第11話

「クソッ!先輩の所へ急がないとっ!!」
剛太はモーターギアを全開にして町を駆けていた。遅れて早坂姉弟や犬飼、それに毒島。空には円山。残る根来もいつも通りに誰かに潜っているのだろう。
急ぎ足を越えて足を伸ばして、さあ急げ。やれ急げ、翔ぶが如く。


第11話 everybody同類項


剛太たちが病院に着いたとき、目の前で繰り広げられていた光景は戦いそのものだった。
「ムーンフェイス…かッ!!」
秋水が認識した敵の名を吐き捨てる。やはりという響き、そして微かに籠るは“かつて”知ったる者へと向けた挨拶か。
「むーん、早いね。もう新手が来たのかい」
戦士たちが一斉に武装を構え、生まれた金属音が緊迫した空気を叩いた。この場にいる錬金の戦士は、防人衛、楯山千歳、戦部厳至、毒島華花、円山円、根来忍、犬飼倫太郎、中村剛太、早坂桜花、早坂秋水。ブラボー単身仁王立ちという劣勢から始まった状況は、ここにきて俄然と錬金の戦士達の方へ傾き始めていた。
キャプテン・ブラボーは状況を見極め、果たすべき判断を直ちに下す。
「ここにそこまでの人数は必要ない!病院内へ進め、戦士・剛太!」
「むーん、さすがに読まれていたかい。ここでキミ達の足を止めるのが私の任務だって」
それはつまり、LXEでのアジトと全く同じ役割をお月さまが担っているということ。ムーンフェイスの目的もあくまで病院の中の核鉄にある。だからこそ、ムーンフェイスは自身に割り当てられた役割を忠実に遂行するのだろう。
「悪いけどこの病院の中へは余り人を通すつもりはないよ」
ムーンフェイスがいつもの口裂け笑顔で、むーんと笑った。月はいつだって人間の足を止める輝きを放つ。それが30もいるのだ、誰だって足を止めざるを得ないだろう。だが、それも雲ひとつない青空での話である。
皆の目配せを察するでもなく動いたは毒島。当然にして最善の初手に打って出た。
「エアリアル・オペレーター!気体操作開始!調合!」
さらには排出!毒島のガスマスクからなんともいえない色のガスが噴き出していく。
「これはただの色のついた霧に過ぎません。ですが、この濃度なら、少なくとも一般人の目を誤魔化すことはできるでしょう。そういうことですので、皆さんは存分にお戦いください」
毒島による戦場確保。それが毒島の出来ることであり、毒島にしかできないことでもあった。まさか病院の前で毒ガスを撒くなんて冗談にもならない真似もするわけにはいかないのだ。だからこそ、自身の役割を把握し遂行してこそ戦士!
そしてもうひとつ、この大地を覆う雲には雲隠れを可能にする役割もあった。
現在の状況は、ブラボーサイドと剛太達後援組との挟み撃ち。病院前の駐車場で、闇夜。だが、月が見えないということは、月からも見えないということだ。ならばこそまず剛太たちが為すべき事は、月が流す天の川を渡り越えることであった。剛太にとっても、病院の中でこそ守りたい人はいるのだから。さあ、賽を投げろ!
「根来、突破口を開くぞ。少し付き合え」
それでも剛太は焦る気持ちを抑えられる程には努めて冷静であった。いつもどおりに消えている根来に声をかける。再殺部隊の面々の真の力はチームワークによって最大発揮されるならば、今こそがそれを証明する時だ。証明の始まりが今、この満天月下の戦舞台!
真っ先に同調したのが犬飼であった。
「…少しでも相手の注意を引けるならそれに越したことはないだろう。オレも手伝ってやるよ」
そう言うと犬飼は犬笛を吹き、キラーレイビーズの二体をムーンフェイスに特攻させる。そうしてムーンフェイスのフォーメーションに乱れを作るのが狙いっ。
「さあ行け!!このふざけた月を落とすのは俺たち再殺部隊に任せろっ」
「ああそうだ!何回でも顔を出してみろ、何度でも再殺してやるぞ!」
月を墜とすのは任せろと戦部も叫ぶ!そんな彼らに心で感謝の念を告げた、剛太は一気に顔を上げた!
「モーターギア、スカイウォーカーモード!!」
剛太が30の月の引力にも負けない勢いで特攻を駆ける!!目指すは病院の内部、守りたい人を守るために今は駆ける!!
「むうんっ、おおっと行かせないよ。悪いけどココは通行止めさ」
雲隠れの特攻による気配を察したムーンフェイスの何体かが疾走する少年に立ちふさがった。敵も勝手知ったる存在、百戦錬磨の戦闘狂が如き嗅覚か。がッ、剛太たちもすでにその程度は織り込み済み!
「…その抜け道、私が斬り拓く!」
そう、ここでこそ根来!!剛太から“生えた”その体は、剛太の突撃の勢いをそのままに立ちふさがるムーンフェイスを蹴散らしていく!!そうして切り開いた道に続くは早坂姉弟、そして円山!
「知っているかしら、檻っていうのは外部から中の存在を守るときにも使うのよ?」
一気にバブルケイジ、展開!!そうして広がったケイジの前方のみを狙い、笑う天使の放つ矢が的確に射抜いていく。破裂音が響き、月天の川を潜り病院へ続く道が作られた。
「ようし、オレ達も続くぞ桜花、秋水!!」
御前様叫ぶっ。まるでカズキのサンライトハートのような突破力。いいや、再殺部隊の秘めた爆発力はまだまだそんなものでは済まないだろう。まだまだ、ここからと戦士たちの表情は、裂ける!
再殺部隊に背中を預け、病院に駆け込まんとする戦士は三名。早坂姉弟、そして中村剛太。
「ここは任せます、キャプテン・ブラボー。いいえ、戦士長」
病院の入り口でのすれ違い際に剛太はブラボーへ敬意を込めて言った。この場で再殺部隊を統率できる人間がいるとしたら、それはやっぱりブラボーしかいない
「ああ、引き受けた。病院の中を守る戦いは任せたぞ。戦士・剛太、それに秋水、桜花」
すでに通り過ぎた三人の背中にブラボーは言葉を送った。
みんな、本当に強くなったな。

