マ「ただいま。」
  今日は夕方前の少し早い時間の帰宅だった。
 マ「あれ・・・?」
  家の中はしーんと静まりかえっていて、蒼星石のいつものお出迎えもない。
 マ(どこかに出かけたか、それとも疲れてお昼寝でもしてるのか・・・。)
  とりあえずそーっと家の中に入る。
  居間まで行くと蒼星石はこちらに背を向けた状態でテーブルの前に正座していた。
  蒼星石の体で隠れて正体は分からないが、どうやら何かを読むのに熱中しているらしい。
 マ(あんなに夢中になっちゃって・・・かわいいなあ。)
  そんな様子を見て少しいたずら心が芽生える。
 マ(たまにはちょっと驚かしちゃおっかな。)
  そろそろと蒼星石の方へと近づく。
  どうやらまだ気づかれてはいないようだ。
 マ「だーれ・・・」
 蒼「さて、そろそろお夕飯の支度をしないと・・・。」
  蒼星石がすっくと立ち上がる。
  次の瞬間、二人分の悲鳴が辺りにこだました。



 マ「うわーーーーん、翠星石ーーーー!!」
 翠「ひいっ!泣きながらどうしたですか!?」
 マ「アワウ、アオアオ、ワウーーーー。」
 翠「ふんふん、ほう、ちょっと蒼星石を驚かそうと『だーれだ?』ってやろうとしたら・・・」
 マ「ウエウエ、オエッ、オエッ。」
 翠「蒼星石が急に立ち上がって、む・・・胸を押さえてしまった・・・ですか!?」
 マ「オイオイ、ワアー。」
 翠「それでものすごく怒って許してくれない?そりゃ当たり前ですよ。」
 マ「・・・よく分かったね。」
 翠「なんだかんだで長い付き合いですからね。
   とにかく、蒼星石が怒るのも当然ですよ。翠星石に相談されてもどうしようもねえです。」
 マ「だって、だって、いくら謝っても『許さない』の一言すら口をきいてくれないんだもん。」
 翠「だんまりですか。そりゃかなりブチ切れてますね・・・。」
 マ「翠星石助けてよ。双子のお姉さんでしょ!?」
 翠「いくら双子の姉でもそりゃ無理です。時が経って怒りが冷めるまで待てです。」
 マ「怒りが冷めるまでって・・・どの位?」
 翠「さあ・・・数時間か数日か・・・ひょっとしたら数十年だったりして・・・ひっひっひ。」
 マ「そんなの困る!やっぱりなんとかしてよ!助けて!!」
 翠「ちょ・・・冗談ですよ。そんなにひっつくなです!」
 マ「だってどう考えても翠星石が一番いいじゃない!お願い、このままじゃもう生きていけない!!」
 翠「こら、いくら寂しいからって乙女の腰にすがりつくなです!!」
 マ「頼みます、見捨てないで。なんでもするから!」
 翠「・・・おい、お前後ろ見てみろです。」
 マ「へ、後ろ・・・?」
 蒼「やあマスター、元気みたいだね。」
 マ「蒼星石!」
  笑顔の蒼星石を見てマスターの泣き顔に笑顔が戻る。
 蒼「・・・でもマスター、元気すぎるのもどうかと思うよ。」
  そう言って蒼星石の笑顔が消える。
 マ「へっ?」
 蒼「いくらなんでもあんな事の直後に、よりにもよって僕の双子の姉に手を出そうなんてねえ・・・。」
  つくづく呆れた、といった感じの顔をする。
 マ「な、違うよ!」
 蒼「マスターにとって一番の人が見つかったんだね。・・・おめでとう。」
  仏頂面のままでそう言った。
 マ「誤解だってば!!」
 蒼「僕はお邪魔はしないから、なんでもしてせいぜい頑張るんだね。それじゃあ・・・。」
  そう言って蒼星石は振り向きもせずに行ってしまう。
 マ「うわーーーーん、翠星石ーーーー!!」
 翠「・・・知らねえですよ、翠星石のせいじゃねえですぅ。」



