その声を聞いて秋水たちは、ムーンフェイスの存在を確信する。自然と核鉄を握り締める手の力を強くなる。
そんな戦士たちにムーンフェイスが、飛び切りの笑顔でマイク越しに言葉を送る。応えて、錬金の戦士。
「片手に」
「武装錬金」
剛太。その手に、モーターギア。
「心に」
「武装錬金」
戦部。高らかに、激戦。
「唇に」
「武装錬金」
桜花。優しく、エンゼル御前。
「背中に」
「武装錬金」
秋水。静かに、ソードサムライX。
合言葉、完全無視!!!



これはカーテンコールにおくる、最後の幕間劇。
こうして、長い夜が、再び幕開けた。
次に幕が下りたとき、その先にあるのがピリオドである。
さあ、征こう。
ピストルも花束も火の酒もいらない。
ただ、背中に人生を。
ホシアカリが照らす空の下で、背中を照らす光は月だけのものではないのだから。だから。
「残された物語を終わらせましょう。私は私とパパの物語を」
月下、ヴィクトリアが静かに髪をかきあげる。
「そしてあなたはあなたとムトウカズキの物語を、ね」
その瞳にあったのは、殺意。
錬金戦団が、人間が犯してきた多くの過ち。
それを映す鏡が、ただ凛然と立っていた。








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最終更新:2009年12月13日 16:37
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