同刻、すでに邂逅は発生し、いつ戦闘が始まってもいいよう張り詰める空気。ヴィクトリアを確認した斗貴子は、殺意を隠すことなく呟いた。向けられた悪意に返す刃か。
「……錬金の戦士といるだけで気分が悪くなるのではなかったのか?」
「ええ、そうね。でも、あなただって似たようなものじゃないのかしら?あなただって、ホムンクルスといる時はいつだって気分の悪さしか感じなかったはず。なのにそれでもあなたたち錬金の戦士は、そんなホムンクルスをわざわざ探し出して、気分悪い気持ちを憎しみに変えて、…殺してきたはず」
錬金術が始まったあの日からずっと繰り返されてきた殺し合いがある。当然それに背を向ける理由として、“一緒にいるだけで気分が悪い”というのは通用しない。
あくまで言葉、もしかすると意味を持たない言葉かもしれない。誰も彼もみんな、根っこの部分では同じ命だったということ。戦いから逃れられない間柄。
「……貴様ら人喰いの化物と同じにするな…」
「あら、辛いのならそんな負け惜しみ吐かなければいいじゃない。化物なんて言葉、あなたは軽々しく吐ける立場にはないと聞いているけど?」
斗貴子が反射的に口にした言葉をヴィクトリアは即座に絶望をリフレインさせる言葉で叩き潰していた。もはや説明の必要がないほどにあっさりとした言葉で、凌辱にも似た無神経を気取って的確に心を抉っていく。それはもうヒトカケラの容赦もなかった。酷く惨たらしく、情けなど一片も孕まぬ言葉が呼ぶリフレイン。カズキヲコンナフウニシタノハワタシダ。カズキヲバケモノトヨブナラ、ワタシモソウヨベ。うわああああ。ああああああ。
「……ッ…ズ…キ……」
耐えきれず斗貴子は自身の胸を抱いた。
「そうね、痛いわね、お互い。だってきっとあなたは、私やママが百年前に味わった気持ちに、きっと一番近い気持ちを知っているひとだから」
ヴィクトリアは、斗貴子から眼を背け、何事もなかったように言葉を続けて紡いだ。言いたかった言葉はこれからだと言わんばかりに。
「だから、あなたになら教えてあげてもいいと思った。ママにも教えていない、私がホムンクルスになった真実を」
それは、ホムンクルスとして、ではなく、人間だった存在として。それが、ヴィクトリア・パワードとしての、決着のつけ方。
「…そんなことを話して、それで、いったい…なんになる…」
搾り出すように、斗貴子はそれだけを呟いた。またカズキのことを思い出してしまったのだろう。むせび呻き哭き、涙が零れて止まらない。ましてやこんな状態、笑顔なんて取り戻せるわけがない!
それでもヴィクトリアは斗貴子の葛藤を無視し、言葉を淡々と続けた。まるで時間を惜しむかのように。半不老不死が何を生き急ぐと言うのだろうかヴィクトリア。始まりの不可解、だからこそ解ける過去から理解は始まるのだろう。
「あなたは100年前の私やママと同じ辛苦も合わせて味わっている。そんなあなたに、私だからできる選択を教えてあげようと思ったの。そうすることで私は、過去の自分に決着をつけるわ。もう後悔や絶望を思い出さないために、ね」
ヴィクトリア・パワードが求めたのは、決着だった。
彼女の一人で生きる前提として選んだ答え。一人で生きるということに対する決意。決して逃げ隠れするように生きるんじゃあない。逃げてもきっと、なにもはじまらない。それじゃあ生きているとはいえないから。選べた答えへ向けて。
「選択肢がある分だけ、アナタはまだまだ幸せなのよ、ほんとうにね」
真の意味でのプロローグはこうして語られる。
ヴィクトリアだけが知っている、百年前にあった本当の出来事。地が血で黒ずむほどに汚れきってしまった、あの忌まわしい戦いの物語。全てが堕ちてしまった、悲しい世界の物語を。
誰も悪くはなかった、誰もが信念のままに動いていた、そんな物語。過去の自分に、もう戻ってこない幸せだった日々に、これからを一人で生きるために。そして、この百年にも渡る錬金術の鎖から解き放たれるために。
彼女は大嫌いな全てに決着をつけるため、気分悪い気持ちを抱いてツムラトキコの前に現れた。なぜツムラトキコなのか。それは、二人がとても似ていたから。たったそれだけ。
ヴィクトリアに必要なのは救いなどではなく、生きた証そのものか。ならば生きた証とはなんなのか。思い出ってなんだろうか。幸せって一体なんなんだ。もしも錬金術の全てが不幸を始めてしまったと言うのなら、ホムンクルスという錬金術そのものの存在になってしまった彼の少女の不幸を、一体どんな人間なら救えるというのか。もちろん、そんな人間は皆に背を向けもうこの星には存在していない。
――あの日から…。あの日から、今日まで。本当に色々とあったけど。
今はもう、楽しかったコトなんて思い出せない。思い出す気にもなれないよ。
そんな中、突如新たな轟音が病院内を揺るがした。
「…始まったようね。向こうでも、笑えない喜劇が」
もうひとつの、最悪の真実が自己主張を始めた。そう。月が解き放った三本腕の怪物が、地下に舞い降りたのである。


