第17話

この星の上で、如何なりんごもいずれは堕ちる。
誰も彼も、この運命的な引力には抗うことができないのだ。
月は唯一、落ちるりんごの気持ちを理解しない。
月は唯一、落ちるりんごの気持ちを理解しない。
たとえ月が堕ちる夜があったとしても、月はまた昇る。
木に戻れないりんごは、それを見て何かを感じるのだろうか。


第17話 ニュートンアップルエモーション(前編)


物語は少し前にさかのぼり、同時進行している第三局面、つまりムーンフェイスvs再殺部隊の決戦へと移る。
毒島が張った煙幕の中で、戦部が月を食い散らかし、犬飼の犬たちもそれに続いた。円山のサポートに乗じて、小さくなった月たちをまとめて一網打尽にしていった。だがそれでも30もの月を同時に斃すことはやはり難しく、月はまたのぼり繰り返す。
二日のマラソンマッチをこんな人目につく屋外で行うことは不可能だ。朝が来れば月は簡単に雲隠れてくれるかもしれない。だが、それではいけない。なんとしてもこの場で、この病院前の死闘でしとめなければいけない。
いけないのにっ、いつまで繰り返し墜ちては昇る月を眺めていれば開ける未来など無いというのに!!
「…オレはここで、なにをしているんだ……」
無力さをかみ締めたまま、ブラボーが苦虫を噛み潰していた。
この戦場、明らかに撹乱を意図して姿を見せたお月さま。この戦いにおいて、ブラボーが果たした重大な役回りは、多くの命を繫ぎとめる防壁となることであった。ムーンフェイスの病院内部への進入の阻止こそが、未来へ命をつなぐから。30もの月に病院内を自由に駆け回られた日には、確実に死者がでる。それをブラボーの足止めが防いでいたのである。
お月さまとて狙いはヴィクトリアと斗貴子が話す時間をつくり、真希士が核鉄を強奪するまでの時間を稼ぐこと。互いに狙いが噛み合った茶番という殺し合い。茶番こそが人を殺す。ならばこそ、命と全霊を賭して、命と全霊を紡げ。
ブラボーがムーンフェイスをいち早く察知し、そして立ちふさがっっていなければ、病院という空間に集まった弱い人間たちの多くが死んでいた。 ヴィクトリアやムーンフェイスは、人命を尊重するような人間ではない。人間ではない。この世界には人殺しを厭わない人間がいる。バケモノ殺しを厭わないバケモノがいる。つまりこれぞ業、なおさらという言葉一つで説明がつく殺意。
それだけではない。これによって戦部をはじめとする再殺部隊が駆けつけるまでの時間を稼ぎ出し、現状の決着可能な状況をつくりだしたのである。この功績は計り知れない。
だが、そうだとしても。既に足止めに因って成ったこの現状。集った戦士達に指示を出すブラボーにできることは、己の身を守ること。それしかできない事実を端的に刺す。
「…くそっ」
「駄目よ、防人君。あなたは本来再起不能の身。核鉄の治癒効果でやっと動けるような状態だったのに、武装錬金の発動までして。これ以上の無茶は危険だわ」
言う千歳もまた、無力だった。
七年前ならいざ知らず、現在の防人と千歳を合わせた重さはヘルメスドライブの許容範囲を超過している。 大人になって顕著になった、いざという時にブラボーを守る完全な楯とは成りえないという負荷価値。それでも、『退く事もできず、ただ見ているしかない。そんな戦いの辛さをあなたは知っていますか』。
ブラボーが千歳の核鉄を借り、アナザータイプを発動してムーンフェイスを攻撃することは可能である。だが以前と同じ手を食う敵でもない。シルバースキンは遠隔精密動作は出来ないという弱点を見極めらて終わる公算が大だ。
単身の満身創痍、それは真っ先に狙われて然るべき無法地帯の最前線を意味する。故に千歳が前線へ出張り、他の戦士達のサポートに回ることもできない。それでは、ブラボーが月の集中攻撃を浴びて死ぬだけだ。
見ているだけの戦い。それが何よりもつらいことか。ブラボーには、この目の前の乱戦に今の割り込む余地がなかった。傍らの千歳も、それを嫌というほど感じていた。
できることは本当にないのか。なにか、なにか。なにか!

