第27話

決戦前夜ともいうべき、大人たちが覚悟を決める為の儀式。
心の迷いを殺すのではなく、正面から見据えて貫く信念を固める為に。
大人は少年少女の心を取り戻す。それがきっと、強い意志。



第27話 強い意志沸き立つ、新たなる出撃の鼓動昂ぶる



決戦の日が静かに迫ってくる中、ブラボーはいつもと変わらず、病院にいた。
あの日、カズキと戦ったコトに悔いなどない。だけど!!!“オレはいったい何をしているんだ”と悔いるだけの日々が続いたわけではない。
だからこそ、迷いは晴れないのである。優しく理解する器があるからこそ、現実の歪みを許容できない選んだ戦士の茨荊棘(いばら)。キャプテン・ブラボーは決して不条理を真実の摂理だと定義しない。
子供たちが歯を食いしばって戦っているというのに、ブラボーは歯を食いしばることしかできない現実が心と信念を歪ませようと嘲笑う。それでも歯を食いしばってブラボーと言っても何の意味も持たないんだ。畜生っ、歯を食いしばる行為はどうして嘲笑う口に似てしまうのか人間よ。
違う。
ブラボーの信念は一人でも多くの人間を護ること。ブラボーの葛藤は、戦うべき心は信念にこそ内包された歪みだった。
ブラボーの気づき、それはどうして気づかなかったのかということ。どうしてあの時は気がつかなかったのだろう、武藤カズキもまた護るべき命だったということに。彼の命を護るということは、つまり彼が護ることになる人達の命を護るということなのに。いいや、違う。本当は気がついていた。ただ、戦士として命の重みに差をつけることがどうしてもできなかっただけ。そうやって全て平等に扱おうという姿勢もまた、命を天秤の上に乗せた上での行為にも関わらず。ここに偽りはない。ただ、矛盾の矛をへし折り盾をかち割ることができなかっただけ。この世界、矛盾を孕まない真実など、そうは多くないのだから。
だから戦ったことに後悔はない。どちらが正しいかなどは問題じゃあない、偽りなんてのもどこにだってなかった。だから、その後子供たちを守ろうとして戦えない体になってしまったことに、一遍の悔いもない。
今はただ、今のこの自分の様が口惜しくてならないだけ。戦士・カズキを殺してでも選んだ護るべき戦いの道を歩めぬこの体を口惜しく思うだけ!
言い訳はもはや夢幻に数えられるだろう。ただ葛藤と戦うしかない病室。低い天井。広がる外景色。ここで全てを諦めてしまえるほどブラボーは弱い性格をしていなかった。だからこそ、七年前の挫折からも立ち直れたのだ。そう、立ち上がるときは今、なんだ。だが、どうやれば、この再起不能の体で立ち上がれるというのだろう。
戦士・カズキは、多くの命を背負って宇宙へ消えた。ブラボーと同じ信念を乗せて。
ブラボーの決意と覚悟は燻ぶる。そんな時に、戦士・千歳が現れたのはまるで光明のように、必然だった。明けない空はないのだから。


「防人クン、こんばんわ」
もはやその名を否定する術をブラボーは持たなかった。今となっては防人でなければ、キャプテン・ブラボーでもないかもしれない。戦えない戦士に用などはないのだ。
しかし千歳は、真っすぐと防人を見た。そしていつの日からか、ほとんど微笑むことのなくなった昔から知る女性が、この場の空気に抗うように笑顔を見せる。口は笑っていなかったが、とても優しい目で笑っていた。それがブラボーにはまるで哀れみのように感じられ、いつものような冷たい目を装ってくれた方がどれだけ楽だったかと、彼を追い詰める。
自分の笑顔がどれだけブラボーを追い詰めることになるのか、千歳は知っていた。だが、その意味を知っていて微笑んで見せるのが、大人の女性というものであろう。
顔が笑っていなくても優しさが通じ合える間柄がある。千歳がこの場で見せたのは、間違いなく笑顔だった。だってホラ、声が、優しい。
「あなたの力を借りに来たわ、防人クン。いいえ、キャプテン・ブラボー」
力を借りに来たわ。ブラボーはそんな千歳の微笑みから目を背けて、顔を横に振る。
言葉は無かった。だがブラボーが言わんとすることが、千歳には理解できた。今の俺に戦力は無い。オレはもう戦えない躰になってしまったんだ。と言霊があったから。
それでも千歳は大人の余裕でそんな言霊を受け流し、静かに、優しく、そして言葉少なに語りかける。
「あなたの力は私が届けるわ。ヘルメスドライブの特性にあるのは重量制限のみ。あなたのシルバースキンを纏ったところで、その総重量はさほどの違いも無いもの」
千歳が言わんとすることはその言葉だけで十分だった。
戦わなくてもいい。いや、違う。戦わなくても、戦うことができる。それ以上の響きが、千歳の声にはあった。
ブラボーは顔を上げなかった。ただ、先ほどより拳が強く握り締められていた。
千歳がその手に傍らの核鉄を挟み込む。ブラボーの傷を癒してきた核鉄だ。武装錬金の発動に必要な条件、掌握はこれで果たされた。
「あなたの大切な子供たちを護る力を、私が届けるわ」
用件を伝えると、手をそっと遠ざけて、ブラボーの返事も聞かずに千歳は席を立つ。振り返ることなく、足音だけを響かせて去る。そうして振り向くことなく残された去り際の言葉が戦い続ける信念につながる言葉だった。
「だから防人クンもどうか、…あなた自身の戦いを」
小さな火種を防人の心に決意が燈(とも)る。
病室を出た廊下道、迷いを吹き飛ばす戦士の咆哮で窓ガラスが揺れた。



