翠星石が泊まりにきた翌朝、食事の後に双子は庭の手入れをしていた。
  二人が一仕事終えて部屋に上がったとき、家の中には誰もいなかった。
 翠「おや、あいつの姿が見えねえですね?」
 蒼「これが置いてあった・・・。」


  『     翠星石&蒼星石へ

     二人がお庭のお手入れをしてくれている間にちょっと買出しに行ってきます。
    お昼ごはんにはきっと美味しいものを食べさせてあげられると思うので、
    楽しみにしていてください。

     じゃあ仲良くお留守番よろしく。

      P.S:蒼星石へ、数千円使っちゃうけれど勘弁してください。
                                         』


 翠「これは!高級食材の買出しですか!?大奮発ですね。」
 蒼「まったく、食べたらなくなっちゃうものに数千円も使わなくっても・・・。」
  蒼星石がため息混じりにもらした。
 翠「まあまあ、たまにはパーッと使うのもアリですよ。これは期待大ですね。」
 蒼「翠星石、よだれが出てるよ・・・。」




 マ「ただいま~♪」
  ご機嫌のマスターが膨らんだバックを小脇に抱えて帰ってきた。
 翠「おっ、待っていたですよ。それで一体何を買ってきやがったですか?」
 マ「現金だなあ・・・。それじゃあ第一ヒント、黒くて~・・・。」
 翠「トリュフとかー♪」
 マ「ブブー。第二ヒント:まあるくて~。」
 翠「キャビアですか~?」
 マ「はずれ~。第三ヒント:薄くて~。」
 翠「最高級のクーベルチュールとか・・・。」
 マ「チョコレートだけにそれは甘ーい。第四ヒント:カチンカチンなの。」
 翠「えーと、・・・手焼きのお煎餅?」
 蒼「急に庶民的な線で落ち着いたね。」
  そこでマスターがバックから買ってきたものを取り出す。
 マ「違いまーす。正解は、ジャジャーン、中華鍋でしたー♪」
    ごすっ!
 マ「~~~~~ッッ」
  マスターの脛に翠星石のキックが炸裂し、高々と掲げられていた中華鍋が宙を舞う。
 蒼「あぶないっ!!」
  あわてて蒼星石が中華鍋を両手で受け止める。
 マ「あ、あ・・・弁慶ですら涙を流す秘孔を蹴るとは・・・。それも思いっきり!」
 翠「ふん、無駄に期待をさせやがって、当然の報いですぅ!」
 蒼「マ、マスター・・・これすっごく重いよ。これじゃあ僕には使えないよ・・・。」
 マ「ああ、一番大きいのを買ったからね。それに大丈夫、使うのは僕だから。」
 蒼「え、マスターが使うの?」
 マ「いやー、子供の頃から憧れてたんだよね。中華鍋で食材を宙に舞わせながら炒めるの。
   ちゃんと一直線になってるお玉も、洗うためのささらも買ったし、完璧だよ。ふ、ふふ、ふふふ・・・。」
 翠「うひゃぁ、すっかり目がイッちゃってるですね・・・。」
 蒼「でも、マスターの念願がかなってよかったよ。」
 翠「そうですかぁ?鍋とお玉を抱えてウットリしてるなんて、どう見てもただのヤバい野郎ですよ。」
 マ「さてと。」
  マスターがコンロの前へ移動する。
 蒼「あれ、まだお昼ご飯の準備には早いよ。」
  それにも構わず、マスターは火を点ける。
 蒼「えっ!?空焼きしたら焦げ付いて駄目になっちゃうよ。」
 翠「へ、変な煙が出て来やがったです!」
  慌てる二人に対してマスターがのほほんと答える。
 マ「ああ、中華鍋には使う前に下準備がいるものがあってね。まず空焼きして表面の錆び止め塗装を焼くんだ。
   同時に鍋全体をくまなく熱してじっくりと酸化させる。それが済んだら自然に冷却。水をかけちゃ駄目ね。
   冷めたら水洗いして多めの油で野菜くずなんかを炒めてならす。それでとりあえずは使い出せるかな。」
 翠「はあー、結構な手間がかかるんですね。」
 マ「うん、焦げ付いたりしないで使えるようにするには最初のうちに少し手間をかけないとね・・・。
   しかし、これは大きいからなあ。多分一時間近くはかかっちゃうだろうね。」
 翠「一時間!とてもじゃねえが付き合いきれねえですよ。」
 マ「まあそうだろうね、二人は仲良くお話でもしていてくださいな。」
  丹念に中華鍋を熱するマスターに促されるまま、二人は居間に移動する。
 翠「・・・普段からはありえないまでに真剣そのものでしたね。」
 蒼「なんだか職人さんみたいだったよね。」
 翠「あの集中力と真面目さをもっと他で発揮すれば・・・。」
 蒼「ははは・・・。」




