第25話

ヴィクトリア・パワード、鹵獲!!
直ちに円山、根来も共に退却行動を始めた。
その時にようやく、壁が破壊されムーンフェイスが飛び出してくる。
「むぅん?」
ムーンフェイスが見た光景はガスマスクの少女が一人、礼拝堂。
少女が立っている世界は月面の男が60、礼拝堂。神も仏もない光景。いいや、現れる光明が一筋。再びの戦士・千歳。そして毒島もまた、帰還する。
一瞬のまにまにムーンフェイスが状況を理解した。この戦いの勝者は錬金戦団。敗者はヴィクトリア・パワード。ムーンフェイスは、踊らされた立ち位置となる。決着は「盗まれた」のだ。
「腐っても錬金戦団、か。なかなかいい仕事をするものだね」
さて、これから月はどこへ向かってどこに堕ちて、そしてどこから顔を出す?



第25話 舞夜



場面変わって、剛太。彼は現在、パピヨンが使用しそうなラボの捜索をしていた。
手分けとしては、剛太と御前様アナザータイプとセット。早坂姉弟がペア。戦部には勘の赴くままにほっつき歩いてもらっている。あとは犬飼と狗達。
また、ムーンフェイスのアジト捜索と平行して、失踪した津村斗貴子の消息に対するアンテナも彼らは全開にしていた。この役割を担うのは犬飼のみ。もちろん犬飼の建前任務はラボの捜索なのだが、彼には津村斗貴子の衣類の一部を持たせている。それがあれば、彼の武装錬金なら追跡ができるからだ。コレは、やはり最終決戦に向けて、やはり津村斗貴子の所在も把握しておいた方がいい、と秋水が提案したからによるものだ。
「まるで、目的地が無いみたいに各地を彷徨っているかのよう、か」
犬飼の連絡を受け、剛太が呟いた。
いったい津村斗貴子は何がしたいというのだろう。この時期に。
病院から抜け出して、全てに背を向けて、それでつけられる決着はどこにあるんだろう。
何度目をそらしてもやはり考えずにはいられない。剛太は迷いを正面から受け止めながら、それでも桜花のハッキングによって入手した情報を元に、モーターギアの速度を生かして駆け回っていた。
その時、御前様が宙空を立ち止まる。
「おい、ゴーチン!桜花から連絡だ!毒島たちが・・・、ヴィクトリアの捕獲に成功したって!!!」


銀成学園生徒会室。囚えられたヴィクトリアは、錬金戦団の施設ではなく、ただの学校へと連れて行かれた。もしも錬金戦団の施設に連れて行けば、過激派の戦士によって直ちに処刑されてしまう恐れがあったからだ。
かつて(七年前)、捕らえたホムンクルス(ホムンクルス・西山)が脱走した(そして保護されていた少女に襲い掛かった)という事件があってか、錬金戦団も戦士たちも、ホムンクルスの「捕獲」ということは考えないようになっていた。たとえ戦士長火渡の命がかかっているとはいえ、「戦士にとって死は当然」などという言葉が罷り通っている現状もある。
だが、剛太たちが今やろうとしている戦いは、そのやり方では勝てない戦いだった。今ヴィクトリアを殺してしまっては、火渡戦士長が死んでしまう。それではこの戦いには勝てないのだ。
縛りあげられたヴィクトリアの背後には根来が立つ。彼は、ヴィクトリアが遠隔操作でニュートンアップル女学院からアンダーグラウンドサーチライトを引き伸ばして逃走されないための備えとして、その役割を果たしていた。根来の武装錬金なら、万一がおきてもアンダーグラウンドサーチライトに忍び込めるだろうという算段である。相性がいい。
「…取引をしないか、ヴィクトリア・パワード。」
剛太や戦部たちの到着を待たず、秋水が口を開いた。ヴィクトリアがムーンフェイスの造反にあったという状況は、把握していた。彼の性格上、「沈黙に耐えかねて」ということはないだろう。後手に回りっぱなしではいけない、ただ時間が惜しむ気持ちがあった。
「ムーンフェイスは俺たちがニュートンアップル女学院から引き離す。月の一体とて、万一戻るかもかもしれないという可能性を除外しよう。その代わり、お前は火渡戦士長を解放するんだ」
本来取引というものは、前置きがとても大切となる。互いの前提条件を明らかにすることで、双方のメリットを強調する。一見無意味に思えるこの作業が、実は取引というものにおいて最重要行動なのだ。
だが、しかし秋水はその前置きを省略した。前置きは省略するという前置きすら発しなかった。
少し補足しておくと、これは彼の性格的なものもある。だが、それ以上に、ヴィクトリア・パワードという「錬金術嫌い」を相手にするに当たっては、極力確認のような会話は省いた方が良いと判断してのことだった。
「…フン」
秋水の提案に対し、まるで論外だと言いたげに、ヴィクトリアは鼻で笑う。一見提案された取引内容は、錬金の戦士たちの都合ばかりで、ヴィクトリアにはメリットがほとんど無いように思えるものだった。秋水自身、ヴィクトリアの抱く「ニュートンアップル女学院」に対するこだわりに託すのはちょっとした賭けであった。だがそれでも実際には、ヴィクトリアにとって、これ以上なく都合のいい取引だったのである。
「ひとつ、条件を追加するわ。私は“人質”の引き取り相手に津村斗貴子を指名する。この条件を受けるなら、それで私はかまわないわ」
ヴィクトリアの目的はあくまでも、津村斗貴子。そして津村斗貴子の選択を通して、コレまでの過去に何かしらの決着をつけること。
現在、津村斗貴子は失踪している。行方も知れない。だがそう言ってしまっては、この取引が破綻してしまう。だから秋水は、ヴィクトリアから引き出した答えの意味を探りつつ何事もないかのように、こう言った。
「承知した」
こうして秋水は独断で取引を持ちかけ、そして成立させた。
徐々に最終局面へ向けて盤面が整えられていく。



