文化祭と言えば、年間学校行事における一大イベントの一つ。
無論この千里山女子高校でも実施される。
毎年この時期になると生徒たちは朝も夜も関係ないと言わんばかりに、企画会議を行う。
それはクラスであったり部であったりする。
特に何度も企画会議を行うのが部での文化祭準備である。
千里山女子の過去の生徒達が部費などについての抗議が相次いだ時、時の生徒会長が学校に掛けあった結果、文化祭の売り上げをそのまま部費にできると言う制度を作ったのだ。
一見これはありがたい制度に見えるが、文化祭の資金を部は部費で賄う事になっている。
つまり、赤字を出せばそのまま部費が減ると言う事。
ただ嘗ては部に出していた文化祭資金を最初から部費に計上してあるだから、使い方を選べるだけいいという意見もある。
その為千里山女子は一般では秋頃に開催される文化祭を五月に行う。
そうする事で、インターハイなどで予算を使い過ぎる事などないようにさせる為だ。
特に千里山女子高校は規模が大きい部が多い。
その代表がインターハイ常連の麻雀部である。
多い時は部員百名を越す大所帯だ。
毎年部員の知識と監督の上昇思考を総動員して行われる会議に私も今参加させられている。

「なんでこんな事に」

正直溜息しか出ない。

「泉、何を黄昏とるん?」
「園城寺先輩」

現在唯一の癒しの先輩が声を掛けてくれるが、心は晴れない。

「普通一年は裏方って聞いてとったんで」
「ああ、それはベンチに入ってないメンバーの話や」
「って事は江口先輩も一年の時からやってたんですか?」
「当然やな。仮にベンチ入りしとらんでもセーラの場合は裏方はやらせてもらえんと思うけど」
「でも江口先輩やったら、喜んで引き受けてくれたんやないんですか?」
「まさか。それどころか前日から泊まり込みで先輩達の監視がついとったで、確か」
「園城寺先輩は一年の時は何やったんですか?」
「私は受付や」
「へ?」
「泉が知らんのも無理ないけど。病弱な私が大忙しの中、皆に迷惑掛けんで出来る仕事は受付だけやったんや」

だから実質先輩が仕事をしたのは文化祭当日だけだと言う。

「私も受け付けがよかったです」
「残念やな。受け付けは倍率高いから」
「ですけど、なんで受け付けがそんなに倍率が高いんですか?」
「早く終わるからに来まっとるやろ」
「そんなにですか?」
「私も聞いただけやけど、受付開始30分で定員数に達してその後受付の掛りの子は一日文化祭を楽しんどったって話や」

先輩の時も午前と午後で分かれた受付もすぐに終わり、裏で喋っていたらしい。

「それで受付に集中する訳ですか」
「皆友達来たりしとるから、少しでも遊びたいんやろ」

これで少し納得が出来たが疑問はまだ尽きない。

「それでもなんで毎年そんなに麻雀部は人気が集中するんですか?」

幾ら流行りのものを取り入れていると言っても、そんなに人気が続くだろうか。

「それは偏に監督の商才のおかげやな」
「はい?」
「監督のあのトップ以外は目指す意味がないって言う姿勢と、あの眼力や」

確かに麻雀の才能を見極める眼力は凄いと思うが。

「監督がセーラのあの才能を発掘したおかげで、ここ二年は安泰してインターハイはもちろん、府予選でもええホテルに泊まれるんや」
「は?ホテル?」
「あかんで泉。自分も関係することなのに」

そんな事を言われても。今年が初めての事なのに。

「千里山は大所帯やからな。団体戦で府優勝を逃さん限りは希望部員全員でインターハイの行われる東京に行くんが通例や」
「まあ、記録でも確かに全員で行っていましたね」

整理を手伝わされた時に見た麻雀部の日誌に書いてあるのを一度見た事がある。

「つまりそれだけお金が必要になるって言う事や」
「でも、毎月部費の徴収してましたよね?」
「部費なんてたかが知れ取るからな」
「いや、特に足りんと言う事はない筈ですけど」

