第23話

次へ繋ぐ命とプライド。
負ける事とは、逃げることだ。
勝つこととは、生きることだ。
故に狙うべきは勝利や敗北如きでは決してない。



第23話 一人ぼっちの逃避行



古今東西、大量の兵士に雪崩れ込まれた避難壕で起こるのは一方的な虐殺、殲滅戦である。
故にヴィクトリアは、ムーンフェイスによるアンダーグラウンド・サーチライト内部への侵入だけは許してはいけなかった。しかし、そうもいかない事情がヴィクトリアにはあり、然らば運とタイミングと場所が悪かったと言わざるを得ない、そんな事情。

ニュートンアップル女学院にはいくつもの謎がある。神隠しとか秘密の部屋とか、夜な夜な彷徨う謎の仮面の男とか。確か津村斗貴子も報告していた、「壊した十字架や床板は跡形も無く修復され」ていたと。100年の歴史がある分、とにかく“ウワサ”が多い、そんな学び舎。
そういえば、ヴィクターが生きて死んで、そしてまた生き返った時代も100年前だった。
なんという奇妙な偶然の一致だろうか。まるで、ニュートンアップル女学院そのものが、その為に創設られたかのような錯覚を覚える。
もちろん、実際には創設したての学園を単に利用しただけなのであろう。だが、それでもニュートンアップル女学院の歴史は悲しい母娘と共にあった。この学園の歴史にはいつだってヴィクトリアたちの姿があったはずである。“フツーじゃない”原因のひとつにだって間違いなく、ヴィクトリア親子の暗躍があったはずなのだ。
だがそんなことは問題ではなかった。
問題は、ニュートンアップル女学院の建物そのものが、ヴィクトリアの武装錬金に侵食されていたということである。過大評価すれば、ニュートンアップル女学院そのものが学校という内装を施された部屋、だと言いかえることも出来るだろうか。
たとえば津村斗貴子と「仮面の男」が始めて出会ったケースでは、斗貴子が壊した十字架や床板は短期間で跡形もなく修復されていた。その一晩での修復を可能にしたのもヴィクトリアの武装錬金であることは間違いがない。
近い将来において、この事実は真実を語る手掛かりとなる余地をもつこととなる。
それはさておき、既に月による避難壕内部への侵入を許している、という現状。これが、現在ヴィクトリアを追い詰めている「事情」というものの正体である。つまり、侵入されてはいけない避難壕の内部にすでに侵入されてしまっているのだ。もしも無差別に学院を破壊されたならば、いずれはアンダーグラウンド・サーチライトの深部へ蹂躙されうるという事実。
武装解除もできない。思い出は割り切ればそれでいいかもしれない。だがヴィクトリアにとって、現在アンダーグラウンド・サーチライト内で捕縛している火渡戦士長は、錬金戦団に対しても、そしてムーンフェイスに対しても切り札となりうる存在なのだ。ここで安易に武装解除をしてしまっては、おそらく火渡は亜空間へ放り出され、人間の想像も及ばないような無残で四次元な死に方をすることになるだろう。それはポーカーでジョーカーを捨て札にするような、無意味極まる暴挙に違いない。ジョーカーは使わなければ意味がないものだが、捨ててしまってもいけないものなのである。
しかしそんな差引計算も抜きに、ヴィクトリアは武装解除をする、という発想に至らなかった。理由は明白である。アンダーグラウンド・サーチライトはいわば母と娘の秘密の部屋だ。たとえ月が隕石と化して降り注いだとしても、その秘密を侵させやしない。そんな簡単に割り切れない本能や感情こそが、ヴィクトリアを強く支えるものになっていた。