ここにひとつの可能性がある。
タイムマシンの原理を知らない者はいるだろうか。いたなら自分で調べてもらいたい。とにかく、未来へいくのにも過去へ行くのにも、必要なのは速度である。もしも光の速さを超えられるのであれば、過去へも、そして未来へも移動できるという方程式。
その可能性をもつ武装錬金が、ひとつだけあった事に、あなたは気がついただろうか。
それこそが、レーダーの武装錬金。楯山千歳のヘルメスドライブ。

その特性は、限定条件下における策敵および瞬間移動。
策敵対象は創造者が知っている人間のみ、知らない人間を探すコトは出来ない。瞬間移動の距離、回数は創造者の精神力、体力に比例する。瞬間移動できる質量は最大100Kg、成人にして2人分まで。本体自体は非常に硬質で打撃武器や小型の楯としても使用可能。
それではここで質問。瞬間移動、その仕組みは?考えてみてもらいたい。
武装錬金の特性は、みなその仕組みの「なりゆき」が説明できることを理解しているだろうか。
たとえば剛太のモーターギアはその動力として剛太自身の神経を流れる生体電流を使用している。どの武装錬金にしても、なぜその特性が「可能であるか」の説明がつくのである。しかしただひとつ、ヘルメスドライブは除いて。勿論その特性は瞬間移動。しかしながら、どのような仕組みでその瞬間移動は行われているのか、その説明がヘルメスドライブにはなかったのだ。
ここで、瞬間移動の仕組みとして考えられる原理は二つだろう。そのうちのひとつが原子分解と別所での再構築である。だがコレは正解ではない算段が高い。なぜなら、人間の構成物質が都合よく目的地の空気中を漂っているわけがないのだから、だ。戦部の激戦による再生に多大なエネルギーを要することから考えても、武装錬金により再生と分解を行うことは人間技ではありえない。
ならばこそ残る答えはひとつとなる。つまり、限りなくゼロに近い時間での、「高速移動」。これならば、「瞬間移動の距離、回数は創造者の精神力、体力に比例する」という特徴の説明もつくだろう。目標までの移動能力を持ったレーダー、それがヘルメスドライブの特性の本質だった。つまりヘルメスドライブの瞬間移動とは、目的まで最短最速の超速移動、によるものだったのである。
ならばこそのもしも、だ。
もしもヘルメスドライブの速度を男爵様の特性でさらに増幅することができたら、時も飛び越えることができるのではないだろうか。

もしも誰かが過去へ戻ってやり直すことができるのなら、きっと未来は果てしなく素晴らしい未来になるだろう。錬金戦団の戦力を持ってすれば、きっと過去現在未来あらゆる闘争に決着がつけられるに違いない。きっとそれは誰も泣かない、どこまでも美しい世界だ。
しかし、それを許すことは決してできない。できるわけがない!!
誰も泣かない世界とは、誰も頑張らなくていい世界だ。世界が死と隣り合わせだからこそ、踏ん張る甲斐が生まれるんだ、そうだろう?そうさ、そうなんだよ!!
過去へ戻ることのできる物語に価値なんかない。だってそれでは何も始まらない。極端にさかのぼってしまえば、カズキは斗貴子さんと出会わない。剛太だって斗貴子先輩に出会わない。早坂の扉は決して開かれない。津村斗貴子は家族と死に別れずにすむ。だけどそれでは何も始まらないんだよ!!
楯山千歳も決して時間を飛び越える可能性を吐き出すことなく胸に溜めておく。

過去へ戻れないからこそ人は今を頑張れる。
やり直しのきかない世界の中で後悔しないために、人は信念を固める。
描いた未来とはこれから目指すものであって、やり直すようなものではない。
そしてそのためにこそ錬金の戦士は存在する、そうだろう?そうなんだよ!!
描いた未来を今にすることか、錬金の戦士の務めのはずだ。胎動とは未来のためにするものである。過去にさかのぼることで新たに築かれた未来、それでは何かが必ず無になってしまう。
そんな世界を、あなたは本当に望んだのですか?



