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  マスターが安らかに寝息を立てている。
  蒼星石がマスターを起こさないように慎重に腕の中から抜け出す。
 蒼「ふふっ・・・まるで子供みたいに無邪気な寝顔だなあ。・・・ずっとこうしていられたら良かったのにね。」
  そう言った蒼星石の表情が曇る。
 蒼「もしかしたらこれがお別れになるかもしれないから・・・さようなら。」
  蒼星石が戸の方へとゆっくり歩き出す。
 マ「待って。」
  背後から静かに呼び止められた。
 蒼「マスター・・・起きてたんだね。」
  大して驚いた様子も無く蒼星石が答えた。
 マ「なんとなく・・・そんな気がしていたのかもね。僕らの心だけは一つみたいなものなんだから。」
 蒼「本当は何も告げずに行くつもりでしたが・・・これ以上は時間も無いのではっきりと言います。
   僕はこれから水銀燈と一騎討ちで戦います。どちらかが倒れることになるでしょう。
   そしてそれは・・・もしかしたら僕かもしれない。」
 マ「やっぱり・・・そうだったんだね。」
 蒼「止めないで下さいね。これは僕の宿命。自分から戦いは仕掛けずとも挑まれた戦いから逃げるつもりまでは無い。」
  蒼星石が感情を込めずに淡々と話す。
 マ「・・・分かったよ。止めはしない。」
  しばらく黙り込んでいたマスターが何かを決意したようにそう言った。
 蒼「ありがとうございます。きっとここに帰ってきますね。」
  蒼星石が笑顔を浮かべてそう答えた。
 マ「そうだね、そう願ってる。二人で帰ってこようね。」
 蒼「・・・二人で?」
 マ「僕もついていく。邪魔にしかならないかもしれないけれど、この目で戦いを見届けたい。
   そしてこの命を蒼星石のためにいくらでも使って欲しい。」
 蒼「そんなことは出来ません!アリスゲームがどれだけ危険かお分かりですか?」
  有無を言わせぬ様子で蒼星石が言った。
  だがマスターも一歩も引かない。
 マ「だからこそどんな結果になるにせよその場に居合わせたい。そんな危険な場所に蒼星石一人で行かせたくない。」
 蒼「あなたが命を危険に曝す必要はありませんよ。」
  あくまでも蒼星石は譲らない。
 マ「戦いが蒼星石の宿命なら、その勝利のために自分の生命を捧げるのはマスターの宿命、違うかい?」
 蒼「だけど・・・」
 マ「頼む、一生のお願いだ。死んだっていいんだ。だけどもう後悔をしたくは無いんだ。」
  マスターが懇願する。
 マ「頼むよ・・・。」
 蒼「・・・・・・分かりました。だけどあなたは死なせない。僕はあなたも守り、そして勝ちます。」
 マ「ありがとう、約束だよ!」
 蒼「ええ、約束します。」




 蒼「待たせちゃったかな。」
 銀「ふふふ、確かに待ち遠しかったわぁ。ようやくあなたのローザミスティカが手に入るのね。」
 蒼「もう勝利宣言とは余裕だね。」
 銀「あなたこそ余裕じゃない。男連れで戦場に繰り出すとはね。」
 蒼「・・・マスターは僕に力添えをするために来てくれたんだ。」
 銀「あらそう。まああんな無力な媒介を狙うような姑息な真似はしないから安心なさい。」
 蒼「へえ、随分とフェアじゃないか。」
 銀「あなた達程度にそんな手を使わなきゃ勝てないようじゃアリスの資格は無いもの。
   それに負けを納得してもらわずにローザミスティカを取り込んでも後々苦労するだけだしね。」
 蒼「本当に君は自信家で気が早いね。仮に格下相手でも油断していると足元をすくわれるよ?」
  蒼星石が庭師の鋏を携える。
 銀「油断じゃないわぁ、余裕なのよぉ。」
  水銀燈も剣を手に取った。
 蒼「いくよ、レンピカ!」
 銀「おいで、メイメイ。」
  二つの光球が空中で衝突する。
  それを合図にして戦いが始まった。



  キィン!

