第24話

賢者とは誰だ。



第24話 EXCEL GIRL GONE



戦士・千歳は、考えていた。
彼女の武装錬金であるヘルメスドライブが、どうにも不調なのである。
ヴィクトリア・パワードとは既に面識があるので、索敵が可能なはず。にもかかわらず、なぜかそれができない。いや、できないこともない。だが点滅したり瞬間移動をしたり、どうにも正確な居場所が掴めないのである。まるでその存在がこの次元から出たり消えたり戻ったりしているかのように。
脳内に回答が明解な言葉として閃く寸前、携帯が振動した。着信は最低限の動作で打ち込んだであろう、戦士・毒島から、戦士・千歳へ前置き抜きのメール。
――ヴィクトリア・パワードを視認した。
「ヴィクトリア・パワードがニュートンアップル女学院にいる…。」
ならばこそなぜヘルメスドライブがうまく索敵できないのか。視認できるほどはっきりと存在できる相手を、なぜ。
例外がなくはない。たとえば、根来が潜っている時、彼のいる座標軸がこの世界とはズレた亜空間に存在しているため、ヘルメスドライブでは探知できない。ヴィクトリアを索敵することができないのも、そういうことなのだろうか。
「まさか、ニュートンアップル女学院そのものが……」
気づき、一人目。至る結論がひとつ。ここに気づく者ひとり。母と娘の秘密の部屋の真実の扉の奥が暴かれようとしていた。現在、ヴィクトリアが必死の覚悟で隠そうとしている真実が、表に顔を出す。
千歳は周囲を見渡した。まさか、ニュートンアップル女学院そのもがアンダーグラウンドサーチライト。ここもそこも、あそこも。全てがアンダーグラウンドサーチライトで照らされた世界なのかという確信に近い仮説を胸に秘め、千歳はヘルメスドライブを発動させる。行き先は、戦士・毒島。
念のため返信メールで毒島には「その場所」を動かないように指示したうえで、ヘルメスドライブを発動させる。
謳え、ヘルメスの鳥。

千歳が毒島の所に到着したとき、他の戦士たちは既にフォーメーションについていた。
いわばこれは、ヴィクトリア鹵獲作戦。月に届かないこの手のひらでも、掴めるものがあると信じて、願って。歌って、アイの歌。
「メールで伝えたフォーメーションでお願いします」
毒島が、千歳の姿を確認もせずに、物音のした方向へ静かに呟く。
再殺部隊のターンは目の前だ。
再殺部隊の不穏な動きにムーンフェイスもヴィクトリアも気がついていた。
だが今はそれに対しての行動をしない。見(けん)に回った相手までわざわざ相手にする必要などないからだ。各個撃破が理想、もしくは殲滅される前に逃走すればいいだけのこと。
これぞ三つ巴の戦い。Three way dance。演者は揃った。

礼拝堂の天井で繰り広げられる月とヴィクトリアの天覧舞踏会。三者の勝利条件は以下のようになる。
ムーンフェイスにとっては、ヴィクトリアの持つ核鉄強奪。
ヴィクトリアにとっては、安全を確保した上での逃走。
再殺部隊の面々にとっては、ヴィクトリアの捕獲。
さあ、賽は今こそ投げられる。投げられた!!まずはヴィクトリアが動く!!


降り注ぎ続けるムーンフェイスに対し、ここぞ!というタイミングでヴィクトリアがアンダーグラウンドサーチライトの扉を開いた!それも数えて60箇所!
ムーンフェイスはヴィクトリアが「入り口」を開くその瞬間を狙っている。それは逆に言えば、ヴィクトリアが入り口を開くことはつまり、ムーンフェイスの行動を操るにも等しいという意味にもなるのだ。副音声は『さて私はどの部屋へ逃げ込むでしょう?』!
「むうんっ」
これが決め手、ムーンフェイスの思考を奪う。ヴィクトリアがどの扉に飛び込むか確認もせず、60手に分かたれた月がノータイムで一斉に扉に向けて降り注ぐ!
ヴィクトリアがどの扉を選ぶか、など関係ない。扉が閉じられる前に、全ての月を避難壕に送り込むのだと、月の背中はそう語る!確率は60分の一!天文学を思えば確実にも近い数字!いずれかの月はヴィクトリアと相部屋になるという確実!避難壕にさえ侵入してしまえば、あとは惨殺ができる。大虐殺が可能となるのだ。ムーンフェイスは勝利を確信する!!
だが!!ヴィクトリアはムーンフェイスの予想と判断に反し、避難壕へ後退などしない!月の間隙を縫うように、死中に活!!前進!
ヴィクトリアの狙いにムーンフェイスが気づいた時には時すでに遅し、月は沈み姿を消した後の祭り!!