「わかりました。あなたたちは戦士長・火渡捜索の任務を継続して下さい。ムーンフェイスはこちらでも何か対策を講じます」
大戦士長・坂口照星は、短く今後の行動について中村剛太の報告を受けると、通信を終えた。
錬金選団には、あまりにも人員と時間が足りていなかった。そもそも現状は既に対ヴィクターとの大決戦によって、錬金の戦士たちの大半が疲弊・消耗している状況でもある。
30もの月が実現したホムンクルスのコミューン同士のネットワークは、ムーンフェイス自身の手によって解除された。だがそれによって発生した事実は、ヴィクトリアの統率を失ったホムンクルスたちによる、制御不能の一斉暴動だ。ホムンクルスたちとしても、それまで隠し続けていた所在地を晒してまで起こした一斉蜂起である。このまま退いて「ごめんなさい」では済まされないこと重々承知。すでに戦争はもはや刺し退きできないところまで進んでいたのである。
それさえもヴィクトリアにとっては計算のうちだったのかもしれない。あわよくば錬金術に関わる全てが共倒れ、それぐらいのコトをやってのけるぐらいの憎しみを彼女は持っているのだから。
「一体我々は今、どこへ向かっているのでしょうか」
坂口照星が呟く。
だが、それでも。今はまだ、立ち止まるわけにはいかない。歩みを止めるわけにはいかない。だが、近いうちにケジメは必要だということも、彼には決意として理解していた。
「大戦士長、お話があります」
そんな時、戦士・千歳が現れた。
その眼は、決意に満ちた瞳。坂口照星は、目の前にいる女性のことは彼女が少女だったの頃から知っている。だが、彼女がこんな眼をしているのを見るのはいったいいつ以来だろうか。七年前のあの日を思い出す。その眼の境目を。
千歳は形式だった挨拶も省き、本題を口にした。
「照星部隊の再結成許可を願います」
風が吹かないはずの海底秘密基地で、確かに柔らかな風が吹いた。
戦士長・火渡は行方不明。戦士長・防人は再起不能。そんな状況をあえて無視した千歳の箴言、だがそんな報告は考え方ひとつでどうとでもなる。見つければいい、立ち上がればいいんだ。この物語はそう、優しい大人たちが贈る子供たちの為の戦いの歌!
「火渡戦士長は必ず帰ってきます。その時、必ず防人戦士長の力が必要になるでしょう。だからそのサポートに私がつきます。皆の力を合わせなければ、月には届きません。だから必ず、二人は間に合います。」
千歳は確信を込めてそう言った。
キャプテン・ブラボーは全てを人任せにできるような人ではない。
補助器具があれば歩けるその躰を持っていながら、いつまでも隠居しているような男ではない。必ず彼は立ち上がり、そして自身の信念の道を再び歩みだす。さっき、そうなるように仕向けてきた。
全ては千歳の演技かもしれない、打算があったかもしれない。だがそれも全て、彼女の優しさに由来するものだった。
「あなたは大人になりましたね、戦士・千歳」
静かに立ち去ろうとする千歳に、坂口照星が優しく笑いかける。それは、ファイナルから数えたこれまでの日々の中で、たった一度だけ彼が見せた笑顔だった。
そんな坂口照星に、千歳は振り向くことなく静かに応える。
「あの二人が、子供過ぎるだけですよ」
その声は坂口照星の胸にどう響いただろう。懐かしさと嬉しさで何かがこみ上げてくる、そんなイタズラな声に聞こえた。千歳は、確かに笑っていたのである。この状況で、この太陽の光が届かない空の下で。
千歳は笑おうと思えばいつだって笑えたのである。ただそれを押さえ込んでいただけで。
それはどこまでも演技かもしれない。だが、完璧に演じるには、心から成りきる必要がある。だから、千歳は確かに笑っていたんだ。ずっと、やさしく、たいせつなひとたちをおもい。


最後に笑うために、今は泣いたっていい。だから。
ね。今は無理をして笑わなくても、いいんだよ。

それでも、本当に優しい人とは。
みんなが俯き悲しんでいるときにこそ、笑って見せるもの。
それが、きっと大人なんだよ。きっと。




小さく千歳は呟いた。
「たとえ世界が不条理だとしても、私はそれを受け入れるつもりはないわ」
それは誰に向けた言葉もなく、自分に向けた言葉でもなかった。それが千歳のこれまで歩んだ人生の中で得た、ブラボーとも火渡とも違う、ひとつの答えだった。信念だった。彼女にどこか漂っていた拒絶の意思は、この信念に基づくものだったんだ。この世界の不条理を理解したうえで、それでもこの世界の中で戦うための信念。
だからだろう。
楯山千歳も決して時間を飛び越える可能性を吐き出すことなく胸に溜めておく。
それはきっと戦う意志。戦いを諦めない信念。仮初めの希望にしがみ付かない戦い。

さあ、決戦の日は、すぐそこまで来ている。








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最終更新:2009年12月13日 16:36
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