私は特待だから部費は免除されているが、確か他の部員から聞いたら決して安い部費とは言えなかった。

「私も詳しい額は分からんけど、バスを四、五台貸し切るだけで二、三十万掛るんやから」

ホテルの滞在費は言わずもがなであると言う訳だ。

「でも、千里山には後援会もついている筈ですし」
「無論や。数多のプロを輩出してきた関西最強の高校って言われる学校やしな。でも泉、どうせ東京行くんやったら、ええ所に泊りたいやろ?」
「まあ、それはそうですね」
「美味しい物食べたいやろ?」
「それは間違いないですね」
「文化祭の売り上げはな、東京滞在時の私らの食事代になるんよ」
「へ?」

文化祭は学校行事で確かに売り上げを部費にまわしていいと言う制度は存在するが、それが東京滞在時の食事代とは結びつかない。

「つまりインターハイで行くって言う事は学校行事の一つって事や。泊りになるし食事かて必要や。でも、朝晩食事のつく旅館やホテルってなると実際あんまりないからな」

あっても値段が破格に高いと言う。夏休みが被るので当然と言えば当然か。

「そこで東京では色々な店に行って食事ができるって事や」

人数が多すぎるのである程度希望で分かれるのだが。

「それにスタメンはルームサービス頼み放題やで」
「何でですか?」

幾らスタメンとは言え、そんな事が他に知れれば問題になりかねない。

「竜華が言ってたわ。ホテルでずっとテレビと睨めっこやって」

ああ、対戦相手をチェックする為に牌譜と動画を確認と言う事か。

「つまりホテルから出られんって事ですか」
「そう言う事やな。でも、開会式の日と対戦相手が決まるまでは自由行動やって言っとたけど」

どうりで自由参加にも拘らず試合に関係ない部員まで行きたがるはずだ。
試合を応援以外する事のない部員達は、東京観光をお楽しみと言う訳か。

「それ考えると千里山の麻雀部ってだけで、結構美味しいのかも知れませんね」

部費なんて親が出してくれる訳だから、自分達は何の負担もない。東京でのお小遣いの心配だけで、それさえも大抵の親が別にお金を渡す可能性が高い。

「ま、やから頑張って文化祭で稼いでルームサービス付きのホテルに泊らんと」

日誌には文化祭の売り上げが悪かった時にルームサービスのないホテルで缶詰めだったにも拘らず、食事はコンビニ弁当などだったと言う記録があるらしい。ちなみにこれが五年くらい前の事らしい。

「監督が言ってたわ。二度とあんな思いはしたくないって」

それはそうだろう。缶詰だったあげく、食事がコンビニではどこぞの締め切り前の小説家や漫画家みたいではないか。
想像しただけでも自分は嫌だ。

「と言う訳やから、泉も腹を括って覚悟を決めてな」

病弱をアピールしている筈なのになぜか拳を握る先輩。
癒しの先輩が一転して、恐怖の先輩に変わる。

「大丈夫。ナンバーワンのセーラもおるし、今年は私も裏方やないから」

一緒だから問題ないと言うが、病弱アピールが冗談ではすまないから逆に不安だ。

「練習頑張って皆で楽しい文化祭にしよな」
「はい」

こんないい笑顔を向けられては反論の余地はなかった。
文化祭まで残り一週間。特訓の日々が始まる。


「ほな、買い出し班は浩子からリスト貰って一番安い店を探してきてな。配達してもらえんかったら、金曜日に取りに行く事になるからちゃんとお店の人と交渉せなあかんよ」
「はい、部長」
「それから厨房の掛りは」

