第10話

戦争が悪意の手を放す。
終わりの夜を告げるため襲撃の夜が始まる。


第10話 敵は全てLet’sお見舞い


始まりこそはさよならの合図。別れの始まりによって出会いは刻まれる。夜。
知らぬ間に空に浮かぶ月が如く、病院に異形の存在が皮肉めいて迫る足を前へ。
傍らに少女が不本意を丸出して歩く姿もまた異形。

異形の存在二体、ある病院を視認できる所で立ち止まった。少女が静かに視認できるまでに迫った病院を指さす。
「はじめなさい、ホムンクルス」
事前に既に指示は出し終えている。最低限の会話による傲慢な命令は、月すらも歯牙にかけない高飛車か。
「むーん、仕方ないね。他でもないキミの頼みだ」
対する月はあくまで余裕の見下しで対応していた。月の恩着せがましい言葉に対して少女が捨てた舌打ちにこもる敵意と嫌悪。思ってもいないことを言う無粋な突きに向けた、直球の嫌味。
水面下でぶつけ合う悪意の応酬。暗い夜に相応しく重い空気を感じたお月様は、満足そうに颯爽とポーズを決めて煌いた。
「月牙の武装錬金、サテライト30。“武装解除”!」
始まりの暴挙は武装解除。
現在、各地で散らばっているムーンフェイスの扇動により暴れまわるホムンクルスの戦争。それを手放す愚行じみた、そしてそれこそがまさに自由気ままなる乱月そのものの表層か。全てのホムンクルスと連絡を取り合うことは不可能になるが、ヴィクトリアも、そしてムーンフェイスもまたそれで良かった。
ホムンクルスの造反劇は目的ではなく手段なのだから。一斉蜂起はあくまでも、錬金戦団の戦力を分散させることにあったのだから。
こうして悪意はいとも簡単に戦争を手放した。いつだって悪意は自身の行為を忘れたかのように捨て去るのだ。
恐らくは、ここからが秩序を失った、さらなる混沌の戦争が始まる夜なのであろう。
そして、次なる一手。
「いくわよ、ホムンクルス。さっさと再武装しなさい」
「むーん、やれやれだね。武装錬金!」
その先の答えは特性という言葉が示す、サテライト30本来の戦闘用途であった。いつだって局地戦の結末が局面を左右する闘争となるように。
「なるほどね、アナザータイプというのもなかなかに悪くない」
概念を崩壊させる私兵、同じ存在が姿を変えて30。居並ぶ30体のムーンフェイスの表情は全て、血に染まる赤の色をしていた。
武装錬金アナザータイプとは最初に自分が装備した以外の核鉄で武装錬金を発動させることで創造された武装を言う。ムーンフェイスが使用している核鉄は火渡の核鉄であった。
核鉄は前の所有者が発動していた武装錬金のデザインの一部を継承する。このとき、ムーンフェイスが発動している「赤い」月の刃はまぎれもなく、火渡の『ブレイズ・オブ・グローリー』のデザインを継承していた。そして、その特性により分裂した月も、赤。つまり、今宵のムーンフェイスは武装錬金アナザータイプ。
こうして大地にそびえる赤い月、鮮血の月。狂った夜が始まり、鮮血の喪失が始まる合図。現れた30の月の顔は全て、ある病院の方を向けて笑みを溢す。
さあ、高らかに幕をあげよう。 ここからは、戦いの時間。

こうして深夜、聖サンジェルマン病院がモンスター達の襲撃は開始されようとしていた。
目的は言うまでもないのかもしれない。この病院の地下深くには、錬金戦団の研究施設がある。そして地下研究施設には研究用として、幾つかの核鉄が保管されているのだ。同じ銀成市内で発生したLXE絡みの核鉄などが、保管されていたのである。
ならば、これから戦いはそれらを巡る戦いか。守るための戦いか。
紅い月と鮮血が舞う戦いが、ようやく幕をうねりをあげる夜。舞台は病院、ならば存分に死を想え。もしくは死ね。