礼拝堂での対峙。硬直する状況を轟音を持ってまず破壊したのはヴィクトリア・パワードだった。ヴィクトリアが壁や十字架をうまく使って空へ上り、立ちふさがる天井をも破壊。入り口と出口は表裏一体である。「出口を開けた」という表現が正確ならそれでもいい。
「むーん。さ、せ、な、い、よ」
ムーンフェイスのうち何体かが、月を見下ろすような存在など許さない、とでも言いたげにノータイムでヴィクトリアに迫る。
ヴィクトリアにある、安易に避難壕へ逃げるわけにいかない理由。彼女にはムーンフェイスからアンダーグラウンド・サーチライト、しいてはニュートンアップル女学院を守る必要があったのである。故にヴィクトリアにとって大切なのは、アンダーグラウンド・サーチライトを「切り札」として温存していると錯覚させることであった。
もちろん、部屋ごとの隔離は簡単である。
入り口を閉じたり、部屋の位置をずらしたりすればいい。
思い出してもらいたいのだが、かつて戦士・斗貴子は「入り口を閉じていれば侵入はほぼ不可能」である部屋への侵入に成功している。それは単純に入り口を閉じていなかったからだ。ヴィクトリアにとって室内の構造操作は造作もないことである。利便性と気密性、避難壕には両方が求められるのだ。言わば迷路状に避難壕を細分化することは可能なのである。
しかし、現状は既に内部を侵された死地、あくまで時間稼ぎにしかならない。ヴィクトリアの武装錬金はあくまでも合計しても単体の避難壕を創造することである。全ての部屋同士を完全に隔離することは不可能なのだ。故にこそ、もしもムーンフェイスがニュートンアップル女学院の壁や床などをムヤミヤタラに破壊して回れば、いずれ必ずどこかから道は開かれてしまう。避難壕はただの空中楼閣以下になりさがるだろう。
ニュートンアップル女学院に展開したアンダーグラウンド・サーチライトの弱点だけは、ムーンフェイスに気づかれてはいけない。なぜならその先で待つのは古今東西発見された敗残兵の末路、一方的な虐殺なのだから。ヴィクトリアには、あえて標的を武装錬金であるアンダーグラウンド・サーチライトではなく、彼女自身に絞らせることで手当たり次第の破壊を防がねばならない必要があったのだ。万一この「事情」をムーンフェイスに気づかれてしまっては、きっとアンダーグラウンド・サーチライトなど懐中電灯ほどの役にも立たない武装錬金に成り下がるだろう。『そいつぁまずいぜ』。
そもそも、もしも真月が全力で堕ちれば、それはきっと核シェルターごと吹っ飛ばされるような衝撃には違いない。星そのものが揺れる勢い、避難壕など微塵も役に立たないだろう。
それでもヴィクトリアには、武装錬金を解除せずニュートンアップル女学院の破壊もさせない、そしてもちろん自身も死なず生きる、そんな綱渡りの逃避行をする必要があった。ヴィクトリアが逃げるためにはまず、「深追いが危険である」とムーンフェイスに錯覚させる必要があったのだ。できるのだろうか。逃げるのびるためにはまず、ムーンフェイスの追跡をあきらめさせるような手をうっておく必要があったのである。
それがつまり、空城の計。


アンダーグラウンド・サーチライトには、ムーンフェイスも知らないような「何か」があると思わせなければいけないという条件を守る戦いがこの戦局に於いてヴィクトリアの選ぶ戦術的行為であった。これは、火渡と戦ったケースとは根本的に違っている。
その最たる事実こそは、相手がホムンクルスだということであろう。火渡を幽閉した様に無限に近い深さの避難壕を掘り続けたとしても、ムーンフェイスとて今や60の月。きっと今は自由に空も飛べるはず。無限に近い体力の前では、消耗戦やゲリラ戦などは仕掛けても意味がないのだ。
先に限界にたどり着くのは、ひとつしか核鉄を持たぬヴィクトリアとなる。だが、それではいけない。たとえ事実が既に虐殺を待つだけの開かれた避難壕であったとしても、そう思わせてはいけないのである。
アンダーグラウンド・サーチライトの入り口を、安易に見せてはいけない。だからこそ少女はあえてその名を出した。切り札はチラつかせて意識させてこそ価値が高騰する。
「アンダーグラウンド・サーチライト」
全ては過大評価を誘うため。


アンダーグラウンド・サーチライトは武装錬金である。当然、戦う術はあった。
例えばアンダーグラウンド・サーチライトは非常時において、最大一ヶ月の自家用水、発電を補うことが可能である。水と電気は命を殺す手段としてはかなり上等だろう。水と電気さえあればいくらでも抵抗の術はある。さらには、白い核鉄を精製するための装置すら、内装として設定できる武装錬金だ。いくらでも戦う術はあった。
それはあくまでも人間相手にしか通じない武装かもしれない。だがそれでもないよりはいい。今は「応用の利く武装錬金」だと錯覚させることができたらそれでいいのだ。