  そして一時間ほど経って双子が台所に様子を見に来る。
 翠「首尾はどうですか?」
 マ「もうならし炒めも終わって、だいぶ扱いにも慣れましたよー。じゃあまずは小手調べに炒飯を作りますね~♪」
  そう言うとすでに切って準備してあった素材を中華鍋に放り込む。
  強火で熱せられた中華鍋に触れたとたん、ジューという景気の良い音が聞こえ出す。
 マ「ふ・・・ふははは・・・炒めてやる、炒めてやるぞ!ファイヤァァァアッーー!」
 翠「ずいぶんと荒々しいですね。普段の寛容で和を重んじるキャラはどうしたですか?」
 マ「もう・・・パーフェクトもハーモニーもないんだよ!!」
 翠「駄目です。すっかりトランスしてやがります。」
 蒼「中華鍋を持つと性格が変わるタイプなんだね。」
 翠「でもなかなか鮮やかですね。カッコいいですよ。」
 蒼「うん、コックさんみたいだ。」
 マ「えっ、そう?いやー、照れちゃうな~。」
 翠「あっさりと素に戻りやがったですね。まるで憑き物が落ちたみたいです。」
 蒼「うん、コックリさんみたいだ。」
 マ「とりあえず炒飯できましたー!」
 翠「よし、次は肉野菜炒めですよ!」
 マ「ラジャー!!・・・これがオレのプレシャスだ!ワハハハハーーー!!」
 翠「またトランスしやがりましたね。こいつはおもちゃみたいで愉快ですね。」
 蒼「正直・・・二人のノリにはもうついていけないよ・・・。」





 マ「ふうっ、お昼ご飯にはこれだけあれば十分か。」
  ずっと強火のそばに立っていたマスターの顔は汗でびっしょりだ。
 蒼「マスターすごい汗だね。拭いてあげる。」
 マ「おっ、ありがと。」
  中腰になったマスターに蒼星石が飛びつく。
  そこをマスターが立ち上がりながら下から抱き支える・・・はずだった。
 マ「うっ!?」
 蒼「わあっ、ちょっとマスター!」
  蒼星石の体重を支え、足場となるはずの腕がカクンと下に落ちる。
  蒼星石はマスターの首に手を回し、必死にしがみ付いてこらえている。
 蒼「マ、マスター早く支えてよ。落ちちゃうよぉ・・・。」
 マ「あ、ご、ごめんちょっと待って・・・。」
  マスターがあわてて蒼星石を抱き上げようとするも、やはり支えきれない。
  何とかして落とすまいと、両手を蒼星石の背中に回して自分のほうに引き付ける。
 翠「お前・・・何をわざわざ翠星石の眼前で見せつけるように熱烈な抱擁を交わしてるですか?
   さっきの鍋みたく蒼星石を放られたらかなわんから蹴りませんが、あまり調子に乗ってると後でひどいですよ!」
 マ「ち、ちが・・・手に、力が・・・入らない。」




