第22話

物語は確実に終わりへ向けて進むはずだった。
だがここに来て、誰も予想できなかった必然へ向かう。
終わりの幕開けを告げる戦いは、一人の少女の敗北から始まった。



第22話 井の中の蛙の敵は誰だ



向かった先に待つ戦いへ向かうために。
「ニュートンアップル女学院だが、円山と根来の二人で行ってもらう。あと御前様に連絡係を頼みたい」
仮にも敵の本拠地と予想される場所へ向かうのに、この二人だけを剛太は指名した。当然のように再殺部隊にも動揺が走る。
「ちょっと待てよ、俺も戦士長救出に・・・っ」
犬飼の抗議を遮る様に御前様がいつもの緊張感をそぎ落とす声を上げた。
「ああ、そーか。あの“フツーじゃない”学校に潜入できるのは、再殺部隊じゃ確かにその二人だけっぽいもんなー」
忘れてはいけない。ニュートンアップル女学院を普通だと思ってはいけないということ。
「…普通じゃない、だと?」
聴きなれた言葉だったせいか、戦部が必要ないところで過敏に反応する。異常だったらどうしたというのか。あなたはいったい何を期待していると云うのか戦士・戦部よ。今している話はあなたの期待とは一切関係がないぞ。
「…まぁ潜入は夜に行ってもらうわけだが、万が一に目撃されても余計な騒ぎは起こさないに越したことはないからな」
あ。戦部ならなんらかの妖精さんとしてスルーされるかもしれない。だがそれはそれで問題だろう。今は余計な不確定要素で遊んでいるような場合ではないのだ。
「残りのメンバーはムーンフェイスのアジトを探す。双方御前様を通じて随時連絡を取り合うように。くれぐれも先走った行動は慎むように」
「あらら、まだまだ新米戦士なのに言うじゃない」
円山が横槍をはさむ。
「話は最後まで聞け。もしもチャンスだと思ったなら戦闘を行ってくれて構わない。ムーンフェイスはともかくヴィクトリア・パワード、アレがもし単体で行動していたならそれを逃す手はないからな」
「そうだ。それでいい」
ムーンフェイス捜索班、百戦錬磨の戦部が腹をさすりながらニヤリと笑う。戦いたくてウズウズしているかのように。もしくは遠足を待ちわびる小さな子供のように。狂気。
秋水が、桜花が、剛太が、犬飼が、円山が、戦部が、そしていつものように潜っている根来が、炎を心と目に宿す。秋水がよく響く声で、自分自身に言葉をかける。
「行動開始だな」
それで皆がそれぞれの分担へ向かうはずだった。
「…待ってください…っ。私も…、私もニュートンアップル女学院へ…!!」
ここで毒島。めずらしいことだ。毒島が自己主張をした。
「でもアナタ…」
円山が、「その容姿で学校はやめておけ」とでも言いだけに絶句する。
「…わかっています。それでも」
ここで引き下がってはいけない。覚悟を見せなきゃいけないのは、今だから。


