「やっと見つけたよ、雪華綺晶…」
「何故? いえ、どうやって? あなたがここにいるのですか……蒼星石のマスター…!」


どうやら夢の世界から辿り、あのたくさんの扉の中から正解を見つけられたらしい。
見渡す限りの石畳の中に星空がどこまでも広がる世界。
その中央に十数メートルはある巨大な蓋がない砂時計があり、
よく見るとこの世界の夜空は巨大な砂時計の中に削られているようだ。
星空が絶え間なく漆黒の砂に変えられ、下に落ち続ける砂時計。
その前に悠然と雪華綺晶は立っていた。


「…以前、鏡の中から覗かせて頂いた時から随分印象が変わりましたね……痩せましたか…」
「何、ちょっと体が持たなかっただけだ」
「一体どんな手段を使ってこのフィールドにたどり着いたのです…」
「海外に飛んで買った脱法ドラッグをありったけ試したのさ」
「………」

俺は痩せた体を自分で支えるかのように左腕を右手で持った。

「夢の世界に繋がれば、後はこの指輪と蒼星石との絆が必ず導いてくれると信じていた。
 だから、後はどうやって夢の世界に蒼星石やドールたちの協力なしで入るかが焦点だった。
 大半はハズレもいいとこだったけど……
 アヤワスカによるソーマ・ヨーガ(薬物瞑想)だけは俺を自我の狭間にぶっ飛ばしてくれたってわけさ」
「……………」
「呆れただろうね。でも、俺には前に進む道が無かった。
 だから、『道を切り拓く』ことにしたんだよ。
 世界の神秘は君たちを作った錬金術や西洋の秘法だけじゃないってことかな」

雪華綺晶が沈黙を破る。

「…いえ、呆れてはいません…ただかわいそうな人だと…」
「傷つくねぇ」
「他意はありません…それで、何をしに来たのですか……?」

獰猛な笑みを浮かべる雪華綺晶。

「…私は器を求めてきました。肉でも無機でもない空っぽの器……
 ……そしてそれはミーディアムとドールの絆にあると見ました…
 エーテルから解放されたアストラル…コーザルのくびきを断ち切ったメンタル……
 その素材が自ら来てくれるとは……好都合です…
 復讐に狂う心はここまで自らの泉を濁すのですね……かわいそう」

俺も構わず歯を見せて笑う。

「復讐のために来たんじゃないよ」
「…では?」
「君に俺の精神を食ってもらうために来たんだ」
「……!」

雪華綺晶に左手を突きつけるかのように甲を向けた。

「この指輪は、まだ蒼星石との絆としての力を果たしている。
 砂漠に落とした針を見つけるような確率で君のフィールドを探し当てたのも、
 蒼星石との共鳴があったからと考えるべきだろうね。
 君の中に蒼星石は生きている。だったら、俺は君の中の蒼星石に会いに行く」

左手をそのまま握り締める。

「君の中で蒼星石と永遠を生きるんだ」

雪華綺晶は戸惑った様子こそ見せないものの反応が鈍い。
少しの間があった後、

「……正気の沙汰とは思えません…」

と、言い放った。

「…私はあなたの駒鳥を殺した憎むべき雀でしょう……
 …そして、あなたを取り込んだ力で他のお姉様たちをも吸収し、至高の少女になる……」
「それは悩んだよ。蒼星石を倒した君は憎みきれないほど憎い。
 でもね、真紅たちが君を倒せたとしても蒼星石の精神が戻ってくるとは考えにくかった。
 キャンディー・ボトルを無意識の海という混沌の中で割れば二度と中身は戻らない。
 だったら……俺は…俺は、君に勝ってもらいたい。君にアリスになってもらいたい」

雪華綺晶が今度は愉快そうに口の端を持ち上げた。

「何にせよ奇妙な形で利害が一致しました…
 今日からあなたは私の中に存在し続ける……」
「殺したいほど憎い相手の中で生きるのも嫌な話だけどな」

笑い声こそ上げないものの、さも可笑しそうに口を開けて雪華綺晶は俺に手の平を向けた。

「焼き菓子、フライ、蜂蜜はビーカー……鳴る鐘の音はセント・ピーター…」

俺の右眼が熱く熱を持つ。そして体中に白い茨が絡まっていく――

「火箸でつまんで火鉢にポン……鳴る鐘の音はセント・ジョン…」

熱と茨に対する嫌悪感が次第に薄れ、再び俺の意識は暗闇に沈んでいった。




街中に一人寝転がっていた。
知っている街並みのようだが思い出せない……
スクランブル交差点の真ん中に寝転がっていて大丈夫なのだろうか。
水を吸った砂袋のように重い体を横に向けると、昼間なのに車どころか人一人居ない。
ああ……じゃあ、いいんだ…誰にも迷惑がかからないなら、このまま眠ってしまおう――

『……っく…えっく……マスター……ますたぁ…ごめんなさい』

体中が総毛立つような感覚が走った。
自分で手の甲を噛み、刺激で体(と、言っていいのだろうか)を覚醒させる。
今のは蒼星石の声だ! 蒼星石がどこかで泣いている! 蒼星石が、この世界にいる!!
倦怠感を振り切って起き上がると、周囲をじっくり見渡した。

ここは俺のアパートからそう遠くない街、蒼星石と暮らした街だ。
勿論、人が居ないことから雪華綺晶の内包宇宙のようなものなんだろうが……
俺は自分のアパートに向かって走り出した。

走った。走った。ひたすら走った。息が切れ、もんどりうって倒れても、少し深呼吸をしてひたすら走った。
体が重いのも、記憶が薄くなったのも。
無意識の海から雪華綺晶のフィールドへ、雪華綺晶のフィールドから雪華綺晶の内包宇宙へと
精神が体からあまりに遠くなってしまったからだろう。

だがそんなことはどうだっていい。蒼星石。蒼星石。蒼星石。蒼星石が泣いている。
俺は途中転げそうになりながらアパートの階段を登ると、勢いよく自分の部屋のドアを開いた。

「……! マスター!」
「やっと会えたな、蒼星石……」

駆け寄ってくる蒼星石をぎゅっと抱きしめる。
お互いの存在を確かめ合うかのような長い長い抱擁。

「最初の頃、涙は見せられないって言っておいて。随分泣き虫になったんだな蒼星石」
「だって……マスターはこの世界に居ないし…
 それに、ここに来てるってことは雪華綺晶に取り込まれたってこと……」
「いいんだ」

蒼星石の涙を優しく拭う。

「もういいんだ。
 アリスゲームとか勝者とか敗者とか、何が正しいとか正しくないとか。
 もうそんなことはどうだっていい
 俺には蒼星石だけ居てくれればそれでいいんだ……」
「マスター……」
「誰にも、何にも邪魔されず、ここで暮らしていこう」

俯く蒼星石。
俺に飛びついてきた拍子に落ちた帽子を拾って髪を指で梳く。
その時に左指の指輪が熱を持ち、薄い光を放った。
蒼星石が驚いた表情で顔を上げた。

「まさか、自分で雪華綺晶に取り込まれに……?」
「雪華綺晶が俺を吸収しに来る前に負けたら、蒼星石が消滅すると思ってね」
「……マスターはバカだよ。僕なんかのために人間を捨てちゃって」
「バカな俺は嫌い?」

そう聞くと、やっと蒼星石に笑顔が戻った。
この笑顔を見るために、死ぬような思いをした気がする。
でも、もう現実のことなんてどうでもいい。
俺の腕の中で笑う蒼星石。これだけで十分。


この幸せが、永遠よりも永遠に続くことを祈った。