名前:風越幼稚園第3幕 ◆UOt7nIgRfU 投稿日:2009/06/13(土) 09:10:21 WPKd2Qbd

―――風越女子高校の最終下校時刻を告げるチャイムが響く中、
誰もいない麻雀部部室で福路美穂子は郷愁の念を感じていた。
その手には、お世辞にも綺麗とは言い難い小さなカード。

時は十数年遡る――――。


「美穂子ちゃん、華菜ちゃんの姿がお昼から見えないんだけど、
 どこに行ったか知らないかしら?」

エプロン姿の先生が心配そうな顔で美穂子に問いかける。
美穂子は首を横に振って知らないことを伝えると、弾かれたように
走り出した。

「あっ! み、美穂子ちゃん?」

先生の声を振り切るように、長い廊下を抜けて、靴箱で上履きを
履き替えてお外へ飛び出します。

「いつものお砂場にはいないわ……どこに行っちゃったの…?」

お砂場チャンピオンの華菜ちゃんの姿はありません。きょろきょろと
辺りに目をやっても、気配すらありませんでした。

今までもこうして姿が見えなくなることはありましたが、ほとんどは
お布団部屋でお昼寝してたり、久保コーチにいじめられて裏庭で
ふてくされていたりと、すぐ見つけられたのに今日は様子が違います。

「何か、大変なことになってなければいいけど……」

華菜ちゃんが居そうな所は全部探し、万が一のために幼稚園の周りも
探したけれど見つかりません。

「まさか、悪い人に誘拐された――――?」

そんなイヤな考えが浮かんだけれど、ぶんぶんと頭の中から振り払って
もう一度幼稚園の中を探し始めました。
すると向こうに、久保コーチの姿が見えました。

「おぅ、美穂子。顔が真っ青だぞ。どーした?」
「あ、コーチ。実は華菜が……」

華菜ちゃんが居ないことを知るや否や、コーチも血相を変えて探し
始めてくれました。
おゆうぎ室、おトイレ、体育用具室もひとつひとつ丹念に探して、
3周目に入ろうとしたその時でした。

「……池田ァァァァァァァァァァッ!」

幼稚園中に久保コーチの怒号がビリビリと響き渡りました!
美穂子ちゃんもその声がした方へ駆けつけます。

「華菜!?」

開いていた扉の中に飛び込むと、半ベソの華菜ちゃんとコーチが
いました。そこは、普段あまり使わない工作室でした。
日が差さない薄暗い部屋の中、折り紙やハサミ、みかん型の水ノリが
そこら中に散らばっています。

「華菜! ……良かった、見つかって……!」
「キャプテン…」

美穂子ちゃんが駆け寄って抱きつくと、華菜ちゃんは不自然な動きを
しました。後ろ手に何かを隠すような素振り。少し気にはなったものの、
無事だった嬉しさの前に吹き飛んでしまいました。

「もう…心配させて。こんなところで何してたの?」
「……言えないし」
「?……どうしたの? 華菜?」

煮え切らない華菜ちゃんのその態度に、久保コーチのゆるゆるな
堪忍袋の尾がいとも簡単にブチ切れます。

「池田ァ! 心配してくれた福路にその態度は何だァ!」
「コーチ、大丈夫ですから。これ以上怖がらせないでください」
「あ、あぁ…わかった」

コーチの方へ向けられた視線は、両の目が開けられていた冷ややかな
もの。醸し出される凄みに、コーチも素直に従います。

「何か作ってたのね。でも、なんでひとりでこっそりしていたの?」
「……………………………」
「私にも、言えないこと?」
「そんなこと、ないけど……」

よしよし、と頭を撫でてあげると、緊張していた顔が少しずつゆるんで
いくのが分かりました。
口を少しとがらせ、目を伏せたまま、後ろ手に隠していたものを
おずおずと前へ……

「これって……」

色とりどりの折り紙で花を折ったものが切り貼りされ、真ん中には
クレヨンで文字が書かれた小さなカードが握られていました。

よく見てみると、そこには

『きゃぷてん、おたんじょおび おめでとう』

の文字。

「華菜……これ、私のために…?」
「渡すまで秘密にしたかったし……」
「…そうだったんだ」

廊下を駆けてくる足音が聞こえ、先生達が集まってきました。
この状態が見つかれば、華菜ちゃんが怒られるのは確実です。
もうすぐそこまで近づいてきていました……。

「あらっ? 久保さん?」
「……先生。池田は大丈夫です。だから、一緒に向こうへ行きましょう」
「…そう。それなら………」

先生達の足音が遠くなっていきます。工作室はまた静かになりました。

「ありがとう、華菜。とっても嬉しいわ。……でもね? もう心配させないで。
 本当に探し回ったんだから……」
「ごめんなさい……」
「うん、わかってくれたならいいのよ♪」

そう言って、美穂子ちゃんは華菜ちゃんの頭をクシャクシャっと撫でて
優しく微笑みました。

「1日早いけど、キャプテン、お誕生日おめでとう!」
「うん…うん、ありがとう、華菜」



「あ、キャプテン! 下校時刻過ぎてますよ!」

その声にハッと我に帰り、振り返るとそこには県予選の大将の姿が。
あの頃と変わらない、まっすぐな瞳が輝いていて。

「……何見てたんですか……って、フギャッ☆」

美穂子の手の中のものが『何か』気づいた華菜は、これ以上ない
ほどに驚き、顔を赤く染めてわたわたとパニック状態に。

「懐かしいでしょ? 今でも私の宝物なんだから」
「そ、それはぁ~! な、なんでそんなもの持ってきてるんですか!」
「あら、肌身離さず持ってて欲しい。って言ったのは華菜じゃない?」
「そんな、子供の時のお願いを守るなんて、キャプテン義理堅すぎるし!」
「いいじゃない、本当に嬉しかったのよ?」
「うぅ……」

申し訳なさそうに縮こまる華菜のもとへゆっくりと歩み寄ると、ふと何か
思いついたような表情を浮かべる。

「そうだわ、お礼返しはまだしてなかったわよね?」
「…え、そうでしたっけ?」

と、顔をあげた華菜の唇に、突如押し寄せる柔らかい感触。
触れるだけの軽いキスを落とす。

「きゃ、キャプテ…ッ!?」
「遅くなった分、これぐらいは許してね?」
「……にゅぁあああああ………!」

ふわりと華菜を抱き寄せると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
時を超え、場所を超え、高められた想いが今、花を咲かせた。

華菜の生涯で最高に幸せな日となったのは言うまでもない。

-ENDー

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最終更新:2009年07月11日 21:53