469 :名無しさん@秘密の花園:2009/08/19(水) 20:06:20 ID:k+2Q4r2w
部まこ投下
一年生組が入る前の話を想像してみた


 部長竹井久の夢


 竹井久が清澄高校に上がった時、麻雀部は廃部寸前で、幽霊部員のたまり場になっていた。
 麻雀部に入り、部室に顔を出しても、話題になるのは流行の芸能ニュースや娯楽ばかり。卓には埃がかぶる始末だった。
 卓と牌のほこりを拭いて久は言った。
「先輩、ちょっと打ちませんか」
 返ってきたのは「え?」という面食らった顔だった。何人かいた部員の全員が揃って同じ顔をした。
 久の期待を打ち砕くにはそれだけで充分だった。
 その日から、久は一人で卓に座ることにした。
 誰かが相手をしてくれるまで、待ち続けることにした。


「暇だし打ってやるよ」
 ある日、幽霊部員の上級生たちが気まぐれで言った。
「お願いします!」と久は声を弾ませた。久はこれをきっかけに、部を活性化できるかもしれないと思った。
 そして、しばらくして――。
「やめたやめた。ぜんぜん勝てねー」
「おまえ強すぎ。少しは先輩に華持たせなよ」
 一人勝ちする久は早々に顰蹙の的にされていた。上級生たちは次々と席を立つ。
 ぽつんと残された久は、しばらくの間、みんなが並べた牌を見つめていた。
 もう少し手加減すればよかったのか。少しは、負けたら取り返そうとは思わないのか。
 久は後悔と失望で立てなかった。


 ある日、麻雀部の部室はすっきりしていた。
 ファッション誌や食べかけのお菓子がいつも散乱していたが、床にはゴミ一つ落ちていない。
 片付けたのは久だ。ついに、部員は彼女一人になっていた。

 他の部員は、久の麻雀についてこようとしなかった。本気で麻雀をしたい部員はゼロだったのだ。
 久は一年生の途中から部室で一人きりだった。幽霊部員もいなくなり、本当に一人きりだった。
 幽霊部員でも部員に変わりはない。結果的に、その幽霊部員を追い出す形になり、部の存続も危うくなっていた。そのことにも久は責任を感じていた。

 一人きりでも、活動をしないと麻雀部が本当になくなってしまう。
 久は部室の卓に座り、一人で牌を並べる日がつづいた。そんな日が、一週間、一ヶ月、それ以上つづく。
 時には空しさに襲われたりした。どうしようもない怒りがこみ上げて、握った牌を投げ飛ばしたくなった日もあった。
 それでも、久は負けたくなかった。麻雀部を立て直したかった。
 ――部員のみんなで団体戦に参加する。
 負けず嫌いの久の目標は、いつしか夢に変わっていった。


 二年生になって最初の登校日、いつものように部室を掃除した久は、入り口の傾いていた古い表札もきれいなものに取り替えることにした。目に留まるもの全部を変えて、気分一新したかった。
 表札を釘で打ち付け、額の汗を拭った時、この年最初で最後の新入部員と出会った。

「麻雀部はここでええんかのう」

 久は、この時の染谷まこの顔が忘れられない。
 新入生特有の初々しさが残るまこの姿が、冗談ではなく神か仏に見えた。
 孤独な部室という牢獄に差し込む、希望の光に見えた。

 まこの呼びかけに、久は満面の笑顔を作った。
「入部希望ですか」
「そうじゃ」
「歓迎するわ。さあ、入って」
 この日、清澄高校麻雀部の部員は二人になった。


 麻雀部の部室は、今日も二人きりだった。
 部員総数は、二年生で部長の竹井久と、一年生の染谷まこの二名だけだ。
 それでも、久は毎日の部活が楽しくてしかたがなかった。染谷まこは、本気で麻雀を語れる相手だった。
 ただ、それは久が思っているだけで、まこも同じとは限らない。そう思った久は、まこが麻雀部を辞めないか不安だった。
 総勢二名の部員では、ろくな活動ができない。部内の大会どころか、四人打ちすらままならない。
 久は、まこの顔を窺う。まこは麻雀誌のプロの牌譜を見て「やっぱしプロは抜け目がないのぉ」と唸っていた。