  長く続いた攻防の末、剣が弾き飛ばされた。
 蒼「ほとんど互角、だがわずかに僕の方が、いや僕とマスターの方が有利みたいだね。」
  蒼星石が鋏を水銀燈に向かって突きつける。
  水銀燈が翼を伸ばす。
 蒼「その戦法でも僕が優勢。今までの戦いの経験で分かる。」
 銀「確かに今の力のままで戦えばね。だけどそれが出来るのかしら?」
  そう言っておもむろにある方向を指差した。
  水銀燈に対する警戒を緩めずにそちらを見るとマスターが立っている。
 蒼「おやおや、不利になったら人質作戦かい?ご立派なプライドの持ち主だ。」
 銀「挑発しなくたってそんな下らない真似はしないわ。それより気付かないわけ?」
 蒼「何?」
  マスターは普通に戦況を見守っている。
  いや、輪郭がおぼろげにかすんで・・・。
 蒼「まさか!?」
  次の瞬間、膝をつきどさりと倒れた。
 蒼「マスター!」
  蒼星石がマスターのそばに駆け寄る。
  その姿は服装も髪も、まるで蒼星石のようだ。
 銀「気付いてなかったのかしら?あなたがその男の命を全力で食い尽くしていたことに。」
 蒼「うるさい!」
 銀「あんな勢いで戦い続けてたから一気に消耗しちゃって・・・もう助からないかもね。」
 蒼「黙れ!!」
 マ「やれやれ・・・あと・・・ちょっとだったのに・・・ばれてしまったか・・・。」
  マスターは既に息も絶え絶えだ。
 銀「ふふふ、あなた達の絆の力って強かったわよ。だけど結局それって一人じゃ何も出来ないってことよねぇ。」
 蒼「マスター、今助けるからね!」
  蒼星石がいばらに蝕まれた指輪に口を近づける。
  マスターが残された力を振り絞って指輪を隠す。
 蒼「どうしたのさ、早く契約を解かないと死んじゃうんだよ!僕に取り込まれて殺されちゃうんだよ!!」
 マ「いいんだよ、ここで契約を解いたら蒼星石がやられる。だったらこの命が尽きてでも勝って欲しい。」
 蒼「そんなのやだよ!」
 マ「蒼星石に取り込まれて死ぬんならそれでもいいさ。そうすれば蒼星石と一つになれる。たとえ死んでも悔いは無い!」
 蒼「・・・・・・。」
 マ「お願いだ。僕の命を守るために蒼星石に倒れて欲しくないんだ。勝つって約束だけは・・・どうか・・・。」
 蒼「・・・分かった。」
 銀「じゃあ戦闘続行ね。・・・行くわよ!!」
  蒼星石の背後から水銀燈が一気に間合いを詰めてきた。
  動揺もあって蒼星石の反応がやや遅れた。
  振り向きざまに鋏を振るう。
  水銀燈の突き出した手よりも一瞬早く鋏が命中する、はずだった。
  繰り出された鋏のスピードがわずかに鈍り水銀燈の一撃が先に蒼星石に当たった。
 蒼「ぐうっ!!」
  向き直りかけた胸に一撃を受けた蒼星石が苦悶の声を上げる。
  よろけた体が力を失いそのままマスターの上に倒れこむ。
  マスターがなんとかそれを受け止めた。
 銀「おばかさぁん。最後まで全力で来ればあなたの勝ちだったのにね。」
 マ「蒼星石!なんで・・・なんで最後まで力を使ってくれなかったんだ!!」
 蒼「マスター・・・ごめんね、僕・・・負けちゃったよ。」
  蒼星石の口から力のない言葉が発せられる。
 マ「分かったって言ってくれたじゃないか!なんで自分の身を優先してくれなかったんだ!!」
 蒼「マスターの言うこと、分かったよ・・・理解できてしまったんだ。
   自分のために大切な人が犠牲になってほしくはない・・・僕も同じ気持ちだった。
   だからマスターに残された最後の命は使えなかった。ごめんなさい、初めてマスターとの約束を破っちゃったね。」
  そう言って蒼星石が静かに笑った。
 マ「そんな・・・。」
 蒼「最後が・・・マスターの腕の中で良かった・・・これでずっと・・・一つに・・・」
  蒼星石の目が静かに閉じていく。
 マ「やめろ!蒼星石、目を閉じないでくれ!」
  かすかな光が蒼星石の体を包み込み、中から輝きの塊が現れた。
 マ「駄目だよ!そんなの見たくない、離れたくな・・・い・・・」
  マスターの体が力を失って蒼星石の体に覆いかぶさるように崩れた。
 銀「だったら・・・あなたもとっとと壊れちゃいなさいよ。残りの命は私が絞りつくしてあげたから。」
  水銀燈が現れたローザミスティカを両手で捧げ持つ。
 銀「ああ・・・ついに手に入ったのね。あなたも自分の意思で戦い抜いたんだから悔いは無いわよね?」
  むき出しになった蒼星石の魂に水銀燈が語りかける。
  そしておもむろに自分の口に近づけた。
 銀「・・・なんてね。どうせあんたのことだから私がこの男を殺したと抵抗するんでしょ。
   どうせここで野垂れ死ぬはずだった人間のことで逆恨みされたらたまったもんじゃないわぁ。」
  そう言って無造作にローザミスティカを放り投げた。
 銀「だから取り引きしましょう。その男が朽ち果てるまでは一緒に居させてあげる。
   そいつが死んで、見るも無残な姿になっていくのを何も出来ぬままそこで見続けてるといいわぁ。
   それでもう嫌だって気持ちになって、抵抗する気力も失せた頃に回収してあげるから。」
  放られたローザミスティカは一つに重なって横たわるマスターと蒼星石の体の上にそっと舞い降りた。
  水銀燈が居なくなり、他の何者も居なくなった後もずっと、淡い輝きが動かぬ二人の体を優しく照らし続けていた。