950 :名無しさん@秘密の花園:2009/06/30(火) 02:38:00 ID:fIm6Dnh1

「しっかし、ホント京太郎が羨ましいよ。」

またか、と思いつつ俺は話半分で聞き流す態勢をとった。昼食のラーメンをずずっとすする。
今日のレディースセットは美味そうだった。久しぶりに食ってみたかったな。
聞き手が反応していないというのにそいつはそんなことおかまいなしにしゃべり続ける。

「幼馴染の咲ちゃん、巨乳で校内一の美少女と噂される原村和、一部のヤツらに大受けの片岡優希、メガネっ娘で家ではメイドをやってるらしい染谷先輩に、容姿端麗で頭脳

明晰なできる女って感じの学生議会長。くそ、ハーレムじゃねぇか。お前、いつから美少女ゲームの主人公になったんだよ。」
「なってねぇよ。ていうか、同じことを毎日のように言うのはやめてくれ。」

美少女ゲームの主人公、ね。これが俺を主人公とする恋愛物語ならば、一直線にバッドエンドに向かっているのだろう。
誰もが、主に男子が、いや、今となっては女子がでもありうるかと思うようになってしまったが、羨むような展開。
高校生になって始めた部活。部員は全員多彩な要素を持つ女の子。誰だって憧れる夢のような話。俺だって憧れてた。

でもな、現実ってやつはいつだって非情だ。残酷だ。諦めたら終わりだが、自発的に諦めて終わらすことも時には必要だ。俺は最近それを身に染みて感じている。
食堂から外を眺める。いい天気だ。憎らしいほどに。
この空の下で彼女たちは昼食を楽しんでいるのだろう。
はぁ。思わず溜息をついてしまった。隣で呑気に飯を食ってるダチを横目で見る。何も知らないってのが一番の幸福なのかもしれない。

「ほころて、」

いきなり、こっちを向いて訳のわからないことをしゃべりだした。同時に口の中のものが飛んでくる。この野郎。喧嘩売ってんのか。
思いっきり睨んでやると、わりぃわりぃといった感じで手をひらひらと振り、ものを飲みこんでからまた話しかけてきた。

「ところで、誰にするんだ。やっぱり咲ちゃんか。いい嫁になりそうだよな。あっ、そういえばお前原村に興味あったんだっけ。でも、片岡に結構懐かれてるって噂も聞いた

な。もしくは大穴で先輩のどっちかか。さぁ、言え。この羨ましすぎる状況で何もないないなんて言わせねぇぞ。」
「何もない。」

マシンガンのように喋るこいつの相手をまともにやっていても疲れるだけだ。それだけ言うと、俺は食い終わったラーメンの容器を持って立ち上がり、返却口に向かって歩き

出した。後ろでギャーギャー喚く声が聞こえないでもないが、とりあえず無視を決め込んだ。

「……こんにちは~。」

放課後になって、俺は部室に行った。入ってまず目についたのは麻雀を打っている三人だ。

「ツモ!40008000の一本付けね。」得意げにそう宣言しているのは、学生議会長で、そして麻雀部部長でもある竹井久。
「もぅ、部長強すぎだじぇ~。また飛んじゃったじょ…。」しょんぼりしているのは、よくわからんが一部のヤツらに大受けしているらしい片岡優希。
「ホンマ手加減してや。そんな高い手ばんばんツモられたらウチらじゃなんもできんじゃろが。」腰に手を当てて呆れ顔なのは、染谷まこ。
「三麻なんだから、ある程度高い手が出るのは仕方ないでしょ。それにこの程度でへこたれてちゃ、全国大会で勝てないわよ。」

そう、全国大会。驚くことにこの麻雀部の女子は、先日行われた団体戦予選を勝ち上がり、全国へとコマを進めたのだ。俺が入ったころには考えられなかったことだ。
あの時は咲がいなかったから全員個人戦しか出られない状況だった。
そういえば、俺を女装させて出ようと優希が言っていたな。それが実現していたらと思うと背筋が寒くなる。
そう考えると咲が入ってくれたことはプラスなのだがー
部長は扉の前にぼぅっと立つ俺に気がついたようで「こんにちは、須賀くん。」と返してくれた。

「おす、京太郎。」「ちわー。」

後の二人もあいさつしてくれたので軽く手をあげて返答すると、俺は最近の指定席についた。

窓際の椅子。

窓際族とか言うな。仕方ないだろ。全国に行くという面子に俺が混ざっても役に立たないどころか迷惑じゃないか。
だから俺は近い個人戦予選に向けて、麻雀の本を読んで勉強するのだ。運動部に比べると比較的きれいな学生カバンから本を取り出す。
ふふ、何を隠そう、この本、なんと和が俺にプレゼントしてくれたものなのさ。どうだ、羨ましいか。羨ましいだろう。うん、普通に考えれば羨ましいよな。

