第21話

錬金の戦士は胎動をしない。



第21話 戦士の胎動



サンジェルマン病院。ホムンクルスと化した真希士が破壊した壁やエレベーターを眺めながら、ブラボーが歯を食いしばっていた。
剣持真希士。かつて、ブラボーと同じ任務を受けてこの銀成市へやってきたかつての部下。この「かつての」という言葉がブラボーにとって、とても重い響きを持つ。そう、今はかつて「部下」だった存在の現実。死を撒き散らす、ホムンクルスというモンスターに姿を変えてしまった戦友。また、殺さなければいけないのか。それとも、かつての部下が殺されようとしているのを、ただ眺めていなければいけないのか?
いや違う。それさえもできないことが彼には悔しくてならないのだ。見ていることすら許されないのが現実の刃。貫き通す信念が心を串刺しにする。
戦えない戦士に戦士としての価値はない。守れなければ、守る力がなければ、防人の信念は貫き通せない。ブラボーにとっての問題は、「どうするか」ではなかった。ただ、「する」力がなかっただけ。
断たれてしまった戦士としての生命。
ブラボーは、命を割り切ることのできる戦士だった。そんなブラボーだからこそ、あの日あの時自身が発した言葉が深くのしかかる。
部下殺しの罪人防人衛として、自分自身に始末をつける。
ならば、もし体が自在に動いたら、彼はどうするのか。どうするべきなのか。あの時ブラボーは、自信に始末をつけた「その後」のことを何も考えていなかったんだと、改めて思い知らされる。今のブラボーにできることは、想い識らされること、それだけだった。
いつかは届くだろう想いがある。
苦悩する防人衛をかたわらで見つめながら、千歳はひとつの決心を固めていた。それはきっと戦う意志。戦いを諦めない信念。
「防人君、あとでまた来るわ」
お見舞いに、という言葉は使わなかった。
今は慰めの言葉なんて必要ない。大切なのは背中を押してあげること。
立ち上がりたい人間がいるのなら支えてあげよう、肩を貸してあげよう。
一人の肩が足りないなら、他の人にも協力を仰ごう。
でも、今はまだ、その時ではない。
今は防人の傍にいても意味はないから、せめて彼の仲間、彼が守りたかった子供たちの楯になろうと思う。決意を胸に秘め、千歳はヘルメスドライブを発動させた。
きっとブラボーは必ず追いついてくれる。
だって閉幕にブラボーの言葉は欠かせないだろう?



立ち上がらなければ、失踪はできない。病院を抜け出した津村斗貴子。
「行き先はやはり・・・か。どうする?中村?」
秋水が剛太に対し、極めてシンプルな言葉で指示を仰ぐ。ニュートンアップル女学院。ホムンクルス・ヴィクトリア=パワードから直々のご招待だ。行かない理由こそ探すがある誘い。戦士ならば、当然揺さぶられるだろう招き。
「そんなもん考えるまでもねーだろ。ニュートンアップル女学院へ俺たちも殴りこむんだよ」
それは早い者勝ちの再殺部隊らしい思考だろう。血気盛んに犬飼が吠えた。そして円山も犬飼に同調する。
「火渡戦士長の救出が俺たちの任務なんだから、本当ならこんなところで愚図愚図している暇はないのだしね。」
それでも、言いつつ剛太の指示を待つあたり、再殺部隊の面々が剛太を認めている証であろうか。そして、火渡が簡単には死ぬはずがないという信頼の証に間違いもない。
彼らの任務は一刻も早く火渡を救出することではなかった。確実に、生還させることなのである。必然は迅速な行動と力強い意志か。
「ゴーチン、ツムリンが何か早まる前に急がねーと!」
御前様が剛太に決断を促す。そうしてやっと、沈黙を保っていた剛太が口を開いた。
「…いや。二手に分かれよう」
剛太は判断を誤らなかった。ゆっくりと剛太は理解を直観する。今が転機。
その判断が最善にして最高かどうかは、これからごろうじてみればいい。


