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俺はこの梅ヶ岡高校に通う高校二年生。
これはその同級生の不思議な少女との物語になる。

二年時にクラス替えが行われ皆がクラスに溶け込んでいく中、
少女はいつも一人窓辺で空を仰いでいた。
彼女は〝蒼〟といって背丈は女子の中でも比較的小さい方で、ショートカットの髪型。
起伏に富んだスタイルであるわけでもなく、ここまで文字を連ねる限りでは一見地味に見えるが、
端整な顔立ちで、左右の色が異なる綺麗な瞳を併せ持っている。それに静寂さを装っていて、まるで人形のような不思議な印象だった。
それに一人称代名詞は〝僕〟。名前のイメージ通り冷めているし、誰とも関わりを持とうとしていなかった。
しかしその悲壮を漂わせる雰囲気は、なんともいえない魅力を誇っていた。

ある日、俺は吸い込まれるようにしてついつい彼女に目を向けてしまっていると、
意外なことに向こうから反応があった。
「何じろじろと僕を見ているんだい?気が散るので止めてもらえないかな」
ビクっとした。まさか話し掛けられると思っていなかったからな。こんな内容でも嬉しかった。
「え?そうかなあ。そんなつもりはなかったんだけど…」
「………」
普通の人相手だとここでさっと引き下がっていたであろうが、しかしどうも俺の高ぶる感情は抑えられなかった。
「ごめん。じっとしたままで何を考えてるのかと思ってね。さっきはまるでお人形さんみたいだったよ」
「…君は人形が好きなのかい?」
静謐で色違いな瞳の彼女と初めて目が合う。あれ、これって会話成立してるのか?
「う~ん嫌いじゃあないよ。見てると心が落ち着くし。まあ俺が持ってるのは人形っていうか
 動物がモデルのばっかだから縫い包みと言った方がいいのかな」
「そう、それなら含めてドールと通称しておこう。大切にするといい、君の力になるかもしれない」
「でもやばいな、俺ほったらかしにしてるから大分埃被ってるよ‥。こりゃあ見向きされてないかもな、なーんて」
「見ているさ」
「へっ?」
「モノにも魂が宿るんだ。僕らが人という有機体を媒介にして意識が生ずるように。
 それがドールといった生命を象った形状のモノなら尚更のこと。
 その子はいつも君を見守っているはず、ドールも人を選ぶのさ。僕には分かる」
どうも哲学的で、正直言ってる事は理解に苦しんだが、俺にも伝わるものはある。
「……そっか。うち帰ったら綺麗にしてやらなきゃな」
「ふふ、いい子だね」
俺を受け入れてくれたのだろうか、はじめて微笑んでくれた。

きっかけとは言うが、取るに足らない言動がこうなるとは。
しかし随分変わった子だったな。気骨な振る舞いで、風体だけでなく性格までボーイッシュだしさ。
まあそんなことより俺は、さっきの会話で彼女が気を許してくれたように、
もっと彼女の心の扉を開きたいなんて思っていた。

それからは毎日会話するようになったんだったな。

「やあ、昨日はありがとな。綺麗にしてやったら、心なしかその‥ドールも嬉しそうだったしさ。
 君に言われなければ、たぶん一生気付かないでいただろうし」
「そう。それは良かった」
淡白な反応だな、昨日あれ程話したのが嘘のようだ。しかしここで引き下がる俺じゃあない。

「一昨日の物質と魂がどうのとかいう話だがな、もしかしてどのドールにも魂とか宿ってるのか?」
「そんなことはない。持ち主にとって必要とされるドールにだけ、空を彷徨う念が宿るのかもしれない。
 逆にもし壊れたり、主に不必要との判断が下されれば、魂は抜け出ていってしまう場合もあるだろう 」
「そんな魂は何処へ行くんだ?」
「僕にも分からない。ただ遠くへ行ってしまう。マスターの元を離れて遠くへ‥」

