第14話

存在変換成り果てて、決めたチェックが理詰めにひれ伏す死があった。


第14話 FADE TO EATER


「…っ畜生ッ」
剛太にとって目の前にいるホムンクルスの強さは理解外と言って良かった。剛太自身が、戦士としてホムンクルスと戦った経験不足が故の未知との遭遇。戦闘開始から100の刹那を数える前には既に異常な絶対劣勢に陥る危機直面。相性が悪い、なんてものではない。剛太には、全てが強すぎる早すぎて重すぎる!!
あっさりと剛太は廊下の角に追い詰められた。そして兇剣迫る来る!!!
「っエンゼル様射って!!」
走馬灯が脳裏を照らす前に兇剣のホムンクルスに対して放たれた援護射撃。ここで早坂姉弟が参戦だった。
これで状況が少し変わる、しかしそのことが、目の前の強敵への勝機につながるかは別の話なのである。なぜなら、目の前の敵は、数の利を生かせる相手ではなかったから。
これから、その“理由”が戦士達に障壁として立ちふさがる。

「西洋剣、ね。でもあの腕はいったい…?」
剛太を追い詰めていた“三本腕”のホムンクルスの異形を目の当たりにした桜花が呟いた。化物らしく背中から生えたその腕には巨大な西洋剣が握り締める姿、異形そのものか。
それは恐らく戦い慣れぬ人には想像の至らぬ領域を侵す死因だった。三本腕があれば一体どんな戦いが可能になるというのだろうかという絶望すら及ばぬ“読めない”相手との殺劇を演じた時に必然となる命の価値の大暴落。人が簡単に死ぬということ。
秋水がまるで仲間を落ち着かせるように呟いた。
「剣術でも“二刀流が一刀の技に勝るとは限らない”。それは二本の腕で握った剣の力強さは、片手のそれに勝るからだ」
「つまり、どういうこと?」
秋水の返答に質問を重ねたのは桜花。秋水、姉に応えて。
「三本腕で握られた刀は両腕のそれに勝る力強さを持つ、ということだ。もちろん、あの三本腕の恐ろしさはそんなに簡単な話にとどまらないが…」
古今東西の剣術は全て一本か二本の腕による世界で磨き上げられてきた。なぜならそれは、三本腕の剣豪が存在しなかったからである。だが、ここからは身をもって理解するのが一番早いだろう。だから、お話はここまで。
「…来るぞっ!!」
怒号が響く。三本腕の人型ホムンクルスの咆哮、そして戦いは再開された。

「モーターギア!スカイウォーカーモード!!!」
剛太が足にセットしたモーターギアを駆使し疾走に加速を重ねる。人型ホムンクルスの脇をすり抜けるように、フェイントを入れつつ剛太は駆け抜け、ついには背後を取った!
「喰らえッ、ナックルダスターモード!!!」
剛太の拳が腕の生えていない右肩を目掛けて繰り出される。完全に捕らえた一撃かに見えた、だが。
「…ちッ!!」
左肩から生えた腕と右手によりに握られた西洋剣。それが剛太の拳にセットされたモーターギアを受け止めていた。
「下がれ中村!ヤツに死角は存在しないっ!!!」
秋水が叫ぶ。そしてそれに同調するかのように剛太が間一髪ホムンクルスの反撃をかわした。だが、剛太の速度をもってしても、文字通りの間一髪。反応速度だけをとっても目の前にいる人型ホムンクルスの戦闘力が「圧倒的」だということを、重く理解させられる。戦士たちへのひたすらな蹂躙が始まろうとしていた。
この強さには死角の有無のみならず、単純な間合いの問題があった。腕が一本増えたということはつまり、間合いの異常拡大を意味しているのである。
片手持ちの間合い×両手持ちの間合い×三本目の腕が補う間合い。この三段階の間合いが攻撃と防御の両面において、最大限効果を発揮しあう相乗効果を絶命的と言えば、今後の展開を想像するのも容易いだろうか。
秋水の危惧する問題こそが、間合いにあった。仮に目の前のホムンクルスが体を開き、最大限の間合いを発揮する体勢で剣を振るったならば、体躯の差を考慮せずとも秋水の間合いを大きく包み込む剣界に達するのは間違いないだろう。秋水が自らの攻撃を“届かせる”ためには、敵の三本の腕が織りなす剣劇間合いの内側まで潜り込む必要があった。
せめてもの勝機は、それでも敵の剣が一本しかないことのみか。戦士たちの狙いも必然、絞り尽くされた勝機を狙い移行していた。
敵の背後を取ることを狙う剛太が作り出す防御の瞬間は、背面に剣があることを意味している。刹那程の勝機を最大限利用し、秋水は真っ向正面から敵のふところに潜り込むこんだ!
秋水による結界侵犯が如きその様子を見て御前様が喜びの声を上げる。
「もらった!!正面をとったぞっ」
中村剛太と早坂秋水。この二人の相性がいいことが幸いだった。結果論だがこの二人の場合、即席でこれだけチームワークを発揮できていたのだ。
そして。
秋水が間合いに潜り込んだ瞬間はつまり決着を意味している。なぜなら、決着がつくことを保証する純然たる理由があるのだから。
当然秋水が繰り出すは自身の最強技。つまり、逆胴。御前様が確信とともに叫んだ!
「イっけェーッ!!!!!!」
瞬殺に相応しい剣技の極致。名刀は剣士の業を侍に相伝するという、シンプルにして絶対の奥義。
斬。
逆胴。その速さの前に避けるは叶わない。もしもそんな速度での回避運動が可能ならば、そこには何かしらのエネルギーに補助があるだろう。
逆胴。その重さの前に防ぐは叶わない。もしもそんな強度での防御行為が可能ならば、そこには何かしらのエネルギーによる補助があるだろう。
ソード・サムライX。如何なる量のエネルギーも刀身から吸収し下尾から放出する。それが秋水の武装錬金が持つ特性。
これらは、組合せとしては究極に近い噛み合わせと言えた。秋水にエネルギー系の攻撃は、一切通じない。彼の前で、いかなる戦闘行為にもエネルギーを絡めてはいけないのだから。これが、逆胴が“回避も防御も出来ない”奥義たる真の所以。
逆胴という死を突き付けられた者に考え得る残された手は“肉を斬らせて骨を断つ”、覚悟の相打ちのみ。だかしかし彼のソード・サムライXは、肉も骨もまとめて斬り裂く!!!!
…そのハズだった。そうだ、そのハズだったのに。絶望とは繰り返されてこその絶望か。