裏方の一、二年生達が文化祭で宛がわれた仕事を着々と進めていく。
文化祭はクラスの出し物もあるので、部の方ばかりに掛りきりにはなれない。
そこで人数の多い部らしく前日までの準備組と当日の本番組で分けられたのだが、本番組には過酷な練習が待っている。
つまり本当は準備組の方が当たりなのだ。
当日組はあまりクラスの出し物に貢献できない分、準備を手伝っているのだがその後で練習が待っているのだ。

「いらっしゃいませ」

笑顔でお客様を席まで誘導するのだが、そこまでの道は遠く険しい。

「ちがーう!!何度言わせる気や!?そんなじゃ全然アカンのや!!!」

監督の怒声が響く。

「いいか泉!お客様はあんたの接客に金を払ろうてくれるんやで!?それなのにそんなあからさまな営業スマイルはないやろ!!?」
「はい」

精一杯の笑顔を否定されちょっと泣きたい気分だ。

「ほれ見本を見せてやり、江口!!」
「まかしとき!!」

張り切る先輩に御客様役の一年生に先輩が笑顔で挨拶をする。

「いらしゃい、よく来てくれたな!ほら席はこっちや」

席の方まで行って誘導する先輩の指示に従って、客に扮した一年生が座ると同時に先輩がメニューを渡す。

「今日は何にする?俺のお勧めはこれやで。セーラスペシャル。俺が一生懸命考えたメニューや」
「/////////じゃあ、これを」
「セーラスペシャルやな。ほなすぐオーダーしてくるからちょっと待っとてな?」

先輩の接客に頭痛を覚えながら眺めていると、隣で一緒に見ていた監督の肩が震えているのに気づく。

「完璧や!!これやこれ!!分かるか泉?この江口の接客!これがあんたに求められてるもんや」
「はあ」

無理や。と正直思った。
しかし今は文化祭の出し物とはいえ、部員皆で取り組んでいる事。ここで一人投げ出すわけにもいかない。

「ほな、今の見本にしてやってみ」

監督の言葉に頷き、先輩のやってた通りもう一度チャレンジする。

「いらっしゃい、よく来てくれたわ」
「あ、泉。言葉遣いは真似せんでええで。お客によって多少変えるようにさせるけど、最初は目上の人と話す感じでな」
「はい」

地獄の特訓は今日も続く。
文化祭まで後四日。



文化祭まであと二日と迫った。
準備も何かと大詰めに入り、学校全体がドタバタしている。
千里山の文化祭は多い時は一万近い記録を出す事がある程人気だ。
アイドルなど呼んでコンサートを行う訳ではない事を考えると十分以上の集客率だろう。
その準備をする側としては猫の手も借りたいほど忙しい日々。

「泉、ほらサイズ確認するからこっちきてや」

部長が当日の制服を手に持ち、私を手招きする。

「本当に当日これを着なあかんのですね」

一週間前に吐いた以上の溜息が出てしまう。

「泉は何が不満なん?ちなみに私はこれやで」

じゃーん、と効果音が聞こえてきそうだ。

「ええ感じやろ?泉のも用意するの大変やったみたいやし。今年こそ文化祭でトップは麻雀部が頂きや」
「さようですか」
「うんうん。衣裳係の子達もええ仕事してくれたし、文化祭当日もばっちりやな」
「もっとよく調べてから学校選ぶべきやったな」

