第28話

墓があっても花も線香もない、そんな死を残した人がいる。
手を合わせる人もなく、誰の記憶にも残らない人がいる。
でも彼は違う。
生も死も飛び越えて、遥か遠くの世界へ往ってしまった人がいる。
みんなの記憶の中に深く残った人がいる。
それが、ピリオドに向けた、全ての始まりだった。
彼の名、武藤カズキ。



第28話 戦士・カズキの墓はない



思い出してほしい。
皆が安全に安心して暮らすために戦った彼を。
偽善者と呼ばれながら自分の不甲斐なさに辛くなりながら戦い続けたあの日々を思い出してほしい。
それでもみんなが苦しんだり悲しんだりする代わりだと思って、大丈夫だと多分耐えられると戦い続けたあの日々を思い出してほしい。
考えてもらいたい。
それで本当に楽園は降りてくるのかと考えてもらいたい。
他の誰にでもない、あなたに考えてもらいたい。
あなたは本当に、それを願っていたのですか。
それであなたは、笑うことができましたか。

「ココに来るのは、久しぶりだな…」
学校裏の廃墟、オバケ工場の一角に津村斗貴子はいた。
その日は小雨日和。だが傘を差すことわせず、斗貴子は立っていた。そこは裏山のオバケ工場。カズキが血を流して死んだ場所だ。
ぽつり、ぽつりと言葉が漏れ落ちる。
「早合点とは言えあの時キミは私を守ろうとしてくれた」
全てはそれから始まった。一人だったらもっと苦戦していたあの過酷な一週間、カズキはよく耐えて戦ってくれた。まだ戦士じゃなかったカズキが、日常に生きてた「命」を割り切れない普通の少年だったカズキが、それでもみんなを守るために、みんなの代わりに、善でも悪でも関係ない、ただみんなを守りたいと願って皆の代わりに戦ったんだ。
「私はあの時、カズキを泣かせてしまったんだな…」
パピヨンの時も金城の時もホムンクルスを目の前にしておきながら斗貴子はまずカズキを守るコトを優先していた。それだけじゃない。斗貴子はいつだってカズキはもう戦うべきじゃないと思っていた。腕づくで戦士としての生命を断とうとしたこともある。
いつからだろう、敵を殺す以外の戦いをするようになったのは。わかっている、カズキと出会ってからだ。
なぜなんだろう、敵を殺す以外の戦いをするようになったのは。わかっている、カズキを守るためだ。

―――あの日の涙を、繰り返させないためだ。

津村斗貴子が戦士になったのは、惨劇をもう二度と繰り返させないため、全てのホムンクルスを殺すためだった。
そんな彼女の前にカズキはあらわれた。
津村斗貴子が戦う理由、敵は全て殺す、あの日をもう二度と繰り返させない。それだけが全てだった彼女の前にカズキはあらわれたのである。
命を割り切れない、それがカズキの優しいところだ。だけどそれは戦士として、致命的。
それではたとえ命永らえたとしても、いつだって心にキズが残る。致命的なキズが残っていってしまう。そしてカズキはまた涙を流すんだ。泣きそうになるのを必死でこらえるんだ。
斗貴子はそれが見たくなかった。それゆえにカズキには戦いの世界に来てほしくなかったんだ!だってもうあんな涙を見たくなかったから!!
そうだ、だからいつも思っていたんだ。命を割り切れないのなら、戦士になんかならない方がいい、って。『そのはずなのに』!!

そう思っていたにも関わらず、カズキが「カズキの命を割り切って」月へ征くのを見たとき、斗貴子は涙を止めることができなかった。どうして?彼がついに「命を割り切れる」戦士になってしまったことが、どうしてそんなに悲しい?!
そうだ。もしかしたらあの時、心のどこかで気づいてしまったのかもしれない。斗貴子はカズキがそうなることを望んでしまっていた、ということに。なぜなら斗貴子はずっと信じていたのである、カズキがもしも戦士であるのなら命を割り切れなければいけないのだと。それは、「もしも戦士を続けるならば」という条件、言い訳付きでの、無意識の願いかもしれない。そしてそうでも考えないと、戦って傷つくカズキを見るのは辛すぎた。これ以上心を傷つけるカズキを想像できなかったから、想像したくなかったから。
しかしながら、斗貴子は望んでしまっていたカズキの姿が現実になったとき、はじめてその意味を理解することになる。口では「心までは変えないでくれ」と願っていながら、ずっとどこかで、カズキの心が変わることを願ってしまっていたことに気づいてしまったんだ。もうカズキの涙は見たくないというそれだけの理由で、カズキの心が「命を割り切れる心」に変わってしまうことを斗貴子はどこかで望んでしまっていたんだよ!だってそれが彼女の考えるあるべき戦士の姿なんだから!!その願いが持っていた意味がこのザマなのに、この現実なのに!!
いいや違う!!!心は変えてほしくなかった!!だからヴィクター化したカズキを止めようとしがみついたんじゃないか!カズキの心変わりを見たくなかったから、そんなカズキを見たくなかったから!!
ただカズキを望んでいただけ!戦士である必要は無い、ただカズキを望んでいただけ!!
それでももう彼女が望んだカズキはもうこの惑星にはいない!!!

