237 みは文 [sage] 2009/10/07(水) 07:24:10 ID:3cSbwFr1 Be:
「……し…せ…で…。」
団体戦が終わって、コーチの用意してくれたホテルに向かうときだった。
小さなつぶやきが私の耳に届いた。
キャプテンにも誰にも聞こえていないみたいだったけど、私は近くにいたから聞こえてしまったんだ。
「今日は疲れたでしょう。コーチのご厚意に甘えて今日はゆっくり休みましょう。」
ホテルに着いて、お風呂からあがり、キャプテンがそう言って、みんなそれぞれ床についた。
みんなすごく疲れていたからだろう、すぐに周りから寝息が聞こえていた。
私はホテルに向かう時の彼女のつぶやきが気になって疲れているのに眠れないでいた。
周囲を見渡しても起きているのは私しかいない。
…と、思った時、誰かが立ち上がり、そっと部屋を出て行った。
私は彼女にも気付かれないように、みんなを起こさないようにそっと後を追った。
彼女はホテルのフロントの前にあるソファに腰をかけた。
それを見て私も彼女に近づいた。
「吉留先輩…?」
私は彼女の横に腰かけて尋ねる。
「文堂さん、どうしたの?」
彼女、文堂星夏は、ホテルに向かう時、呟いたんだ。
「…わたしの、せいで…。」
それが私には聞こえてしまった。
だから彼女が気になった。
「いえ…。ちょっと寝付けなくて。」
文堂さんは私から目をそらすように答え、そして続けた。
「吉留先輩こそどうしたんですか?」
「ん?私も眠れなくて。」
貴女が心配で追ってきたとは口に出せなかった。
そこで途切れた会話。
二人の間に沈黙が流れた。
「先輩…。私…。」
沈黙を破ったのは文堂さんだった。
ひどく重い口調で。
「麻雀部、辞めようかと思うんです。」
だけど、はっきりした声で。
「今日うちの勢いを止めてしまったのは私です。風越の敗戦の原因は私でした。」
私は黙って耳を傾けた。
「キャプテンが積み重ねて、吉留先輩が大切にしてきた点棒をたった2局で奪われてしまったんですよ。たった2局で…。」
生まれて初めての大舞台での苦い苦い記憶になったのだろう。
この2カ月の間にランキングを78位から5位に上げた自信も崩れてしまったのかもしれない。
「ねぇ、文堂さん。」
私は同級生の顔を思い浮かべる。
「華菜ちゃんもね、去年天江衣に負けて、風越の連続優勝を絶やしてしまったのは自分のせいだってすごく引きずっていたの。」
私は文堂さんの手に自分の手を重ねた。
「でも、華菜ちゃんにはキャプテンがいたから、今もこうして麻雀を打ってるの。そして前を向いてる。」
俯いている文堂さんを覗き込んだ。
「私はキャプテンみたいな包容力はないけど、だけど。」
重ねた手に力を込めた。
「華菜ちゃんにとってのキャプテンみたいに、私は文堂さんを支えたいな。」
手に水滴を感じた。
「吉留先輩ぃ…。うっうぅ…」
文堂さんは声を殺して泣いていた。
私より大きな体にそっと腕を回した。
「ね、文堂さん。1人でなんでも抱え込まないで。私がいるから…。」
文堂さんに回した腕に力を入れて、私は自分に誓った。
この子を支えられるように、私ももっともっと強くなろう…と。
最終更新:2009年10月07日 15:14