インターミドルでの成績で幾つかの名門校から特待の話が来て、昨年準優勝と言うのと部活内容で決めたけど。イベントまでは頭が回ってなかった。

「部長は恥ずかしくないんですか?」
「何が?」
「何がってそういう格好してあんな接客するんですよ?」

後ろで接客の練習をしている部員達をちらりと見る。

「今時珍しくないんやろ?それに皆ノリノリやん。私も怜もオマケにセーラまでやる気満々やし」
「まあ、他の部員は立候補ばかりやったしええでしょうけど」

私の場合は一切拒否権がなかったので、ノリ気になれと言われても無理がある。

「泉はまだ文句いっとるん?」
「おわ!?船久保先輩」

後ろに立つ船久保先輩を避けるように部長の後ろに非難する。

「?浩子、どないしたん?」
「厨房係からの報告で、グラスが足らんかもしれんって言うてるんやけど」
「あちゃー、それは困ったな。去年も足らんで洗い場が苦労しとったから今年は多く借りれるように申請したんやけどな」
「それがどうも他の部も必要やって言って譲らんかったみたいやな」
「そうかー。後どれくらい必要なん?」
「まあ、最低でも30」
「30かー。皆の家から持ち寄ってもええけど形がバラバラになるからな」
「まあ、見栄えを考えるんやったらアカンけど」
「紙コップよりはマシやもんな」
「買ってきてもええけど。今時百均で売ってるし。監督に行って車出してもらえばもうちょっと安うすることも可能やけど」
「けどそれでお金使ったら本末転倒な気がするし」
「……」
「……そや!確か去年インハイ行った時に東京でずっと使えるお揃いで何か買おう言うて一年生がグラス買ってたやろ?」
「去年の一年って私らの事かいな?確かに買って家にありますけど」
「多分30ぐらいになるはずやから、確か同好会の集まりで喫茶店やるはずや。規模が小さいから言うたら取り替えてくれる筈やわ」
「ああ、そう言えば。今年は同好会が手を組んでやってたわ。ほな交渉に」
「私が行くからええよ。確かクラス子が代表やったはずやから」
「ほな、頼みますわ。その間は交代するんでよろしく」
「ほな、行ってくるわー」

駆け足で出て行く部長を大変だなと見送ると、クルリと船久保先輩が此方を向いた。

「さっきの続きやけど」
「へ?」
「まだ文句言うとるんやろ?」

元々ジト目の先輩の目が一層ジト目を増し、私を見る。

「そんなつもりじゃ」
「分ってたから、言い訳はええわ」

言い訳を禁じられ為す術がなくなり固まってしまう。

「泉は意識してしようとするからアカンのや」
「意識ですか?」

とは言え、意識しないであんな接客は出来ない。

「そうや。麻雀の時もそうやけど、何か課題出すと必ずと言っていいほど意識しすぎて逆に悪くなっとる。集中出来てへんことも多いしな。意識し過ぎてる事にも気づいてないのが更に最悪や」
「……」

否定できない。意識し過ぎてるかは別にしても、集中出来てない事は確かによくある。

「ほな、どうすればええんですか?」
「意識せんことやな」
「そんな無茶な」

それができたら今頃苦労してないはずだが。

「簡単にはできんのは当然やな。そこで私からのアドバイスはこれだけや。同級生や下級生にしてるみたいに接しながら接客したええねん」
「それって」
「監督も言うとったけど、あくまで敬語でな」
「無理言わんで下さい」
「無理やない。あんたが気にするのは言葉遣いだけでええ」
「言葉遣い……だけ」

それだったら無理なくやれそうだ。

「分かりました。やってみますわ」
「その意気や。ほな、練習に戻り」
「はい」

言葉遣いだけで他は友達に接するように……。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しに」

文化祭まで後1日。


いよいよ明日に迫った文化祭。
麻雀部は滞りなく準備を進めていく。
買い出しなどは後商品を受け取るだけなので問題はない。
後は営業する場所のセッティングだけ。

「それにしても、よくここが借りれましたね」

椅子などを運び込みながら疑問を口にする。

「えらい苦労したで。なんせ倍率高いからなここ」

普段は見向きもされない場所だが、文化祭の時だけは違う。
ちょうど麻雀部のある棟の隣にある、今は使われていない棟。
渡り廊下で繋がっているが殆ど誰も行く事はない。
使用方法と言えば物置ぐらい。
そんな場所が文化祭で人気の理由はテラスがある事。
喫茶店など飲食系の店をする部に人気の場所。
例にもれず麻雀部も飲食系で毎年勝負をしているので、毎年ここが使えるか使えないかが飲食部門では勝負の分かれ目とも言われるらしい。