「そういえば、なんでそんなことが分かるんだ?いつも質問攻めで悪いけど」
「さあ、なんでだろう。こうしてぼーっと景色を眺めていると、誰かの思念が入ってくるような‥
 あのとき君に言われた通り、僕は人形に近いのかもしれないね‥上辺だけで、本当の僕の中身は空っぽでさ」
少し虚ろげな表情をする彼女に対し、俺は、彼女と初対面時の発言を思い出していた。
「いや‥俺はそんなつもりで言った訳じゃないんだ…」
「気にすることはないさ。それに人形みたいと言われても悪い気はしない」
「でも俺が悪かった。軽率でした」
「いいって言ってるだろ、それとも君はそんなに女々しい男の子なのかい?見かけによらず」
「スマン、いや、ありがとう」
なんて生返事をしてたら、つい、ずっと思っていた疑問を俺は口に出してしまった。
「蒼だっけ、君はどうして男の子のように振舞ってるんだ」
彼女は静かに溜息を吐いてから言った。
「ああ僕の方が軽率だったな。性別なんて意識していないはずだったのにね」
そんな彼女に俺はどうしても言いたくなった。
「君はそんなに可愛いのに」
「馬鹿なこと言わないでよ」
ちょっとお互いの気が緩んだと思う。

会話もより日常的なものになっていった。

「今日数学の試験赤点だよ、これじゃ。俺このまま行けば、卒業は疎か進級すら出来なくなるかも‥」
「そう‥。でもまだ時間はあるし、君なら大丈夫だよ。取り敢えず公式を覚えよう。
 それから例題でその公式を試して、そのあと類題、応用と解いていき体に染み込ませるんだ」
「はあ~~~」
「全くしょうがないなあ、君は。おいで、僕が見てあげるから」

「ねえ蒼、昨日ゲーセンでUFOキャッチャーやったんだけど、ドールが五体も手に入ったぞ。
 それで家にあるドールを全部机の上に並べてみたら、もう置き場がなくなっちゃってな。困ったよ、ほんと」
「そんなに沢山‥凄いな。なんだかその様子は、僕にも手に取るように分かる。
 じゃあ君はマスターだ。そんなにドールにも愛されているんだからね。
 これからもよろしくね、マスター……」
クスっと笑う蒼の微笑みは、俺が生涯忘れないでいるだろう宝になる‥はず。
それにしてもマスターか‥。もう彼女も、大分親しみを持ってくれたな。
ちょっと可笑しいと思うあだ名だけど、俺にはなんとも心地好かった。…不思議だ。
『ねえマスター』
えっ?気のせいか。

そりゃこんな関係だからか、クラスでも俺と蒼は浮いた存在なっていたし、周囲の目は厳しかったけどさ、
彼女と一緒なら何も怖くなかった。

そんな関係がしばらく続いたある日、珍しく彼女からの意思表示があった。
学校が終わりのチャイムを告げた頃合になって、蒼が俺を誘ってきた。
「ねえマスター、今日は僕の自宅に寄ってほしいんだ」
「えっ?別にいいけど。蒼の両親とかは大丈夫なの?」
「今日は僕しかいない。二人とも訳あって今日中に帰って来れそうにないんだ」
これはもしやフラグが立ったのか‥とかそんな低俗ことは考えていなかった。本当だって、この時は。
でも何かあるとは思った。凛とした蒼の決意を感じ取ったからかな。

自転車に乗って蒼の家へと向かう。
外は緑の匂いがした。蒼と出会ってから二ヶ月が経つ、もう夏だな。
なんて考えながら自転車を走らせ、十数分で蒼の自宅に着いた。
彼女の家は、学校からそう遠くない場所にあり、立地条件もなかなか。
結構大きく、割と新しい方で、まあ金には困ってないようだった。