 マ「・・・という事でお知恵を貸して下さい。」
 ジ「僕が・・・?」
 マ「ジュン君は自己主張が強めのドール三人とやってきたからこういう修羅場の経験も豊富かと。」
 ジ「・・・修羅場って・・・。まあ、確かにもめる事はあったけれど、基本的には他の奴らがなだめたりしてたし・・・。」
 マ「・・・すると?」
 ジ「ちょっとどうしていいかは分からないかな・・・と。」
 マ「お願い、お願い、そんな事言わないで!もうジュン君が最後の砦なんだよ!!」
  マスターがジュン君の両肩に手を置いて前後に激しく振る。
 ジ「あの、そんなに激しく揺さぶらないで下さい・・・。あ・・・蒼星石。」
 マ「え?」
  マスターが大急ぎで振り向く。
 蒼「やあマスター、さっきの事はもう水に流そうと思ったんだけど・・・。」
 マ「本当!?」
  マスターの顔が明るく輝く。
 蒼「だけどね、まさかこんな事をしてるとはね。」
 マ「こんな事?」
  嫌な予感がマスターを襲う。
 蒼「驚いたよ、ジュン君にまで手を出そうとするなんて・・・。」
 マ「いっ!?」
 蒼「同性愛ってだけで差別はしないけどさ・・・嫌がる相手に無理矢理迫るってのは感心しないなあ・・・。」
 マ「違う違う、ぜんぜん違うからっ!」
 蒼「ひょっとしてさ、僕のことも男の子みたいだから可愛がってくれてたのかな?ショックだなあ・・・。」
 マ「それも違う!男の子みたいだなんて一度も思った事ないってば!!」
 蒼「じゃあ僕はもう行くよ。・・・さようなら。」
 マ「・・・・・・・・・。」
 ジ「あの・・・あまり気を落とさずに・・・。」
  しかし全く反応がない。
 ジ「・・・あの?・・・こ、これは・・・死んでいる!?」



  蒼星石がジュン君の部屋から出たところ、陰から翠星石がちょいちょいと手招きしていた。
 蒼「どうしたの?」
 翠「蒼星石、かわいそうだからもうあいつを許してやるですよ。」
 蒼「許す?何の事?」
 翠「だから、あいつがさっき翠星石に迫ってたってやつですよ。ありゃあ誤解です。」
 蒼「分かってるよ、そんなの。」
  平然と言う。
 翠「へ?」
 蒼「浮気の現場を見られてあんな風に笑える人はいないよ。少なくともマスターじゃ無理だね。」
  そう言ってくすくすと笑っている。
 翠「うわk・・・って、だったらなんであんな事を?」
 蒼「だってさ、必死になって誤解を解こうとしているマスターってなんだかかわいいじゃない。」
 翠(・・・やっぱりかわいそうですね・・・。)
 蒼「それにさ、自分が必要としてもらえてるってのも実感できるしね。」
 翠「まあ程々にしてやるですよ・・・。あんな風に恐い顔して速攻で立ち去るから翠星石も騙されてたですよ。」
 蒼「ああ、あれね。あれ以上マスターを見ていたら顔が笑っちゃいそうでさ。」
 翠「はあ、さよですか・・・。」
 蒼「あ、そうだ。翠星石この間これを忘れてったよ?」
 翠「あ、のりに借りた週刊誌ですね。読んでみたですか?」
 蒼「うん、ちょっと目を通したけど・・・僕はそういったものと縁がなさそうだったよ。」
 翠(なになに、『特集:男はこうして手玉に取れ!!』・・・確かにもう必要なさそうですね・・・。)