「ここは校門から少し離れてるし、他の店も殆ど出さんからな」
「休憩するんやったら、こういう場所が落ち着きますよね」
「そやけど、俺はあんまり好きやないな」
「何でですか?」

騒がしい文化祭の空気で疲れた気分を落ち着いた場所で癒す。
理想的だと思うのだが。

「いや、俺だけかもしれんけど。文化祭ってやっぱり騒がしいからええんやないか。あのお祭りの独特の空気を感じるのが」
「あーそれは分かります」
「俺は落ち着くんは、終わった後でもええかなって思ってな」
「でも、先輩去年も一昨年も脱走しようとしたって聞きましたけど」

確か江口先輩の為に文化祭前日と文化祭1日目は学校に泊りこんで、脱走を阻止したとか船久保先輩が言っていたはず。

「ふ、まあな。それは事実や」

過去に思いをはせるように眼を瞑る先輩の背中が一瞬悲しみを纏った気がした。
しかし、次の瞬間には全てが過ぎ去った事と言うかのように晴れやかな顔で私を見る。

「今年はそんな事はない。むしろ去年までの俺と違って文化祭が楽しくて仕方ないんや。こんな気持ちで高校最後の文化祭を過ごせるとは昔は思わんかったわ」

一体自分が知らない文化祭で何があったのだろうか。
過去の詮索をする趣味はないが気になる。

「今年の俺は俺として、本当の意味で過ごすんや」

希望に満ちた未来への眼差しが眩しい。

「何時までそこで喋っとるん?」
「怜」
「園城寺先輩」

テーブルクロスを持ってジト目で見てくる先輩は、明日着る予定の衣装を着ている。

「似合ってるやん」
「お世辞話はええわ」
「本当やで」
「けど泉に比べたら全然やろ?」
「まー、泉と比べたらな」
「自分と比べんといて下さい。そんな格好してるのに何か可愛らしいですね」
「そう?この衣装ブカブカやからね」

そう言ってクルリと回る先輩の衣装は確かに裾が長いし肩幅も余っている。

「後はこんな感じで髪を結ぶ予定や」

そう言って手で後ろ髪を掴む。

「おー、なんかまた印象が変わるな」
「ほんまに、お似合いですよ」

何時もの印象と被るのだが、それでもいつもと違う感じがする。不思議な感じだ。

「ありがとう」

それにしても

「こうして考えると監督って、やっぱり凄いんやな」
「何や泉?監督は最初から凄いで」
「あの、人の持っている素質を活かすのに監督以上の人はおらんと私も思うで」

何を今更という顔の二人に苦笑する。

「そうですね。確かに」
「それより早よせんと監督が呼んどるから」
「なんや、そんなに急いで?」

まだ少し準備が残っているのにと江口先輩がぼやきながら椅子を置く。

「泊り込み組は申請出せって監督が」
「あー、忘れとったわ」
「5時までに出さんといかんから早くな」
「泉はもう出したんか?」
「はい。昼休みの間に」
「そうか。でも、今年は俺逃げへん言うてるのに、なんで泊まり込みなんや?」
「ええやん。ええ思い出やろ?学校に泊るなんて今しかできんことやし」
「まあな。ほな、ちょっと行ってくるわ」
「はい」

大手を振って出て行く江口先輩を見送り作業を続ける。

「それにしても脱走の心配がないのになんで泊まり込むんですか?別に学校やなくても家とかで泊ればええんやないですか?」
「一巡先が見える私にはセーラが今年も脱走しようとする姿が見えとるよ」
「へ?」
「その時になったら泉にも分かるわ」
「はぁ?」
「確かに“今日”は泊りこまんでもええやけどね」