状況を整理しよう。

まずヴィクトリア・パワード。
現在彼女は再殺部隊によって鹵獲された。
彼女の目的は過去との決着。一人で生きるために、前を向くための儀式。
自分と同じく大切な人に月へと逝かれてしまった津村斗貴子の答えに興味があった。
津村斗貴子との戦いを通して、自身の心に何かひとつの決着をつけたいと望んでいた。
彼女の行動には幾つか矛盾があるかもしれない、隠れた真の目的があるのかもしれない。
だが、今彼女が求めているのは、決着だった。ひとつのピリオドだった。
現在、その決着において最も邪魔な存在が、無粋に顔を出す月なのである。
願わくば、雲隠れしてもらいたい夜半の月かな。

次に錬金戦団。
彼らの目的はヴィクトリアが仕掛けたホムンクルスの一斉蜂起を制圧すること。
そして首謀者であるヴィクトリアとムーンフェイスとの決着もある。
戦士一人ひとりに絞れば、たとえば現在失踪している津村斗貴子なんかは、その目的が今どこに向かっているのかは語られていない。
現在もアンダーグラウンドサーチライトの照らす世界にいる火渡戦士長がいる。
剛太や再殺部隊、早坂姉弟なんかも、それぞれ腹にくくったモノがあるだろう。
そんな彼らに共通して必要なのも決着、だった。それぞれのピリオドだった。

そしてムーンフェイス。
気まぐれな月は現在、目的も知れず暴走しているかのように思える。
だが彼にも当然目的がある。そして目的は過去によって形成されるものだ。
これまで歩いてきた道が道となって、未来を指す。
ムーンフェイスの目的はいつだってシンプルだった。
そしてついに、それを解き明かすときがやってきた。
だからこれをピリオドの大決戦へ向けた、始まりのもうひとつとしよう。


これから、一人の男がムーンフェイスと出会う。再会する。
結果を言えば、ムーンフェイスがアジトを探す、という剛太の読みは正解していた。しかし、剛太たちが探していたのは、あくまでも「ドクトル・バタフライの秘密ラボ」である。
考えてもらいたい。ムーンフェイスとて錬金術師。当然自身のラボを所持している可能性はないだろうか。
そうした、まるで月影の如く隠れた研究所に目をつけることができる存在をあなたは知っているのではないか。もしもあのバタフライさえも把握していないようなラボの存在するのであれば、その存在を確認するのはムーンフェイスのように夜を散歩する存在ならではの芸当と言えるだろう。
ヴィクトリア撃破に失敗したムーンフェイスはニュートンアップル女学院を離れ、自身のアジトを求めていた。そしてこれから一人の男と出会う、再会する。その相手とは、剛太や早坂秋水、他の再殺部隊の面々ではなかった。誰だ。
ムーンフェイスと同じように、世界を「ひらひら」と舞う存在をあなたは知っている。
御前様ではない、再殺部隊ではない、錬金戦団ではない、津村斗貴子ではない。
彼だ。

「何の、ようだ」
不機嫌な響き。その副音声は、邪魔をするな。消えろ。
無音無動作で創られた黒死の蝶が宙を舞う。
「予約の無い客には、相応の出迎えをすることになる」
お月様の言葉に聞く耳も持たず、「フラスコ」から背を向けたままゆっくりと立ち上がっていた。
「むーん。そうは言われても、ココはもともと私のラボだよ?」
月が無粋に顔を出したとき、まさに蝶々は錬金術師として、究極の高みへと挑もうとした真っ最中であった。そこに愉快そうな笑みを浮かべた月の無粋な登場。不快を感じる状況としては、特級物だろう。
ただ風だけが吹く空の下で、容赦なく立ち込める暗雲をも貫く月光。
蝶々仮面の怪人。蝶々の妖精さん。パピヨン。蝶野攻爵。彼を、その名で、呼ぶな。
夜を舞う二人の邂逅。夜はこれから。
さあ踊り手は誰で、そしてこれから何が起きる?

これが最終決戦の前に贈る、最後の戦い。








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最終更新:2009年12月13日 16:34
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