「……マスター?聞いてる?」
「うん。聞いてるよ」

この言葉を聴くのも、どれくらいぶりなんだろう
長いこと聞いてなかった凛とした澄んだ声

「それでさ、翠星石ったら冷蔵庫の中に隠れっちゃってさ」
「余計なことは言わないですぅ」

朗らかな笑い顔
隣に姉が居るからなのか
向かいに俺が居るからだのだろうか

「隠れながら中の食べ物をしこたま食べた後、外に出れないってドアを叩きまくってたんだよ」
「…………………………」

何気の無い日常会話
でも、数日前には君は居なくて

壊れたキミが居るだけだった

「正直、心配もしたけど口の周りを汚しながら出てきたときはもう……」
「あーっ!笑うなですぅ!」

それが今の幸せそうな顔
その顔を見てると自然と笑みが零れる

「人間!今、笑ったですぅ!?」

笑ってるさ
久しぶりに笑ってる

「上等ですぅ人間!表に出るですぅ!」

義姉さんがこんなに元気なのも蒼星石が帰ってきたからなんだろう

「わわわ…ケンカは駄目だよっ!」


戻ってきた失われた日常


だけど、

其処に確かに、



淀みは感じていた




『夢の残影』



やはり、何かがおかしい

蒼星石は外出している

別に外出を咎めている訳ではない


おかしいのだ


毎日、定時通りに家を出て行き
定時通りに家に帰る

最初は知り合いの所に赴いているのかと思っていたが
鞄が置きっぱなしだ

俺の家には弄くれるほどの庭はない


何かが、おかしい

だけど、聞いたら日常がまた破壊されそうで

臆病な俺には直接聞けない


だから

俺は義姉さんに聞いてるのだろう

「義姉さんに聞きたいことがあるんだが」
「………なんですぅ?」

前までなら、義姉さんと呼ぶなと叫んで喚いたものだが
どこか意気消沈としている

蒼星石と一緒に居るときの表情も、どこか作ってるように見える


欺瞞


一言で表すとしたら、これ以上適切な語句はないほど

その状態を表現していた


「……蒼星石のことだが」
「………………」

俺はこれ異常ないほど義姉さんを問い詰めた

先ほど言った欺瞞も含め、全てを言葉として綴っていった



長い沈黙が舞い降りる


そして、沈黙を破る止めの一撃


「どうして俺には言わないんだ?」


暫し義姉さんは視線を漂わせた後

しっかりとした目付きで
否、泣きそうな顔で、俺の瞳を見返し

こう、言い放った




「諦めるからですぅ」




ああ

やはり

俺の考えは間違ってなかった

日常は復元されたのではない

毎日が綱渡りであったのだ

そして、その綱を切ったのは俺

ならば落ちてくるものを守るのも俺

俺は蒼星石への想いを

愛する人への想いを

言葉に綴った


「俺は」








鳴り響くアラーム

目が覚めるのには数秒もいらなかった






中途半端に見させられた夢


蒼星石は笑っていた

まるで、残された時間を楽しむように

本当に笑っていた

そんな彼女のために考え

抱きしめる筈だった言葉は


永遠に届かない


届かない言葉を胸の置く深くに隠し


俺は喉が渇いたなと思った。