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 マ「ううーっ、あっちー・・・。」
 蒼「やれやれ、確かに今日は暑いみたいですが、それにしてもマスターだらしないですよ?
   そんな風にだれていてはせっかくの休日も台無しにしちゃいますよ。」

  暑さを和らげようと襟元をパタパタとさせているマスターと対照的に蒼星石は平然としている。

 マ「ごもっともだけどさあ、慣れるまでがきついんだよね。」
 蒼「これからまだまだ暑くなっていくと天気予報で言ってましたし、これで音を上げていたら大変ですよ?」
 マ「うへえ!聞くだけで気が遠くなりそうだ。」
 蒼「仕方ありませんね、僕が団扇で扇ぎますから。少しはマシになると思いますよ。」
 マ「わざわざそんな面倒な事をしなくていいよ。冷房があるし。」
 蒼「もったいないから駄目です。健康にも良くないですし。それに今からそれじゃこの先どうするんですか?」

  蒼星石が一気に駄目出しをした。

 マ「うー、どれもこれもごもっとも。まあ冷房は入れないけどさ、手を焼かせるのも悪いし。」
 蒼「そんな気遣いは要りませんよ。マスターが喜んでくれればそれが僕の喜びにもなるんですから。」
 マ「その気持ちは嬉しいけどさ、蒼星石にばかり悪いし・・・そうだね、蒼星石だって・・・。
   よーし、急でなんだけどちょっと出かけてくるね。」
 蒼「どこかに涼みに行くんですか?散財しちゃ駄目ですよ?」
 マ「違う違う。涼しげな服でも買おうかなって。」
 蒼「服ですか。あまり夏服を持ってないしいいかもしれませんね。」
 マ「じゃあ行ってくるね。」
 蒼「お留守番は僕に任せてごゆっくりどうぞ。どうせなら長く使える物を見極めて下さいね。」
 マ「ありがとう、じゃあ行ってくるね。」
 蒼「はい、行ってらっしゃい。」

  それからだいぶ経って紙袋片手にマスターが帰宅する。

 マ「ただいまー!」
 蒼「お帰りなさい。遅かったからどうしたのかと思いましたよ。いい物が見つかりましたか?」
 マ「うん!可愛らしい白いワンピースを買って来たー!!」
 蒼「マスターってそっちの趣味もおありだったんですか?」
 マ「そっちって?」
 蒼「確かにスカートは風通しがいいですけど、外では着ないで下さいね。
   家の中なら僕しか居ないから構いませんが、下手したら捕まっちゃいますよ?」
 マ「なんで僕が着なきゃいけないのさ!蒼星石用に決まってるじゃない。」
 蒼「なんで僕に?」
 マ「最近暑いしさ、夏服もあった方がいいかなって。」
 蒼「要りません。」
 マ「でもその服だと暑いでしょ。それに洗う時の替えとか気分転換とかにもいいしさ。」
 蒼「人形ですから平気ですよ。汗もかきませんし、蒸れもしませんしね。」
 マ「でもさ、さっき今日は暑いって言ってたじゃない。遠慮してるなら必要ないよ?」
 蒼「違います。温度の感覚自体はあるから話を合わせてああ表現したまでです。
   でも人間のようにそれで精神的にどうこうというのは無いんですよ。ただ・・・」
 マ「ただ?」
 蒼「・・・なんでもありませんよ。それよりもそういう服って結構なお値段じゃないんですか?」
 マ「別に。こんなもん。」

  マスターがレシートを渡す。

 蒼「ゼロがいち、にい・・・しっかり高いじゃないですか。」
 マ「そう?女の子の服の相場ってそんなものみたいだよ。」
 蒼「着もしない物に出す金額じゃありませんよ。幸いまだ使用前ですし、返品してきて下さい。」
 マ「正直やだ。周りは親子連ればっかりだよ?もうあんな場違いで居心地の悪い場所に行きたくないよ。」
 蒼「でもお金がもったいないですよ。」
 マ「別にいいよ。蒼星石へのプレゼントなら。」
 蒼「でも着ないのも・・・翠星石になら似合うんじゃないですかね?
   どうせなら誰か似合う人に渡した方が服も幸せですよ。」
 マ「やだよ馬鹿らしい。他人に上げるために買った訳じゃないもん。」
 蒼「マスターも意外に頑固ですね・・・。」