問題は明日やからと言いながら、先輩は椅子を並べるのを手伝ってくれた。


文化祭当日。
それは朝食を終え、皆で衣装に着替えようとした時の事だった。

「なんやこれぇー!!!!!!!!!!!!」

江口先輩の怒号が学校中に響き渡った。

「おかしいやろこれ!なんで俺だけ!?」
「あら、それは違うで。ちゃんとほら私も?」

船久保先輩が笑いを堪えながら江口先輩を説得している。

「予定と違うやろう!!」
「セーラ残念やけど予定通りや」

叫ぶ江口先輩の肩を園城寺先輩がそっと叩く。

「な!?」
「素直に諦めた方がええ」

部長が菩薩の顔で江口先輩に告げると同時に後ろには監督が立っていた。

「ごめんなセーラ、監督には逆らえんから」
「ほんまに、でも大丈夫。今年もMVPはセーラで決まりやから」
「おばちゃ、監督の文化祭での命令は絶対やしな」

園城寺先輩が申し訳なそうに謝る中、部長が天然で返し、船久保先輩が止めを刺した。
監督の圧倒的な空気に江口先輩は逃げ出す事が出来ずその場で震えている。

「ほんなら江口」
「!」
「今年も準備を始めようか?」
「イヤや―――――――――!」

監督に襟首を掴まれ引き攣られる江口先輩の悲鳴が、忘れられない文化祭の思い出1号になった。

「あ、泉はこっちに変わっとるから」
「へ?これですか?」

園城寺先輩に江口先輩様だったのを手渡され、ちょっと戸惑う。

「あ、でもこれは変わらんから」
「はい?」

部長が渡した物を見て不自然さを感じながらも準備をする。

「ほな、準備も整いましたので開店しまーす!」

部長の言葉と同時にお客さんが入ってくる。

「ようこそ、おいで下さりました」

部長がお客さん第1号を案内するのを見ながら私も案内を始める。

「いらっっしゃいませ。お待ちしてました。ゆっくりして行ってください」

文化祭は幕を開いた。



「うぅぅっ……」
「いつまで泣いとるんセーラ」

文化祭で今年も大きな傷を負ったらしい江口先輩は、園城寺先輩に慰められながら後夜祭に出席する。

「ほら、もうすぐMVPと今年の売り上げのトップが発表されるで」

部長の言葉で江口先輩が壇上を見上げる。

『さあー、今年もいよいよMVPと売り上げトップの発表だー!!』

今年こそ念願のトップをと息巻いていただけに、全員耳を澄ませて聞く。

『今年のMVPは過去最多の5人だー!!』
「いえー」

会場が異常な盛り上がりを見せる中、ついには発表される。

『一人目は今年もダントツ人気で3年連続の江口セーラさん!』
「うぉぉぉぉぉ」
『そして二人目も3年連続の小林立さん!!』
「ふぉぉぉぉぉぉ」
『まだまだ続くぞ!今年は注目のダークホースが二人現れた!!!園城寺怜さん清水谷竜華さん!!!』
「わぁぁぁぁぁぁぁ」
『そして最後は、新入生で断トツの注目を集めた二条泉さんだぁー!!!!!』
「へ?」

麻雀部のスタメン五人のうち四人が呼ばれた。しかもそれに自分も入っている。

「やったで泉!私らMVPに選ばれたんや!!」

部長が手を挙げて喜ぶのを、苦笑交じりで見つめる園城寺先輩。
実感がわかない。
MVPになる様な事をした覚えがないからだ。

『なお、投票数は奇跡の五人とも同数だ!!!!!!!!!』
「いやっほぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!」
『江口セーラさんは今年も変わらず男女同数。小林立さんは今年も男性からの票が圧倒的だ。そして園城寺怜さんは女性票、清水谷竜華さんは男性票を多く獲得だ―――!!!!』

会場の盛り上がりが一段とヒートアップする。

『そして最後は同年代より中学生や年上の女性にダントツ人気だった二条泉さん!!!!今年一年生と言うだけに来年も期待しよーう!!!』
「いぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
『そしていよいよ最後の皆様お待ちかね今年も不動の人気を誇った店が二店。毎年毎年激しい集客争いが繰り広げられた今年の優勝は、ついに念願の麻雀部が漫画研究部と同点だ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!』
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「よっしゃぁぁぁぁ!」
「やったで竜華」
「ついにやったな怜」

