第20話

それでももう少しだけそんな苦しみを綴ろう。



第20話 仮面の心、心の仮面



戦いの夜は終わった。
結果のみを語ってしまえば、核鉄を3つ強奪された。
そんな一行分でカタがつく戦いの夜のあらすじ。シナリオブック。
だが、それでも。

まだ何も終わっていない。


父が月へ消えてから、いったいどれだけ経っただろう。
ひとつきにすら満たぬ日々がこれほどまでに長く感じるとは、ヴィクトリア自身驚きだった。彼女にとって長い日々とは、百年とかそういうのを指す言葉のはずだったのだから、それも当然かもしれない。
「…フン」
少女の母たるアレキサンドリアはホムンクルスではなかった。技術を駆使しどれだけ頑張って生を永らえようとも、いずれは必ず死ぬ運命だった。それは殺されなければ死なないヴィクトリアとは、まったく違う世界。
だが少女の父たるヴィクターは、その死すらも超越してしまった。殺した程度じゃ死なない世界に、彼はいってしまったのだ。
そう。そこに潜むは、ヴィクトリアにとって、もっとも悲しい現実。
殺しても死なない父は、いつか死ぬ母とはもう再会できない。そんな現実。何よりも重い。辛い。見ていられない。これが憎むべき錬金術の生んだ、不幸だ。
ヴィクトリアが望んでいたのは、ヴィクターの死だったのかもしれなかった。
死ぬこともできない父に死を与える為の存在、それが白い核鉄だったのかもしれなかった。
そうすれば、いつかまた、母は父と再会できるのだから。
いずれ母と娘が生と死によって分かたれることは知れていた。
だからこそその前に。せめてもの絶望をひた隠し、母と共に白い核鉄を作り上げたのだ。

そして生と死、二つの世界に母と娘は分かたれた終焉の夜。

ねえヴィクトリア。
もし、パパに会えたら伝えて。ママは、いつまでも、パパのこと、愛していたって。
それは、母と交わした約束だ。そしてもうひとつ。
もしママの方がパパに会えたら、その時は伝えて。私は独りでも、生きていけるって。

今となっては、その約束さえも永遠に果たされないかもしれない現実。
ムトウカズキに与えた選択肢は二つのハズだった。つまり、ヴィクターを殺して人間になるか、もしくは自らを殺してヴィクターを救うか。
そのどちらに転んでも、母か娘のどちらかは父に再会し、そして家族の絆は再び結ばれる、そのハズだった。ヴィクター化したムトウカズキなら、父を殺せる。少女は白い核鉄と共に、父の死をムトウカズキに託したはずだった。だけど、それが、一体、どこで狂ってしまったのだろうか。
父は今この惑星にはいない。違う世界で今も生きている。生も死もない世界へ、ムトウカズキは父を連れて行ってしまったのだ。残酷な選択が生んだ大きな悲しみ。

約束は出会わなければ果たせない。
もしも出会わなければ、父に何も伝えられない。母も月へ消えた父とは会えない。
家族は今、完全に散り散りになってしまったのだ。
…これだから、錬金術というヤツはよくない。
「…選択、か」
選択は何のためにするのだろう。決まっている、ものごとに決着をつけるためだ。
だったら、ヴィクトリアにとっての決着とはなんだろう。
父と再会することか?幸せだった日常を取り戻すことか?
違う、それはきっと決着なんかじゃない。願いだ、叶わなかった過去の希望だ。
ヴィクトリアにあったのは絶望だった。
ヴィクトリアにとって決着をつけねばならぬ対象は、この絶望だった。

それはどこか無意識の行動だったのかもしれない。死を振り撒くホムンクルスとして、水面に浮かぶ月と手を組み戦争を起こしたヴィクトリアに、迷いは一切なかった。いや、違う。考える必要がなかっただけか。
ヴィクトリアが自身の絶望と決着をつけるために選んだ道が、この戦争。
この世界には、彼女と同じ絶望を抱えた一人の少女がいる。ツムラトキコ。ヴィクトリアは、ツムラトキコを通して全てに決着をつけようと望んでいた。
この先に待つのが、錬金戦団によるホムンクルスの駆逐でもいい。逆にホムンクルスによる世界でもいい。大切なのは、全ての絶望との決着だから。
顔を上げて、独りで生きていくために。もう振り返らないために。
だから一度、彼女とは話がしたかった。次に出会ったときはきっと戦いが待つのだろう。
準備段階は先日の病院で全て終了していた。残された決戦の日が、刻一刻と迫るだけ。
だが、既に破滅を呼ぶ種は撒かれていた。


