第15話

嗚呼。
戦いは血みどろだった。


第15話 Crimson MONSTER


目の前のバケモノの真名を知ったところで、状況は何も変わらなかった。
圧倒的劣勢。剛太も秋水も桜花も。それに御前様だって入れてもいい。全員が全員、病院という場所にふさわしい色を身にまとっていた。気が遠くなろうとしていた。血の赤よ、どうして無機質なコンクリートにも映えるのか。
「…このままじゃ、不味いな…ッ」
秋水が吐き捨てた言葉は、この場にいる誰もが思っていたことであった。
人間型ホムンクルスの真の力は武装錬金を人間同様に操れること。遥かに人を超えた超常の圧力を振るう存在に対峙する為には、百戦錬磨が技が前提条件となろう。故に錬金の戦士は過酷な訓練による練磨を要するのである。
だがたとえ人間が強くなれるだけ強くなれたとしても、だ。既に存在だけであらゆる生命器官が人を遥かに超越するホムンクルスがかつて既に技を極限まで磨き上げていた戦士だったならば、という現実。その高み、いったいどうすればその強さに届くと言うのであろうか。
立ちふさがる化物のアドバンテージ、強化要素は三点。熟練の戦士×ホムンクルス化×筋力強化の特性。勝機はいったいどこにあるか、ひねりつぶされないようにするのが精一杯のこの状況下でっ。
敗因ばかりが強く輝く。この道はどこのまで続くのか。敗北以外の分かれ道は、どこにもないような気すらしてくる。それでも、秋水が死力を絞り立ち上がる。まだ負けていない、と。だから声を、振り絞る!
「援護を頼む、姉さん。それに中村もだ」
秋水はここで立ち上がらないわけにはいかない理由があった。今がまさに自分との戦いだと言わんばかりに、彼が挑んだのはまさに極限、その境界線。負けてたまるか。彼が勝ちたいのは他の誰でもない、自分自身!
「援護って言ったって、俺たちの武装錬金じゃパワー不足だぞ」
「確かにあの西洋剣の前では力が足りないだろう。だから、狙うべきはヤツの本体だ」
秋水の着眼は、武装錬金の大前提にあった。つまりホムンクルスにダメージを与えられるのは武装錬金だけというルール。つまり、武装錬金なら相手がどんなホムンクルスであれ、ダメージを与えられるということ。
秋水が既に前しか見ていないのを理解した剛太がモーターギアを構えながら呟いた。
「…っ。何を考えてるのか聞いてる時間もないみたいだけどよ、これだけは言っとくぞ。無駄死にだけはするな。…もう犠牲者気取りの野郎を見るのはたくさんだからなっ」
その言葉に返事をする声はない。代わりに決意の合図、怒号が重なって轟いた。
「行くぞっ!!!」
「御前様、射って!!!」
当然として、放たれた闇雲の矢は届かないっ!三本腕のホムンクルスが剣を振るうたび、周囲の壁たちに矢の痕跡が増える!これぞまさに圧倒的に相応しい絶技。それでいい!!
「モーターギア、射出!!!」
直線の軌道を描く桜花の矢の隙間を縫うように、曲線の軌道でモーターギアが回天を魅せる!しかし刹那というべき点の瞬間を見極められ、剣界の障壁に叩き落とされる。
それこそ望むところの狙い通り!モーターギアの弾かれた先に待ち構えていた戦士が秋水!!弾き飛ばされたモーターギアは、秋水の足元で未だ回天を止めない!!
「中村!!オレをヤツの背後まで運べ!」
いざ、ここでスカイウォーカーモード!!剛太の力を借りて、秋水は三本腕の背後を目指す!!真っ向勝負からの変則的奇襲!
だが、背後をとるという行為は、全方位を制する三本腕の間合いの前に、さほどの意味すら成さないだろう。故に当然真希士は背後の秋水に難なく対応するっ。真希士の高速剣によって秋水が受け、弾き飛ばされると同時に、剛太はモーターギアを引き寄せることに成功する。
不利が有利になったわけではない。だが!
「これでどうだ、三点包囲網だ!」
御前様が叫ぶ!敵の腕は三本でも、剣は一本だ。これならいける!三人が一層緊張感を弾き飛ばした。間合いを包んで呑み込め、チームワーク。前方左右から剛太と桜花による一斉射撃と、敵の巨躯そのものを盾とした秋水による背後から渾身の斬撃!!一斉同時攻撃の開始!!!
それでもこの裂帛の空気に怯むことなくホムンクルス咆哮っ!
「グオォオオオオオオオオオォォお!!!」
ホムンクルスの動きに迷いは無かった。まず自身本来に備わるの二本の腕で西洋剣を構え、剛太と桜花の一斉放射を完全に弾き防ぐ!!さらに背中から生えた武装錬金・ドミネント・マスターアーム!直に秋水の斬撃を止める構えッ!これぞ身に染み付いた経験がもたらした一瞬にして的確な判断というものだった。
武装錬金の腕、その破壊力は言うまでもなく!まずいぞ、このままでは凌がれてしまう!!