そうしたブラボーの葛藤の外、戦場では戦部が絶好調ッ!
「相手が悪かったなホムンクルス!貴様などもはや俺にとっては食料以外の何者にも過ぎない。今、この俺が堕としてやろう!!」
戦部に負けじとムーンフェイス、そして他の再殺部隊にも気合が入る。
「むーん、確かに記録保持者の名前は飾りじゃなかったようだね。だけど、これならどうだい?!」
斃しても斃しても増殖を繰り返す月と再殺部隊との死闘。毒島が張った煙幕の中で、戦部が月を食い散らかし、犬飼の犬たちもそれに続く。円山のサポートに乗じて、小さくなった月たちをまとめて一網打尽にしていく。
だがそれでも30もの月を同時に斃すことはやはり難しく、月はまたのぼり繰り返す。そこには力が技があり、闘いであった。
再殺しても再殺しても月はまた昇る。どれだけ華麗な戦略、チームワークが炸裂しても、月を全て滅することは不可能だった。
この闇夜、月は思うままに輝きを放つ。この闘い、どうすれば終えることができるのだろうか。

終わりの始まりは、最悪からはじまった。
世の中とは、時に最悪の事態に陥るように流れる。だがそれは、たいていが必然の流れによるものなのだ。
人為的な最悪は、人為的に防ぐことができる。だが、必然おきた偶然の前で、人に抵抗する術はない。
偶然とはなにも「たまたま」をさすだけの言葉ではないということ
偶然とは、いつかは起きていたことがおきた瞬間をさす言葉でもあるということ。
そして、「偶然」は当然のようにやってきた。どこに。戦部の身に。
不幸なことに。

破壊と再生を繰り返す、戦部と月。
運命のように繰り返されるかと思われたその闘いの終わりが始まった。
間違いなく、その時それが起きたのは偶然だ。
だが、いつかは起こることでもあった。
ムーンフェイスの戦闘スタイルは徒手空拳による近接戦闘の連携。
破壊と再生を繰り返し、戦部に襲い掛かるムーンフェイス。破壊と再生を繰り返す戦部。そんな戦闘の果てに起きうる「最悪」がある。
そろそろ見当がついた人もいるかもしれない。そう、あの時の再現だ。

「なっ!?」
最悪は偶然にも起きてしまった。
月のうちの一体が再生する戦部に偶然絡まったのだ!!
「考えてみるといい、“ツキ”は私にあるんだよ」
月そのものがツキを語る、それは性質の悪すぎる冗談だろうか。だが、軽口をたたく行為こそ。それはムーンフェイスが、この偶然こそ勝機に繋がる好機だと悟ったことを意味する。
そうだ、高速自動再生は止められない!! ムーンフェイスは瞬時にサテライト30の特性を発動させるっ。当然、十文字槍を制しつつ!!
惨劇が幕をあげた!!これから引き起こされようとしている悲劇は、肉体を引き裂くなんて甘っちょろい拷問ではない。激戦が破損の事実を認識できない中で、文字通りの細切れミンチが作られる。これは気持ち悪いなんて話ではないっ。
これでは戦部は本当に死んでしまうぞっっっ。
「戦士・戦部!!!」
木霊のように、戦士の悲鳴にも似た叫び声が、あちこちからむなしく響いた。

戦部はこれまでに多くの戦を経験してきた。勝ち戦も負け戦も何度も何度も。そんな積み重ねが最多撃破記録である。だが、こと一対一の戦いにおいて負けたことはほとんどなかった。彼が負けるとき、それは周囲の状況が敗走を余儀なくさせたとき、それがほとんどだった。
だが最近、戦部は敗れた。パピヨンという一匹の華麗な蝶々に。そしてその時、かの蝶々は言ったものだ、力を蓄えておけと。
そうだ。彼に必要だったのは、闘争本能を高ぶらせるための儀式なんかではない。強くなるための、摂取だったのである。力を蓄えるために!!
「力はここにあるぞ、………「武装解除」だッッッ!!!」
「なにを…、えっっ、死ぬ気?!」
その暴挙に対し円山は当然の悲鳴を上げた。だが悲鳴むなしく戦部の激戦が姿を消す!
そして戦部、即座に咆哮っっっ! その名称―――。
「武装錬金!!!」
これで何が起こる!?



血が天の川と流れた。

りんごのように、あかい、血が。
いくさべの、血が。
ジュースのように、大地にそそがれた。
ぽたりと堕ちた。








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最終更新:2010年09月05日 13:54
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