その始まりを知ったとき、早坂姉弟や剛太は不覚にも立ち尽くすことしかできなかった。
「…荷物の類は残っている、か」
根来が姿を晒し、立ち尽くす剛太たちに声をかける。
「毒島と犬飼なら、追跡や待ち伏せが可能だ。どうする?」
「……お願い、します」
考えるまでもない根来の問いかけに対して、沈黙する剛太に代わって桜花が対応する。
「行き先は、ニュートンアップル女学院かしらね、やっぱり」
円山が独り言のように、確認の言葉を吐く。
彼らの視線の先には、主を失った病室があった。
窓の外には学校やオバケ工場のある山が見える、病室。
「ちくしょぅっ」
剛太が吐き捨てる。
さよならの言葉は残さず、津村斗貴子は病院からその姿を消していた。
彼女の中の「戦士」が、再び目覚めようともがいていたのだ。
カズキが命を懸けて守ったこの世界。
カズキにしてあげることの答え、まだ見つかってはいない。
それでも。
少なくとも、立ち止まったり泣いたり何もしなかったりはもうおしまいだ。
そう、心に決めて。
仮面をかぶれば立ち上がれるというのならば、そうしよう。


全ては太陽が再び昇るまでの、夜が明けるまでの物語。
今、全てが再び動き出す。

誰の刃もまだ折れてはいないのだから。






何も知らない人たちがいた。
ただ待つ日々を、皆が俯き黙り込む日々を過ごしていた。
言わずとも知れる、武藤カズキの仲間たちだ。
特に武藤まひろは、彼女だけの秘密に苦しんでいた。

あの日、カズキはまひろに言った。
「今度は少し、長いお別れになるけど、必ず帰ってくるから心配するな」
そして、「みんなに、よろしくな」とも彼は残した。
だから彼女は伝えたのである、兄の友達に皆を心配させないために、言葉を。
「今度は少し、長い任務になるけど」って。
別れの言葉は伝えなかった。だから彼女だけが抱え込む。
あの光が月へと飛んだ兄との、“お別れ”を。その儀式を。

武藤まひろと津村斗貴子はあの祭りの日以来会っていない。
ただ待つばかりの家族、友達。そんなまひろ達に、真実を伝える者はいなかった。
桜花も、秋水も、そしてブラボーも誰一人として、武藤カズキが背負った全てを語りはしなかった。
ていうか、伝えるわけがないだろうがブラボーが!
善だろうが悪だろうが信念を貫き通すと決めたブラボーが、カズキの事を諦めたかのように、子供達に「せめてもと」真実を伝えるわけがないだろうが!!
そんなことをして何になる?ムトウカズキを諦めろとでも言いたいのか?
違うだろう!みんなが苦しんだり悲しんだりさせないためにカズキは戦士になったんだ!
その信念を知っているブラボーが!心から子供たちのことを優しく思っているブラボーが!そんな悲しみ苦しみを生むだけの真実を伝えたりするわけがないだろう!そんなのはブラボーだからこそありえないんだよ!!!

話すなら喜んで聞くけどね。
それでも岡倉も大浜も六舛もちーちんもさーちゃんも。
誰一人、真実を聞こうとはしなかった。
でも聞いたところで、俺達がどうこう出来るコトじゃなさそうだし。

そうして彼らは無力さを噛み締める。
ただ信じて待つことしか出来ない無力さを。
約束を信じて待つことしか出来ない無力さを。

でも、無力だからというのは戦わない言い訳にはならない。
今、彼らは誰よりも辛い戦いをしていた。
信じて待つということ。
それはきっと、何よりも辛い戦いだ。

彼らも武藤カズキを諦めることは無かった。
ただ、信じて待っていた。
必ず帰ってくるという約束を。
そして、武藤カズキを。友達を。先輩を。お兄ちゃんを。
諦めなかった。
彼らもまた、戦っていたんだ。いつも。ずっと。これまでも。そしてこの時も!


苦しい戦いを知る者は多く、苦しんでいない者は少ない。
それでももう少しだけそんな苦しみを綴ろう。





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最終更新:2009年12月13日 16:33
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