373 名前: ◆zzzEXETDsw [sage] 投稿日:2009/06/18(木) 21:58:19 ID:MIhEuFlY
「すずめ」


 学校に向かう川沿いの桜並木。その下を通る道にはボタボタと桜の花が散ってい
る。

「風情も何もあったものじゃないわね」

 立ち止まり、桜の木を見上げると、雀たちが賑やかにさえずり、そのかたわら新しい桜
の花がつぎつぎと路上に落ちてきていた。その散り方は、散り際の潔さを象徴する椿を連
想させ、新入部員獲得にむけた初日にしては幸先の悪いものだった。

 朝から嫌なものを見ちゃったわね。

軽く眉をひそめると、ふいに横から声がかかった。

「桜に雀か…。梅にウグイスとちがって風情がないのう」

いつの間に現れたのか隣には2年生になったまこが、私と同じように桜の木を見上げてい
た。

「ところであの原村和が清澄に来たつーのは本当じゃろうか?」

 相変わらず耳が早いというか…。

「えぇ。本当よ」
「勧誘に行かんのか?」
「しばらくは様子見ね」
「なんでじゃ?全国をねらうなら欲しい人材じゃろ」
「実力的には十分でも、打つ気がない人はいらないわ」
「ここでも待つ気なんじゃな」
「えぇ、逆にやる気があれば初心者でも大歓迎よ」
「そうけぇ…、あんたがそいでいいんなら、そいでいいんじゃろう」

 まこは黙って桜の木に目を転じた。

 彼女はいつも理由を聞かない。去年の県大会も個人戦なら彼女一人でも参加できたのに、
私が出ないと知ると、いつものように笑いながら「しょうないお人じゃ」といいながら自
分の参加をとりやめた。"過去局のデータの鬼"といわれる彼女の戦い方なら、多彩な人と
の対戦経験、とりわけ今後のことを考えるのなら、同年代の相手との対局の経験はなにも
のにも得がたいものなはずなのに。

 何も言わずに支えてくれ、わがままを聞いてくれる。これじゃあどっちが上級生か分か
らないわね。

まこの横顔を見ながら軽く苦笑する。

 私にとってあなたと出会った意味…。前はよく考えたものだった。
でも今は考えなくとも答えは分かる。
中学のときの私と今の私。比べれば一目瞭然。
あのころの私なら『全国制覇』を目標にし、原村さんの獲得に動き、インターハイが終わ
るまでどんな理由があろうと初心者を部に迎え入れることはないだろう。
では、逆は?
私がまこと出会った意味ではなく、まこにとって私と出会った意味は?
最近はよくそのことを考えるようになった。

桜の木の陰でひときわ大きな雛鳥の鳴き声がし、私の考えをさえぎった。
声のする方に2人して歩いて行くと、巣立ちに失敗したのか1羽の雀の雛が大きな口を開け
て鳴いていた。

「こりゃあかんのう」
「あかん?」
「羽を痛めているようじゃ。これじゃあ巣にも戻れんし…餌もまだ自分では取れんじゃろ
う」

見ると片方の羽根を半開きにして、おぼつかない様子で必死に私達から身を隠そうとして
いる。雛鳥の方に足を踏み出すと、まこから声がかかった。

「面倒みてやるんかい?」
「たとえ弱っていても精一杯生きようとしているわ。それなら、この子にとってのこの出
会いを意味のあるものにしてあげたいじゃない」
「そういうことなら、今年最初の新入部員じゃな」
「えぇ、そうね…。じゃあ、まこ、捕まえたら世話よろしくね」
「え? わしが面倒みるんか?」
「私は新年度で議会の方が忙しいし。まこが新入部員と認めてくれたんなら新人の世話頼
めるでしょ。助かったわ。副部長」
「まったくもって、しょうないお人じゃ」

 それから間もなく、雀の雛が元気に飛びたって行った日、一人の男子生徒が部の扉を叩
いた。麻雀は最近になって始めたらしく、初心者もいいところだったが、麻雀の楽しさを
知っており、加えて熱意もあったため喜んで部に迎え入れた。そのころすでに麻雀部員に
なっていた和と優希とで部室はにぎやかになっていたが、新しくメンバーが加わったこと
で、部室はさらに笑い声で満ちるようになっていた。

 そして、その生徒が団体戦最後のメンバーを連れてきたのは5月の初旬、新緑あふれる
季節のことだった。


時はめぐり、県大会予選に向かう列車の中、車窓に映るまこを見ながら考える。

1年生の時の私の夢は、部室が部員でいっぱいになって、みんなの笑い声で満ちて、そして
インターハイに団体で出場することだった。だけど今になって、まこと一緒に育てたこの夢
は夢ではなくなり、現実味を帯びた新たな『全国制覇!!』という目標となっている。

これは決して私一人の悪待ちの結果ではなく、あなたと一緒に掴んだ目標。
いえ、あなたがいてくれたからこそ得られた現実。

このことをいつかあなたに話す日が来るのかしらね…まこ。



おわり

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最終更新:2009年07月11日 15:52