少し前、毒島は火渡の失踪を知った時、真っ先に戦団へと帰還した。火渡戦士長を案じ、自分にできることを探したかったから。
毒島にとって火渡とは、彼女に生きる場所を、戦う場所を与えてくれた存在だった。
彼女の武装錬金、「エアリアル・オペレーター」はガスマスクの武装錬金だ。
誰かが言った、「最悪の部類の武装錬金」だと。そして事実、最悪の部類であった。
その特性は、気体調合。調合気体は、酸素、有毒ガス、麻酔ガス、笑気ガス等多岐に渡る。だがそのような特性、果たしてホムンクルスとの戦闘に使えるだろうか。気体を操作されて困るのは、化物よりもむしろ人間である。たとえ敵を行動不能にしたところで、調合気体が晴れるまではうかつに行動できない。なぜなら、一度噴出した調合気体は一定以下濃度にならないと再調合はできないのだから。さらに一定濃度以下になるのをのんびりと待っていたら、ホムンクルスはたちどころに回復してしまう。たとえ武装錬金による傷の治りが遅いものだとしても、人間が動けないであろう気体環境下でも行動が可能な化物の体、それは大きなアドバンテージとしてそこにあるのだ。
つまりは、戦力としては優れているものの性質に難があって正規兵として主力作戦にはとても組み込めない――。毒島もまた、まさにそんな存在であった。
だからだろう。火渡と出会うまで、戦団における彼女に居場所は無かった。ただでさえ極度の人見知りさんでもあるのだ。なおさらだ。だが、戦士長・火渡との出会いが彼女の全てを変えることになる。
言うまでもなく、火渡は、他の戦士とは大きく異なっていた。通常の感性であれば、ガスという非人道的兵器の使用をためらって仕方がないだろう。だが、戦士長・火渡ならば、迷わず毒島の「エアリアル・オペレーター」の使用を決断するだろう。
かつてガスの使用に反対した戦士に対し、火渡が言ってくれた言葉を、毒島は忘れない。
「確かにそうだな。テメェの言っているコトは十分正しい。だが正しいからとてそれが常に、罷り通るとは限らねェ」
それは、毒島にとって、とても嬉しい言葉となった。決して優しい言葉ではなかったし、喜ぶような言葉でもなかった。だが、火渡の言葉は毒島に居場所を与えてくれたのである。
その任務も、瞬殺で終わることとなった。毒島の毒がホムンクルスの自由を奪い、火渡の炎が全てを焼き尽くし、終わる。最凶の名を望む限り享受できる組み合わせが生まれ瞬間だろう。

毒島にとって、火渡は単なる不条理じゃあなかった。不条理と一体化しているように見えるが、実際は不条理すらをも糧にして焼き尽くす、そんな存在が火渡赤馬。不条理で不条理をねじ伏せるとは、つまりそういうことなのだと毒島は思う。
火渡は、毒島の不条理な武装錬金すらも焼き尽くしてくれる。
火渡は、毒島の武装錬金と戦ってくれる、
火渡は、毒島の毒すらも呑み込んでと一つになり戦ってくれる。
火渡だけは、毒島と共に戦う戦士でいてくれた。そんな存在が居てくれるとは思っていなかった。作戦も計画もあったものじゃない、いつだって不条理極まりない。それでも、彼女が戦う時は、火渡も戦う時だった。それは一方通行の一心同体かもしれない。それでも彼女の居場所は火渡のところにあった。

だから呪いもしただろう。
火渡戦士長とキャプテン・ブラボーの死合いを止められなかったことを。
火渡戦士長が居なければ何もできない自分なのに、大切な時に火渡戦士長の力になってあげられなかったことを。
実はあの時、確実な蒸発しか待っていなかったキャプテン・ブラボーを救ったのは大戦士長の武装錬金だけではなかった。バスターバロンの肩には彼女がいて、キャプテン・ブラボーの周囲にある気体を変化させていたのである。少しでもキャプテン・ブラボーの救いとなるように、そして火渡戦士長の心に新しい傷を刻み付けないために、と。
それでも、彼女は無力を噛みしめた。ヴィクター戦では、大戦士長の判断で、メンバーから外され、ただ眺めているだけに終わったのだから。

いつも彼女は見ているだけだった、彼女はいつも戦っていなかった。
そしてそ気づく瞬間があった。それがあの夜、武藤カズキの決断。
彼女は幼い胸にひとつの決断を下す。火渡戦士長は、自分が助け出す、と。
それが彼女にとっての錬金の戦士。


毒島は覚悟を決めて、仮面を脱ぐ。
「私も、ニュートンアップル女学院へ向かわせてください」
顔は真っ赤だが、眼は泳いでいなかった。手をぎゅっと握り締めて、小さく震えている。唇を噛み締めて、少しうつむいて。それでも震えた声に言葉に仕草に迷いは一切感じられなかった。眼には炎が宿っていた。
「…どうする?」
戦部が問う。剛太が応える。それは戦部の問いに、ではない。毒島の心意気に、だ。
「行くぞ」
静かに戦士たちを引き連れて、剛太はムーンフェイスのアジト捜索に向かい歩を進める。そしてざま立ち尽くす毒島とのすれ違い様に肩を叩き、冷たい声で言葉を吐いた。
「ケータイは返したよな。戦士・千歳とはそれで連絡を取って合流してくれ」
毒島が顔を上げる。眼を、少しだけ大きく見開く。
「そっちは任せたぞ」
声に優しさはなかった。指揮官という立場が持つ、最善という言い訳に基づいた特有の冷徹な響きだけがあった。それでも。だけれども。
ここにあったのは間違いなく優しさだった。わかるだろう?これが優しさなんだ。きっと。