 久は、どうしてもまこに聞きたかった。そして謝りたかった。こんな部でごめんなさい、と。
 だから、口に出すのを止められなかった。

「まこは、ここの麻雀部楽しい?」

 まこは麻雀誌から顔を上げると、あからさまに疑問符を表情に浮かばせた。
「ワシ、いっつもそんなシケた顔しちょる? 別にそんなことは思っとらんけぇ……」
 久は失言だったことに気づき、慌てて両手を体の前で振りながら言葉を足した。
「ごめん、違うの。この部、二人だけでしょ。私部長だし、その辺で責任感じちゃったっていうか。えへへ、余計なお世話よね」
 謝って最後に笑ってごまかす久に、まこも悪気がないと知って笑顔を見せた。
「そーゆー部長は?」
「私は楽しいわよ! まこが入って話し相手もできたし」
 失敗の恥ずかしさも手伝ってか、久は大きな声で部活の楽しさを訴えた。
 その姿が微笑ましくて、まこは穏やかな気持ちになった。そして、思ったままを口にした。

「ワシも楽しんどるよ。この麻雀部の部室も隠れ家みとうで好きじゃし、それに、部長のことも好きじゃし」

 それは、なんとなしに出た言葉だった。
 でも、久の顔はりんごのように真っ赤になった。思っているような「好き」ではないと分かっていても、意識せずにはいられなかった。
「なに顔赤くしとるんじゃ」
「ご、ごめん。『好き』って言われるの慣れてなくて」
「ウブじゃのー」

 どっちが上級生か分からないやりとりは、この先もずっと変わらなかった。
 こうして、清澄高校麻雀部躍進の土台が作られた。




 久が三年生になり、まこは二年生になった。そして、新しい部員が増え、部室は驚くほど賑やかになった。
 今も、一年生の四人がワイワイと卓を囲んでいる。
 イスに座っている久は何をするでもなく、麻雀を楽しむみんなと、その空間を作っている部室を眺めていた。ただそれだけで、微笑がこぼれるほど楽しかった。
 まこは暇そうに見える部長に声をかけに来た。
「ぼけーとしとるのぉ」
「なにかね、見てるだけで楽しくて」
 そう言って笑う久は、とても幸せそうだった。まこも、つられて心が温まる思いがした。
 久は一年生を見ながらつぶやくように尋ねた。

「まこは部活楽しい?」

 その言葉にまこはピンときた。聞くのは初めてじゃない。
「それ、どっかで聞いたのー」
 久はまこを見て笑顔を大きくした。
「あはっ、覚えててくれた。まこがここに入ってすぐの頃だよ」
「そうじゃったの」
「その先のこと覚えてる?」
「なんかあったか」
「まこが私を好きって言ってくれた」
 まこは当時の久のうろたえぶりを思い出してからかおうとした。でも、目の前の久を見たらできなかった。久は真顔だった。
 久は一呼吸置いてつづけた。

「――だから、私は今日までがんばれた」

 どうにもシリアスな空気に、まこは少し久が心配になった。こういう時は、悪いニュースも普通に飛び出す。
「どうしたんじゃ急に」
「急に言いたくなったから言っちゃうね。私ね、まこが好き。もっと正確に言うと、愛してる。本気よ」
 飛び出したのは驚きのニュースだった。
 普段の久はとらえどころがないが、今日はそれも大概だった。突然、久は真面目な顔で告白した。
 予想外の事態にパニック寸前のまこは、作り笑いを浮かべるのがやっとだった。
「あはは……部活の最中に告白とは参った」
「ごめんね」
「んにゃ……けど、えらい悪待ちよって」
 聞きようによっては、お断りのセリフに聞こえる。それでも久は笑って見せた。
「悪い待ちは、いけそうな時しかしないの知ってるでしょ」
「あんたには敵わんの」
 降参したまこは、笑いながら肩を落とした。まこが陥落した瞬間だった。
 同時に、拍手と声援が湧き上がった。咲、和、優希、京太郎の一年生組も話を聞いていたのだ。
「部長、おめでとうございます!」
「先輩、お幸せに」
「京太郎、次は私たちの番だじぇ」
「それはない。てかなんで結婚式みたいになってんの」
 好き勝手に言う後輩に、久はにこやかに手を振って応えた。
 対照的に、まこは恥ずかしがって後輩の顔も見れずにいた。

 清澄高校麻雀部は今日も賑やかだった。


 終


どもでした
まこの敬語は想像できんかったわw

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最終更新:2009年08月22日 15:10