腕が吹き飛んだ。
誰の腕か。
バケモノの腕だ。
いったい何が起こったと言うのだろうか。
もちろん逆胴だ。

逆胴の定義、つまり眼鏡の彼の説明を思い出してもらいたい。“①左胴は本来なら侍の大小二本差しが邪魔して斬っても致命傷にはなりにくい箇所。②現代剣道に於いてもその辺を考慮に入れて最も判定が厳しく一本が取りにくくなっている。③けど裏返せば相手が最も油断していて上段者にとっては絶好の狙い場所にもなり得るとか。”
当然、これらはあくまで相手が侍だった場合の話である。目の前の敵はサムライではなく、背中に腕を生やしたバケモノだ。しかし、だからこそ求められたのは、①②を踏まえた③の定義であった。
立ち塞がる背中から生えた腕は、堅く武装錬金で覆われて守られている、――と言うよりも武装錬金そのもの。それはまさに強固な篭手とも言えるだろう。
ならば、それが何と置き換えて考えられるか、ということ。
この剣持真希士というホムンクルスにとって、狙うべき「逆胴」とは左胴ではなかったのだから。背中から腕の生えた化物、つまり背中の腕こそが即ち体部を守る鞘の防御、斬っても致命傷にはなりにくい箇所なのである。だが実際そこには所詮技も何もない、ただの硬い物質なのだ。そこには秋水の「逆胴」の速度をいなせる技巧もなにも存在はしていない
さらに言えば、あくまでも武装錬金による腕だ。ドミネント・マスターアームの特性により強化される筋力は存在しない。その背中の腕、何と置き換えることができるだろうか。答えは言うまでもなく、サムライの二本差し。
秋水が放ったのは完全なる「逆胴」であった。見事なまでに、一本。ならば逆胴の威力を思い知る時間。腕が飛んだのは結果論に過ぎない。肝心要は、腕が飛ぶほど完全にして究極の斬撃が放たれたということ。
「やった秋水!!!さすがだぜっ!!」
御前様も大喜ぶ。そして勢いも増して、さらなる矢を祝砲のように畳み掛ける。
だが。その瞬間、空気が割れた。
「がアァああァあわアアあああアァアァアアアアあああああああああ!!!!!」
突如、“ホムンクルス・剣持”の様子が変貌する。それは本当に、突然の出来事。作為すら感じるほどに、唐突な不可解。

空気が変わった。その変化に希望はあるか。
全身に矢を受け、それでも仁王立ちをしていた目の前のモンスター。真っ赤に血に染まった化物の目に光が戻っていく。
御前様、それを見て思わず手を止めてしまった。
「…なんだ?…様子がおかしいぞ?」
「姉さんっ、手を止めるなっ。」
秋水が叫ぶ。まるで目の前で起きている変化そのものを見て見ぬ振りするかのようだ。
「…いや、待てっ。なんだかさっきと、根本的に違うぞ…」
剛太がさらに秋水を止める。剛太は目の前の状況を把握しようと必死に観察していた。なんだ、この変化は。まるで人間からヴィクターのよう。…いや違う、この違和感は人間とホムンクルスの違いか?
目の前のモンスターは血を流しながら徐々にその顔をあげた。そして、ついにはその口をゆっくりと開く動きをみせる。
「っ!?」
全員思わず息を呑んだ。何が起こるのか。口から光閃を放ったとしても、誰一人驚きはしないほどの豹変と違和感。だが、そのあとにバケモノが行った行為は、ごく普通の行為であった。―――ただし、その普通という定義は、もしも彼が人間だったのならばのみに当てはまる。
「………キサマラ、ハ何者、……だ…っ」
「喋ったッ!?」
真希士の言葉に、思わず御前様がマヌケた声をあげた。ある意味当然のことなのだが、桜花も御前様と同じ気持ちに支配されていたのだろう。
喋った。先ほどまでは理性の欠片も感じられなかった目の前の血まみれたバケモノが、突然雰囲気を変え、さらには言葉を発したのだ。それは、心ある敵を望まぬ心ある戦士達にとって、望まぬ敵の最たる存在。
「ココは一体、オレは一体…。これは一体どういうことだ!!」
それは本当に小さな変化。目の前のバケモノが、ただ喋っただけ。ただそれだけである。だが、それがいけない。
なぜならここにいる三人は、すでにこのバケモノの素性を知ってしまっているから。―――彼をホムンクルスにしたのは間違いなくムーンフェイスだろう。それでも、理性の吹き飛んだバケモノならまだ我慢できた、斃そうという意志を固められた。それが目の前のバケモノは今、言葉を発してしまった。ただそれだけが、子供たちの心に大きく波紋を呼ぶ!
言葉を発するバケモノという存在を、みんな知っていたから。武藤カズキだったり、ヴィクターだったり、それにヴィクトリアたちホムンクルスを入れてもいい。事情があってバケモノに「させられた」人たちを、彼らは知っていたから。いや、目の前の剣持真希士というホムンクルスだってきっと“そう”だと確信できる。なぜって、望んでバケモノになるような戦士が、絶対不利な二日にも渡る死のマラソンマッチなどするものか!?

