392 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/10/11(日) 21:41:40  ID:wh373p8S Be:

口下手な私が彼女に近づく方法は1つしかなかった。
強くなって一緒に団体戦に出場すること。


「ロォォーン!12000点!これであたしがぶっちぎりトップだし!」

風越の麻雀部に入部して1年生同士の実力を量る対戦が行われた。
その中で誰よりも目立つ子がいた。

「すごいね…。えぇっと…。」

同卓のショートカットの子が呟いた。

「池田華菜!」

そして、目の前で繰り広げる会話をただ見つめる私。
ショートカットの子は早速、彼女に名前を覚えてもらい仲よさそうに見えた。
彼女が上級生卓の方へ行ってしまってから、やっと私も声が出せた。
さっきまで、その存在に圧倒されていたのだ。

「すごい…。あれが池田華菜…。」
「んん?知ってるの?」
「有名。」

私は実際に当たったことはない。
だけどその強さは有名だった。

「全中でもかなりいい成績だった。」

そこに福路先輩がやってきた。
私は池田さんを目で追いかけたまま、耳を傾けた。

「あの池田華菜さんは今年の1年生の中ではただ一人の特待生なのよ。」

特待生か…。
あの強さなら当然。
私は彼女の牌譜を見た時からずっと憧れていた。
近づきたかった。
だけど口下手な私。福路先輩のようにも、吉留さんのようにもできない。
きっかけも作れない。
ただただ、私の憧れだった。

「ロォォーン!これで上級生相手にも連勝だし!」


********


いつか彼女に名前で呼ばれるように。
吉留さんみたいにあだ名で呼ばれるように。
口下手の私にはこうしてでしか彼女に近づくことができないから。
彼女は今、雲の上の存在で私には手が届きそうにない。
私にできることは1つ。
強くなること。
そして彼女と一緒に団体戦に出場すること。

1年生の冬の頃、私はようやくランキングで8位になっていた。
あと、少し…。もう少し。

学校帰り、商店街を歩いていると1枚のポスターが目にとまった。
そうか、もうすぐ…
「バレンタインデー。」

最近のバレンタインデーというものは決して女が男に渡すだけのものではないらしい。
日ごろの感謝の意味を込め、先輩や友達、いつもお世話になっている人に渡す日でもあるらしい。
…これだ。
私は本屋へ急いだ。


********


「みんな、ハッピーバレンタイン!みんなにチョコを作ってきたの。」

バレンタインデー当日。
教室でもチョコの受け渡しがさかんだった。
やっぱり福路先輩はすごい人で、部員全員分にチョコを用意していた。
受け取ったものを見て、悲しくなる。
さすが、福路先輩…。
このあとに渡すなんて、私できない。

「福路先輩、おいしいしぃ。」
「とってもおいしいです。」
「ありがとうございます。」

盛り上がってる中、水を差すわけにはいかない。
私も受け取ったチョコを口にいれた。
おいしい・・・。

「ありがとうございます。」

お礼を言って改めて思う。
こんなすごくおいしいチョコの後に私のチョコなんて渡せない。


*********


結局、用意したそれらは渡せないまま部活が終わってしまった。
ぞろぞろと部員が帰りだす。
もう部室に残っているのは私と福路先輩と池田さんと吉留さんだけだった。
私はひとつ溜息をついた。
お母さんとお父さんにあげよう…。
そう思いながら立ち上がった時

「にゅあ――――――っ!!」

後ろから彼女の叫び声がして振り向いた。

「どうしたの、華菜?」
「華菜ちゃん?」

池田さんの足元には昨日作ってラッピングしたチョコがあった。
どうやらぶつかった拍子に出てきてしまったらしい。

「これ…。」

そう言って池田さんがこっちを見たので緊張してしまう。

「あら、チョコ。華菜の?」

福路先輩がそう言って、池田さんは首を振った。
そして私に視線を投げかける。

「じゃあ、深堀さん?」

吉留さんがそう言ってこっちを見たので私は静かに頷いた。

「とってもよくできてるじゃない。みんなに配らないの?」

私は首を横に振った。

「どうして?せっかく作ったのに。」
「ふ、福路先輩のがすごくて…。」

自信をなくしたんです。
と言おうとしたが、それは彼女の声にかき消されてしまった。

「にゃあーー。これもおいしいし!」

池田さんが1つ手にとって食べていた。

「みはるんも1つどう?福路先輩も!」

そう言って池田さんは2人にそれを渡して、こっちに来た。

「おいしかったし、ありがと!これを渡さないなんてもったいないし!」

ずっと憧れていた彼女の笑顔が目の前にあって緊張してしまう。

「あ、ありが…」

ありがとう、という言葉もうまく出てこなくて。

「深堀さん?名前なんていうの?」

池田さんの後ろで福路先輩と吉留さんがおいしいって言ってくれてる声が聞こえた。

「名前は?」

池田さんはもう1度尋ねた。

「純代。深堀純代。」

応えると池田さんはにゃーって笑った。

「じゃあ純ちゃんだね!よろしくね、純ちゃん!」


**********


あの後、福路先輩が明日渡しましょうと言って、私が作ったものを冷蔵庫に入れた。

「あたしのことも華菜ちゃんって呼んでね!」

池田さんはそう言って笑い、私は初めて池田さんと帰った。
二人でっていうわけじゃなくて、福路先輩と吉留さんも一緒だったけど。
福路先輩の隣を歩く池田さんが、たまにこっちに微笑みかけてくれるのが嬉しかった。
2年生になったら一緒に団体戦に出たいという思いが強くなった。

今日という日は私にとってすごく特別な日になった。

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最終更新:2009年10月13日 11:15