こうして皆の覚悟と決意は進む。こうして物語は確実に終わりへ向けて進む、はずだった。
だがここで、ここに来て、誰も予想できなかっただろう必然が訪れる。



二人の戦士が信じられない、といった表情で破壊された天井部と空を見上げることになるニュートンアップル女学院、礼拝堂。これはその始まり。
同日夕方。二体のホムンクルスがそこで対峙していた。
「むーん、キミから私に声をかけるなんて珍しいね」
「フン。好きでかけてるんじゃないわ。ただ、あなたも自分の核鉄を取り戻したようだし、貸していた核鉄を返してもらおうと思ってね」
ヴィクトリアが返却を要求するナンバーXXの核鉄。元はヴィクトリアが火渡から入手した核鉄。
「キミが地下に閉じ込めている男。錬金戦団の戦士長なんだってね。なんだってそんな男を生かしておくんだい?」
「話をそらさないで。あなたには関係のない話よ」
そう言いながらヴィクトリアはママの味を口にする。「食べる?」とは聞いてやらない。こんなヤツなんかにママの味はやらない。
そのママの味が、ぽろりと落ちた。正確にはママの味を持った腕ごと、ぽろりと落ちた。
「月牙の武装錬金、サテライト30」
ムーンフェイスがポーズをとりながら勝ち誇る。そんなお月様に一瞥もせず、ヴィクトリアは腕を拾い上げながら静かに距離をとる。武装錬金でやられた傷は治りが遅い。早期回復には人食いが一番だ。仕方なくヴィクトリアはママの味を拾い食いをした。
「…なんのつもり?」
「それはこちらの台詞だよ、ヴィクトリア・パワード。地下にいる彼は私をコロスために生かしているんだろう?もしも私が核鉄を返したら、その核鉄をそのまま彼に返して、私と殺し合いをさせるつもりだったんじゃないのかな」
月がいつもの横顔でニヤリと笑った、まるで月は何でもお見通しとでも言いたげに。
看破。
読み違えた、違う。油断した、違う。甘く見ていた、違う!
百年分の引きこもりには、相手の心を読むという能力が成長できなかっただけ。
月の引力は全てを狂わせる。狂乱する波はただ踊らされる愚か者の象徴のように、さざめく。その影響は、他の誰でもない、ヴィクトリアの身に降りかかることになった。
月が、暴走をはじめようとしていて、少女は自分がちっぽけな存在だということを、改めて思い知ることになるか。
いつだって井の中の蛙は空を見上げている。敵が空からやってくるからだ。そして夜空でひときわ大きく輝く敵は、言うまでもなく月。
「W武装錬金。サテライト30アナザータイプ」
W武装錬金合わせて月が60体現れる。
ヴィクトリアの武装錬金は避難壕。すでにニュートンアップル女学院の隅々まで展開してある。だが、その範囲は無限というわけではない。また、決して戦闘に向いた武装錬金でもない。ましてや敵は凶大な月なんだ。ましてや!
大嫌いな死の匂いが漂い始め、ヴィクトリアの戦いが幕を上げようとしていた。
それでも簡単に死んでやるつもりは、毛頭無い。
生きていくんだから。生きてやるんだから!
轟音が、開戦の合図。


夜。
ニュートンアップル女学院礼拝堂。
二人の戦士が信じられない、といった表情で破壊された天井部と空を見上げていた。
戦士・毒島と戦士・円山。そして御前様も宙を舞う、そのさらに上空。
このとき、合流した戦士・千歳は別行動で女学院内部を探索していた。ヘルメス・ドライブを使えば御前様がなくとも容易に連絡が取れるからこその単独行動。
今、毒島たち戦士の目の前で繰り広げられていたのは戦いだった。それも、ホムンクルス同士が繰り広げる、人間の限界を超えた戦い。
物語は確実に終わりへ向けて進むはずだった。
それがここに来て、誰も予想できなかった必然にたどり着く。
終わりの幕開けを告げた戦いは、一人の少女の敗北から始まるんだ。








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最終更新:2009年12月13日 16:34
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