屋上まで届くただならぬ空気。それは死線を知っているものだけが感知できるものかもしれない。死の刹那を知っている人間が知っている感覚、殺意の匂い。外の気配が示す異変にいち早く察した男が一人。それこそがキャプテン・ブラボーである。
月影が如き闇が病院を深く包み込もうとした時、漆黒を照らした銀色から戦いはその幕を空に打ち上げた。
「…心眼!ブラボーアイ!!」
それは、致命に伴う直感だった。
怪しげな雰囲気の漂う方角へ目を凝らす。彼の目に映ってしまったもの、見覚えのある月が30。捨ておけるわけもない狂華睡月。たとえ今の彼が、どんな状態だったとしても、戦闘行為がすなわち致命行為に迫るとしても。譲れない信念、大事な存在を死守せんとする強い意志―――…。
先に触れておくが、この時におけるブラボーはは火渡の炎に焼かれた後遺症が残り、核鉄の治癒効果でようやく動ける状態にあった。当然、まともに戦えるだけの力は残っていない。だがそれでも!自分の無力さに打ちひしがれていられるものか。いられるものか!!
「ッぬぉっ武装錬金ッッッッッ!!!!」
信念のみを拠りどこる戦士。その身を包んだのは、ほころび止まらぬ防護服の武装。
満身創痍、疲労困憊。せっかくのメタルジャケットも、すぐに分解してしまいそうなほど不安定。それで戦おうなんて可笑しくて吹き出してしまいそうだ。―――五月蝿い!
「……シルバースキン、“リバース”」
松葉杖が、屋上の床に叩きつけられる。自身の体を支える物体を投げ捨てたブラボーは、体が崩れ落ちるその前に無敵の拘束服を纏い、あえて自身の自由を奪い姿勢を固定した。支えなしでは一人で立ち上がれないような重傷であるのなら、無理矢理にでも立ち姿勢を矯正してやればいい話と言わんばかりの、理にかなった自虐。
拘束服が決して膝を突くことを許さない。
そのような状態にもかかわらず、ブラボーは一歩、そして二歩と歩を進めた。気迫は時に信念を二乗する。
迷いなく屋上から飛び降り、同時にリバースを反転。拘束着を本来の防護服とすることで着地時の衝撃をゼロにする。再び裏返しの拘束服を身に纏って膝が折れることを許さず、病院の入り口で弁慶が如き仁王立ちを見せた。
それは、死は目の前に置くが堂々の暴挙であろう。それでもこの病院には護りたい過去の希望がいるから。ブラボーは悪意を一歩たりとも通すつもりはない。近い死を予知する仁王立ちの正面に、迫る死そのものである月が存分な数で昇っていた。
「むーん。キミはキャプテン・ブラボーじゃあないか。前と違って随分と苦しそうだね。もしかして、何かあったのかな?」
「…オレの事はどうでもいい。ただお前たちをここから先に行かせるわけにはいかないだけだ」
嫌味を吐く月の言葉を夜風に流し、ブラボーの眼力は心眼を超えた気迫で真っ直ぐと真実を見据えていた。斃すべき敵を前に、護るべき存在を背負い!!
「初めて会った時にも言った言葉だろうが、また言わせてもらう」
それは無謀としか言いようのない仁王立ち。30の月が一斉に笑う。そして、キャプテン・ブラボーへ向けて一気に降り注いだ。
「子供たちに手を出そうというのなら俺が相手だ!」
目指すゴール、死を目指して

同刻、銀成市近辺にいる全ての戦士に激震走る!
聖サンジェルマン病院がムーンフェイス達に襲撃された!!
ただちに直行せよ。繰り返す、動ける戦士は直ちに現場へ直行せよ!!

隕石とはまさに降り注ぐ死の雨。死の灰とは対極に在る、殺戮の予告。ムーンフェイスのラッシュが降り注ぐ。落ちる月の欠片でさえも、命は簡単に散る!
「防人君っ!!!」
早々に陥ったブラボー絶体絶命の状況下、最初に現れた戦士・千歳!
キャプテン・ブラボーを索敵対象に設定した上での瞬間移動。そしてムーンフェイスの連撃を間一髪のヘルメスドライブで受け止める!!
「邪魔だ」
金属にあるまじき、低い衝撃音が一撃の重みを如実に語る当然の結果。千歳では30もの月を抑えきれるはずもなく、続くムーンフェイスの数体による体当たりの衝撃が後ろの防人もろとも弾き飛ばす。
しかし、戦士とはその程度の押し負けで臆したりはしない存在である。既に千歳は状況を把握していた。把握こそが覚悟に直結する戦士の一流を量る。