それは本当に小さな変化。目の前のバケモノが、ただ喋っただけ。ただそれだけ。それだけのことが、たったそれだけのことがどうしようもなく辛い。
理解はしている。一度ムーンフェイスによって殺され、ムーンフェイスの手によって甦った彼の命は在ってはならない。もう一度殺して元に戻すべき。それでいいわけがあるのかよ!と、理解はしている!
だが、それで実際何ができる!?何をどうすればいい!!?

バケモノだからと有無を言わさず殺してしまうことが救いにつながるというのなら、武藤カズキを再殺しようとした戦団の行いだって、きっと正しいということになるだろう。
いけない。いけないっ。どうしても希望を探してしまうっ。誰も苦しまずに済むなんて、そんな偽善者じみたやり方を探してしまう!そんな、武藤カズキじゃあるまいしッ。
だけど。
だから殺すのか?「敵は殺す」のが当たり前だとでもいうつもりか?
だったら、みんな当たり前にバケモノになってしまうぞ。
殺されて当たり前のバケモノになってしまう。
全身を血で汚した、バケモノになってしまう。
戦士にとって敗北は即ち死、弱い者から消えていくのは至極当然。怒ってなどいない。
だけど、悲しくなるだろう、泣きたくなるだろう!泣く人がいるだろう!

それは本当に小さな変化であった。目の前のバケモノが、ただ喋っただけ。ただそれだけ。
それだけのことが、たったそれだけのことがどうしようもなく辛い。
一度ムーンフェイスによって殺され、ムーンフェイスの手によって甦った彼の命は在ってはならない。もう一度殺して元に戻すべき。
それでいいわけがあるのかよ!!!!!!!

昔、彼が言っていたね。畳み掛けるように言っていたよね。
“命の〝取捨選択″なんてオレには無理!拾える命は全部拾う!”
“オレの命だってあの最初の夜―――――。あの夜斗貴子さんが簡単にオレの命を切り捨てないで、希少な核鉄を使ってまで拾ってくれたから…助けてくれたから。オレはまひろや六舛達と死に別れずに済んだ。そして斗貴子さんと出会えた。新しく開けた世界は、死と隣り合わせの闘いの世界だけど、踏ん張る甲斐はあるとオレは思ってる。”
そう言っていたね。
“だから簡単に、命を切り捨てちゃダメなんだ。”
言っていたけど、たったそれだけのことのハズなのに、どうしてこんなにも難しいのだろう。このまま、血で汚れたバケモノに堕ちるしかないのか。
最初に行動を決めて一歩踏み出したのは桜花だった。
「剣持、真希士さんですね」
桜花が口を開く。閉ざされた剣持真希士の扉を開こうとする決意を込めて。
「我々は、錬金戦団の手のものです」

たとえどんな妥協や解決策があったとしても、だ。
世界が自然に優しい方向へ転がるほどは甘くはない。
思い知ればいいだろう。血に堕ちるという意味を。生きとし生ける命の意味を。
死の暗黒と闘争の闇を、血を浴びて汚れてでも理解せよ。






錬金術がそんな簡単に、みんなを幸せにすると思う?
だれも苦しんだり悲しんだりしないなんて、そんなの簡単にできるわけがない!!

でもきっと。だからこそ価値はうまれる。





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最終更新:2010年06月13日 14:52
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