「やっぱり自宅だと解放されるな、今なら何もかも包み隠さず話せるかもね」
「なあ蒼、話があるから呼んでくれたんだよな」
「あれ分かっちゃった?ああ僕が自分で言ってしまったのか」
クスクスと笑う彼女、こんな顔ははじめて見る。でもあまりいい予感はしないんだよな。
「実はね僕、もうそんなに長く生きられないんだ。肺の持病を持っててさ。
 これからは治療に専念するため、近々アメリカへ向け引越しする。治る保証はないけど」
いきなり過ぎる‥それにアメリカだと?こんなのアリかよ。
「じゃあ君の親は‥」
「そう、アメリカ。今朝、両親から連絡があったんだ。僕を担当してくれる医師が見つかったと」
「でもアメリカに行けば大丈夫なんだろ?」
「さあ、どうだろう。なんとなくだけど、僕はもう長くないって分かるんだ。
 …僕はね子供の頃からずっと病院生活だったんだ。ここ数年は状態が良好だったから、
 学校にも通わせてもらっていたけどもう…もうそれも終わり」
そんな、人生が終わるみたいな言い方するなよ‥
「僕、アメリカへ行くよ」
なんか、このままじゃ…
「マスターには伝えておかなきゃと思ってね。一緒に卒業はできないけど、お別れだよ」
「蒼、どうしてそんなに無理するんだよ…」
「えっ…?」
「思えば初対面の時からそうだったんだ。本当の君は、凄く女の子らしい女の子だと思うよ。
 俺には分かったんだ、なんとなくだけど‥。それなのに蒼は、いつもボーイッシュを装って強がったりしててさ。
 俺達はもう、その‥遠慮とかする関係じゃないだろ?辛い時は、甘えてくれちゃってもいいんだぜ」
蒼は、俺の話をじーっとした顔で真剣に聞き入ってたが、話が終わるとなぜかふっと笑った。
「本当に僕のことが分かっているの?……でも、嬉しい……」
そう言うと蒼は、くてんと俺の胸に頭を預けた。
「僕が子供の‥もっと小さかった頃はね、早く大人になりたくてしょうがなかったんだ。
 小さい時、病院生活だったってのは言ったでしょ。その時はいつも一人、病室の窓から空を望んでいた。
 大人になれば強くなれると思ったのかな。でも大人になるまで生きられるか分からなく、誰にも頼れなくて、
 寂しくて、ずっと心の中で葛藤していたのだと思う。だから自分の世界に篭るようになっていったんだ。
 夢の世界で理想を演じ続けてきた僕は、いつのまにか、こんなふうになっていた。
 それでもなんとか今日まで生きられて、体も大きくなって、僕は大人になったと言えるのかな‥。
 でも僕は虚勢を張っていただけだったんだね、本当の僕は相変わらず甘えん坊のままなのに。
 自分でも気付いていなかった。いや、分かっていても背を向けていたんだ。
 弱さを認めた時、自分を支えてきた柱がボロボロに朽ち果てていくような気がして。
 でも、今の僕にはマスターがいる。マスターの大きな柱が、くたくたな僕を支えてくれている。
 それはとても幸せなことで…僕はこんなにマスターのことが…」
無言を貫いてきたが、俺もここは男として言っておかねばならないな。
「蒼、俺は蒼のことが好きなんだ。一目見たときから、君しかいないと決めていた。」
「うん、ありがとうマスター。僕もマスターのこと大好きだよ。これが今の僕の本当の気持ち‥」
俺はそっと蒼を抱きしめた。

外の世界は暗黒が支配していた。
今は六月、いくら夏とはいえ八時じゃもう真っ暗だよな。
「そうだ、今日はもう遅いし泊まってってよ。明日はお休みだからいいよね?
 そうじゃなくても、僕をこんな気持ちにさせといて、断られたら泣いちゃうよ?」
「…うん、そうするよ。ちょっと電話借りていいかな?親に連絡しとかないと」
「玄関のところにあるよ。僕は手短なものでご飯の支度をするね。お風呂は‥ごめん、シャワーで我慢して」
親には友達ところに泊まるって言ったらすんなり許可してくれた。ちょっと甘い気もするが、まあこれでいい。
そして、インスタントだが愛のこもった料理を堪能して、蒼、俺の順にシャワーも浴びて彼女の自室にてくつろいでいた。
蒼の自室にはテレビもなく、妙に静まり返っていた。なんだかさっきのムードが蘇ってきちゃうな。
「やっぱり寂しい、ずっと一緒に居たいよ蒼」
「マスターも甘えん坊じゃないか。なんか似てるね。やっぱり僕らは惹かれ合うのかなあ」
「もう大好き、蒼」
「調子いいなあ、マスターは‥‥。
 そうだなあ、もし僕がドールだったら病気も何も気兼ねせずに、ずーっとマスターと一緒に居られるのにね」
「それ悪くないかも」
キーン
キーン?地震か?
キィィィィン
いや違う…何だ?耳障りな音が脳内で響いている‥
何かが‥俺の頭に入ってくる‥
映像が流れる‥そこには今より少し年を取った俺と‥ドールの‥蒼?
そのドールの名前も分かる‥気が‥する‥‥‥蒼星石‥‥‥