先輩たちの喜びの声が次々にあがっていく。
同率一位。
先輩達が入学してから退いていたトップに同率とは言え、トップに戻ったのだ嬉しいだろう。

文化祭が終わり麻雀部一同での打ち上げが始まる。

「よくやったで!お前達!!」

監督がビール片手に私たちを褒めるが、正直微妙だ。

「私の目に狂いはなかった!!」

自信満々に言い放つ監督に皆笑いながら文化祭の夜が明けていった。


オマケ

「船久保先輩。何してるんですか?」

文化祭の記録を編集していると泉が飲み物片手に近付いてくる。後ろには部長達も一緒だ。

「今のうちに編集しておこうと思って」

データーを家に送信しないと。

「来年に活かすんですか?」
「ああ、そんなところや」

泉に渡されたジュースを飲みながら気のない返事で返す。

「泉ー!何処行ったーー!?」
「ほら監督が呼んでるで、はよ行かんと他に被害が」
「……行ってきます」

力なく監督の下へ向かう泉の背を無視して部長達がiPadを覗きこむ。

「うちらにも見せてーな」
「はいはい。今年は泉も居ったから、ええのが撮れてますよ」
「お、ほんまや」


『ちょ、こら撮んなや!』
『ほらお客さんやで』
『っ~~~~~いらっしゃいませ』
『おー、今年も来たよ。セーラちゃん』
『別に来んでもええ!!』
『またまた、今年のインハイも応援するから』
『うるさい!!はよ注文してや~』
『おう、セーラ俺らもきたで~、相変わらずメイド服似合っとるやんけ~』
『なんでお前らまで来とるんや!?帰れや!!』
『お客様に向かってそれはないやろ~』
『うるさ~い!!!』



「セーラは相変わらず人気モノやんな」
「本当やな。小学生の時の同級生とか私は連絡すらとっとらんのに」
「ま、普段とのギャップが人を狂わせるもんや」

統計にも出とることや。

「こっちはうちらか」
「ま、二人は狙いから少しそれたけどな」
「何の話や?フナQ」
「何でもない」

(病弱な少年とそれを甲斐甲斐しく面倒をみる幼馴染って事で腐女子の投票を狙ったんやけど、部長はやっぱりあの天然で男心の方を射抜いたか)

「こっちは泉やな」

『いらっしゃいませ。ようこそ、こちらへどうぞ』
『うちの高校は初めてですか?』
『こんな可愛い子が後輩やったら、毎日学校来るのが楽しいやろな』
『今日ここで会えたんも何かの運命なんかもしれないですよ、おねえさん』
『私はどんな外見でもいいから私を一番い思ってくれる人がええかな』
『もう、帰ってしまうんか。何や少し淋しいけど、また来年もおるからその時は来て下さいね?』

「それにしても今年は泉にめっちゃ助けられたわ」
「ほんまに。泉のあの天然たらしっぷりは竜華とええ勝負やわ」
「怜?」
「なんでもない」

部長の鈍さに拗ねてそっぽを向いとるわ。

「それにしてもなんで泉は学ランでネクタイなん?」
「暑いって言って脱いだ時シャツだけやったら男装に見えんかなって思って」
「ああ、なるほどな」

(おかげでそのアンバランスな感じが、余計に受けてたみたいやけどな。生意気な大人びた少年もやっぱり受けがいいな。監督との計画通りや。漫画研究部の客を麻雀部に引き寄せるのがこんなにうまく行くとは思わんかったわ)

「来年も泉がおるなら、麻雀部は“オーダーが届くまで貴方だけの男装ホスト&メイドクラブ”で決まりやな」

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最終更新:2012年08月19日 00:42