  マスターはそれはお互い様だと思った。
  蒼星石は基本的に礼儀正しく、『主人』と仰ぐ人間は尊重するようだ。
  しかし、自分の気に入らない事には失礼にはならぬ程度にそっけない態度を取って流してしまおうとする。
  そのくせ自分が正しいと感じたり、同調した事になるとそうまでしなくていいと言っても一向に譲らない。
  時には異様なまでに献身的だと思える事もあり、そうした温度差に困惑する事も未だにある。
  そんなところをややとっつきにくいと感じてはいたものの、別に文句や不満は無かった。
  ただ、損な性分をしている子だとは思っていたが。

 マ「・・・でもね、こういうのは使ってもらいたい人への想いってものがこもってるから代わりは無いんだよ。
   貰う相手も、上げる物も、ね。まあ所詮は手作りでもなく、単にお店で選んで買っただけだけどさ。」
 蒼「はぁ・・・そうですか。ではありがたく頂いておきますね。
   でもいいんですか?お金をどぶに捨てたようなものですよ?」

  あまりありがたそうでも無かったが、根負けした蒼星石が袋を受け取った。

 マ「蒼星石が貰ってくれるなら無駄じゃないさ。」
 蒼「でも家計には支出として残るんですからね。しばらくは緊縮財政ですよ。」
 マ「はーい。」

  そして午後。いよいよ日差しも強烈になり、暑さも激しさを増してきた。

 マ「暑い・・・お昼は素麺と麦茶と西瓜で涼しげだったのに・・・その水分が全て汗になってるような・・・。」
 蒼「すごい汗ですね。水でもかぶったみたいになってますから着替えて下さい、風邪を引いても困りますし。」
 マ「了解。」

  濡れた服を脱ぐと全身にびっしょりの汗を拭いて新しい服を着る。

 マ「ふうさっぱり。でもこのままじゃまた汗かきそうだな。」

  そう言いながらエアコンを入れようとしたところを蒼星石に止められた。

 蒼「駄目です!」
 マ「うぇ?でもさ、これじゃまた汗だくになっちゃうよ。洗濯物も無駄に増えるし。」
 蒼「緊縮財政です。」

  蒼星石が家計簿をつけながら先程のレシートをひらつかせる。

 マ「そんなあ、暑さでとろけちゃうよ。」
 蒼「じゃあ図書館でお勉強でもしてきたらいかがですか?涼む時の定番ですよね。」
 マ「せっかくの休みだしどうせなら一緒に過ごさない?」
 蒼「いえ、最近は雨も続きましたし、虫干しとかいろいろやっておきたい事もあるので。」
 マ「あ、そうなの。じゃあ行ってくるよ。」
 蒼「はい、行ってらっしゃい。」
 マ(相変わらずだなあ、この子・・・)

  マスターが図書館へお勉強をしに出かけてから蒼星石はテキパキと作業をこなす。
  手際も良いもので、思ったよりも早く終わってしまったようだ。

 蒼「ふう終わった。」

  それ以上は特にやる事も思い浮かばず、どうしたものかと思案しているところに目に入る紙袋。

 蒼「ああ、これをしまっておかなきゃだ。それにしてももったいない。」

  袋を手に取る。

 蒼「一体あんなにお金を出してどんな服を・・・・・・ちょっと見てみようかな。」

  ちょっとした気まぐれか、する事も無いための戯れか、紙袋をそっと開ける。
  中からはマスターが言っていた通りの白いワンピース。
  真新しいからか純白が眩いばかりだ。

 蒼「きれい・・・。」

  半ば見惚れ、無意識に袋から取り出していた。
  小さくたたまれていた服が、はらりと広がった。

 蒼「随分と・・・しゃれた服を選んだものだ。」

  あくまでも子供向けだし、実際はそんな華美でもないのだが、蒼星石にはそう思えた。
  腰周りと裾の部分には花の刺繍が施され、胸元にはフリルと若草色のリボンがあしらわれていた。
  こんな物は自分には似合わないな、と内心で思った。