『………』
『蒼星石、どうして何も言ってくれない…』
『ごめんなさいマスター』
『俺はこんなにも君のことが好きでいるのに…』
『僕は作られたドール。人間であるマスターの期待に添えることは出来ないよ』
『‥‥そんなの関係ないって、ずっと一緒に居ようよ』
『僕を選んだら、それはマスターの運命を変えることなる。
 マスターは僕の大切な人だから‥そんなのは苦しめることになるだけ』
『そのマスターの命令でも聞けないって言うのか?』
『ごめんなさい』
『……………』
『どこいくの?……ねえマスター……(いかないで)』
『……タバコ』

『うぅっ…うぅぅ…僕もこんなにマスターのことが大好きなのに…』

彼女を悲しませてしまったのは…俺…
「一体何なんだ?」
予知?未来からの干渉か?
これは、あの二人の記憶。二人の思いが手に取るように解る…。とても‥切ない気持ち‥
「どうしたの?マスター」
こっちの世界の蒼が、俺を呼び戻した。
「ああ‥だ、大丈夫」
とは言ったものの、俺の胸の中では暗い思いが渦巻いていた。
あのドールは蒼の生まれ変わり‥つまり、今いる蒼は‥やっぱり‥
しかし関係はあまり良くなかったよな。人とドールの溝…
蒼、ドールならずっと一緒に居られるんじゃなかったのかよ。
俺は〝今〟を後悔したくなかった…
〝今〟しかできないことがある。勇気を出して一歩を踏み出そう。
俺は蒼の瞳をはっきりと見つめた。
それから蒼の腰に手を添え、彼女のベッドまで導いた。
そして、優しく腰を引き寄せ上体を反らす。すると俺と蒼は、ぽんっとベッドの上にもたれかかった。
「やっ‥えっ?‥‥ますたぁ‥‥」
なんとも表現しにくい顔色を浮かべている。
この場で俺は、今を後悔したくない、なんて台詞を吐き捨てるべきではない。
純粋に今思う、俺の、蒼に対する気持ちを述べよう。
「ずっと君と‥繋がっていたいんだ」
断られてもいい、本当の気持ちをぶつけた。
「‥‥‥うん‥僕は平気‥だから‥いいよ‥。でも電気‥消して‥」
嬉しかった。俺は明かりを消して蒼の元へ舞い戻る。そして俺が彼女に手を掛けようとした瞬間、
「あっ‥待って」
と言って蒼は唇に人差指を当てた。彼女は、薄暗い中でも判る色違いの瞳を潤ませていた。
「キスから‥」
俺は、その扇情的な蒼を見つめながら、唇を重ねた‥。
「…………………」

長い一日が終わった。

翌朝、ベッドの上で目覚めると、そこには俺しかいなかった。
「おはようマスター。今、朝ご飯を用意しているからね」
俺はどことなく、ほっとした。
それにして、なんの照れも感じさせない蒼の表情‥俺の選択は正しかったのだろうか‥?
「昨日はありがとね、マスター。僕も随分楽になったよ。もう大人とか強さに固執しない」
肩の荷が下りたのだろう。屈託のない、いい笑顔だ。今朝の蒼の可愛さは異常だった。