  とりあえずなんとか事なきを得て、三人で食卓に着いた。
 翠「・・・で、ずっと鍋を振り回していたせいで両手が言うことを聞かなくなった、と。」
 マ「たぶん・・・。」
 蒼「考えてみればなんだかんだで二時間くらいあの重い中華鍋を振るってたんだもんね。」
 マ「もう少しは腕力あると思ったのになあ・・・。」
 翠「手がぷるぷるしちまっておじじみたいですね。カッコ悪ぃです。」
 蒼「ご飯は食べられそう?」
 マ「駄目、握力も死んでる。お箸どころかスプーンやフォークも当分扱えそうにない。」
 翠「まーったく、世話の焼ける奴ですね。昼食が遅くなっちまうです。」
 マ「いや、先に食べてて。」
 蒼「せっかくマスターが作ってくれたのに悪いよ。」
 マ「でもいつ回復するかも分からないし、どうせ自分が作ったものなら温かくて美味しいうちに食べてもらいたいし。」
 翠「ふむ、いい心がけです。じゃあ翠星石がお前の分も美味しいうちに食べてやるから安心するですよ。」
 マ「どうぞどうぞ。もしもそこまで気に入ってくれたなら作った人間としても嬉しいですよ・・・。」
  などと、マスターは半ばやさぐれている。
 蒼「しょうがないなあ・・・じゃあ僕が食べさせてあげるから。」
  蒼星石がマスターの隣の席に移動する。
 マ「いや、悪いよ。それじゃあ蒼星石が落ち着いて食べられないじゃないの。」
 蒼「まあ、それはそうだけど。でも、マスターの面倒くらいは僕が見てあげなきゃ。ほら、あーんし・・・
 マ「あ、そうだ!名案がある。炒飯ならおにぎりにしてもらえば蒼星石の手を煩わせなくても食べられるや。
   野菜炒めも具にしちゃえばいいかな。ちょっと強引だけど特に汁気もないから大丈夫そうだし。
   蒼星石、悪いけれど僕の分の料理をおにぎりにしてもらえないかな?」
 蒼「・・・・・。」
 マ「・・・あれ、もしかして嫌だった?まあ、ラップがあれば力が入らなくても自分でやれることだもんね、うん。」
  そう言ってマスターが席を立とうとする。
 蒼「いいよ、僕が作ってあげるから。」
  マスターを制するように蒼星石が目の前のお皿を持って席を立った。
 マ「蒼星石、何か怒ってません?」
 翠「お前は本当にアホの子ですね。」
 マ「やっぱり・・・食事中に雑用を頼むのは良くなかったか・・・。」
 翠「はぁ・・・てめえは料理なんかよりも女心というものをもっと学ぶといいですよ。」




 蒼「はい、できたよ。」
 マ「ありがとう。ごめんね、わざわざ面倒をかけちゃって。」
  拝むように蒼星石に謝るマスター。
 翠「・・・まあ、あらためていただくとするですよ。」
 マ「ええ、いただきますか。」
 蒼「・・・いただきます。」
  一同が食事を始める。
 マ「それで・・・お味のほうはいかが?」
 翠「ふむ、なかなかいけるですよ。正直、期待以上の出来です。」
 蒼「やっぱりフライパンで作ったのとは何かが違うね。油がくどくないと言うか・・・サラッとしてる。」
 マ「ふふん、これぞ中国四千年の歴史の神髄!炎を支配したときどんな食材をも支配できるのさ!」
 翠「つまり、お前の手柄じゃねえってことですね。」
 マ「翠星石、クール!」
 蒼「そんなことないよ、ちゃんと味付けとかもしっかりとしていて、とっても美味しいよ。」
 マ「そっかあ、それは良かった。自分のは炒飯と野菜炒めを混ぜちゃったから味付けなんかの出来が今一つ分からなくて。」
 蒼「だったら・・・僕が食べさせてあげてたのに・・・。」
 マ「あっ、別に蒼星石が悪いんじゃないって!蒼星石が手を加えてくれれば美味しさも倍率ドン!ってもんさ。」
 翠「・・・お前っていつの生まれですか?」