 蒼「まあせっかくだし・・・」

  しかしそう思いつつも着てみる事にした。
  自分でもどうしてなのか分かってはいなかったが、なんとなくその気になったのだ。

 蒼「試しに着たが自分には似合わなかったといえばマスターも納得してくれるだろう。」

  誰に対してでもなくそんな言い訳めいた言葉をつぶやく。
  『お父様』に頂いた服を脱いで丁寧にたたむと白いワンピースに袖を通す。

 蒼「・・・これは・・・。」

  鏡の前に立った時、思わず驚きで声が漏れた。
  自分にぴったりだったのだ。
  この可愛らしいデザインが自分にふさわしいかは分からない。うぬぼれる気もない。
  しかしどう冷静に判定しても、明らかにサイズはぴったりだった。
  まるで自分のためにしつらえられたかのように。

 蒼「偶然・・・な筈も無いか。」

  試しに身を動かしてみる、とても動きやすい。
  その場でくるりと回るとスカートの裾がふわりと舞った。
  恐らくはマスターはこの大きさがちょうどいいと分かって選んでくれていたに違いない。
  根拠は何も無いのだが何故かそう確信できた。

 蒼「でも・・・探すの大変だったろうな、大きさも、きっとデザインも吟味して・・・。
   なんだか居辛そうだったのにあんなに長い間・・・。」

  蒼星石はその時になってやっと、どれだけの時間をかけてこの服を選んでくれたのかに気付いた。
  マスター自身のためでも、他の誰のためでもなく、自分のためにどれだけの労力を注いでくれたのかに。

 蒼「・・・そういえば、ちゃんとお礼を言ってなかったな。」

  そっと目をつぶり、自分の体を抱くようにする。

 蒼「ありがとうございます、マスター。僕は・・・あなたのお人形で幸せです・・・。」
 マ「そりゃどういたしまして。気に入ってくれたようで何より。」
 蒼「でもやっぱり僕にはこういう服は似つかわしく・・・えっ?」
 マ「ちゃーんと似合ってるよ。」

  目を開けて振り向くとマスターが立っていた。

 蒼「何故ここに?お早いお帰りですね。」
 マ「筆記用具忘れてさ、取りに帰って来たんだけどおかげでいいものを見られたよ。」
 蒼「ほう、いいものってなんですか?」
 マ「蒼星石のお着替えしたところー♪」
 蒼「冗談は嫌いですよ。」
 マ「冗談じゃないってば、もうカワイイなあ!!」

  おどけたマスターが蒼星石をぎゅっと抱き締める。
  蒼星石はされるがままになってちょっとの間黙っていたが、やがて真剣な声で言った。

 蒼「さっき温度を感じるかといった話をしましたよね?
   あの時に温度なんて関係ないって言いましたけど、本当は・・・」
 マ「あ、ごめん!嫌だった?」

  ふざけて軽はずみに抱きつくものではないなと思い、腕を緩めると蒼星石の表情を伺う。

 蒼「いえ。・・・大切な人に、こういう風にぎゅっとしてもらうのは、あたたかくって大好きなんですよ。」

  そう言ってわずかに見上げた蒼星石の澄んだ、色違いの瞳がマスターを射抜く。
  かすかに浮かんだ笑みがやけに眩しい。

 マ「・・・え?」
 蒼「?どうしたんですかマスター。顔が紅いですけどまさか熱射病とかじゃ・・・。」
 マ「あ、紅くなってなんかないよ!!」

  再び腕に力をこめて蒼星石を抱き締める。

 蒼「わ!どうしたんですか、これじゃ顔が見えませんよ。心配だから見せてください。」
 マ「見えなくていいの!!」

  改めて確認してもらわなくても、顔が火照っている事も、その原因も分かっていた。

 蒼「ふふっ、マスターはおかしな人だ。しばらく・・・このままで居てもらってもいいですか?」
 マ(まったくもう、本当にこの娘ときたら・・・!)

  相変わらず心臓がバクバクとしている。
  今後はおふざけでも、特に他の誰かには、決してこんな真似はすまいとマスターは心から思っていた。