斗貴子の手のひらに爪が食い込む。血が涙のように零れ落ちる。
「………キミは、誰よりも命を大切にしていた戦士だったのに…、なのに私は…ッ」
なぜ認められなかった?命を割り切らない戦いをする戦士がいてもいいと、なぜ考えられなかった!?
決まっている!カズキの涙を見たくなかったからだ!自分は顔のキズを戦士としての証として考えていながら、そのくせカズキの心の傷は戦士としての証として考えようとしなかった、できなかった!
どうして!?できるわけがないだろう、もうカズキの涙は見たくなかったんだから!!
ただそれだけのエゴで、斗貴子はカズキを戦士として見ることができなかったんだ!だってだって、斗貴子にとってカズキはただの戦士じゃなかったから!できるわけがないっ!!津村斗貴子にとって武藤カズキは…、代わりなどいない存在なんだから!!!



いつの間にか雨はやんでいた。
雨の雫が、斗貴子の頬を涙の痕跡を優しく拭ってくれていた。
静かに斗貴子は顔を上げる。そして空に向かって語りかける。
「もう二度と、私はキミが守ろうとしてきた命の大切さを忘れない、目をそらさない。犠牲者に礼を尽くすキミの姿を忘れない。キミが言った、簡単に命を切り捨てちゃダメなんだという言葉も忘れない。目を、そらさない」
斗貴子がこのオバケ工場に来たのには理由がある。ココにはカズキが作った、犠牲者のためのお墓があった。ひょっとしたら世界で二人だけしか知らない、今は斗貴子しかお参りすることのできないお墓があったのだ。
人はどうしてお墓に語りかけるのだろう。
今を生きる人は、まだ他の生きている人達と別れたくない。だから人は墓へ手を合わせて許しを乞うのだろう。まだしばらくはそっちへ逝けないよ、そんな気持ちを込めて。そうして人は墓に語りかける。その行為を偽善と呼びたいのならそう呼べばいい。偽善者と呼んでもいい、我慢しよう。
それでも今生きている人の為に戦うために斗貴子は、彼女が知っている全ての犠牲者のお墓を参ろうと思っていた。参ってきた。結果として荒らしてしまった横浜外国人墓地も含めて、色々な墓地を参ってきた。記憶にないけど、お墓もないけど故郷へも。全て行ってきて、最後にここへと辿り着いた。
ここが終わったら…。
「まだ始末はつけないよ。ただ、決着をつけてくる。キミと私の二人分」
まずはヴィクトリア、そしてもう一人残された蝶々の所へも。
とても小さい肩が、そこにあった。
山から見える銀成市の景色を見渡して、そして斗貴子はそっと目を閉じる。
「この地を去ることになっても、キミと私は、一心同体。だから…」
たとえ、どれだけ離れていても。離れてしまっていても。それだけは貫き通したいと思う。
本当は涙に理由なんかいらない。だって零れ落ちた本心が涙なんだから。
だからきっと、涙は心でできている。
「…戦ってくるよ、今度はキミのように、ね」



―――いってきます。



これが決戦前夜の出来事だった。
物語が進んだ時、彼女はここへ戻ってくることになる。
決着をつける為に、この幕間劇にピリオドを打つために。

蝶々が月に薦めた最終決戦の為の舞台は、オバケ工場だった。
津村斗貴子は、知らなかった。知るはずがなかった。
今、オバケ工場でムーンフェイスがアジトを張っていることを。
津村斗貴子はまだ知らなかったんだ。
そして何よりも今はまず先につけなければいけない決着がひとつ。
ニュートンアップル女学院で、再会の約束を果たそう。
ヴィクトリア・パワードとの決着をつける為に。
これが、最終決戦の幕開けとならんことを
どうか、よいピリオドが描かれますようにと願いをこめて。

明日が、決戦だ。








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最終更新:2009年12月13日 16:36
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