物語を揺さぶる色々な舞台裏が発覚した。ヴィクトリアの暗躍とムーンフェイスの真実のかけら。剣持真希士の新しい命。複雑に絡み合ってあって織りなす絶望。
後手後手が続いてきたことに違いはないだろう。事態が悪くなり続ける中で、それに対応するのが精一杯だったことを責める者もいないだろう。
だが、それで何が変わった?お前に誰が救えた?待っていては何も始まらないということにいつになったら気づけた!?
剛太の中で、一つ一つ歯車が噛み合っていく。そうして剛太は、覚悟色の声でそれぞれへの指示を言葉にした。
「二手に分かれる。片方はニュートンアップル女学院…」
「…まさか、残りのメンバーで津村さんを追いかける?」
犬飼がいれば追跡ができる。桜花が、思ったまさかをまさかと思って確認した。一刻も早く追いついて探し出しての保護。それは、今の剛太がすぐにでも実行に移したいことだろう。それは、今優先すべきではないことだが、ありえないことではない。
「心配するな。オレは、そしてきっと先輩は大丈夫だよ」
剛太がいつもの自虐を含んだ笑みで顔を上げる。本当なら今すぐにでも斗貴子先輩のもとへ駆けつけたいのに、剛太はそれを責任や意地やいろんな言い訳を使って押しつぶしていた。何が正しいかなんてわからない。剛太が無理をしていることは明らかだ。それでも、弱音を我慢している人間に無理やり弱音を吐かせる必要はない、だからきっと、今はまだ。
すぐに桜花も剛太の本心を見破ったが、これ以上は何も言わなかった。何も言わなかったけど、心配も止めなかった。ああ、それはなんとも優しい判断だろうか。
剛太は重い空気をどかすように顔をあげて胸を張り、話を元に戻す。
「残りのメンバーには、手分けして探してもらいたい場所がある。…パピヨンの場所、いや正確には、パピヨンが使いそうな秘密ラボを探してほしいんだ」
パピヨンに因縁がある戦部がピクリと反応した。
「どういうことだ?」
「…なるほど。ムーンフェイス、か」
秋水が口を挟む。
考えてみればわかる。確かに、ニュートンアップル女学院には剣持真希士のようなホムンクルスを研究できるような設備がない。ヴィクトリアが自分と母の使用していた思い出をムーンフェイスに触らせることも、まず考えられない。
「ムーンフェイスはきっと、別にアジトを作っているはずだ。もしそのムーンフェイスのアジトが解れば、陽動ができる。まだムーンフェイスは斃せなくてもいい。火渡戦士長救出が先決だ」
全戦士中最も高い攻撃力を持つと評される火渡戦士長、彼がいればムーンフェイスもきっと斃せるはず。最優先すべきは、火渡戦士長の生還、それできっと未来は拓けるから。
剛太の意図を理解し、一同の闘志は表情として浮かび上がる。
「それで本当にいいんですね?」
桜花が立った一言に全てを込めて問いただす。
剛太はいつもの悲しげな顔に影を深めて、それでもふっと笑う。ため息を溜めたまま、思いを吐き出すこともせず、ただ息だけを零す。それはまるで、涙のよう。
「きっと先輩は先輩の戦いに決着をつけるために病院を抜け出したんだ。きっとその決着に俺達は必要ないんだろう」
でも自分たちが自分たちの戦いを貫けば、それはきっと先輩の戦いの助けになるはずだ。今は、そう信じよう。剛太は今こそ自分の戦いに覚悟を決意として固めた様だった。いずれ斗貴子の無理を見てられなくなる日は来るのだが、それでも今はまだ。
少年は本当の意味で戦士になろうとしていた。確実に一歩一歩戦士へ向けた成長を。
「指示の続きを、中村」
秋水が二手に分かれるチーム配分の発表を剛太に促す。
戦士たちは決戦に向けて再び動き始めた。



この世界は赤子のように希望と未来で満ちている。
そしてきっとその先には絶望と過去が待ちうけているのだろう。
それでも、過去にとらわれて、見捨ててはいけない世界がある。
これから生まれる物語がどうか希望でありますように。
そう願いを込めて、今はただ待とう。
希望が息吹くその時を。
空を見上げて。

錬金の戦士は胎動なんてしない。
信念の生まれた者が錬金の戦士ゆえに。
生まれたその信念が死を孕まないために、絶望にしがみついてはいけない。
希望に立ち向かおう。ただホシアカリに向かって進めばそれでいい。
先に待つのが災厄の月だとしても、いつかきっと空は晴れ渡るから。

全ての過去に決着をつけるため、未来を願い戦士たちが立ち上がる。
伝えたい、「ありがとう」の言葉を胸に秘めて。

斃すべき敵は自身に潜む絶望か、自分自身か。
絶望的に青い空は、未来は本当に希望なのだろうか。








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最終更新:2009年12月13日 16:33
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