全ては一瞬の出来事。
ヴィクトリアの敗走に欠かせない儀式、それはムーンフェイスをアンダーグラウンドサーチライトに閉じ込めることだったのである。
アンダーグラウンドサーチライト内部にムーンフェイスを侵入させてはいけないという偽りの前提があったからこその奇策!ムーンフェイスがもっともありえないと考える思考、それは避難壕に月を招くという愚行!!愚行故に盲点!!それを「あえて」行うのが空城の計!!

ヴィクトリアの狙いはとてもシンプルなものであった。
『いかにして、ムーンフェイス“のみ”を秘密の部屋に送りつけるか』
何も閉じ込める必要はない。ただ、一瞬隔離できればそれでいい。だから入り口だって塞がない。最低限の破壊を誘う覚悟こそが、最大の被害を未然に防ぐ火消し的行為。
稼ぐ時間は一瞬でよかった。その一瞬が大きな意味を持つことをムーンフェイスは理解しているから。一瞬姿を見失えばたちまちヴィクトリアは姿を消すと、ムーンフェイスはそう考えているのだから。そう考えるように仕向けたのだから。夜の魔王を気取る追跡者が殺せるのはあくまで背負われた幼子のみだと云うのに。
ムーンフェイスの盲点。ヴィクトリアが逃げる先が避難壕のみであるという錯覚。事実のヴィクトリアは、外界こそを逃げ場として覚悟し選択していた。
だからこそムーンフェイスは即座に壁を破壊して「アンダーグラウンドサーチライト」からの脱出を図るだろう。故にヴィクトリアはその前に姿を消す必要があった。それでヴィクトリアの勝利となる、だが!!
「バブルケイジ!!」
その一瞬を逃さず、静寂を破って戦士たちが動いた。

退路をヴィクトリアの後方に残すように、上空から風船爆弾が降り注ぐ!
当然ヴィクトリアはバックステップ!!
だがそこには既に、根来ッ!!まるで「右へ避けろ」とでも言わんばかりに、これ見よがしで大振りな、忍者等にあるまじき斬撃が迫る。
「…まるで茶番ね」
右へ避けた先に罠が待つのは明らかである。しかしその罠を避ける術もない。ヴィクトリアは素直に右へ飛んだ。行動は既に制限されているのだ。
その先で待つのは、既に『調合』を終えた毒島が一人っ。


毒島は確信していた。
ヴィクトリアなら月さえも撒いて見せるだろう、と。
病院でムーンフェイスと対峙した時の経験。ムーンフェイスは、戦い方が、「荒い」。
圧倒的物量故に、照らせぬものは無いと言う自負。だが光あれば影が生まれる。光が差せば影は斜(かたむ)く。雲がさすまでも無い。誰よりも高い月のはずなのに、その周りは死角だらけなのだ。月に届くことは困難かもしれない、だが月が見えない場所へ逃げるのは簡単なのである。
そしてこれはこの世界における、とても残酷な真理かもしれない。月には決して届かないからこその現実的に残された手段。だが、だからこそただ見据えるか、それとも俯き目をそらして逃げるのかは大きく違う。そして毒島は顔を上げた!たとえ月には届かなくても、ヴィクトリアになら届くから!
ヴィクトリアにさえ届けば、火渡戦士長にだって手が届く。火渡戦士長と協力すれば、月にも届くはずだ!だから今はッ!
「エアリアル・オペーレーター、しばらく眠りに落ちてもらいます」
毒島の言葉に、ヴィクトリアは殺意を押し殺した含みを察し、それでも抵抗をせずに瞳を閉じる。「殺されない」と確信したからだ。「殺したくてたまらない」という殺意の含みが、それを証明している。そもそもそうでなければ、こんな回りくどい茶番をせずとも、一斉攻撃でカタがついていただろう。
火渡という人質はヴィクトリアにとって期待以上の保険として機能し成立していた。

催眠ガスが噴射される。
ホムンクルスにも効果があるからこその武装錬金。ヴィクトリアはたちまち眠りに堕ちて。そのヴィクトリアを毒島は天井からガスのない階下を投げ捨てる。下には既に千歳が待機していてヘルメスドライブっ。
ヴィクトリアを乗せて、千歳が帰陣する。



この物語は誰の掌の上なのか。
違う。
ただ、誰もがそれぞれの信念に基づいて行動しているだけ。
この物語はその結果に過ぎない。

静かに安らかに眠りながら、ヴィクトリアは事が思い通りに運んだことを確信していた。
―――ええ、そうよ。それでいい。私の退路は、あなた達が拓くの、錬金の戦士。
ヴィクトリアは敗北することによって、生を掴む。
走る虫唾を抑えて、ヴィクトリアはその身を再殺部隊に委ねる決断をした。
全ての予定外を乗り越えて、ヴィクトリアは自身の願いと目的を叶える為に「外」へ出る。
勝負は、ここからだ。



ヴィクトリア・パワード、捕縛完了ッ!!!!
そして同時に、ヴィクトリア・パワード、生存成功ッ!!!!!








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最終更新:2009年12月13日 16:34
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