キャプテン・ブラボーを連れて戦線を離脱する、それは不可能である。二人の総体重では100kgを超過してしまう。鍛え抜かれた戦士である防人を運べるほど千歳は小さくも軽くも子供でもないのだ。
そもそもここから逃げるわけにもいかない。逃げてどうなる。あの小学校での惨劇を繰り返すのか。助けられた人たちが食われていくのを防げなくていいわけがない!!ならば、防人と力を合わせて戦うしかないじゃないか!!
「精一杯の護る戦いをしましょう、…防人君。私と、二人で」
再殺部隊一号戦士・楯山千歳もまた、すでに決意を込めて立ち上がってここにいた。
今できる事は精一杯の護る戦いをする事。そしてそれ以外に、キャプテン・ブラボーが七年前に捨ててしまった名前を名乗る資格を呼び戻す方法はないのだ。
「私が前に出る。だから防人君はフォローをお願い」
千歳の決意、千歳の戦い、千歳の信念。そして、千歳の想い。心の全てを胸に秘めた彼女には、七年前の弱かった姿はどこにもなかった。いいや違う。弱いままではいられなかっただけ。今となっては、無力の味などとうに飽いているのだから!
勝ち目のある戦いとは思えない、だが死の覚悟もなく戦士などするものか。
今の彼女にとっての戦いの意味。それは戦士・防人を守ること。それが必ず、必ずの未来を呼ぶ。
「よく防いだ戦士・千歳!ッあと一歩下がれッ!!!」
突如として緊迫した空気を切り裂いて、怒号が轟いた。音に迫って駆けつける一つの影!!!
そこに現れたのは超速の剛太ではなかった。空を飛べる円山でも、陰に潜む根来でもない。駆けつけ参陣で蹴散らしたムーンフェイスに背を向けて、ブラボーと千歳を庇うように仁王立ちをする大柄の男。ある意味で、この業界ホムンクルスにとっても最も有名な男なのかもしれない、その男!
この30もの人間型ホムンクルスを相手にする死地の中で、最も頼りになる男がこの場に現れたと言えば、そんな存在は一人しかッ!!!
「…むうんっ!!!!」
斬。
ムーンフェイスの月牙が煌めいた。そうして転がったものはなんだ、生首だ。 駆けつけた頼れる男の首を、ムーンフェイスの月牙が跳ねた。熱い空気は未来を断って殺せ。
からんころんと無残な首が転がる笑えない滑稽さ。駆け付けた男の嘘みたいにあっさりとした死が、ただそれだけ夜に燦然と語られる。あっけなさすぎる死。
希望と絶望は表裏一体。希望は絶望に変わるためにあるのか。なんだこれは。まるではじめからここで一度死ぬつもりで仁王立ちをしていたかのようだ。そう。つまりは、そういうことなのである。現れた戦士が握る十字槍が持つ意味、背負うべき死への手向け。気がつけば何事もなかったかのようにその戦士はその背中で人生を語る!!何度でも!!!
「むうん?!」
「どうやら、なんとか間に合ったようだな」
男は転がる自身の首を蹴り砕きながら振り返り、30のムーンフェイスに睨みを利かせていた。
「…ありえないほど速いですね、どうやって戦場(ココ)を嗅ぎつけたのですか?」
戦士・千歳が防人を支えながら問うたのは形式のみの質問であった。だから答えも、いつもの答えで片がつく。
「なぁに、勘でなんとかなるもんさ」
その男。錬金戦団全現役戦士の中で、ホムンクルス撃破数最多を誇る記録保持者。
戦士の野性が獰猛なる雄叫びと轟き鳴った。まずは自身の首を刎ねたムーンフェイスの一体を激戦の犠牲者に祭り上げる!!さらには勢いそのままに月を蹴散らす!!!!
一体の肉片をわし掴むと、捕食者たる所以の行為を即座の実行に移した。
「これだけの数がいるんだ。弁当は必要ないな」
ムーンフェイスだったモノを思い切り噛み砕き食い散らかす!! 噛み千切る動作は、敵を見据える行為と相反しない。真っすぐの視線、殺意はあくまで斃すべき敵を見据える。
「言っておくぞ、そこのホムンクルス。ホムンクルスは俺の敵ではなく、ただの食料!それでも戦いを望むのならば、いざ存分にかかってこい!!」
ここで戦部、推参ッ!!! その無作法にムーンフェイスが顔の影を深めて笑っていた。
「キミは月を全て一人で食い散らかせると思っているのかい?むーん。それはまた、随分と月を低く見られたものだね」
即席に整った舞台はつまり無限増殖対無限再生。本当に終わりの無さそうな戦いが始まろうとしていた。
状況を把握した月は笑顔をより一層歪める。まるで全てうまく行っている事を語る邪悪さを備えた表情で。そういえば彼のパートナーのホムンクルスはどこにいるんでしょうか。