―――肉も骨も断ったはずだった。だがこれは―――!?

信じがたい光景が繰り広げられる事となった。秋水が認識した絶景は、ありえないとしていた未来予想図だったのである。
まさに想像の範疇外。思考に蓋をする結論すらも弾き飛ばす現実。
西洋剣を握る三本の腕は、剣士ならば不可能であろう姿勢から瞬時に完璧な防御体勢への移行を可能にしていた。頭越しに剣側面への振りおろし、剣士ならば不可能であろう体勢による強力な防御行為を可能にしていた。
圧倒的回避運動による防御行為の実現。結果を見れば歴然!秋水は何も斬っても断ってもいなかった!それも、それだけはありえない話のはずにもかかわらず、だ!!!!
本来、核鉄を盾に使うという裏技でも使わない限り不可能である逆胴に対する防御。ここに横たわるのは、逆胴を防御もしくは回避可能な体勢へ移行するには、不自然すら超越するパワーとスピードがなければ不可能という剣撃のルールである。何かしらの超常の“エネルギー”でもない限り、逆胴は止められない。だがそれらはソード・サムライXが散らすという不条理そのものの絶対勝利。秋水の最大の強みであり決め手であった逆胴、そのはずだったのに!!!
現在秋水の目の前にあるのは防がれた斬撃という現実!秋水、予想外すぎるこの状況に硬直するも止む無し!!!
「っちくしょう、間に合え!!!」
まさに紙一重。剛太が秋水を引きずりアウェイすることで、ホムンクルスの反撃から強引に救出した。この時に剛太がいなければ、確実に秋水は死んでいた。あの日、秋水がカズキに対して見せた死の光景が如く、今度は自身の身が真っ二つになっているところだった。
剛太は秋水を抱えたままなんとか間合いを取る。
「……どういう、コトだ…。いったいなんなんだ、あの力強すぎる速さは…」
秋水、ついには動揺へと至る。それほどに完全な一手が圧倒的に防がれた心撃は大きかった。そしてさらに動揺は感染する!
「しかもアレはただ速いなんてものじゃあない。バケモノ染みているなんて次元の話でもない。あの腕は…、モーターギアよりも速いぞ!!!いったいなんなんだ、あの武装錬金はっ」
この時、秋水たちは相手のホムンクルスの武装錬金、その特性を大きく見誤っていた。つまり彼らは、敵の武装錬金を無意識の誘導のままに従って、津村斗貴子のバルキリースカートと似たような特性だと勝手に錯覚してしまっていたのである。だが結論を言ってしまえば、この西洋剣の武装錬金、名をドミネント・マスターアーム。その特性――、“筋力強化”。
逆胴を破った筋力強化という特性に、超常のエネルギーが絡む余地が一切なかったことによる必然。繰り広げられたのは純粋に刀対西洋剣の勝負。筋力対筋力。技対技。あったのは本人同士の力のみによる真っ向勝負だけ。純粋に個々の力量が試される戦いの中で、エネルギーを散らす武装錬金は、…まるで意味を持たない。
「グオォォオオオオオオオッ」
劣勢は続く。ホムンクルスが眼を見開いて咆哮を轟かせる。
バケモノが剛太と秋水を蹴散らす状況下、桜花は一歩引いた位置で眼前のホムンクルスを冷静に分析していた。その桜花が突然眼を見開いた。
「…そんな、彼はまさか………剣持、真希士……?!」
絶句しながら搾り出した言葉、それが、さらなる奈落の始まり。
「っどうした、姉さん?!」
眼前の化物の前に立ちながら、秋水が背中の桜花に尋ねる。
「…あの武装、それに…まちがい、……ない…」
自分に言い聞かすようにそう言うと、桜花はもう一度、目の前のホムンクルスを見据えた。こうして闇が、またひとつ晴れる。地獄に光が差し、地獄がまたその姿を見せる。