 雛「うゆ?マスターさん真っ白になってどうしたのー?」
 マ「・・・・・・・・・。」
  依然反応はない。
 雛「んしょ、んしょ・・・。」
  そんなマスターを雛苺が登り出す。
 雛「元気出してなのー。いい子いい子。」
  マスターの頭まで無事登頂した雛苺が頭をなでて慰める。
 マ「・・・はっ!ありがとう雛苺。・・・雛苺は優しいんだねえ。」
  寂しさを癒されて我に返ったマスターが頭の上の雛苺を下ろして抱きしめる。
 雛「わーい、あったかいのー。」
 マ「よしよし、本当にありがとう。雛苺はかわいいねえ。」
  マスターの顔から思わず微笑みがこぼれる。
  お返しに頭をなで返していると声がした。
 蒼「・・・・・・へえ、マスターったら雛苺にまで毒牙を・・・。」
 マ「そ、蒼星石・・・。」
  安らいでいたマスターの顔がびくっとしたものになる。
  まるでまずい所を見られた、といったように。
 蒼「ふうん・・・。」
 マ「あ、いや、その・・・。」
  マスターはしどろもどろになって何も言えない。明らかに動揺している。
 蒼「そっか・・・ごめんね・・・。」
  初めて悲しげな顔を見せると去ってしまう。
 マ「え?」
 雛「・・・蒼星石泣いてたみたいなのー。」
 マ「ええっ!?ごめんね雛苺、ちょっと降りて。」
  言うが早いか雛苺を脇に下ろして蒼星石の後を追う。
 翠「お前いったい蒼星石に何したですか!」
  血相を変えた翠星石が顔を出した。
 翠「こっちです、とっとと来やがれです!」
  手を引かれて行った先は廊下の突き当たり、目立たぬよう隅の方で蒼星石が屈みこんでいる。
  背を向けているためその表情は見えない。
 翠「ほれ、翠星石はあっちに行ってるから、きちんと解決して来いです!」
 マ「う・・・うん。」
  翠星石の計らいで二人きりになる。
 マ「あ・・・あの、蒼星石ごめんね。」
 蒼「なんで謝るのさ・・・。」
  蒼星石は顔を見せようともしない。
 マ「あ、それは・・・。・・・謝っても許してもらえないって事かな・・・。」
 蒼「・・・違うよ。悪いのは僕なんだ。」
 マ「蒼星石が?なんで?」
 蒼「だって僕はマスターが悪くないって本当は分かってたんだ。
   それなのに調子に乗って・・・身の程もわきまえずにいい気になって・・・あんな風にマスターを・・・。」
 マ「そうだったの!?」
 蒼「だから、だからマスターにも見放されて、もう僕は必要とされなくなって・・・。
   あそこは、マスターの腕の中は・・・僕だけの場所だと思っていたのに!」
 マ「そんなの気にしていないよ。だからさ、泣かないで。今までも、これからだって見放したりなんかしないって。」
 蒼「本当?約束だからね・・・。」
 マ「うん、約束するよ。もう絶対に他の誰にもあんな事はしないから。・・・蒼星石だけの予約席にするよ。」
 蒼「じゃあさ・・・これからもずうっと僕だけのマスターでいてくれるんだね?」
 マ「もちろん、誓って蒼星石だけのものでい続けるさ!」
 蒼「・・・ありがとう!」
  蒼星石が袖で顔を拭う。
  さっきまでの様子が嘘のように、振り返った蒼星石の顔にはすでに笑顔が戻っていた。
  すっかり元の鞘に収まって抱き合う二人の様子を心配そうな顔をした翠星石がこっそりと窺っていた。
 翠(この特集のラスト・・・『男は涙でオトせ!!』・・・まさか、いや・・・まさかですよね・・・。)



 マ「・・・もう許してくれない?流石に両手がずっと使えないのはいろいろと不便なんですけど。」
  家に帰ってからもずっと蒼星石はマスターから離れようとしない。
  マスターはかれこれ数時間は蒼星石を抱っこし続けている。
  夕食を準備する際も、食べる際、というか食べさせてもらう際もそれが途切れる事はなかった。
 蒼「だーめ。マスターは案外浮気心があるみたいだからね。しっかりと自分で席を確保しておかないと。」
 マ「それって信じてもらえないって事ですかー?」
  マスターが情けない声で抗議する。
 蒼「じゃあさ、後ろ暗い事がなかったはずなのになんであの時謝ったのさ。」
 マ「うっ・・・!」
 蒼「それまでは誤解を解こうとしていただけなのにさ。あの時は罪悪感があったからでしょ。」
 マ「そ、それは・・・。」
 蒼「雛苺に移り気した?」
 マ「ち、違う違う!あれは、蒼星石がいない寂しさを慰めてくれたからで・・・。
   蒼星石に対してとは何から何までが決定的に違う!」
 蒼「ほら、やっぱりそばで見張っていないと危ないって事じゃない。」
 マ「・・・うう・・・。」
 蒼「でももうお風呂に入らなきゃいけない時間だからね。仕方が無いか。」
 マ「そうだよね。まさか一緒に入るわけにも行かないしね。仕方が無いよね。」
  言葉とは裏腹にマスターはどこかほっとしている。
 蒼「30分あげるよ。」
 マ「は?」
 蒼「今から30分で入浴やお手洗いなんかを全部済ませて寝る仕度をしてね。そうしたらまた再開だから。」
 マ「えーっ、まさか寝るまで続くのー!?」
 蒼「いやだなあマスター。まさか、でしょ。」
 マ「そ、そうだよね、冗談だよね。」
 蒼「寝た後も継続だよ。」
 マ「・・・はい?」
 蒼「マスターが夢の中で悪さしないかきちんと見張らないと。」
 マ「えー!そこまで信用無いの!?」
  そこで蒼星石が下を向く。
 蒼「だって・・・マスターは僕だけのものなんだよね?だから・・・いいでしょ?」
  ちょっと照れくさそうにして伏し目がちで聞いてきた。
 マ「は、はい!もちろんです・・・。」
  マスターがぽーっとした様子で答える。
 蒼「良かった、ありがとう。・・・それじゃあマスター、あと27分だから急いだ方がいいよ。」
 マ「もうカウント進んでるの!?」
 蒼「そうだよ。お風呂の中に突入されたくなかったら急いだ方がいいんじゃないかな?」
 マ「わ、分かった。それじゃあ行ってきます!」
  慌ただしくお風呂場の方へと駆けていくマスターの姿を蒼星石は愉快そうに見送っていた。