病室の外の騒がしさに津村斗貴子は目を覚ました。そして確認するまでもない、部屋の入り口から放たれる明確な敵意を感じ取る。
「いい姿ね、錬金の戦士」
「…誰だ?」
忘れてはならない憎悪の存在がホムンクルス。
「覚えてない?私よ」
それはどこか少しデジャブるものがある光景かもしれない。病室の少女と、人食いの化け物。今、彼女の病室の前に、ヴィクトリアというホムンクルスが立つ。さあトラウマよ蘇れ。
こうして、言葉少なに少女二人は出会った。避けて通れば出会わない道であったが、ヴィクトリアはそれでも出会う道を選んだ。全てはこの瞬間のために、彼女はうごいていたのだから。なぜ大嫌いな錬金の戦士となんか話をするためにわざわざ?
それが果たして何を意味するというのだろうか。 唯一つ確かなことは、この二人が今、同じ星の下にいるということ。
大事な人が往ってしまった、悲しい星の下に。 救いの存在が月へ消えてしまった、そんな二人の邂逅。

独りでも生きていける。その為にヴィクトリアはここまでやってきたように。
出会った二人はとても似ていた。胸に秘めた憎しみの黒さも。燃えるような憎しみの熱さも。そして幸せだった日々の甘さもきっと。 『私は独りでも生きていける』、でも本当は独りぼっちでなんか生きていたくはない二人の出会い。
ひとりを望んだ覚えはない。望んでいたのはいつだって、幸せだったあの日々だった。
あの幸せだった日々が戻ってきてくれないかとどれだけ強く願っただろうか。しかし、もう大切だった人たちは、この星のどこにもいない。決して届かない願い。どれだけ伸ばしても決して、決して届かない。遥か遠く高く、彼方彼方。
大切な人が帰ってきてほしい、それを願ってこの百年は生きてきた。大切な母と二人だったから、これまで生きてもこれた。そんな彼女にできたことは、ただ地下に潜る事だけだったのか。
そして今、ヴィクトリア・パワードは一人ぼっち。たとえそのまま半不老不死の中に沈むはずの未来しか待っていなかったとしても。その予定だったとしても。
なぜだろうか、どうしても気になったことがあった。それはホムンクルスや錬金の戦士としてではなく、心ある存在としての心残り。
「あなたと二人だけで、誰も邪魔のない状況で、話がしたかった」
ヴィクトリアの目的に迫る闇の深淵。この二人の会話という行為、そこには障壁の多い道のりであった。
なぜならツムラトキコは常に錬金戦団の息がかかった施設にいたのである。ホイホイとホムンクルスが一体で会いにいけるものではない。どこかで必ず邪魔が入る。傷ついた戦士はまだ、ひとりぼっちではないのだから。
ヴィクトリアが組みたくもないホムンクルスと手を組んで、そして各地のホムンクルスを一斉蜂起させたのも全ては、ツムラトキコと話すための事。まずはそれだけの為にここまでは動いていた。
「あなたは、まだ独りじゃない。だけど、いつまでそうしていられるかしら?」
こうして二人は出会った。
これから、ファイナルでは着かなかった決着を始めよう。全てにピリオドが打たれる前の、今にこそ。
ヴィクトリアは「決着」をつけに来たに他ならない。憎む全てに。変えようのない過去に。自身の心に。そして、独りで生きるために。色々と矛盾を抱えていることは自身もよく理解しているだろう。―――だからこそ、決着が必要だったのだ。
さぁ、ファイナルでは着かなかった決着を今から始めよう。
全てにピリオドが打たれる前の、今にこそ。









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最終更新:2010年05月22日 18:19
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