357 名前:名無しさん@ローカルルール変更議論中[sage] 投稿日:2009/06/18(木) 03:52:34 ID:w+YOD8BQ
書いた。

「とーか、そろそろ準備しとかなきゃ」
「……え、ああ!! わ、わかりましたわ……」
一が声をかけると、どこか上の空だった透華はびくりと大げさにリアクションした。
一は鎖を渡して背中を向ける。
受け取った透華は、手の中の鎖と、一の華奢な背中に交互に視線を送っていた。

「この鎖がなくなったら、透華が少し遠くなっちゃうような気がするんだ……」
龍門淵透華の頭の中で、一の言葉が延々と渦を巻いていた。
……この鎖に、一があんな想いを込めていたなんて。
あの長い長い一日から二週間が経ち、大事な全国大会の初戦を迎えていたが、
一の言葉と笑顔の余韻は一向に治まらなかった。
むしろ、頭の中で反芻しているうちに増幅し、より強烈な力で透華を縛り付けていった。
あの言葉を頭の中で何度も何度もこねくり回してみた。
どう解釈しても、自分をもっと近くに感じていたい、という告白にしか思えなかった。
ああ! こんなことなら、気恥ずかしいからといって話をそらさなければよかった。
日に日に透華の頭の中で一の存在が大きくなる。一の視線、一挙手一投足を気にしてしまう。

それまで一は透華が着替えていても平然としていたし、風呂では背中を流すのを自ら買って出ていた。
透華もそれが当たり前のことだと思っていた。しかし、あの告白以来、何かが変わってしまった。
一は透華が着替えはじめるとそそくさと視線をそらすようになり、
裸の付き合いでも態度がよそよそしくなってしまった。
平常時でも一に見られるとどうにかなってしまいそうだった透華にとって、
それはほっとすることでもあり、また同時に、どこかもの寂しくもあった。
しかし……。
一が、たまに誘惑に負けてチラチラと自分を見ているような気がするのは、ただの思い上がりなんだろうか。
肌に触れるのを躊躇するようになったのは、自分を意識してくれているからではないだろうか。
ああ……。
「――おーい!! 透華ぁ、国広ぉ、もう十分前だぞ、早くしろよ」
純の声ではっと我に返る。そうだ、今は一にいつもの鎖を付けるところで――
「と、透華? まだぁ?」
見れば一は、頬を染め、心細げに身体をもじもじさせていた。
時折こちらを振り向き、上目遣いの視線をちらちら投げかけてくる。

透華の心臓がとくんと鳴る。
まるで……そう、今の一は、恋人からの愛撫を待ち焦がれているかのようだった。
桃色に染まったうなじから、スイカズラのような甘い匂いが立ち上り、透華の鼻をくすぐる。
透華の心臓がまた一段高く鳴った。この匂いは……。

そうだ、自分が一にプレゼントした香水の匂いだ。
いつだったか、買い物に長々と付き合わせてしまったときに、
半ば押しつけつようにして買い与えたものだ。確かに覚えている。
一は「ボクにはまだ早いよ……」としきりに遠慮していた。
そして自分は――いつか必要になる時がくるから、持っておけ、と押し切ったのだ。
「はじめに好きな人が出来た時にでも使いなさい」自分は確かにそう言った。
好きな人が出来た時に。

透華の胸がきゅんと締めつけられる。
「……オイオイ、お前ら何ちんたらやってるんだよ。東京の中堅やばそうだぜ?
 お前ら二人で――くはッ!?」
「無粋……」智紀の抜き手が井上のわき腹を穿っていた。
「は、はじめ!!」矢も楯もたまらず、透華は一を後ろから抱きしめていた。
「わ、わぁー!? とーか?!」何かしらのアクションか言葉を期待していた一も思わずどぎまぎする。
透華は大きく息を吸った。一にここまで言わせたり準備させたりして、
自分だけ日和っていたら卑怯者だ。前に回した手に力を込める。
「はじめをわたくしだけのものにしたいですわ~!!
 これからも、わたくしの専属でいてほしいですわ~!!」一思いに、想いをぶちまけた。
一瞬、しんと静まりかえる選手控え室。
「……。あ、ありがとう透華、すっごい嬉しいよ……」やがておずおずと一が言う。
「ボク、勇気を振り絞って……ってあれ? とーか?」
振り返って透華を見ようとするが、
「ダメですの~!! とても今の顔は見せられませんわ~!!」
透華は顔を一の背中に埋めたままくるくる回っていた。
「ちょっとちょっと、ボクはちゃ~んととーか見つめていったのに、
 それは不公平だよ……」何とか顔を見てやろうと体をくねらせる。
「駄目~!! 絶対に駄目ですわ~!!」必死にしがみつく透華。
「ン、ゴホン!!」純のわざとらしい咳払い。
「あ……」「あ……」ふと我に返るふたり。智紀たちの視線を感じ、ぱっと身体を離す。
「う~、もう時間ぎりぎりだよ。じゃあ、行ってくるね、透華」小走りに駆け出す。
「……行ってらっしゃいまし」透華も笑顔で送り出す。
「頑張って、はじめ……」うれしそうな智紀。

ドアをくぐり抜けようろする一を純が呼び止める。
「お~い、国広くんよぉ、恋人が出来てうれしーハッピーな気分なのはわかるけどさ、
 試合のほうは大丈夫なんだろうな?」からかうように言う。
「――任せてよ」一が振り返り、破顔一笑。
「ボク、今なら衣にだって負ける気がしないよ!!」

おわり。

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最終更新:2009年07月11日 16:28