それから数日後、また蒼が俺を誘い出した。今度は自宅ではない。
ここは蒼の自宅近くの公園、しかも平日の朝方の時間帯だ。
蒼は引越しの準備だとかで学校を休んでいた。そのため会うのは、お泊りした日以来だった。
公園に着くと、「やあ」と蒼が出迎えてくれた。
「もうすぐ日本を発つ。会えるのは今日で最後かもしれないから、お別れの挨拶をね」
「やっぱ行くのか、アメリカへ」
「うん。だけど僕の病気は治らないと思う。
 もし‥もし治ったらだけど、いっぱいお話したい、ずっと一緒に居たいな」
「ああ」
俺はこの程度の返答しかできない‥。
「あと渡しておきたい物があったんだ。うん僕とお揃いの」
と言って蒼は薔薇模様のペアリングを俺にくれた。
「お爺さんとお婆さんの形見でね、二人もこの指輪に思いを託したそうなんだ。
 ねえマスター、この薔薇の指輪に誓って。僕らは離れていても、心はずっと繋がってるって。
 これは契約だよ。無くしちゃ駄目だよ」
「よし誓うぞ」
希望だけは持っていてほしかった。
「…嬉しい。僕が遠くへいってしまったら…」
遠く‥アメリカのことじゃないな。
「そのときは‥呼んでほしい‥呼び続けて‥。そしたら、またきっと逢える‥気がするから」
「……うん」
「そうそう、契約はまだ成立してなかったんだ」
「俺にできることならなんでも言ってくれ」
「ねえキスして‥マスター‥」
ほんとに甘えん坊なんだな。
「あのときのはよく覚えてないんだ、緊張してたから。だからお願い‥」
そんなのお安い御用さ。
口付けを交わす。浄化されていく思い‥
「……ありがとう。じゃあもう‥いくね」
気丈にも蒼は満面の笑みを浮かべる。そして‥
「さようなら」
俺は、蒼の後姿をずっと見送っていた。

俺は今、後悔していない。

アメリカに着いた蒼は、数日後に息を引き取ったそうだ。
まるで、力の全てを、指輪に託したかのようにして。
そりゃ俺だって大泣きしたよ。でも、ある確信もあった。
二十歳くらいの俺とドールの蒼の映像‥あれは近い将来のことだ
この際ドールが感情を持って動き回るなんてのは、些末な事としてどうでもいい。
蒼星石は蒼の生まれ変わりで間違いない。
蒼の魂が、この蒼に似ているドールに宿ったのだろう。
自然の摂理なのか、転生した蒼は、自身の記憶を無くしていた。けれど、まさしく彼女そのものだった。
ただ、あのときの俺は‥迷っていたんだ。
俺はドールである蒼星石を、心の底から愛せるかどうか分からなくて。
蒼星石もそのことに気付いていた。
…それでも、あのときの俺は、蒼の代わりを蒼星石に押し付けていた愚か者だったんだ。
だが今の俺とは違う。何故だかは分からないが、分かる。
薔薇の指輪が熱くなった気がした。
蒼、俺はここにいるよ。
そうだ、ちゃんとしたお別れを言ってなかったな。
また会えるとはいっても、蒼星石とは似て非なる存在。蒼は蒼だから。
「ありがとう。そして、さようなら」