舞台はこうして三局に分かたれた。
ムーンフェイスvs再殺部隊。
ヴィクトリアvs津村斗貴子。
もうひとつ、逃げることのできない戦いがもうひとつ。
そして、これらの戦いには共通していることがひとつ。

これから語られる物語では、ひとつの悲劇がつけ加えられることとなる。
演者の名を剣持真希士だと言えばわかる人もいるだろうし、何も知らない人もいることだろう。
だけど、彼の存在を避けてしまっては、月の真実を語ること叶わないから。

錬金戦団も再殺部隊も。そしてホムンクルスも。
「敵は殺す」
それを当たり前と考えて戦っている―――。
錬金戦団。ホムンクルス。ヴィクター。そしてムトウカズキ。
本当の化物は、どれだ。誰だ。

あの日少年が抱いてしまった疑念。
そして誰もが納得出来ていない今この状況だからこそ、答えが求められる。
夢物語で終わらせてはいけない。もしもその答えを皆が見出せなければ、楽園はきっと夢で終わってしまうんだ。
そんなのは、いやだよ。

錬金術の始まりから数千年。
未だ賢者の石の完成は遠く、それどころか我々は今ある力すら使いこなせず過ちを重ねる。

殺したくない存在を前にして、それでもあなたは殺すといいますか?
殺すしか方法がないと決め付けて、罪深き道をひたすら堕ち進みますか?
耐えることが出来るならと、本当にそんなやり方であなたは幸せになれるのですか。

あの日みんなが抱いてしまった疑念。
その答えを皆が見出せなければ、きっと楽園は夢で終わる。
夢見るだけじゃあ、決して救われない。だから戦うんだ。
夢で終わらせないために。何度でも立ち上がって。
そうだろう?

どうか目をそらさないように。
ここからの物語も、あなたの世界を壊すものではないから。
だからどうか、めをそらさないで。お願いだから。

笑えとは言わないからさ。








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最終更新:2010年05月23日 21:55
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