現在、天井にはムーンフェイスの数体と、そしてヴィクトリアがいた。ムーンフェイスの大半はまだ礼拝堂で蠢いている。目の前にいる数体のムーンフェイスを相手にしながら、それでもヴィクトリアは笑って余裕ぶり、下にいるムーンフェイスにも手招きしてみせた。
「あなたの醜い姿に、水と電気をプレゼントしてあげるわ。その命無き月の世界にね」
言うや否や、礼拝堂内部に暴風雨の如き乱水が室内に溢れ注がれた。もちろんヴィクトリアの仕業である。
「人間なら間違いなくこの電撃で一網打尽でしょうね。あなたは、どうかしら?」
それは皮肉。その言葉だけでは理解できないであろう悪意の含みが、ヴィクトリアの声には、あった。ムーンフェイスの表情に影が増える。恐らく、殺意が割り増しされたのだろう。
ニュートンアップル女学院に流れる総電力を借り受けて、超電流が水の道を伝う!!学園は闇に包まれて、礼拝堂は光で覆われた。神秘的といえば聞こえはいいだろう。そして当然の結末、ヴィクトリアの想定どおり、穴を開けておいた天井という避難経路を60の月が見事な組体操で空へ舞い上がる!それは空中決戦舞踏会、開幕を告げる砲火!!

ムーンフェイスは自身がアンダーグラウンド・サーチライト内部にいるという認識を持っていない。それ故にムーンフェイスが狙うのはヴィクトリアがあくまで避難壕へ逃げ込むタイミングであった。それはつまり蹂躙し虐殺する戦争を望むということである。
ヴィクトリアはそんなムーンフェイスの行動をさらに制限させるため、水と電気を見せ技として使用した。『ヴィクトリアはムーンフェイスにスキをつくりたがっている』『ムーンフェイスがスキを見せれば、それはヴィクトリアの避難壕への逃避を意味する』、そんな偽りの前提を成立させておく必要があったのだから!
全ては今後のための布石。ニュートンアップル女学院そのものが避難壕と化していることが、まだムーンフェイスに気づかれてはいないからこその、ブラフとフェイクが支える綱渡り。
勿論、ムーンフェイスは電撃などでダメージを負わない、だが確実に数秒の麻痺、つまり行動に制限がかかる。全体がそうならないためには、天井へ飛ぶしかなかった。飛ばなければ、ヴィクトリアに『逃げられていた』。これは『そう思わせなければいけない』戦いなのである。
全てはヴィクトリアの嘘による牙城での戦いか。

月の影を縫いで空を舞うヴィクトリアは美しかった。そして強かった。武装錬金も使わずに、雪崩来る60ものムーンフェイスをうまくかわしていく。
直線状にくるムーンフェイスの波状攻撃、その全てをさばいた一瞬こそが、ヴィクトリアが避難壕へ逃げ込む絶妙のタイミングである。『そう思わせなければいけない』!月の一体の同伴も許可してはいけない。『そう思わせなければいけない』!
ここからヴィクトリアがとる全ての行動は過大評価を誘うフェイクとなる。
空城の計。それは落城を待つ城と兵士にできる最後の逆転の一手。たとえ勝てなくても負けなければいい。死なずに逃げ切れればそれでいい。そのためなら先走った勝どきをあげてもかまわないっ。
しかし60もの月をかわすのは、やはり容易ではなかった。月が地球にしているように、とにかくしつこくつきまとう。ヴィクトリアは母の武装錬金によって仕込まれた体術を最大限駆使して、月とダンスをしていた。
ムーンフェイスのスキを見つけて、「奥の手は使っていない」と思わせつつ「これみよがしに逃走する」。それがヴィクトリアに課せられた敗北の中での勝利条件。
それが、現在なによりも難しい!!

ムーンフェイスの狙いはヴィクトリアの核鉄。
月が目指すのはさらなる拡大。
それではヴィクトリアは何を狙えばいい?
負ける事とは、逃げることだ。
勝つこととは、生きることだ。
故に狙うべきは勝利でも敗北でもない。
次に繋げるモノだ。
逃げてでも生きることを狙えヴィクトリア!


これで夜。
ニュートンアップル女学院礼拝堂。
二人の戦士が信じられない、といった表情で破壊された天井部と空を見上げていた光景。
戦士・毒島と戦士・円山。そして御前様もいた。
今、二人の戦士の目の前で繰り広げられていたのは戦いだった。
「どうする?」
円山の質問には含みが多すぎた。
どうする?戦うか?誰と戦う?誰に加勢すればいい?それとも双方を相手にたった二人で戦うのか?まずは戦士千歳に救援を求めるか?剛太たちに?戦団に?
しかし毒島には迷いはなかった。
「標的をヴィクトリアに限定しましょう。彼女さえ確保できれば、火渡戦士長救出の算段がつきます」
毒島はそういうと、武装錬金を無音無動作で発動させた。
少女の面影は消え、戦場にふさわしい仮面をつける。

ヴィクトリアの敗北は他でもない。錬金の戦士によってもたらされる。
味方はいない。周りは全て敵。
こうして一人ぼっちの逃避行が、はじまる。








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最終更新:2009年12月13日 16:34
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