  昼食後、洗い終わった洗濯物を干す。
 蒼「ねえマスター、洗濯物を干すのを手伝ってもらいたいんだけど・・・。腕のほうはどう?」
  物干しは蒼星石では手の届かない高さにあるので、洗濯物を干すのはいつもならマスターのお役目である。
 マ「ごめん、ちょっときつそう。せっかく洗った洗濯物を落としてもまずいし。」
 翠「図体ばかりでかくて役に立たねえ野郎ですねえ。それじゃあ四つん這いにでもなって踏み台になりやがれです。」
 マ「なれば許していただけるんですね・・・ってそれ、明らかに高さが足りなくって踏まれ損だし。」
 蒼「でも・・・抱っこやおんぶも・・・。」
 マ「この手じゃあ無理だね。危なくないのだと・・・肩車なら何とかなるかな?」
 蒼「か、肩車はちょっと恥ずかしいよ。・・・でも、他に方法がないなら仕方がないか。」
  蒼星石が照れながらもしゃがんだマスターの背後に回る。
 蒼「たまには・・・こういうのだっていいかもね。それじゃあ、おねが・・・・・
 マ「お、ひらめいた!かば・・・んぐっ!?」
 翠「このおバカっ!」
 マ「ふいへいふぇきねえふぁん、ふぉうひはんふぇふふぁ?」
 翠「手がこそばゆいからしゃべるなですぅ!」
 蒼「・・・そうだね、鞄を使えばよかったよね。あはは、マスターはホントに賢いなあ・・・。」
  蒼星石が鞄を取りに行ってしまう。
 マ「・・・なんだか思いっきり棒読みだったんですけど、また怒ってる?」
 翠「てめえの胸に手を当てて、とくと考えて見やがれです。」
 マ「そうか!手伝ってと言われたのに、結局これでは蒼星石任せで何もしていないから!」
 翠「お前はもう口を開くなです。話がかみ合わねえですぅ・・・。」
  翠星石も呆れ顔で行ってしまった。
  その後、翠星石も蒼星石を手伝い、二人で無事に洗濯物を干し終わった。
 マ「いやー、すっかり手伝ってもらっちゃってすみませんでした。ありがとうございます。」
 翠「じゃあ、このまま翠星石は帰るですよ。ところで、てめえはマスターとしてもっと蒼星石の思いを汲んでやれです。」
 マ「了解!もう今日のような過ちは繰り返しませんよ。必ずや蒼星石を愛することにおいて頂点に立つ男になりますから。」
  無意味なまでに自信満々でそう答える。
 翠「・・・蒼星石、言っても分からんようなやつにはビシっとシメてお返ししてやることも時には必要ですよ、ビシッと!」
 蒼「はは・・・ビシッとお返し、ね・・・。」




  翠星石が帰ってから数時間後。
 マ「両腕ふっかーつ!!」
 蒼「回復まで結構時間がかかっちゃったけど良かったね。おめでとう、マスター。」
 マ「よーし、今までは翠星石がいたりで蒼星石にかまってあげられなかったから、頑張って埋め合わせをするぞー!」
 蒼「いいよ、埋め合わせだなんて。その気持ちだけでも十分だよ。」
 マ「という訳でさ、今夜は何を食べたい?」
 蒼「・・・へ?」
 マ「なんかさ、中華鍋って使い始めは頻繁に使って油となじませる必要があるんだって。
   だから今夜も何か作るよ。もちろん献立はそんなのとは関係なく蒼星石の好きなものを最優先するけどね。」
  マスターがニコニコとそんな事を言い出す。
 蒼「マスターはすぐ調子に乗っちゃうんだから。また腕がおかしくなっちゃっても知らないよ?」
 マ「大丈夫だって。そう何度も同じミスはしないってば。それで何食べたい?埋め合わせに何でも作ってみるからさ。」
 蒼「せっかく腕が治ったのなら・・・そういう埋め合わせじゃなくってさ、もっと他にもあると思うんだ・・・。」
  蒼星石がもじもじとして何か言いたげにしている。
 蒼「・・・ねえマスター、本当に何でもリクエストしていいのかな?」
  何か注文を思いついたのか、蒼星石がやけに楽しそうな笑顔を浮かべて尋ねる。
 マ「もちろん。作ったことないものでもチャレンジしちゃうよ。男は度胸、なんだって試してみるのさ♪」
 蒼「じゃあねえ、あんかけ焼きそばと酢豚、あとは麻婆豆腐と・・・それとチンジャオロースーも・・・。
   そうだね、この位でもう十分かな・・・。今言ったものを全部お願いできるかな?」
 マ「おっと、中華鍋で作れるものばかりだね。気を使わなくたっていいのに。」
 蒼「やだなあ、別にマスターに気を使ったわけじゃあないよ?・・・ふふ・・・。」
 マ「よーし、蒼星石の期待に応えられるようにマスター頑張っちゃうぞー!」
 蒼「うん頑張ってね、期待してるよ。・・・夕食の時間を楽しみに待ってるからね。」
  早くも台所に向かうマスターの背中にやさしく応援の言葉を送る。
  そして笑顔のまま、マスターには聞こえないような小声でこう付け加えた。
 蒼「いろいろと・・・お返しもしてあげたいしね・・・。」


  ・・・そして夕食前・・・

 マ「ぐわぁーー、腕がぁ!腕がぁああーー!!」
 蒼「あーあ、だから言ったのに・・・しょうがないなあマスターは♪」
  それまで黙って考え事に耽っていた蒼星石が、くすりとほくそ笑みながら台所のほうへと駆けていった。


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