でも、俺は代われるのなら、誰でもいいから代わってほしい。

あれは、確か先週の昼休みことだったか、外で和といっしょに昼飯を食べてる咲に数学の宿題を貸してもらおうとしたんだ。丸写しすればすぐ終わりそうな量だったし。
でも、咲は真面目だから「え~、駄目だよぅ。」とか言ってしぶってたんだ。でも、大丈夫。俺の経験測ではあともう一押しで咲は了承してくれる。
ちなみに、ダチの一人に咲のそういうところが「クル」と言っていたヤツがいたな。

「宮永さんって頼めば何で許してくれそうだよな!もじもじしてるのもめっちゃかわいいし。何か困らせたくなる!」

とか言ってた。俺は咲のことを知り過ぎているし、巨乳派だし、どっちかていうとはっきりした女の子がタイプなので咲が恋愛対象になることはなかった。
だから、よくわからなかったが。
それはさておき、まぁもう少しで宿題のノートが手に入るってところだったんだが。

「須賀くん、あの、ちょっと良いですか。」

麻雀で集中してる時みたいに顔を赤くさせて和が話しかけてきたんだ。どきっとしたね。あんな美人があんな顔したら反則だ。
あれがテレビ放送されたってんだから、日本中に原村和ファンクラブが出来ていたとしても俺は驚かない。

「ど、どうしたんだ和。」

さぁ、とそよ風が俺と和の間に吹いた。和の淡い桃色の髪がなびく。
満面の笑みを湛えた天使みたいな彼女は、その形の良い唇を滑らかに動かしてこんなことをのたまった。

「これを全部解くまで、咲さんと話さないでください。」

渡されたのは「何切る問題集part1」。
……えっと、今時の本って国語辞典より分厚いんですか。これ、軽く千ページぐらいあるんですけど。
ていうか、part1ってなに。
色々つっこみたいことがあったが、和の笑顔を見て、俺は何も言うのを止めた。

彼女の目だけが笑っていなかった。

回想終わり。怖かった。あれは怖かったよ。その後の授業で先生に宿題忘れたことを怒られたが、そんなのは屁でもなかった。比べ物にならなかった。

ところで、今その二人、宮永咲と原村和というと。

「こ、これで、いいの?」
「ふふ、ええ、そうですよ。それはこっちに入れて…。」
「うわぁ、和ちゃん、すごい。」
「咲さんも、大分上手くなりましたね。」

お前ら何の会話してんだ。ただ、パソコンしてるだけだろ。何でそんな卑猥な感じになってるんだよ。ていうか、和は教えるだけなのに密着し過ぎだろ。
心の中だけでつっこんでおく。口に出すことはしない。
あの二人は予選が終わったあと「ナニカ」があったらしく、気がついたらお互いを名前で呼び合うようになっていたし、部室でいちゃつくことも日常茶飯事になっていた。

まさか、想い人を幼馴染にとられるなんて。


本日二度目の溜息をついた。やっぱり、美少女ゲームならバッドエンド一直線だ。
ちなみ優希も最近はあまり絡んでこない。あいつは部長にご執心のようだ。うざくないといえばうざくないのだが、ちょっとさみしくもある。
染谷先輩は言わずもがなで部長一筋だし。
ほら、今も。

「ねぇねぇ、ぶちょー。今度の休みデートしようじぇ。おいしいタコスの店ができたんだじょ。」
タコス娘が右腕にしがみついて言う。
「おい、部長には次の休みウチに来てもらうって約束しとるんじゃ。勝手なことされたら困るのぅ。」
メガネっ娘が左腕にしがみついて言う。
「うーん、困ったわねぇ。そういえば、風越のキャプテンからも今週の休みにお誘いがあったのよね。」
「なに!」「なぬ!」

ワハハ、男の俺よりモテモテですね、部長。悲しくなってきましたよ。

窓の外を見た。相変わらず、憎らしいほどのいい天気。若干陽が落ちてきて、少しオレンジがかってきた。
そこで窓ガラスに写る自分の顔を見て、気が付いた。

笑ってやがる。
大笑いじゃなくて、少し口元が緩んだ微笑というか、有り体にいうと「ニヤケ顔」だ。

はは、と小さく口に出してちゃんと笑ってみる。
そうだよ。結局のところ、俺は今の状況が好きだったりするんだ。そうでなきゃ、きっともう辞めている。
俺を主人公とする恋愛物語は少なくとも高校生活の間は進展しなさそうである。
でも、彼女たちの笑顔が見られる。それだけで、満足している自分がいるのは確かなんだ。
多分これからも、パシリだとか犬だとかなかなか酷い扱いを受けるだろうが、なぜかあの5人のためなら頑張れる。

不思議なヤツらだ。

優希と染谷先輩の言い争い。それを宥めようと「じゃあ、みんなで行きましょう。」とか言う部長。どんだけハーレムなんだ。
咲と和のラブラブトーク。
それらの楽しそうな声を聞きながら、俺は「何切る問題集part1」の263ページに目を向けた。

余談だが、咲に関しての発言をした例のダチが2日ほど前から学校を休んでいる。
休む前日の夜、俺に「はら」とだけ書かれたメールを寄こしてきたのだが、あれは何だったのか。
まぁ、馬鹿なヤツだから、落ちてたものを拾い食いして腹でも壊したのだろう。

そう思うことにした。

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最終更新:2009年07月11日 15:44