<智紀視点>

純と初めて会ったのは、透華のスカウトで龍門淵高校に入学した時。
一見して、私とは違い外向的な人だと思った。
白いYシャツに男物のネクタイなんかしている時点で奇抜だし、
しかもその格好で気後れせずに話しかけてくるから、少し気後れした覚えがある。

「俺は井上純。よろしくな」

一人称は俺……。
開けっ広げな笑いとその男言葉に圧倒されて、純が挨拶がてら差し伸べてきた手を掴み返し損ねてしまった。

この人、苦手。

はっきり言って、純に対する最初の印象は決していいものだった。
麻雀を打ってみて、その苦手意識はもっと確かなものになった。

麻雀を打つ時も純は独特で、まず椅子座る姿から人と違う。
どっかり胡坐をかいて、膝の上に肘を乗せて頬杖なんかついている。
その格好で試すようにこっちを見てくるから、ペースが崩される。

私は牌効率や期待値を考えて打っていく堅い打ち方。
純はというと、対照的に手なりで手牌を作っていく打ち方で、穿った見方をすれば場を荒らすタイプで、
一言で表すならば水と油。
こっちの様子を逐一窺いながら、チーやポンでかき回してくるから、私としてはとてもやりにくい。

やっぱりこの人、苦手。

一緒に全国を目指す仲間には違いないけれど、友達にはなれないタイプだと改めて思った。



61 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/19(日) 00:55:09 ID:f2smLBmJ]
それなのに純が好きになってしまったんだから、つくづく不思議。
あんなに苦手だったのに。
きっかけは、一年生の時のインターハイ予選。
準決勝で次鋒として対局に臨んだ私が、散々に放銃してしまったこと。

終了のブザーが鳴った時点で龍門淵のマイナスは3万点で最下位。
全ての元凶である私の目に、控え室に戻るまでの廊下が酷く長く映った。
みんなを窮地に追い込んでしまった責任で足が前に進まず、会場のざわめきも遠くに聞こえる。
帰って早々に透華に怒られ、これで負けたら自分のせいだと後悔で一杯になった。

あの時あの牌を切っていなければ…
リーチにいかずにダマで通していたら…

一つ一つの局面を思い返すごとに鼻の奥がツンとする。
どうしよう…
どうしよう…
涙で視界がぼやけ始めたその時、思いもしないことに純が声を掛けて来た。

「気にすんなよ、智紀」
「お前が対戦相手のデータを集めて万全の準備で試合に臨んでることはみんな知ってるよ」
「それで結果が出なくても責めたりはしないって」
「結果が出ない時のために俺たちがいるんだから、頼ったっていいんだぜ?」
「なんでも背負い込むのはお前の悪い癖だよ」

いつもの饒舌さであれこれ慰めの言葉を言って、純が開けっ広げに笑って見せる。
不安に竦んでいた心がほぐれ、不安が嘘みたいに晴れていく。

「ってことで、あとは俺に任せとけ」

その頃は今と違って一が先鋒で、純が中堅。
立ち上がって、対局室に向うその背中が頼もしかった。
やがてモニターに現れた純がいつものように胡坐をかいて自信満々に笑ったのだけれど、
その姿が初めて格好良く見えた。

63 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/19(日) 00:57:42 ID:f2smLBmJ]

「な? 言った通りだろ?」

言葉通り、私が作ったマイナスを帳消しにして戻ってきた純が、こっちを見て笑う。
優しい表情に溶かされて、それまで純に対して抱いた苦手意識が氷解していく。

どうしてそれまで気付かなかったんだろう?
純がこんなにも優しい顔で笑うことに。

白いYシャツに男物のネクタイなんかしている奇抜な格好や、物怖じしない性格、
あるいはその打ち方ばかり苦手に感じて、ずっと純という人から目を背けていたことに、その時初めて気付いた。
単純かも知れないけれど、もっと純のことが知りたいと思った。


以来、龍門淵邸で、学校で、あるいは麻雀部の部室で、純と話す時間が増えていった。
マイペースでともすれば自分の世界にこもりがちな私と違って純は自然体で、
一緒にいるとそれだけで世界が広がるみたいに感じた。
間もなくずぼらな純に私が勉強を教え、代わりに出不精の私を純が外に連れ出すようになり、
そんな風に二人でいる時間はいつもドキドキした。
ドキドキするわけは自分でもなんとなくわかっていた。
知れば知る程、純が好きになる。
友達としてではなく、それ以上に大切な人として。

だから純がファンクラブの子とのことでちょっと感傷的になっていた時は少しでも励ましてあげたくて

「純は純だから」

と言ったのだけれど、そこに込められた私の好意には気付いてないみたい。
純はそういうことには結構鈍感だ。

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最終更新:2012年06月17日 09:49