昔、あの少年が言った、決意の言葉を思い出そう。
みんなが安全に安心して暮らすためには今、誰かが戦わないと。
偽善者と呼ばれるのも、自分の腑甲斐なさに、辛くなるのも。
みんなが苦しんだり悲しんだりするのの代わりだと思えば、大丈夫多分耐えられると思う。
そんな言葉を、あなたは覚えているはず。

でも、だったら。
既にみんなが苦しんだり悲しんだりしているとしたらどうすればいい?
既に状況が、代わりなどいないところまで来てしまっているとしたら?
いったいどうすればいい?

これぞまさにあなたならどうしますかというテーゼの本質だろうか。
世界では、出来る事も限られている。
それでも耐えるか、もしくはそれとも耐えないか。
これから先に待っているのは、そうした地獄である。
ただひとつの救いは、月にいる彼らがこれからの物語を見ずに済むということ。
もしかすると、それだけなのかもしれない。

残酷な話だった。全ては、深く語られる機会の狂ってしまった、狂ってしまった世界で語られてしまった物語のままに。
桜花が気づいてしまった絶望的真実。変わり果てた姿。成り下がった姿。
「秋水クンも少しは話を聞いたハズ。…LXEと対峙したもう一人の錬金の戦士のコト。彼がその、ムーンフェイスが始末した錬金の戦士よ……」
目の前のホムンクルスは、かつて30の月を相手に二日間戦い続けた男の成れの果てであった。果てて死んだ戦士の成れの果て。姿形に幾つかの変化が見られたが、桜花の記憶に残っていた幾つかのデータと照らし合わせ、まず本人に間違いがなく。
ブラボーの部下として銀成市にやってきて、そして連絡が取れなくなってしまった戦士、それが今、目の前にいるホムンクルスの避けられない真実。
目の前に立つかつて戦士だった男は、人喰いのバケモノになり果ててそこにいた。その戦士の真名が、剣持真希士。ムーンフェイスが始末した錬金の戦士の真名だ。
それはもう、とてもとても、かなしいひとのものがたり。
そんな彼がなぜここにいるというのか。なぜ彼が人喰いの化物として?新しい命を得て?!病院を襲い、核鉄を奪い?!
月が高らかに笑っているような、そんな気がする。

何よりの絶望は、その“気づき”が迷いを生む以外の意味を持たなかったことだろう。そこに居たのは、死んだはずの戦士。気高き魂の担い手が、因果を越えてホムンクルスと化してしまった罪深き業の世界で、出来ることは。
一瞬の静寂が辺りを包み、そしてすぐに戦闘は再開された。
剛太が、秋水が、桜花が、それに御前様だって入れてもいい。それぞれが全力を尽くし、精一杯を目の前のバケモノに立ち向かった。まるで、目の前の敵から目をそらし、ただ躊躇いを払うかのように。
そして、血祭りが始まる。剛太が、秋水が、桜花が、それに御前様だって入れてもいい。それぞれが、だんだんと血にまみれていき、膝をつくようになる。
誰もこのバケモノを止める術を持ってはいなかった。

敵は元熟練の錬金の戦士にして、ホムンクルス。
そんな存在が人喰い衝動そのままに暴れまわっている。
経験の差は歴然。身体能力の差も圧倒的。ホムンクルスと人間の体力差など比べるまでもない。ホムンクルスとの持久戦が人間にとって不利なことは、目の前のバケモノが人間だったときに既に証明されているのだ。

錬金の戦士の敗北は即ち死。
弱い者から消えていくのは消えていくのは至極当然。
怒ってなどいない。

月が高らかに笑っているような、そんな気がした。
夢見た楽園は、果てしなく遠い。そんな気がする。

怒ってなど、いない!?
もはや怒りしかない!!








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最終更新:2010年06月06日 18:15
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