アパートの庭部分にアマランサスやダリア、薔薇からキキョウまで様々な花が咲き乱れていた。
蒼星石が甲斐甲斐しく花に手を加えている。
季節に関係なく咲き乱れる花々。まさしく百花繚乱、桃源郷。
中央を海外種と思われる巨大なヒマワリが占拠しているのはご愛嬌か。

「綺麗なのはいいけどさ、なんか無秩序だな」
「僕は好きだね。庭師としてこれほど腕の振るい甲斐がある場所はないよ」
「ふーん……ここが俺たちが想像した、俺たちの街、かぁ」
「マスターが後から来たから、大半は僕がイメージした世界になっちゃったみたい」

俺は部屋にデカくて速くて黒光りする虫の殺虫剤が置いていないことを思い出した。
蒼星石が考える『理想の世界』にはデカくて速くて黒光りする虫なんて痕跡も残したくないのだろう。

「しかし凄い種類の花だな……」
「えへへ。実は全部手入れした経験があるんだ。僕に任せて」
「……ま、どんなに綺麗に咲いても蒼星石には敵わないさ」
「え? マスター、何か言った?」
「いいや、なーんにも! さて、そろそろ昼飯にするか」
「あ、ちょっと待ってよマスター! 今何て言ったのー?」

俺は耳まで真っ赤にしながらアパートの階段を駆け上った。あー恥ずかし。
そのまま靴を蹴るように部屋に上がると冷蔵庫に一直線。

「ってありゃ」
「あ…冷蔵庫の中が空っぽだったの忘れてた」
「蒼星石も木から落ちる」
「もう、マスター! 僕はサルじゃないよ!」
「川を流れたり筆を誤ったり。ま、いいじゃないか。これから買いに行けば」
「それもそうだね。それじゃ、すぐ準備するから少しだけ待ってて」
「おう」

姿見の鏡で身嗜みを整える蒼星石。
俺もその後ろから寝癖なんかチェックしてみる。

「「準備OK!」」

二人で声を合わせ、笑う。その瞬間が楽しくて仕方ない。




誰もいない街。俺たちが暮らしていて、これからを過ごす街並み。
蒼星石と一緒に歩くのは実は久しぶりかも知れない。

「人目を気にしないでいいってのはいいかもな」
「それにしては、ちょっと殺風景な気がするよ」
「なーに言ってんだよ。
 また雑踏の中で蒼星石を抱っこして歩く? ただの人形のフリ、またするか?」
「ちょ、ちょっとマスター! あの時の話は恥ずかしいからしないでって言ってるのに」
「ははは、いいじゃないか」

『誰も聞く人なんていないんだから』。という言葉を飲み込んだ。
蒼星石も次の言葉を察したのか少し表情が沈む。

蒼星石の足並みに合わせてゆっくり歩くのは好きだ。
だが、この沈黙というか、間は好きになれない。
俺は少し考えて、後ろから蒼星石を抱きかかえてスーパーまでの道を全力で走った。

「わわっ マスター!?」
「いいからいいから!」
「じ、自分で歩けるよ! もう人目は気にしなくていいんでしょ!?」
「俺がこうしたいの! 命令です!!」
「そんなぁ、マスター…」

迷いも逡巡も吹き飛ばすかのように、俺は息が切れるまで蒼星石を抱きかかえて走った。
――実際、息が切れた。


ゼェー ゼェー ハァー

「もう、マスター。いくら精神だけの世界でも走れば疲れるよ?」
「いやぁ……ハァ…ハァ…蒼星石を抱きながらだったら…ゼェー…
 テーブルマウンテンまでだって……ゼェ…ハァ…駆け上がれるね……ふぅ~」
「またそんなこと言って。スーパーまで来ただけで息が切れてるよ…」

苦笑でも、蒼星石が笑ってくれたから良し! …はぁ、疲れた。

「ところで」

当然ながら店員さえ居ない店内を見回し、

「金、払う必要あるのか?」

と、気持ち小さな声で蒼星石に聞いた。

「ここは僕たちの想像の世界だから……
 多分、お金を払う人も文句を言う人も居ないよ」
「あー悪い子だ悪い子だー。蒼星石は悪い子ー」
「ええっ!?」
「冗談だって。さ、適当に材料買って帰ろうぜ」

蒼星石が俺の服の腕を掴んだ。
その目は真剣そのものだ。

「料理を『適当』には絶対にしないよ! マスター、こんなに痩せてるじゃない!」
「蒼星石……」
「僕に会いにくるために悪い薬を使って、精神まですり減ってる…」

実際、脱法ドラッグを片っ端から試した時は酷いバッドトリップから嘔吐、
悪ければ失神までしたものだった。
食べ物も喉を通らず、心身ともにやつれきった。

そして、その状態を反映してか精神だけとなった今でも、
雪華綺晶の内包宇宙に心だけで存在している現在でも、
やはり視角イメージである俺の身体は頬はこけて目には隈。見られたものではない。

「栄養たっぷりの料理作って、マスターの体を元通りにするよ!」
「心の栄養、か。まぁ蒼星石がそう言うなら期待しとくよ」
「うん!」

嬉しそうにそう言ってなお、俺の腕を放さない蒼星石。
これから、ずっと、永遠に。蒼星石と幸せに暮らしていける。
それだけで……俺は…俺は……


―――――――――――


第87279世界、その扉の前。
ブロンドの長いツーテールに赤いドレスを纏ったドールがノブに手をかける。

「ここが雪華綺晶のフィールドね…」

その後ろからアーモンド形の鋭い眼に怒りを纏わせた、黒い羽を持つドールが声をかける。

「あらぁ、真紅じゃないのぉ。あなたもあの子に用があるわけぇ……?」