目が覚めた…。
俺は何故か病院にいる。体中が痛い。
しかし‥さっきのは夢か、いや俺の記憶だ。でも少し事実と異なる。
なんてな考えを巡らせていると、突然、窓ガラスが派手に吹き飛んだ。
「なっ何だあ?」
「うう、痛いですぅ」
そこに現れたのは翠星石だった。ん?俺は彼女を知っているぞ。
「やっと起きやがったですかぁ。寝たきりのお前が目覚めそうになったから、慌てて飛んできたですよ」
「それダジャレ?」
「ばっ‥なに呑気なこと言ってやがるですかぁ!翠星石がこんなに心配して」
「心配してくれたの?」
「するわけねぇですよ!調子に乗んなですぅ!」
なんか、こう対応するのがいいらしい。今の俺にとっては久しぶりの感覚だな、これ。
「悪かった、つい‥。そんなことより、お前は何か知ってそうだな。教えてくれ」
「ううう、お前は死ぬところだったのですぅ」
急に張り詰めたな空気が立ち込める。
「お前の夢は見させてもらったです。人間の煩悩は計り知れないですねえ、全く。」
ふうと溜息をついて続けた。
「お前の夢の閉ざされていた扉が開いたです。そしてお前はその扉の記憶を辿っていたのですよ、己の身を挺して」
「ちょっと待て、今の状況が分からない」
「ええと‥翠星石が蒼星石に聞いた話ですけど……それはお前の記憶にもあるはずですぅ。
 そのポンコツの脳みそグリグリ回して思い出しやがれですぅ!」
あやふやだが、段々と記憶が鮮明になっていく。
今の俺は二十歳。あのとき、蒼の自宅で干渉してきた記憶の俺、その続きこそが今の俺なんだ。
確かタバコを買いに行く途中、突然自動車が迫ってきて…記憶がないけど轢かれたから、ここに居るんだよな。
でもその前に蒼星石といざこざがあって………俺は、はっとした。
「おい翠星石、蒼星石は何処だ?」
俺は蒼星石の身を案じた。
「…思い出したかですぅ。蒼星石は‥柴崎のおじじとおばばに面倒を見てもらっているです…」
「そうか、それなら心配はない……か。ところで俺はどの位眠っていたんだ?」
「一週間ほどです‥その間お前は、ずっと夢の中で自分自身と戦っていたです」
「俺が死ぬところだったと言っていたな」
「お前は迷っていたです。縛り付けていた過去での事象の後悔、現実で思い通りにならないジレンマ…。
 それに耐えかねたお前は、このまま眠りから覚めず生涯を終えるところだったです。
 でもお前は心のどこかで、自分は必要とされている、そう思ったから、忌々しい過去からやり直そうとしたはずです。
 人間‥辛いときは一人で抱えず、翠星石にも、みんなにも言ってほしいですよ…」
泣きそうだぞ。翠星石も心の底から心配してくれていたんだな。
「そうだったか‥迷惑を掛けたな。ありがとな翠星石」
「…す、翠星石にお礼なんかいらねえですぅ」
どうも翠星石と畏まった雰囲気になるのは苦手だな。
「そうだ、この窓ガラスを早く直してくれよ。病状に響く」
「ごめんなさいです‥‥」
少し間があってから、翠星石は俺のボケに気付いたようで、急に態度を変えて言った。
「それより一番お前を心配してる人‥え~、いや……がいることを忘れたですかぁ!」
「ああ分かってるよ。謝らなくちゃな、蒼星石にも」

本来の過去では、俺は情けなくて、ずっと後悔の念に駆られていた。
俺は、蒼の思いに気付いていながらも、口付けさえしてやれず、一歩を踏み出せないでいたからだ。
そんな単純なことで、とは思うが問題は、逃げていたことの方だ。
あの日の夜、忸怩たる思いがあったのかだろうか、ちょっとした逃避が、深い傷を生む結果になってしまった。
時には逃げる決断も大切なことだと思う。ただ悔いの残る逃げ方をしてはいけない。
その罪悪感、苦しみから救われようと、さらに逃げの連鎖を呼ぶことになる。
逃げた分だけ追いつめられる、ということを俺は知っている。
苦しみや悲しみが迫ってきても、ちょっと立ち向かってみるのはどうだろうか。
案外、その方が楽になるかもしれないから。
ふう……それにしてもキスのことも大きかったのかもしれないな。
おとぎ話から現代のちょっとしたロマンチックな風俗として、世界中で幅広く知れ渡られている
〝口付けによって魔法が解ける〟とはよく言ったものだ。その逆でもいいけどさ。
現に蒼が亡くなった後、俺は狼狽し、身を焦がすような思いの呪縛から解放されずにいたからだ。
俺は本当に蒼が大好きだった。でもそれは、蒼星石へも同じ気持ちになっていくだろう。
ただ蒼星石は蒼星石として、一緒に愛を育んでいきたい、もちろん性的な意味じゃなくね。
俺にとって蒼星石も、他に類無き宝物であるから。
そう、今の俺は昔とは違う。今はとても晴れやかな気分だ。
未来からの助けがあったとはいえ、一歩を踏み出し、過去を乗り越えられた。
まあやり直そうとした過去でもしくじっていたら、本当に死ぬところだったらしいんだけどね。
翠星石は、克服した、と言ってくれた。
これからは今の自分の力でなんとかしていきたい。でも時にはまわりの助けも借りたりして。
ちょっと勇気があればできることだと思うから。
「この気持ち‥蒼星石に伝わるかな」
「お前と蒼星石は繋がっているから、きっと分かるですよ」

長話となったこの場に、新たな訪問客が現れた。
「あらまあマスターさん、やっとお目覚めになって」
「いやもう本当に心配しとったんじゃぞ」
柴崎さんところの老夫婦だった。見舞いの品なのだろうか、やたら荷物を抱えていた。そんなご無理をせずに‥
「翠星石がここに来る前に知らせておいたです」
「ご無沙汰してます。あの、蒼星石のお世話をされてくださったそうで‥」
「いいのよ、それよりご自身のお体の方を心配なさっては」
「そうじゃよ、このまま目が覚めなくて、私より先にぽっくりと」
「ちょっとおじいさんっ」
「すまんすまん、冗談じゃよ」
「おじじとおばばは相変わらずですぅ‥‥あれ?‥」
「あら、でもお元気そうで何よりですわ。では私共はこれで失礼させてもらいますね」
「でもせっかくお出でくださったのに」
「私もちょっとくたびれたわい」
「行きますよ、おじいさん」
「あの、お気をつけて…」
と別れの挨拶もそこそこに、二人は見舞いの品を残して、足早に去っていった。
その品の中に、ぽつんと大きな鞄が置いてあった。なんかコトコト動くし、想像がつくのだが…
静かに鞄が開き、謙虚な仕種で顔を覗かせる者と目が合った。
そしてその者と「あっ」と声を揃えた。
ほら、やっぱり蒼星石じゃん。
なんだろうこの感じ‥今の俺にとっては、とても懐かしい…。翠星石は気付いていたようだけど。
見る見るうちに泣き顔になっていく。蒼も含めて彼女、今まで泣いたことなんか‥なかったっけ。
それから俺に飛び付いてきた。痛たた、痛いよ蒼星石‥。
「ますたぁぁぁぁっ…うぅぅ‥ぐすっ‥ごめんね‥ごめんね‥僕のせいで‥ぐしゅっ‥」
「いや、悪いのは俺の方だ。自分勝手な都合に君を巻き込んでしまって‥」
「ぐすっ‥‥ううん、違うのマスター‥‥ぐすっ‥僕が‥マスターの気持ちに‥答えられなかったの‥‥」
どう考えても責任は俺にある。しかしこのままじゃ切りがないなあ…。ほんと似てるというか。
「蒼星石、二人で困難にも立ち向かおう。これからはずっと一緒だから。それに迷いも吹き飛んだ」
勇気を出して本当の気持ちをぶつけよう。今がその時だ。
「蒼星石…」
「マスター‥‥?」
「絶対に君を幸せにする。君を愛し続ける自信がある…」
蒼星石はゆっくりと瞳を閉じ、噛み締めるようにして言った。
「ありがとう…マスター…」

しばらく清閑な空気が場を包み込んでいた。
ここまで静かに見守っていてくれた蒼星石の双子の姉が、おもむろに口を開いた。
「………全く、人間一人に蒼星石は任せておけねえですぅ。
 翠星石もちょくちょく遊びに行ってやるですから、ご飯を多めに作っておくですよ蒼星石」
「うん、いつでも来てね」
「それから、人間には騙されてはいけないですよ。蒼星石は優しすぎるですぅ。
 この人間だって、いつか蒼星石に飽きて他の人間の女と浮気したりする……ことはなさそうですねっ♪」
部屋中に笑いが立ち込める。
そう、これでいいんだ。
しかし色んな偶然もあったよな。
自分の初恋の少女が、重い病を抱えていたとか。
俺が深い眠りにつくために、都合良く交通事故を起こしたりしてさ。
まるで蒼星石との親睦を深めるための障害物みたいだったな。蒼自身は残念だったけれど‥
『偶然は必然』
どっかのマヌケ面したウサギの声が聞こえた気がしたが、今はそっとしておいてくれ。
そして忘れてはいけないのが、この薔薇の指輪。
生前の蒼と誓いを交わした思い出の産物…。
俺と蒼星石の心は、既に固い絆で繋がっている。さて新たになんと誓おうか‥
十分過ぎるくらいの関係なんだよな、もう俺と蒼星石は…。
そうだなあ〝みんなが笑って暮らせますように〟なんて他愛無いけど、他愛に満ちたこと願っても悪くはないだろう。


The End